第354話 ドワーフの里
猫族の里から南西の方角に馬で3日ほど移動した場所にドワーフの里はあった。ただ、里と言ってもその言葉からは大きくかけ離れ、城塞に囲まれた一つの都市国家だった。
堅固な城壁には石材に特殊な魔金属が練り込まれ、魔法防御力が強化されている上に、マジックシールドによる結界まで張り巡らされている。その厳重さは魔法王国ソーサルーラにどこか通じるものがある。
その出入り口となる東の城門では、ドワーフの門番が怪しい人物を厳しくチェックしている。
ヒルデ大尉によると、帝国軍は出禁状態であり普段はこの門から入れてもらえないのだが、エルフ族長のシグマリオンの紹介状があれば入城が許される。
俺が門番に紹介状を見せると嫌な顔をしながら、
「ふん・・・また野蛮な人族どもが性懲りもなくやって来たか。エルフの族長の紹介だから入れてやるが、用事が済んだらとっとと出ていってくれよ」
こうして入城を許された俺たちは、ドワーフの里へと入って行った。
城門から先は石畳でできた大通りになっていて、石造りの街並みが奥の方まで続いている。周囲では小柄だが筋骨隆々のドワーフたちが忙しそうに動き回り、様々な工房が軒を連ねていて至るところから金属音が鳴り響いている。
その中の一つを覗いてみると、口ひげをたくわえたドワーフ数人が鉄を打っている。親方らしきドワーフが弟子たちを大声でどやしつけているのを見ると、中世から近世ヨーロッパでも見受けられた徒弟制度がここでも行われているようだ。
そんな大通りをさらに進んでいくとやがて金属音が鳴りを潜め、今度は軒先に肉や果物、野菜などが並べられた市場が見えて来た。
ここではドワーフの女性たちが一生懸命商売をしているのだが、女性もみんな小柄で若々しく・・・ていうか少女のような幼い顔立ちで、大量の果物がぎっしり詰まった大きな木箱を一人で軽々と持ち上げては、倉庫から店の軒先へと運んでくる。
「まるでエレナみたいだな・・・」
ドワーフの女性は全員が幼女で怪力の持ち主。ここにエレナが混ざっていても全く違和感がなさそうだ。
そんな市場を歩いていると、屈強なドワーフ男性からはジロリと睨み付けられる一方、物売りのドワーフ女性からは愛想よく声をかけられる。
「おや、人族なんて久しぶりだね。何か買って行っておくれよ」
容姿は人族の幼女だが、その声は完全に中年のオバサンのものだった。
「これが本物のロリBBAか・・・」
いつまでも感心ばかりしていられないため、何か注文をする。
「じゃあ、フルーツジュースを3つくれないか」
「あいよ、じゃあ銅貨3枚ね」
俺は帝国の銅貨で支払うと、
「ちょっとこれ帝国の銅貨ね・・・人族の硬貨は質が悪いから少し割増しでいただくわよ」
俺は銅貨を引っ込めて代わりに銀貨1枚で支払うと、銅貨5枚をおつりとして受け取った。ちなみにドワーフ族は人族と同様、金貨1枚が銀貨10枚、そして銅貨100枚の価値を持っているようだが、帝国銀貨1枚はドワーフ銅貨8枚分の価値とみなされたようだ。
俺たちはベンチに座ってジュースを飲みながら、おつりとして受け取った銅貨をじっくりと眺めてみる。
確かに帝国の銅貨と比べると純度も高そうだし、表面に描かれた刻印もかなり精緻に彫られている。
つまり、ドワーフ族の工業レベルは帝国よりも上。アージェント王国よりはるかに進んだ工業文明を持っているということになる。
ジュースを飲み終えると再び市場を散策し、やがて街の中心にあるドワーフの族長の館・・・・というか王城にたどり着いた。
城の門番にエルフの族長からの紹介状を見せ、族長への謁見を申し込むこと数時間、ようやく許可が下りて城の中へと入って行く。
城門の中は広い庭になっていて、そのずっと先に城の建物の中に入るための門がある。そこから入ると中は広い廊下になっていて、謁見の間へと続いている。
謁見の間には玉座が二つ並んでおり、口髭を蓄えたガッシリとしたドワーフの男性と幼女が座っている。この二人がドワーフ族の族長夫妻なのだろう。
俺たち3人は彼らの前まで歩み寄ると、ヒルデ大尉がいつものように挨拶を始める。
「初めましてドワーフ王。私はエルフの里の担当をしているヒルデ大尉、この二人はゴブリン王国の担当のアーネスト中尉と副官のテトラトリス少尉です」
「・・・それで用件は何だ。国交の話なら人族と結ぶ気はないからとっとと帰ってくれ」
「いいえ、今日はその話ではありません。実は魔王ネプチューンの末裔を探すためにウンディーネとシルフィードの手掛かりがないかお聞きしたかったのです」
ヒルデ大尉が猫人族の女王への説明と同じようにドワーフ王に話すが、
「ウンディーネとシルフィードだと?」
ドワーフ王が俺たちをギロリと睨み付けると、
「どうやらシグマリオンの奴がお前たちに余計な話をしたようだが、彼らに会わせることはできん。用事がそれだけならもう帰ってくれ」
機嫌を悪くした族長が俺たちの面会を切り上げようとする。
「待ってくれドワーフ王。俺たちは別にウンディーネをどうこうするつもりはなく、彼らの中に流れる魔族の血の調査がしたいだけなんだ。それが終わったらすぐ帰るから、もしこのドワーフの里にいるのなら一目だけでも会わせてくれ」
だが族長はさらに機嫌を崩し、
「ここは里ではなくドワーフ王国だ。他のドワーフの部族と一緒にされては困る」
「失礼しましたドワーフ王。もし何か条件があるなら言ってください。できることなら何でもします」
「できることなら何でもするか。だが工業力ではるかに劣る貴様ら人族にやってもらうことなど何もないがな。さあ時間の無駄だからとっとと帰れよ、この原始人どもが!」
その後粘っては見たもののドワーフ王の機嫌が直ることはなく、最後は衛兵につまみ出されてしまった。
ドワーフから見れば、人族で最高の工業力を誇るランドン=アスター帝国でさえも文明度の低い蛮族にしか見えないのだろう。
「参ったな。ドワーフと帝国の折り合いが悪いとは聞いていたが、ここまで酷いとはな」
宿屋に部屋を借りた俺たちは、1階の飲み屋でテーブルを囲みながら、これからどうするかを相談した。
「私も詳しい経緯は知らないのだけど、ドワーフ王は帝国のことをバカにしていて、これまで何度も工作員を交渉に送り込んだんだけど、中々駐留を許してもらえないのよ」
「他のドワーフ族と交流があるのなら、そこの族長から口添えをしてもらえないのですか」
「もちろんやっているとは思うけど、ここが圧倒的に大きな里だから他の族長の言うことなんか聞かないのよ。何せ自分のことを「ドワーフ王」と呼ばせているぐらいだから。それでドワーフ王に謁見をする時は、妖精族でも一目置かれているエルフの族長シグマリオンの紹介状が必ず必要なの」
「・・・仕方がない。ドワーフ王はもう当てにせず、俺たちだけで調査を進めるか」
俺と大尉がため息をついていると、ずっと黙っていたジューンが話に入ってきた。
「恐れながら神使徒アゾート様、ウンディーネ族は遥か西の海洋にいるというお話でしたので、わたくしの領地になった港町トガータからメルクリウス艦隊を出すというのはいかがでしょうか」
「西の大洋の先と言えば確かにトガータの南方という可能性もあるな。・・・だが海は広いし、場所が特定できないととてもじゃないが探せない」
「それもそうですね・・・では、ドワーフとウンディーネとの間に航路が開かれているかもしれないので、港で情報を集めるというのはいかがでしょうか」
「航路か・・・もし未だに交流を続けているのであれば確かにその可能性はある。ジューンの言う通り、まずは港で情報収集を行おう。港はたぶん西だと思うけど、場所は載ってますか大尉?」
「いいえ、ガイドブックに載ってないところを見ると、港に行った工作員はまだいないようね。おそらくドワーフ王との交渉が決裂して、港に行ってる余裕がなかったのかもしれないわ」
「そうですか・・・じゃあ明日は散歩がてら港でも探しに行きましょうか」
翌朝俺たちは港を探すために街の西の方へと歩いて行ったが、中々それらしい雰囲気の場所にたどり着かない。仕方なくドワーフの職人らしき男に港の場所を尋ねてみた。
「港? そんなもの街中にあるわけないじゃないか。西の城門から出た隣の区画に行け」
言い方はぶっきらぼうだが、教えてくれるだけありがたかったので、ドワーフにお礼を言って西の城門から外に出てみた。
するとすぐ目の前には驚くほど大きな港と、たくさんの船が係留されていた。
「すげえ・・・」
「ドワーフがこんな立派な港を持ってたなんて初めて知ったわ。中尉、船の近くまで行ってみましょう」
そして船に近づいていくと、そこで驚くべきものを目にする。
「まさか・・・ここにあるのは鉄の船じゃないか! しかもこんなにたくさん。ドワーフ王国の造船技術はここまで進んでいたのか」
港には従来型の木造船とともに、それより一回りも二回りも大きい鋼鉄の船が何隻も係留されていた。
だがヒルデ大尉とジューンは鉄の船を見たことがないらしく、なんで鉄が水に浮かぶのか俺に質問を浴びせかけた。
「鉄の船と言っても、中は空洞だから船全体で見れば水よりも比重が小さくなって水に浮かぶんだよ」
「そんなことないわ。鉄が水に沈むのは子供でも知っている常識よ。中尉はアカデミーの授業をちゃんと受けて来たの」
「午前の魔法の授業はちゃんと受けてたよ。午後の一般教養は全部サボったけど」
「ほらっ! だから中尉は鉄が水に浮くなんてことが平気で言えるのよ。バカねっ!」
「だ・か・ら・そうじゃなくて!」
【土属性初級魔法・ウォール】
論より証拠とばかりに、俺は地面から二つの鉄球を召喚した。
「今召喚したのは2つとも鉄の球で、重さはどちらも7.85グラム。つまり鉄の比重と同じ重さだ。小さい方はただの鉄の塊で、大きい方は中に空洞を作って直径がちょうど2倍になるように膨らましたものだ」
俺は大尉とジューンに二つの玉を渡す。二人は二つの球を見比べたり重さを図ったりしてたが、説明に納得したのかそれを俺に返した。
「さて大きい方の球の体積は小さい方のちょうど8倍になるので比重は0.98。水の比重は約1なので大きい方は水に浮くはずだ。やってみよう」
【水属性初級魔法・ウォーター】
収納魔術具から俺の茶碗を取り出し、そこに魔法で水を灌いで両方の鉄球を水の中に静かに入れる。
すると小さい方は茶碗の底に沈んだまま微動だにしなかったが、大きい方は水の中を浮遊した後ゆっくりと水面近くに上がってきた。
「えーっ! どうして鉄が水に浮かぶの!」
「神使徒アゾート様、これが神の奇跡なのですね」
大尉とジューンが俺の茶碗にかぶりついて水の中を漂う大きな鉄球を不思議そうに見ている。
俺が満足そうに二人の驚く様子を眺めていると、突然後ろから男に声をかけられた。
「兄ちゃん、さっきからずっと見てたけど随分と鉄の船に詳しそうじゃねえか」
振り返るとそこにはドワーフの男が腕を組んで、俺を興味深そうに見ていた。
「そのなりはブロマイン帝国の軍人だな」
「そういうあなたは?」
「ワシか? ワシはここで造船工房を営んでいる親方のイワークだ」
「造船工房・・・もしかするとこの鉄の船は親方が作ったのですか?」
「そうだ。もちろんこれだけの巨大な船だから色んな工房が集まって作ってるんだが、ワシは船の設計を担当している」
「船の設計! そ、それはすごい・・・もしよければイワーク親方の工房を見せてもらえませんか」
「普通は人族なんかに見せたりしないが、兄ちゃんは鉄の船に詳しそうだし特別に見せてやろう」
「よっしゃーっ! ありがとうございます!」
そして俺たちはイワーク親方の工房へ招かれたのだが、この偶然の出会いがウンディーネへとたどり着く突破口となった。
次回、アゾートの快進撃開始
お楽しみに




