第353話 猫人族の里
ウンディーネとシルフィードの手掛かりを求めて、これからドワーフとの接触を試みるのだが、目指すは2種族に船を提供したというドワーフ族最大の里だ。
帝国軍はいくつかのドワーフの小集団とは関係を築くことはできたものの、この里とは今だに折り合いが悪く、駐留基地を設置できていない。
つまり転移陣による跳躍はできないということだ。
「ヒルデ大尉、ドワーフの里にはどうやって行くのがいいですかね」
ドワーフの里はここエルフの里とは正反対の帝国軍コードA-24にあり、フレイヤーを使っても移動にはかなりの日数を費やす。
「私たち工作員がドワーフの里に行く時は、その近くまで転移してから馬で移動するのよ」
「ということは、近くに基地があるんですね」
「帝国軍コードB-23、猫人族の里よ」
「猫人族っ! マールのコスプレではない本物の猫人族についに会えるのかぁ」
「私のコスプレで悪かったわね!」
「痛てえっ!」
いつの間にか隣にいたマールが頬を膨らませて俺の手の甲を力一杯つねった。
兎人族の件があってから、マールは猫人族のことがお気に召さないようだ。
「はいはい。イチャつくのはそれぐらいにして、早く話を進めましょう」
大尉が両手を腰に当てて話を進める。
「失礼しました。それで猫人族の里まで転移するんでしたよね」
「ええ。ここからだとほぼ大陸横断になるので、普通は何日かに分けて転移するものだけど、私たちなら一気に転移が可能だと思う。ただ手持ちの魔石が残りわずかなので全員で行くのは厳しいわね。片道分で3名が限界かな・・・」
「あの魔石でたった3名しか転移できないのか。だとすると、アージェント王国式の軍用転移陣をセットしたとしても、魔力が1000近く必要ということか。つまりアポステルクロイツの指輪を使ったとしても、フリュしか跳躍できない」
「まあ、帰りの魔石ぐらいは猫人族の里の駐留基地で融通してもらえるとは思うけど、あれだけ持ってきた魔石がもうなくなってしまったのが計算外なの。やはりどこかから調達した方がいいと思うけど、犬人族の魔石鉱山から3万Gで購入することも最悪考えた方がいいかもね」
「魔石に3万Gは払いたくないが・・・」
きっとドワーフの里に行けばまともな値段で魔石を購入できると思うが、譲ってもらうにはウンディーネの情報を得られるぐらいには彼らと仲良くなっておく必要がある。
結局目指すゴールは一つか・・・。
「それで猫人族の里へ行くメンバーは誰にするの?」
「うーん、どうしようかな・・・。俺と大尉は確定としてあと一人。フリュにはエルリンの世話があるし、混血ゴブリンの居住区建設の指揮をお願いしたいからここに残ってもらうとして、やはりジューンかな」
「どうしてジューンさんなの? 単純な戦闘力なら、エレナちゃんかフィリアだと思うけど」
「俺の魔力属性は火、水、土、雷の4つで、大尉は確か風、土、雷の3つでしたよね。つまり光と闇が使えない。この不足を一人で担えるのはジューンだけ」
「そう言えばジューンさんは聖女だったわね」
「ジューン、ついて来てくれるか?」
俺は一応確認するが、彼女の答えは聞くまでもなく決まっている。
「承知いたしました神使徒アゾート様。このジューンが地の果てまでもお供いたします」
そんなジューンにフリュが声をかける。
「ジューン様、アゾート様のことをよろしくお願いします。本当はわたくしがついて行くべきですが、エルリンをはじめ混血ゴブリンたちのことを任されましたので、今回はジューン様が適任と存じます」
以前とは違い、ジューンの立場が正式に決まったため、無駄に警戒することはなくなったようだ。そうなると元王族の姫同士、お互いに信頼がおける仲間ということなのだろうな。
そしてここに残るみんなには引き続き混血ゴブリンの里プロジェクトの推進をお願いする。
フリュにはエルフゴブリンと統括リーダーを、兎人族はマール、栗鼠人族はカトリーヌ、鳥人族はエミリー、犬人族はカトレア、その他をフィリアとエレナ。
またフィリアとエレナには引き続き、ゴブリン王国の指導をお願いした。
みんなに見送られて転移陣を作動させた俺たちは、残りの魔石を全て使い果たして一気に大陸を横断、猫人族の駐留基地にジャンプした。
「おえーっ!」
「し、神使徒アゾート様・・・は、吐き気が」
「・・・さすがに無茶し過ぎたわね、うっ・・・」
エルフの里からまさかの大陸横断を果たし、転移酔いで悶絶している俺たち3人を、駐在員たちが呆れた目で見つめていた。
しばらくしてようやく体調が戻った俺たちは、担当工作員(中年のおっさん士官)に挨拶をすると、少しばかりの補給と軍用馬を借り受けて、猫人族の里に馬を走らせた。
外は快晴で、遠くの空に大きな入道雲が見える。
「暑っちーー!」
かなり南に来たこともあり、ここは既に夏真っ盛りのようだ。
周りもヤシの木とか南国風の木々がまばらに生えているだけで他は青々と茂った雑草。そんな草原を少し行くととすぐに猫人族の里に到着した。
猫人族の里は、中も外もトロピカルムード一色だ。だだっ広い敷地の中にポツポツと南国風のコテージが建っていて、大きなヤシの木の木陰では猫人族が昼寝をしている。
里の中を進んでいくと、ハンモックで昼寝をしているビキニ姿の猫人族があった。
完璧なプロポーションにこんがりと焼けた肌が、健康的な美しさを際立たせている。
またその近くでは、ビーチチェアーに寝そべりながら美味しそうにジュースを飲んでいる猫人族の若い女性の姿や、オープンテラスでスイーツを楽しんでいる猫人族の少女たち、昼間から酒を飲んで歌を歌っている猫人族の青年たちの姿もあった。
そのいずれも噂通りの美男美女・・・というか猫耳を付けたカワイイ系の人族の男女という感じで、誰も働かずに楽しそうにのんきに暮らしている。
だがここで一つ大きな疑問がわいてきた。
「獣人族というわりにはモフモフ感が皆無。こいつらひょっとして人族が猫耳つけてるだけじゃないのか」
こいつらの姿を見ていると、兎人族の里でマールが猫人族に間違えられたのも納得がいくし、エルフの容姿を損なわないから結婚相手に好まれるというのも、さもありなんだ。
「・・・ていうかあの猫耳、本物なのかコスプレ用なのか確かめたい」
その辺にいる猫人族に耳を触らせてもらおうかどうか迷っているとヒルデ大尉が、
「中尉。ここには何の用事もないから、このまま素通りしてドワーフの里に向かいましょうか」
「用事が何もないって、まだあの猫耳が本物かどうか確かめてないんだけど」
「何を言ってるのよ、本物に決まってるでしょ!」
「ほんとかなあ・・・そ、それにせっかく来たんだから族長には挨拶していきましょうよ」
「うーん・・・それもそうね。挨拶ぐらいはしておきましょうか」
ヒルデ大尉に連れられて3人が到着したのは南の島の大王の宮殿みたいな場所で、中に入るとカメハメハ大王ではなく中年女性が大きな椅子に寝そべりながら若い男たちを周りに侍らせて、大きなうちわで扇がせていた。
そして俺たちの来訪に気が付くと、ゆっくりと起き上がって怪訝な顔をした。
「そなたらは帝国兵だな。見慣れぬ顔だがここへ何しに来たのじゃ」
すると大尉が女性に向けて丁寧にあいさつをする。
「初めまして猫人族の女王様。私はエルフの里を担当しているヒルデ大尉と申します。そしてこの二人は、ゴブリン王国担当のアーネスト中尉と副官のテトラトリス少尉です。ドワーフの里に向かう途中でここに立ち寄らせていただきました」
この猫人族のオバサン、女王なのかよ・・・。
「ほう・・・エルフの里の担当をその若さでやっているとは随分と大したものだが、ゴブリン王国とはまさかあの悪食王ゴボスが率いる最凶最悪のあのゴブリン集団ではあるまいな」
「はい、彼はそのゴボス王率いる最凶最悪のゴブリン王国の担当工作員です」
「・・・本当なのか」
ヒルデ大尉の言葉に、それまで面倒臭そうにしていた族長が急に椅子から立ち上がった。
グラマラスなダイナマイトバディーに真っ赤なビキニを着けたオバサンが、腰をくねくねさせながらゆっくり俺に近づいてくる。
そしてまじまじと俺の顔を見つめるのだが、ちょっと顔が近すぎる・・・。
「そなたアーネスト中尉と言ったな。どうやってあのゴボス王を手なずけ、ゴブリン王国への駐留を許されたのじゃ。申してみよ」
興味深そうに至近距離で俺を見る猫人族の女王に、俺はありのままを伝える。
「いや、説得したんじゃなく・・・ゴボス王だと知らずに倒してしまったんです。い、一応帝国軍の亜人ルールには抵触しなかったので、出禁処分にはならずに済んだし、そのままゴブリン王国の担当者としてゴブリンの少子高齢化を促進していくことになりました。まさに日本のお家芸ですし・・・」
「・・・・・」
「・・・・・」
しばらく沈黙が続く。
ずっと至近距離で見つめ合う俺と猫人族の女王だったが、やがて女王は踵を返すと自分の椅子に戻って腰かけた。
「ふむ・・・あのゴボス王を倒したなどとにわかには信じられんが、そなたたち3人は恐ろしく強い魔力を秘めているようだな。なぜ帝国はそなたたちのような者をこの獣人大陸(猫人族の呼び方で、帝国でいう南方未開エリアのこと)に送り込んできたのだ。まさか我々を征服するつもりではあるまいな」
俺たちに警戒心を持ったこの女王からは、わずかながら魔力を感じる。
だからだろうか、俺たちの魔力をただ恐れるのではなく、その強さを冷静に推し量ろうとしているのがわかる。そんな女王にヒルデ大尉が答える。
「我が帝国に獣人大陸を征服する意図はありません。我々3人がここに来たのは、かつてネプチューン帝国を築いた魔族の子孫を探しているのです」
「ネプチューン帝国だとっ! あの伝説の魔族どもの末裔を探しているというのか・・・」
エルフの里の族長からネプチューン帝国の存在を教えてもらったことで、俺のSubject因子分布調査はそのままヒルデ大尉の言ったような話になる。
そしてこの方が獣人族の族長への説明が簡単なのだ。一言で済むからな。
「女王様には何か心当たりはありませんか」
「魔族の末裔どもには全く心当たりがないな。伝承以上のことは何も分からないし、魔族は既に死に絶えてその血筋はウンディーネとシルフィードに取り込まれたとしか聞いていない。その2種族も魔王の復活を恐れてこの獣人大陸から逃げ去ったと言うではないか」
この猫人族でも魔族の伝承は伝わっており、2種族がこの大陸からいなくなったという話まで全く同じ。そしてこの里には2種族の痕跡はない。
ならここに長居しても仕方がないし、挨拶も終わったし予定通りドワーフの里に向かうことにする。
俺はここを立ち去る前に一つだけ女王に質問した。
「女王陛下、最後に一つだけお聞きしたいことがあります。猫人族の里では誰も働いていないようですが、それでよく生活が出来てますね」
エルフもみんな遊んでばかりいたが、猫人族はさらに輪をかけて怠けている。エルフの森のように果実が実っているわけもないしどうやって暮らしてるんだ。
そんな俺の疑問に女王が理由を教えてくれた。
「我々猫人族は、男も女も他種族から結婚相手として人気があるのじゃ。だから嫁や婿を送り出してやる代わりにその種族の者どもがこの里にやって来て、我々の代わりに働いてくれている」
こいつら、他種族をコキ使ってやがったのか!
「と、兎人族の族長から聞いた話では、猫人族の血が入ると美しい容姿の子供ができると評判ですね」
「他種族の美醜はいまいちよくわからんが、どうやらそうらしいな。それに我々猫人族は繁殖力が高い上に他種族と混血すると猫人族の特徴が出にくいらしく、様々な種族から引く手あまたなのじゃ。それこそ鬼人族から妖精族まで」
「鬼人族からも引き合いがあるんですか!」
「オーガ族からの引き合いがある。彼らはゴブリンやオークと違って繁殖力が低いので、猫人族の繁殖力に頼りたいのだろう。オーガは力が強いから、彼らを狩りにこき使えば肉が食べ放題なのじゃ」
そう言って女王は笑って言った。
猫人族は自分たちの価値を最大限に利用して、この南方未開エリアをたくましく生きているようだ。
「ところでアーネスト中尉」
「なんでしょうか女王陛下」
「そなた、ここの担当にならないか」
「ここにはもう担当がいるじゃないですか」
俺はさっき挨拶した担当工作員を思い浮かべる。
40前後の小太りで髪の毛が後退したオッサンで、脂ギッシュではあるが人は良さそうだった。
「・・・そなた、いい男だな。引き締まった身体といい、可愛げのあるその顔もわらわの好みだ。それにあのゴボス王を倒すほどの強さも持っておるし、ここの担当になってくれれば、わらわの親衛隊のメンバーに加えてやってもよい」
「親衛隊って・・・」
女王の周りにいるのは、俺と同じぐらいの年齢の美少年たち。ピチピチのブーメランパンツをはいて肉体美を惜しげもなくさらけ出している、男のフェロモン放出しまくりの4人組だ。
その4人が俺に笑顔を見せながら、セクシーポーズを決めてきた。
まさか俺をあそこに加えようとしているのか、このオバサンは!
「そなたとの間にできた子供なら間違いなく王位を継がせることができようぞ。さあ奥の部屋で二人だけでゆっくり話をしよう」
そう言って女王が再び椅子から立ち上がると、腰をくねくねさせながら、艶かしくこちらに歩いてきた。しかも真っ赤な唇を舌なめずりして・・・。
ひーっ!
「いやいや、俺はまだゴブリン王国の担当になったばかりで、猫人族の担当はできません! 今日はこれで失礼いたします!」
俺は大尉とジューンの手を引いてその場を退散し、猫人族の里から全速力で逃げ出した。
次回、ドワーフの里
お楽しみに




