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第358話 エルリンとキーファ

 ヒルデ大尉が兵士たちを連れてテーブルに着いたところで、全員が集まっての昼食会が始まった。


 食事を食べながら、俺は隣のフリュにエルフ執事たちのことを聞いた。


「彼らはみんな人族の女性との結婚を希望しているのです。それで、わたくしたちの多くがすでに婚約が決まっていることをちゃんと申し上げたのですが、それでもなぜかここに通うようになってしまったのです」


「人族の女性狙いか・・・」


「仕方がないので、混血ゴブリンの里の建設を手伝ってもらおうとしたところ、全員怖がってしまって戦力にならなかったので、駐留基地で執事の仕事をやってもらうことにいたしました」


「そう言うことか。だったらカトレアとエミリーにはまだ婚約者がいないし、ちょうどいいじゃないか」


「カトレア様はまんざらでもないご様子ですが」


 見ると、執事たちはカトレアとなぜか婚約者が既にいるはずのカトリーヌの周りに付きまとって色々と世話を焼いている。


 カトリーヌのやつ、溺愛系ヤンデレ王子との婚約を解消するためにエルフ男性に手を出そうというのか。


 それより気になるのが、


「どうしてエミリーの周りには執事があまり寄り付いてないんだろう」


 エミリーも十分美人だし、あの爆乳もある。


 俺がこいつらの立場だったら間違いなくエミリーを選んでいるが、エルフ男性はもしかして、クロム皇帝と同じ貧乳フェチなのか。


 いやそれだったらカトリーヌに人気が集中するはずだし、うーん・・・わからん。


 俺が理解に苦しんでいると、それを察したフリュが俺の耳元でこっそりと、


「実はエミリー様はマールさんのことが好きなようです・・・」


「マールって・・・えーっ、マジかよそれ!」


 フレイヤーでのあの一件以来、マールを見つめるエミリーの瞳が熱を帯びているように見えたが、まさか本当に百合の世界に足を踏み入れてしまったとは。


 俺のミスで彼女に罪深いことをしてしまったと、心の中で懺悔していると、


「どうやらエミリー様の主であるローレシア女帝陛下が、臣下の一人とそういう関係になっているようなのです。だからエミリー様も女性同士のそういう関係にあこがれを持っていたと」


「えーっ! ローレシアがまさか・・・」


「エミリー様のお話によれば、騎士団長のアンリエット・ブライト伯爵令嬢と夜な夜な・・・」


「アンリエットってたしか、ローレシアの取巻き令嬢の一人じゃないか。直接話したことはないが、アカデミーの食堂で何度か見たことがある」


 まったくローレシアのやつ、あんな清楚な顔をしていながら取巻き令嬢との禁断の愛を育んでいたとは、なんてけしからん奴だ。


 そもそもアスター家の女性は性欲が強すぎるんじゃないのか。俺を見て年中発情しているフィリアとか、敵地であるポアソン領のプライベートビーチで昼間からなさっていた母親のアナスタシアとか・・・。


 まさか、Type-アスターの山田豪さんや鈴木ハナさんがそういう性癖だったとか!?


 そのあたりは鈴木ハナさんの親友だったセレーネに今度聞いてみることにしよう。




 さて昼食も終わり午後からさっそく混血ゴブリンの里の建設状況を見に行くのだが、その前にエルリンに手を引っ張られて基地の裏までやって来た。


 俺の後ろには、さっきからずっと微笑んでいるフリュと、ソワソワと落ち着きのないキーファが付いて来ていた。


 そしてエルリンが俺の手を放すと、夏の花が咲き誇るお花畑に座り込んだ。


「ここは?」


 俺はエルリンに尋ねる。


「ここはえるりんのお花ばたけです。おとうさまはそこでお待ちくださいませ」


 そう言うとエルリンは黙々と花を摘んでは、それを丁寧に編み込んで輪っかを作り始めた。それが完成するとエルリンは立ち上がってこちらに振り返り、


「はい、おとうさまのおうかんでございます」


 そして俺をしゃがませると頭に花の王冠を被せて、スカートをつまんで華麗にお辞儀をしてみせた。


「かっ、かわいいっ!」


 エルリンのあまりの可愛さに衝撃を受けていると、


「エルリン、僕の王冠は作ってくれないの」


 不安そうにエルリンを見つめるキーファだったが、エルリンはそっけなく


「きーふぁのはございません」


「どうしてだよ! 僕もエルリンの王冠が欲しいよ」


「おとうさまは国おうなのでおうかんが必要ですが、きーふぁはそうではありませんよね」


「えーっ、そんなのズルいよ~・・・じゃあ僕が王様になったらエルリンは王冠を作ってくれるの?」


「いいえ。そのときはきーふぁのおよめさんからおうかんをいただきなさい」


「だったら、エルリンが僕のお嫁さんになってよ」


「それはできません」


「どうしてだよ」


「えるふの里の者たちが、えるりんのことを恐れているからです」


「そんなの僕が守ってやるから大丈夫だよ」


「それにわたくしは、いずれおとうさまとともに国に帰るのです。きーふぁはここでえるふのお嫁さんをみつけて、しあわせにくらすとよいでしょう」


「嫌だ! 僕は絶対にエルリンをお嫁さんにする」


 その後もキーファの猛アタックが続くが、子供同士のこういうやりとりを見ていると、ほのぼのとするというか、どこか甘酸っぱい感じがしてたまらない。




「最近は完全に諦めていたが、最初はエルリンをエルフの里に預けようと考えていた。だからキーファがエルリンを嫁にもらってくれるのなら、応援したい気持ちがあるのだが」


 俺は隣にいるフリュにそう言うと、フリュは少し困ったような顔をして、


「ですがエルリンは自分がエルフの里に受け入れられないことを理解しています。現実問題としてあの子はメルクリウス=シリウス教王国に連れて帰った方がいいと存じます」


「・・・やはりその方がいいか。でもそれだとキーファが少し可哀そうだな」


 少年の淡い初恋が失恋で終わるのはよくあることだが、なぜか俺はキーファに感情移入してしまい、何とかしてあげたい気持ちになっていた。


「ですがキーファはまだ30歳ですし、成人するにはあと10年はかかります。エルリンもまだ2歳ですがあと1、2年でわたくしたちと同じ姿まで成長するのです。あの二人を結婚させるのはさすがに無理があると存じますが」


「なにーっ! キーファはもう30歳にもなるのか。てっきりエルリンより年下かと思っていた」


 そもそもエルフの成人が40歳というのが遅すぎるが、だとしたら30歳は人族でいう思春期真っ只中。


 キーファってちょっとガキ過ぎない。お前の発言、幼稚園児レベルじゃねえかよ!


 俺はキーファのことが一気にどうでもよくなった。


 エルリンはさっさと国に連れて帰って、王国貴族と結婚させることにしよっと。





 その後エルリンとキーファも連れて混血ゴブリンの里に転移した。そこは俺の予想以上に里が完成に近づいていた。


 同じ形の家ばかりが軒を連ねた里ではあったが、既にそこに住み始めている混血ゴブリンたちの種類によって、里の様子は若干異なっている。


 エルフゴブリンの里はどこかのんびりとしていて、ハープを引く若い女性の姿もあった。兎人族はいろんな野菜を取って来てはせっせと料理を作っているし、栗鼠人族は森でとってきた木の実を集めて全員総出で木の実をすりつぶして加工をしている。


 鳥人族と犬人族はお互いに森でとってきた獲物を交換して協力して暮らしている。あの族長たちもこれぐらい仲良くしてほしいものだな。


 そして何だかよくわからない謎種族は、フィリアとエレナの指導の下、戦闘訓練を繰り返している。


 ・・・あの二人、戦闘以外にやることないのかよ。


 そんな混血ゴブリンたちは、生活を営みながら自分達の里の建設を進めている。家の建築が終わったので今度は共通施設に手を付けており、道路を綺麗に舗装したり集会場のような大きな建物を建設している。


 こんな土木作業ばかり2か月もやって来たからか、混血ゴブリンたちの手際が驚くほど良くなっている。俺の隣にやって来たヒルデ大尉も感心した様子で、


「大したものね、この混血ゴブリンたち。とてもつい最近までゴブリンの巣穴に閉じ込められていたとは思えないほど、土木作業が上手になって」


「そうですね。たぶんゴブリンの成長速度とそれぞれの種族の特徴が上手くマッチして、かなり優秀な種族が出来上がったようです」


「ゴブリンが優秀?」


「生存競争と自然淘汰です。今でこそ彼らは平和そうに暮らしていますが、その陰にはこの何十倍もの混血ゴブリンがその命を失ってきたはずです。とんでもない劣悪な環境の中でそれでも生存競争に勝ち残ってきた強靭なキメラ生命体。それがここにいる混血ゴブリンの正体なんです」


「なるほどね。ゴブリン王国はゴボス王のはるか以前から積極的に他種族を取り込んできたのだけど、その結果があの混血ゴブリンを誕生させたわけね」


「ええ。たぶんゴボス王自身が、あの混血ゴブリンの中から生まれたのだと思います。あれほどの強大な魔力とパワーはゴブリン本来のものではありませんでした。あの魔力はエルフ由来かも知れませんし、あのパワーは何か他の種族、例えばオーガかも知れません」


「オーガと言えば、ゴブリン王国と並んで帝国軍が監視対象としている集団がいるのよ」


「マジですか・・・鬼人族とはあまり関わり合いたくないのですが、まさかゴブリン王国に攻めて来たりしないですよね」


「鬼人族同士は住み分けができていてあまり戦わないから大丈夫だと思うけど、妖精族には容赦ないから、エルフの里に攻め込んでこないことを祈るばかりね」


 なるほど。そんな危険な集団がもしゴブリン王国と仲が悪いのなら、お互いに潰し合ってこれほど大きな集団に成長することはなかったはずだ。


 つまり天敵がいないことが鬼人族によるスタンピードが周期的に発生する原因にもなっているのだ。




「話は変わりますが、さっきの昼食の時、エルフ男性たちがカトレアとカトリーヌに群がっていましたが、ヒルデ大尉には全く近づこうとしませんでした。大尉はエルフの里が長いし、独身なのはみんな良く知っているはずなのにどうしてかなと・・・」


「中尉は鈍感なのに、意外とよく見ているのね。理由は簡単で、私と結婚できないことをみんなよく知っているからよ」


「・・・ということは大尉もエミリーと同じ百合!」


「バカねっ、そんなはずないでしょ!」


「ということはもう婚約者がいるとか。だってヒルデ大尉はかなりの美人だし、今年で20歳でしょ。さすがに男どもが放っておかないと思いますが」


「そんなお世辞を言っても中尉が得する事なんか何もないわよ。でも残念、私に婚約者なんかいないし結婚の予定もないわ」


「じゃあ、もしかして独身主義者とか?」


「うーん、別にそういう訳でもないんだけどね・・・一度結婚の話が持ち上がったんだけど、結局相手には断られちゃったし、他にいい人が見つかればいいんだけど、中々こればっかりは・・・」


「まさかっ! ヒルデ大尉との結婚を断るようなバカな男がこの世に存在するとは・・・これほどの美人で強大な魔力まで持っているんだから、どんな貴族家でも三顧の礼を持って迎え入れられるはず!」


「ウフフ、じゃあ中尉がいい人を紹介してくれる?」


「それはもちろん構いません。大尉の価値もわからないような平民男性なんか相手にせず、俺の商売相手の帝国貴族を紹介しますよ。・・・いや失礼しました、そう言えばご両親を帝国貴族に殺されたんでしたね。ちょっと発言が軽率過ぎました・・・」


「いいのよ中尉。私に気を使ってくれているなら礼を言うわ。ありがとう」


 それだけ言うと、ヒルデ大尉は俺の傍から立ち去って行った。

次回、エルフの里にあの男が


お楽しみに

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