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第349話 空の旅

 エルフの里へ向けて飛び立った3機のフレイヤー。その一番後ろを飛行する俺たち1番機では、俺の膝の間にマールが座って二人で操縦している。


「なあマール、俺の身体からゴブリン臭がしないか」


「うーん・・・少し匂うかも」


「やっぱりっ! 1週間もゴブリンの巣穴に閉じこもっていたから、ゴブリン臭が身体中に染み込んでしまったんだ」


「でもそんなに酷くないよ。どちらかと言えばフィリアの香水の匂いの方が強いし」


「あいつもゴブリン臭を気にしてたから、この香水を貸してもらったんだけど・・・」


「ふーん・・・でもその香水、フィリアの匂いがしてちょっと嫌だな」


「え?」


「後で私の香水を貸してあげるからそれをつけて」


「マールのを?」


「うん。そしたらアゾートが私のものになったみたいで嬉しいから」


「俺がマールのものって・・・エミリーが後ろで聞いてるんだし、そんな恥ずかしいこと言うなよ」


「そ、そうね・・・エミリーがいたのを忘れてた」





 そしてしばらく沈黙が続いた後、


「・・・ねえアゾート」


「何だいマール」


「さっきから私にイタズラしてるでしょ・・・」


「・・・・・」


「とぼけてもダメ。魔力の出し入れをそんなに激しくされたら私・・・」


「ごめん。イタズラしてるわけじゃなく、ゴボス王との戦いで魔力がまた強くなったみたいで、制御に苦労しているんだ」


「そっか・・・」


「気になるなら後部座席に行こうか?」


「ううん・・・このままがいい。それにこのイタズラ嫌じゃないし、アゾートの魔力が私の中に入ってくるたびに、私がどんどんアゾートのものにされていく気がして嬉しいの」


「だからそういうこと言うなよ。恥ずかしいだろ」


「恥ずかしくてもいいの。・・・私は大丈夫だから、魔力を制御せずにそのまま流してもいいのよ」


「でもそれだと魔力が逆流してマールの中に・・・」


「うん・・・」


 そう言ったマールの耳は真っ赤になっていた。操縦がしやすいように長い髪を後ろで束ねているので耳が良く見える。


「マールの髪は今日もきれいだな」


「ありがとう。・・・アゾートが好きだって言ってたポニーテールにしてみたの。髪、触ってもいいのよ」


「今は飛行中だから後にするよ。だって髪の毛から魔力を送り込むと、本当にマールの身体を俺の魔力が突き抜けてしまうから」


「もうっ、そういうのは黙ってしてくれればいいのに・・・鈍感なんだから」





 そうして午前は何事もなく飛行を続けると、やがてフリュから通信が入り、昼食のために全機着陸した。


 広い草原に椅子とテーブルが用意され、カトレアとエミリーによる豪華な料理が振舞われる。その昼食会でいきなりエミリーがブチ切れた。


「もう一番機なんか嫌よ!」


「突然どうしたのよ、エミリー」


 いつもおっとりしているエミリーがカンカンに怒っている。驚いたカトレアが理由を聞いてみると、


「だってアゾートくんとマールちゃんが操縦席でずっとイチャイチャしてるんだもん。私は一体何を見せつけられてるの、もう地獄よ地獄っ!」


 確かに少しはイチャついたかもしれないが、地獄と言われるほどはやってないはず。だがエミリーがあんなに怒っているし、何とかしなければ。


「わかったよエミリー。午後は俺が後部座席に行くから、エミリーがマールと二人で操縦席に座るといい」


 俺の提案にマールも、


「ごめんねエミリー。私もイチャイチャしているつもりはなかったんだけど、アゾートがたくさん魔力を送り込んでくれるから、つい嬉しくて」


 一見エミリーに謝っているように見えて、頬を赤くして照れてるマールは、ただ惚気ているだけだった。





 そして午後はエミリーの膝の間にマールが座り、魔力が弱いエミリーが直接操縦管を握り、その上からマールがしっかり握ってフレイヤーを操縦する。


 だがフレイヤーが飛び立つと同時に、それが始まったのだ。


「あっ・・・あっ・・・あっ・・・」


 操縦席からエミリーの声が絶え間なく聞こえる。


 マールの魔力がエミリーの身体を通り抜けるたびに、どうしても我慢出来ずに声が漏れてしまうようだ。


「あっ、マールちゃんちょっと待って・・・あ・・・あああっ!」


 恥ずかしくてとても聞いていられないのでとっとと寝ようと思ったが、俺も魔力を供給しないといけないため我慢して後部座席のレバーを握り続ける。


 その後もずっとエミリーの艶かしいあえぎ声が機内に響きわたり、なんともいえない空気が支配する。


 ・・・これはエミリーの言う通り、地獄だな。




 ようやく1日目の飛行も終わり、見晴らしい草原の丘に着陸するとそこで野営することになった。


 フレイヤーにバリアーをかけた俺は、天幕を組み立てているマールとエミリーの所に向かう。


「マール、エミリーとの操縦はどうだった? 問題がなければ、明日もこの組み合わせで行こうと思う」


 エミリーの声には正直悩まされたが、他人の魔力が身体を突き抜ける感覚はそのうち慣れると思う。エミリーからも特に文句は出ていないし、明日からはもう少し声を抑えてくれるはずだ。


 だがマールが、


「・・・エミリーと操縦するのはちょっと」


「どうしたんだよマール。特に操縦しにくそうな様子もなかったと思うけど」


 俺がそう言うとエミリーも、


「・・・今日はちょっと声が出ちゃったけど、明日はちゃんと我慢するから、また一緒に飛ぼうよ」


 そんなエミリーは恥ずかしそうに頬を赤くしながら、マールを見る目が少し潤んでいる。


 ん?


 なんだ今のエミリーの態度は。そこはかとなく百合の花の香りが・・・。


 だがそんなエミリーに、マールはハッキリとNOを突きつけた。


「エミリーの胸が邪魔なの! 胸が大きすぎて座りにくいし、女としてのプライドもズタズタなのっ!」


 理由はエミリーの爆乳だった。


 マールの胸は決して小さくはない。むしろバランスの取れた理想的な美乳である。


 だがフリュやネオンたちに比べたらほんの少し小振りであり、あえて順位をつければフィリアの一つ下の6位になってしまう。


 ただし7位のクロリーネとの間には、越えられない深い深い谷が横たわっているのだが。


 そんなマールの劣等感に、エミリーの爆乳が火をつけてしまったのだ。


 こうなるともはや理屈ではなくなるため、俺たちの会話を聞いていたフリュがため息をつきながら、


「わかりました。では明日はカトリーヌ様を1番機の操縦席に座っていただくことにいたします」


 このフリュの裁定に、マールとカトリーヌは納得したが、エミリーはとても残念そうな表情だった。


 こいつ本当に百合に目覚めてしまったのか?






 二日目もフレイヤーは順調な飛行を続けた。


 マールとカトリーヌの二人の会話はとても楽しそうに弾み、セレーネをネタに大いに盛り上がった。


 本人がいないのをいいことに、彼女のポンコツエピソードを競うように披露して、大笑いをしている。


 その後は俺とマールの馴れ初めの話になり、やがてカトリーヌの婚約者の話になった。


 ちなみに俺は後ろの席で、二人の会話に静かに聞き耳を立てている。


「やっぱりカトリーヌにも婚約者がいたのね」


「はい、レッサニア王国の第1王子です」


「じゃあカトリーヌは将来、レッサニア王国の王妃様になるのね」


「・・・ええ、このままいけば」


 さっきまで楽しそうにしていたカトリーヌに突然元気がなくなった。何か事情があるようだ。


「ひょっとして王子様とうまくいっていないとか?」


 そうマールが尋ねると、


「王子はわたくしを心の底から愛してくれているのですが、少し束縛が強くて息が詰まりそうなのです」


「束縛・・・」


「幼いころわたくしたちの婚約が決まったのですが、それから毎日のように王子が公爵家を訪れて、朝から晩までわたくしの傍を離れようとしないのです。それにわたくしが他の殿方をチラっとでも見ると、急に機嫌が悪くなってその殿方に抗議を始めるのです」


「うわっ・・・」


「それが年を追うごとに酷くなり、これ以上あの国に居たら周りの殿方に多大なご迷惑をおかけするので、魔法王国ソーサルーラへの留学を決めたのです」


「だからカトリーヌは公爵令嬢なのに研究科への進学を決めたんだ。貴族令嬢は普通、卒業と同時に結婚するものだから。でもその第1王子はソーサルーラには追いかけてこないの」


「王子は魔力が弱いので魔法アカデミーには入学できませんし、ソーサルーラは武装中立国で東方諸国の盟主ですから、たとえ王族といえども無茶はできないのです。あのブロマイン帝国ですら下手に手出しできないぐらいですし、アカデミー生でいる間はわたくしの身は安全なのです」


「そっか・・・。じゃあいっそソーサルーラの王子と結婚しちゃえば?」


「それはわたくしも考えていて、ローレシア様争奪戦に敗れた第2王子のランドルフ様を密かに狙っていたのですが、残念ながら先を越されてしまいました」


「ええっ、そうなの?! カトリーヌみたいな美人さんに抜け駆けできるなんて、すごい娘がいるのね」


「元フィメール王国の王女レスフィーア様です。ランドン=アスター帝国のリアーネ皇女殿下とご結婚されたアルフレット様の妹姫といえばおわかりですよね」


「うーん・・・リアーネ皇女殿下ならアゾートに紹介してもらって顔は知ってるけど、他の人はよく分からないわ」




 俺もアルフレッドはローレシアの取り巻き男子として何回か見たことがあるけど、しゃべったことは一度もない。皇女リアーネとの結婚式でちらっと見たから顔はかろうじて覚えているが、ランドルフとレスフィーアの二人とは全く面識がない。


 やはり俺は友達が少ないのか・・・。


 ちょっと寂しくなったので、俺も彼女たちの会話に入れてもらうことにした。


「二人とも随分と楽しそうだな。俺も混ぜてくれ」


「恋バナだけどいいの?」


「恋バナと言えば前からマールに聞きたかったんだけど、女子って知らない人間の恋バナを聞いて何が面白いんだ?」


「何がって言われても、面白いんだからしょうがないよ。恋バナって、事実関係がどうこうよりも、みんなで共感しあえるのが楽しいの」


「ふーん、それって自然科学とは対極にある考え方だな。だがカトリーヌとはうまく行ってるみたいで安心したよ」


「うん。カトリーヌはスラッとしたプロポーションで胸が邪魔にならないし、操縦がとてもしやすいの」


 そのマールの発言にカトリーヌが抗議する。


「マール様! それではわたくしの胸が小さいと言っているようなものではありませんか。もちろんエミリー様のような巨大なものは持っておりませんが、ローレシア様よりはちゃんとしたものを持っていると自負しております」


 確かにローレシアと比べたらカトリーヌの方がはるかにマシだが、マールと比べればカトリーヌはとても慎ましやかだ。それもあってマールの自尊心が保てているのだろう。


「それはいいとしてカトリーヌはマールの魔力によく耐えているな。昨日はエミリーも辛そうにしてたし、最初は身体への負担がかなりあると思うのだが」


 昨日はエミリーのあえぎ声がかなりきつかったが、カトリーヌからはそれが一切聞こえてこない。


 さすがは公爵令嬢。そのあたりのセルフ・コントロールは完璧なのかもしれない。


 だがカトリーヌは、


「わたくしは本日一度も操縦管を握っておりません。わたくしもエミリー様も、マール様と属性が同じですので、魔力を供給する必要が最初からございません」


「それな!」

次回、エルフの族長との面会です


お楽しみに

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