第375話 科学力の差
イワーク親方率いる港湾職人の隊列に、たくさんのドワーフ市民が加わって大群となり、王城を目指して大きなうねりとなっていた。それに対し王国軍治安部隊は王城前の広場を封鎖し、部隊を展開する。
最早なりふり構わず兵力を投入してくる王国軍に対し、武闘派職人たちがイワーク親方や市民たちを守るために必死の防戦を行う。
「絶対に親方や市民たちに怪我をさせるな!」
「治安部隊の攻撃は、俺たちで防ぎきれ!」
ドワーフは全員が魔力保有者で強靭な腕力も持っている。一人一人が精鋭であり、武闘派を自認する職人であるほど自分の戦闘能力に自信を持っている。だが王国軍は戦闘の専門家であり、たかが素人の職人たちよりも戦闘能力は上。
圧倒的な物量で迫りくる王国軍に、だが実戦経験で圧倒するフィリアたちが彼らを援護する。
「ウフフフフ! 敵もいよいよ本気を出してきましたね。いいでしょう、わたくしもこれで遠慮なく本気が出せます。ゴウキ、ピグマン、ドン。死にたくなければ、お前たちはわたくしの傍から離れなさい」
凶悪なオーラを爆発させるフィリアを見て真っ青な顔のゴウキが、
「フィリア王妃様のお仰せのままに。おいピグマン王とドン宰相、俺たちは王妃様とは反対側の治安部隊を蹴散らすぞ。本気を出された王妃様に近付いたら冗談抜きで殺されてしまう」
「そっ、そうだなゴウキ・・・王妃様は完全に戦いにのめり込んでおられる。俺たちは下手に手を出さない方がいい」
「うむっ。ゴウキ王もピグマン王もようやく王妃様の本当の恐ろしさを理解できたようじゃな。こうなった王妃様にはもう誰も手がつけられないぞ」
ドン宰相の言葉に頷いたゴウキは、メルクリウス帝国精鋭部隊を前に号令をかける。
「メルクリウス帝国軍の精鋭諸君、我らは王妃様とは反対側の敵部隊に総攻撃をかける。この戦いは、我ら鬼人族の悲願である対ドワーフ王国戦。魔王様と王妃様が与えてくださったせっかくのチャンスを無駄にしてはならん。このゴウキに続いて全軍突撃っ!」
「「「うおおおおーーーーーーっ!」」」
そんなフィリアとゴウキたちが、王国軍相手に暴れまわっているのを見たエレナとカトリーヌは、
「エレナ様、フィリア様たちが行ってしまわれましたが、わたくしたちはいかがいたしましょうか」
「・・・そうね、攻撃は最大の防御とも言うし、攻撃はフィリアたちに任せて私たちはここでイワーク親方や市民を守ればいいと思う」
「そうですわね。わたくしたちのバリアーがあれば、多少の攻撃など全てはね除けて差し上げますわ」
そしてバリアーを展開し直した2人だったが、カトリーヌがその異変に気づく。
「・・・え、エレナ様っ、見てください! また敵の増援部隊が現れました。しかも今度は空から」
「本当だ・・・ドワーフ王国にも空を飛べる魔術具があったんだ。どんな攻撃を仕掛けてくるか分からないから、エレナたちは上空からの攻撃に備えよう!」
空からの襲撃は、武闘派ドワーフやイワーク親方、そして市民たちもすぐに気づく。
「おい、あれって最近配備されたという空挺部隊じゃないのか。治安部隊はあんな最新兵器を投入してまで俺たち市民を弾圧しようとしているのか。だがあれはヤバい。空から魔法を撃たれたら、俺たちじゃ手も足も出ない」
王城から次々と飛び立ち、大挙して迫り来る空挺部隊に市民たちの動揺が走る。
だが自分達の後方から突如飛来した別の飛行物体が空挺部隊に何かの魔法攻撃を行うと、王国軍の一機が大爆発を起こして撃墜された。
「何なんだ、あの白い飛行体は。いきなり空挺部隊を一機撃墜しやがった」
ざわめく市民に親方が、
「あれはアーネスト親方の航空戦力・フレイヤーだ。つまり人族の最新兵器の1つだな」
「まさかっ! 人族はいつの間にあのような兵器を」
俺たちフレイヤー3機は、イワーク親方のデモ行進を守るために上空から警戒を続けていた。地上ではデモの規模がどんどん大きくなり、王城への到達を阻止しようとする王国治安部隊とフィリアたち武闘派集団の戦闘が一層激しさを増していた。
一番機の後部座席から地上の戦況を見守っていた俺は、パイロットのマールに話しかける。
「おい、見て見ろよマール。フィリアのやつマイクロウェーブ・エミッションを撃ちやがったぞ。ドワーフ兵がバタバタと倒れていく・・・」
「え? 何にも見えなかったんだけど」
「あの魔法は、カタストロフィー・フォトンと同じぐらいのエネルギーをマイクロ波の形で放出するんだ。だから人間の目には何も見えないんだけど、広範囲の人間の身体の内部を高温状態にして、体内のたんぱく質を変異させて生体機能を失わせるから、カタストロフィー・フォトンよりも遥かに殺傷力が高いんだよ」
「恐っ! それって防ぎようがないんじゃないの?」
「完全に密閉された金属の甲冑を着るか、エレクトロンバーストか何かで電磁シールドを作れば防げるんだが、ドワーフはマイクロ波の存在をまだ知らないからこの魔法は防げない」
「でもアゾートはちゃんと防ぎ方も知ってるんだね。あっ、フィリアの反対側でゴウキたちが暴れてるよ。あの剛腕のドワーフ兵たちがまるでゴミのように跳ね飛ばされていく・・・」
「あーあ。ドワーフ王国軍がかわいそうになるほどの圧倒的な展開だな。俺の研究によると、転移陣でここに転移できるような魔法耐性を持つ鬼人族は例外なく妖精族とのキメラだったんだ。そんな個体が何十体もいれば、純血のドワーフ族に勝ち目なんかないよ」
「そ、そうね・・・でもあんな鬼人族に勝ったアゾートって本当にすごいのね」
「俺は意識を失っていたから、ゴウキとピグマンにどうやって勝てたのか覚えていないんだが、ゴボス王は本当に一騎当千でメチャクチャ強かった。彼らを倒すとすればさっきフィリアがやったみたいに広域の破壊魔法を使うべきなんだけど、今のような乱戦状態では撃つことができないし、近接魔法や物理攻撃だけでドワーフ王国の兵士たちに彼らを仕留めることはできないだろう」
「そっかあ・・・あっ、あれを見てアゾート!」
「どうしたんだマール」
「王城の方から何かが飛んできた・・・ドワーフ王国の航空戦力じゃないかしら」
「本当だ・・・あれは小型の飛行船だ」
「飛行船ってなあに?」
「飛行船と言うのは、大きな袋の中に軽い気体を封じ込めて空に浮上する乗り物だよ。たぶんあれは数人乗りの小型の飛行船で、風魔法か何かで空中を自由自在に移動しつつ、空から魔法攻撃を行うんだろう」
「でも、その飛行船がどんどん増えてるよ。どうしたらいいのアゾート」
「上空から市民たちに攻撃を加える前に、俺たちで全機撃ち落とそう。あの飛行船の弱点はわかっていて、上部の大きな袋に穴を開ければ中の気体が外に漏れて飛行船は墜落する。ただしフレイヤーと違って強固なバリアーで守られているはずだから、絶対に近づいてはダメだ。ここからパルスレーザーを発射しよう」
「うん!」
そして機首を敵航空戦力の方向へ向けたマールは、その中の一機に照準を絞り魔法を発射した。
【光属性固有魔法・パルスレーザー】
マールの放ったレーザーは、フレイヤー1番機の機首に取り付けた砲塔から秒速30万kmの速度で前方に放たれ、一撃で飛行船を撃ち抜いた。
その次の瞬間、気球が大爆発を起こした。
「あーっ! あの気球の中に入ってるガスって、ヘリウムじゃなく水素じゃないか! あっぶねえ」
「水素って何だったっけ?」
「大爆発を起こすガスだよ。入手しやすく軽いから気球にはよく用いられてたけど、爆発を起こすから危険なんだ。だが、これで作戦が決まった」
俺は通信の魔術具を取り出すと、フリュとヒルデ大尉につなげた。
「敵の航空戦力の弱点が分かりました。上部の大きな袋の中には水素という爆発性のガスが入っているので、火にめっぽう弱い」
「・・・アーネスト中尉、水素って確か一番軽い元素よね。なるほど鉄の船が水に浮くのと同じ原理で、比重を空気よりも軽くして空を飛んでいるのね」
「さすがヒルデ大尉、もうすっかり理系女子ですね」
「・・・私は魔法アカデミーのM2なんだから当然でしょ。でも中尉、水素は酸素と結合しないと爆発はしないのではないかしら」
「その通りです大尉。だからあの袋に穴をあけて水素が酸素と触れた状態を作り出してから引火させなければならない。つまり作戦はこうです」
私は、アーネスト中尉の立案した作戦が見事に成功するのを見て、改めて彼の知識に感服した。
最初、彼から作戦を知らされてすぐに、私たちを見つけた敵空挺部隊が高速で接近して来たので、私たちは一度上空に退避した。
ドワーフの飛行船は、強力な風魔法のおかげで水平方向の動きはかなり機敏に動けるものの、上下の移動速度が緩慢なため、私たちを追って急に高度を上げることができなかったのだ。
だからといって私たちが有利とならなかったのは、バリアーの有無だ。フレイヤーは翼に受ける揚力で飛行するため、基本的にバリアーは展開できず防御力は皆無に等しい。
一方、敵の飛行船は浮力で飛行しているため、全方向に強固なバリアーが展開可能であり、一機一機が空の要塞と言える。
そんな敵航空戦力に対抗するため、アーネスト中尉の考案した作戦はこうだった。
まず敵の強固なバリアーを貫通して気球に穴をあけるために、魔力の一番高いフリュオリーネさんが小さなアイスジャベリン弾を上空から無数に発射する。
いつもはバリアーを物理的に破壊する作戦ばかりの私たちだが、最大魔力値が1500に達するフリュオリーネさんなら、飛行船のバリアーで防御することはできないというのが作戦の前提だ。
というのも、軍勢が大挙して攻め込んでくる城壁での攻防戦とは違い、上空での戦闘では敵からの強大な魔力攻撃を受ける可能性など普通は考えない。
だから飛行船を軽量化するため余計な魔術具は積み込まず、搭乗員のドワーフ数人分の魔力で展開されたバリアーを越えればいいだけというのが、アーネスト中尉の目算だった。
実際、遥かに上空から高速移動をしながら発射された無数の氷の弾丸が、一部の飛行船の気球に穴を空けて、バランスを崩した飛行船がふらつきはじめた。
そして私は今、そこから漏れ出した水素に引火させるため、はるか上空からサンダーストームを下に向けて発射した。するとアーク放電で発火した水素が、周りの酸素を取り込んで大爆発を起こしたのだ。
ドゴーーーンッ!
バーーーンッ!
酸素と結合した水素が一瞬で巨大な火の玉に変化し、はるか前方でもアーネスト中尉の乗る1番機からサンダーストームが放たれると、私と同じように巨大な爆発を生じせしめた。
氷の弾丸が命中した飛行船は、自分の爆発で粉々に吹き飛んで地上へと落下していくのだが、運良く弾丸が外れた飛行船も、爆発に巻き込まれて次々と誘爆していく。
そして何とか誘爆を免れた飛行船も、猛烈な爆風によりその船体は大きく破損し、地上に不時着せざるを得なかった。
「ジューンさん・・・あんなにたくさんいた空挺部隊がほぼ一瞬で壊滅してしまったわ。ドワーフ海軍の時もそうだったけど、アーネスト中尉とドワーフ王国の間にこれ程の科学力の差があったなんて・・・」
「本当にすごい・・・空からの雷撃で敵を葬り去るなんて、まさに天罰の見本のような戦い方でした。さすがはシリウス神の代理人、神使徒アゾート様です」
「確かに神の天罰のようにも見えたけど、水素の特性を利用した実に科学的な作戦だったわ。これは宗教ではなく、アーネスト中尉の科学力の勝利なのよ!」
「ふーん・・・ヒルデ大尉って、やっぱり神使徒アゾート様のことが好きなんでしょ」
「ち、違うって言ってるでしょっ! 私はあの人の持つ知識に惚れこんでいるだけなの。変な勘違いしないでよねっ!」
ドワーフ王自慢の最新の航空戦力、王国軍空挺部隊が一瞬のうちに壊滅してしまった。
上空に広がった地獄絵図を茫然と見つめるドワーフ市民に、イワーク親方の檄が飛ぶ。
「見たか、ワシたちにはアーネスト親方が味方についているんだ! これでドワーフ王にワシたちを止める戦力はなくなった。一気に退陣に追い込むぞ」
「おーーーっ!」
「ドワーフ王は即刻退陣せよ!」
「無能な王は立ち去れ! 我がドワーフ王国に百害あって一利なし!」
「人族との国交を樹立せよ!」
投入できる戦力を出し尽くしたドワーフ王国軍に、イワーク親方と市民たちを阻止する力はもう残されておらず、圧倒的な大人数で押し寄せた群衆は、ついにドワーフ王城を取り囲んだ。
次回、ドワーフ王との直接対決です
お楽しみに




