第347話 この話し合いで、一体誰が得をしたのか
犬人族の族長が広間に転移してきた。
一瞬顔をしかめたが、それが鳥人族の族長の顔を見たからかゴブリンの巣穴が薄汚くて臭かったからか。
・・・おそらくその両方だろうな。
玉座の前にテーブルと椅子を運び込むと、俺も含めた3者会談を始める。鳥人族の幹部たちは公平性を期すために広間から退出させて、立会人のヒルデ大尉とドン宰相の二人と、ギャラリー兼警備のエレナとフィリア、そしてその手下のホブゴブリンだけを残した。
さて仲裁人の俺が話の口火を切る。
「鳥人族の族長から話を聞いたが、ドワーフの鉱山を犬人族が横取りした上に魔石を高値で売りつけて暴利をむさぼっているそうだな」
それを聞いた犬人族の族長は、顔を真っ赤にして怒りだす。
「アーネスト中尉! 鳥人族の話を鵜呑みにしてもらっては困る! 我々の話もちゃんと聞いてほしい」
犬人族の族長の主張はこうだ。
ドワーフの鉱山については、確かに目を付けたのは鳥人族の方が先だったが、その攻略に当たっては犬人族の方がより多くの犠牲を払った。
何より鳥人族は鉱山を手に入れても狭い坑道に入ることが出来ないため魔石の採掘量など微々たるもの。
だったら鉱山は犬人族が経営し、鳥人族には犠牲者に応じた分の魔石を供給して、その後は適正価格で魔石を取引した方がお互いのためになるだろうという善意の行動だったと。
ところが犬人族の里も完成して移住も完了したころ、栗鼠族の里がゴブリンに襲われて全滅した。あの最凶最悪と言われたゴボス王率いるゴブリン王国がついにミジェロ山脈南端の大樹海を根城にしてしまったのだ。
それで犬人族は防備を固めるために兵力を増強するため、そのコストを魔石に転嫁せざるを得なかったそうだ。
話を聞き終えた鳥人族の族長は、
「さっきから黙って聞いていれば勝手なことばかり言いやがって、なぜ我々がお前らの兵士を養わねばならんのだ! こっちは魔石が足りないから農作物の発育も悪く、兵士を抱え込んでいる余裕もないんだぞ!」
「うるさい! そっちは空を飛べるんだからどこだって狩に行けるし、獲物なんていくらでも採れるだろ。それにゴブリンが攻めて来ても空に逃げれば問題ないし、そのまま里を捨てることだってできる。こっちは地べたを這いつくばって生きてるんだから、ゴブリンとまともに戦わないといけないし、そのためには精強な兵士が山ほどいるんだよ!」
「アホか! 里を捨てたら今の人口を養えるわけがないし、ずっと空を飛んでいられる訳でもねえ。空を飛ぶと余計に腹が減るんだよ!」
その後も二人の族長が罵り合いを始めるが、ガキのケンカよりも酷くてとても聞いてられなかった。
「わかった、わかった。もういいから二人とも黙ってくれ」
だが俺の言うことが聞こえないのか、なかなか言い争いをやめない二人。
するとギャラリーのホブゴブリンたちが一斉に棍棒を地面に叩きつけた。
ドゴーーーン! ドゴーーーン! ドゴーーーン!
そのあまりの大音量に、ビクッとして飛び上がった二人のオッサンがようやく大人しくなる。
「コホン・・・今の話を聞いた限り、魔石の代金に犬人族の軍事費が入っていることが問題なんだよ。もうゴボス王は死んだんだから犬人族は軍事費を減らせ」
すると犬人族の族長が呆れた表情で、
「アーネスト中尉も冗談のセンスがないな。あの最凶最悪の悪食王が死ぬわけないじゃないか。あれ? そう言えばゴボス王はどこに行ったんだ?」
立会人のヒルデ大尉とドン宰相の説明で、ようやくゴボス王が死んだことを理解した犬人族の族長は、
「・・・アーネスト中尉がそこまで強かったとは知らなかった。大変失礼しましたゴブリン王」
「ゴブリン王じゃねーよ!」
魔王と呼ばれるのも嫌なのに、ゴブリン王とか絶対に嫌だよ。
「それで、魔石の代金から軍事費を差し引くことには合意できるな」
「ゴブリンが攻めてこないのなら可能だが・・・」
「すると魔石の代金はいくらになる」
俺が社員証を偽造しているソーサルーラの魔石商会だと、卸価格で1魔石バレル=1万Gだ。これよりは多少割高になるかもしれないが、鉱山から直接掘り起こしているんだからそれほど高くはならないだろう。
だが、
「1魔石バレルで3万Gだ」
「メチャクチャ高けーよ! なんで帝国への卸価格の3倍も取るんだよ」
「だが元は5万Gだったから、かなりの値引きになるはずだが」
「5万G!」
そりゃ戦争になるはずだわ。
だが3万Gと聞いた時の鳥人族の族長は首を横に振っていたから、まだまだ高すぎて払えなさそうだし、犬人族もこれ以上は魔石の値段を下げ渋るだろう。
「仕方がない、鳥人族へは俺が魔石を供給するよ。帝国への卸価格が1万Gだから、それに輸送費ともろもろの諸経費、そして20%の利益を乗せて2万Gならどうだ」
すると鳥人族の族長の表情が明るくなり、
「本当に1魔石バレルを2万Gで売ってくれるのか」
「ああ。ただ俺は当分ソーサルーラに帰る予定がないので、実際に取引を始めるのはもう少し先の話になるがな。だから当面必要な分は帝国軍から支給された物資の一部をその値段で譲ってやるよ。10魔石バレルなら譲れるから20万Gいただこう」
「それで十分だ。ありがとう魔王メルクリウス!」
鳥人族の問題はこれで一つ解決した。
ソーサルーラに帰ったら魔石商会とルカ達を引き合わせて取引を開始し、ルカ達にフレイヤーを有料でレンタルしてここで商売をさせる。
いっそ鳥人族との販路を権利化してオークションを開催すれば、あいつらの誰かひとりが高値で落札して俺も一儲けできるかもな、ウシシシシ。
「ちょっと待ってくれ! そんなことをされたら我々の魔石が売れなくなってしまうじゃないか!」
犬人族の族長は当然そう言うだろうな。
「ならそっちも2万Gに下げればいいじゃないか」
「2万Gなんてそんな無茶な!」
「無茶じゃないだろう。自分で鉱山を持ってるんだから原価なんてゼロに等しいし、ほとんどが人件費と工具の減価償却費だろ。それでなんで3万Gもかかるんだよ!」
「魔王メルクリウス・・・その人件費とか減価償却費とは何のことだ?」
「え? 人件費は鉱夫に渡す給料で、減価償却費は道具を5年で使い切るとしてその購入代金を5で割った金額だ」
「その給料とは何だ?」
「まさか、族長は給料を知らないのか・・・じゃあ、鉱夫はどうやって暮らしてるんだ。まさか全員鉱山奴隷なのか」
だったら人件費は奴隷の購入代金と食費だけだし、魔石はもっと安くなるはず。
「鉱夫は里の人間で、ワシが全員を食わしている」
「・・・それって現物支給ってこと?」
「現物支給ではなく飯を食わせてやっている。魔王は自分の家族に対して、給料とやらを渡しているのか」
「いや家族にそんなことするはずないが・・・ちょっと待て、族長の家族が魔石を掘り起こしているのなら人件費なんかかからないはずじゃ」
話せば話すほど混乱してきた俺に、ヒルデ大尉が補足した。
「アーネスト中尉、犬人族は里の全員が一つの家族なの。だから犬人族同士では金銭のやり取りなど行われていないの。簡単に言えば里全体でどんぶり勘定よ」
「里全員が一つの家族! 里全体でどんぶり勘定!」
発想が犬だ。
群れを一つの家族として養うオオカミの家族観。
どうりで話が通じないはずだ。
「じゃあ聞くが、ひょっとすると族長の部屋に並べられていた豪華な調度品とかも、全部魔石の代金に含まれていたのか?」
「当然だ。里の住民の食料や衣服などを外から調達するには必ずお金がかかる。そして我々がお金を手に入れる方法は鳥人族に魔石を売る他ない。だから魔石の代金に全部入っていて当たり前。どうやら魔王は常識を知らないようだな」
「アホかーーっ!」
犬人族には経理の勉強を一からしてもらい、鉱山でとれた魔石は自分たちの農業に使うよう指示した。
まともな経済観念が身に付けば、そのうちちゃんとした魔石の値段がつけられるようになるし、多少時間はかかるだろうが教育は国家百年の計。地道にやるしかない。
それと、この鳥人族と犬人族には、ルカ達の商会を通して魔石以外の色んな商品も適正価格で取引させた方がよさそうだ。
「さて鳥人族と犬人族の問題は全て解決したし、これで停戦でいいな」
俺がきれいにまとめると鳥人族の族長が、
「犬人族の奴らの顔を見るのも正直嫌だが、戦争は止めてやってもいい。だが我々とゴブリン王国との問題はまだ解決してない」
「ゴブリン王国との問題って何だっけ?」
「我々が献上した娘たちのことだ」
その話が残っていたか・・・。正直この手の話は苦手なんだが、
「分かったよ。もし金銭面で解決できるのなら補償額を提示してくれ」
一応鳥人族から受け取る予定の20万Gと手持ちでいくらか現金があったはず。その範囲なら鳥人族に支払ってやってもいい。だが、
「金など要らん。我々にとって大切なのは子供であり未来の労働力。そしてそれを産んでくれる若い女だ」
「それが分かってるんなら、里の娘をゴブリンなんかに差し出すなよ!」
「・・・だが、それほどまでに我々は切羽詰まっていたのだ。犬人族を滅ぼさなければ我々が死に絶えてしまう程にな」
そう言って鳥人族の族長は沈痛な表情に変える。
「わかったよ・・・だったら鳥人族の娘は全員返してやるから、それでいいな」
「・・・いや・・・その娘たちはもう・・・」
「そうだな・・・一応彼女たちに、鳥人族の里に帰りたいか聞いてみるよ」
俺は一時中座すると、ヒルデ大尉を連れて鳥人族の娘たちに話を聞きに行った。そして彼女たちの気持ちを確かめると、再び広間に戻った。
「彼女たちは、もう里には帰りたくないそうだ」
「・・・やはりそうですか」
「みんな深く傷ついていたよ。自分たちをゴブリンに売った族長や里の者たちを酷く憎んでいるし、里に戻っても自分たちを見る里の者たちの目が怖くて以前と同じようには暮らしていけないと言っていた。族長は今回の件を深く反省することだな」
「・・・大変申し訳ありませんでした」
そしてがっくりと肩を落とす鳥人族の族長。
鳥人族にとっては若い女性を失った痛手は大きいだろうが、彼女たちは自分の将来に絶望している。本当に救いのない話だが、彼女たちは一度横に置いておいて、先に鳥人族とゴブリン王国の問題を片付ける。
「族長、彼女たちは自分の意思で帰らないと言っているので本来ならこれで話は終わりだが、ゴブリンの女性でよければ何人かは紹介できるかもしれない」
そう、俺のもとにはゴボス王の遺児である300人の姫君がいる。メスゴブリンを欲しがる奴なんかいないと思うが、紹介できるとすれば彼女たちだけだ。
だが、
「本当にゴブリンの女性をいただけるのですか?」
急に族長の目の色が変わった。
「え、ゴブリンだよ?」
「ええ、ゴブリンです!」
ものすごい勢いで食いついてくる。
「本当にいいのか、メスゴブリンで」
「もちろんですよ! ゴブリンの女性ならたくさん子供を産んでくれるし、里の人口を増やすにはこれほど素晴らしい女性はいない」
「だが生まれてくる子供はみんなゴブリンになるぞ」
「でも孫やそれ以降の代になれば鳥人族の子もちゃんと産まれて来るし、ゴブリンは成人まで2年しかかからないので代替わりも早く、労働力として重宝する」
確かに今の鳥人族の状況を考えれば、一番必要なのは労働力でありそれを支える人口だ。
「ならエルフの女性はどうだ」
メスゴブリンでその反応なら、エルフ嫁はすごい価値が高そうだ。ドン宰相もエルリンを奴隷商に高く売りつけるつもりだったしな。
だが族長は急に嫌な顔をすると、
「あれは最悪ですな。繁殖力は低いし成人までやたらと時間がかかる。それに無駄にプライドが高く獣人族を常に見下しているし、農作業など絶対にしない上にいつもハープばかり引いて遊んでいる。あんなのを嫁に欲しがる奴がいたら、顔が見てみたいわ」
エルフ嫁がまさかの最低評価だった。
俺は再びヒルデ大尉を伴って席を中座すると、今度はゴブリン姫たちの所に行って獣人族に嫁ぐ気があるかを聞いてみた。その多くはやはりゴブリン同士で結婚したいそうだが、中には獣人族に嫁ぐことに前向きな娘もいた。
俺はまた広間に戻ると、
「族長、鳥人族の女の子の代わりに10人のゴブリン姫が鳥人族に嫁ぐことになった。これでいいか」
族長は腰を抜かすと両手をワナワナと震えさせ、
「ゴブリン姫って・・・まさかあのゴボス王の」
「そうだ。ゴボス王の娘たちだが不満か?」
「いえいえ、とんでもございませんっ! まさか最上級のゴブリン姫を10人もいただけるとは夢にも思ってなくて、もちろんありがたく頂戴いたしますっ!」
満面の笑みを湛えた族長が、俺に深く頭を下げた。だがこれに犬人族の族長が待ったをかけた。
「折角話し合いに来てやったのに、さっきから鳥人族ばかりひいきしてズルいではないか! 我々犬人族はこれまで帝国との関係を重視して、いろいろと頑張ってきた。だから我々もゴブリン姫が欲しい!」
そして俺のズボンに必死に縋り付く犬人族の族長。だが鳥人族の族長が俺と犬人族の族長を引き離し、
「こんなヤツらに貴重なゴブリン姫を渡す必要はありません。何の対価も払わずゴブリン姫が欲しいなんて全くもって図々しい!」
「いやいや鳥人族の族長。自分が正当な対価を払ったように言ってるけど、払ったのはゴブリンに差し出された鳥人族の女の子たちだから。むしろあんたは彼女たちに刺されてもおかしくないダメ人間なんだぞ!」
俺のツッコミに鳥人族の族長が反省すると、犬人族の族長がとてもいい笑顔で、
「わかった! なら我々も里の娘を10人差し出すからゴブリン姫を10人くれ」
「アホかーーっ!」
それからもずっと俺にしがみついて離れなかった犬人族の族長にうんざりした俺は、犬人族に嫁ぐ意思のある5人のゴブリン姫を紹介してやった。
だがただで嫁がせることに猛反対の鳥人族の族長の意見も踏まえ、さっき鳥人族に売った10魔石バレルを現物でもらうことにした。
こうすれば俺の魔石に増減はなく、鳥人族は20万Gで犬人族から魔石を購入した出来上がりになる。
そして犬人族は俺に10魔石バレル渡すことで5人のゴブリン姫を娶ることができた。
その結果、俺の手元には15人のゴブリン姫の結婚紹介料として20万Gが残った。
2番機を鳥人族の里に取りに行ったフリュが通信の魔術具で俺に連絡をしてきたので事情を説明し、鳥人族の里とこの広間の間に軍用転移陣を設置した。
そして嫁入りの準備ができた15人のゴブリン姫たちが、二つの転移陣でそれぞれの里へと嫁いでいく。
ゴブリン姫たちが俺にぺこりとお辞儀をすると、族長たちに連れられて転移陣の先へと消えていった。
その後ろ姿を見た俺は、まるで自分の娘を送り出すかのような少し寂しい気持ちになった。
一方、里に帰ることを拒否した鳥人族の娘たちは、このままゴブリン王国に残ることも嫌がったため、他の獣人女性も含めて希望者を募って、聖地アーヴィン法王庁の修道院に入れることにした。
そこで心の傷が癒されて立ち直れたなら、第二の人生を送ってもらえるようこの20万Gの全てを彼女たちのために使う。
シリウス教もたまには役に立つこともあるんだなと思いながら、俺はジューンに連絡を取るために通信の魔術具をカトレアにつなげた。
次回、やっとエルフの里へ向けて出発
お楽しみに




