第335話 7家融和戦略
ソーサルーラでの新生活も順調に滑り出したある日、俺はナツに呼ばれてあいつらの結婚式以来の帝都ノイエグラーデスに来ていた。
俺は帝都臣民への身バレが怖いため、目立たないように護衛のエレナだけを連れて来た。聖地アーヴィン巡礼を解禁したせいで、俺の顔が新教徒たちにも徐々に浸透してきたのだから、宗教は本当に恐ろしい。
さて今日は「7家融和戦略会議」の第1回会合が、ローレシア離宮の会議室で開催される。
この会議は、ランドン家とアスター家の両家代表のナツが主催し、メルクリウス家代表の俺と、アージェント家代表のアルト王子、そしてクリプトン家代表のエリザベート王女が参加するトップ会談である。
会議室に入り、久しぶりに会う皇女リアーネに挨拶をして座席に着くと、何やらナツの様子がおかしい。
そこに座っていたのは主催者のナツではなくローレシアで、なんと彼女が資料の説明を始めたのだ。
俺は隣のアルト王子に理由を尋ねたが、アルト王子もエリザベート王女もナツとローレシアの区別が全くつかないようだ。
さて「7家融和戦略」はネオンとナツが提唱したもので、以下の3つをその基本指針とするものである。
①聖戦の元凶となった7家同士の争いを未然に防ぎつつ、孤立している血族があればそれを保護すること
②世界中のシリウス教徒(主に新教徒)に浸透している魔族への潜在的な恐怖感を取り除くこと
③カル同様の狂信者とは思想的、軍事的に徹底的に戦うこと
そして会議の話題は①のテーマでもある「失われた2血族」に移る。
俺が統合思念体と一緒に取りまとめた調査結果を報告すると、ローレシアの方でも独自に行われた調査結果が報告された。
二つは互いを裏付けするような内容だったが、ローレシアの調査結果には南方未開エリアにもその血族が存在する可能性が示されていた。さすが特殊作戦部隊を配下に抱えるランドン=アスター帝国の調査力だ。
南方未開エリアは思念波の収集範囲から外れていて統合思念体の調査が及ばず、通信魔法・ユビキタスも使えない地域だ。そして、
「南方未開エリアと言えばエルフやドワーフがいる」
俺が思わずつぶやくとローレシアが、
「わたくしもこの地域のことはあまり詳しくないのですが、亜人種との混血者の中に2血族が存在する可能性が高いのです」
亜人との混血か・・・。
「するとハーフエルフの中に、ネプチューンやビスマルクの血族がいると」
「エルフは繁殖能力が低いためその可能性は少ないそうですが、魔族狩りを逃れた当時の貴族たちは、東方諸国だけでなく南方未開エリアにも流れて行ったそうで、そこで亜人種と一体化したと推測しています」
エルフじゃないのが残念だが、俺は南方未開エリアへの興味がますます強くなった。
「では、東方諸国の調査はローレシアに任せるから、俺はさっそく南方未開エリアに行ってみるよ」
「ええっ! 魔王自ら行かれるのですか?」
ローレシアが目を丸くして驚いているが、
「俺は魔法アカデミーの研究生だし、南方未開エリアでのフィールドワークは本来業務とも言える。それにネルソン総大司教猊下やボルグ准将と一緒に南方未開エリアに行く約束をしているしな」
「ですが、東方諸国の調査を進めるには魔王のお力をお借りしなければなりません」
「通信魔法・ユビキタスなら、ネオンに使い方は教えた。あの魔法は大まかな分布はすぐに分かるものの、より詳細に調査するには個人を特定する必要がある。そして俺には東方諸国の知り合いがローレシアの家族とカトレアたち雷属性クラスの友達しかいないんだ。その点ネオンなら知り合いが山ほどいるだろ」
「分かりました。そういうお話であれば、南方未開エリアは魔王にお任せしてもいいのかも知れませんね」
こうして初会合は終わり、アルト王子たちが部屋を出たところで俺はローレシアにこっそり話しかけた。
「こうして面と向かってローレシアと会話をするのは実は初めてだと思う。いつもはナツが俺の相手をしてくれているのに、今日はどうしたんだ?」
するとローレシアは少し言い難そうにしながらも、小さな声で理由を教えてくれた。
「わたくしたちは基本的に、殿方とはナツが、貴婦人とはわたくしが応対をするという役割分担を決めておりました。ですので魔王にはこれまでナツが対応していたのですが・・・」
「ふーん、だったらなんで今日はナツではなくローレシアが・・・」
「・・・実は昨夜、ナツがクロムと」
ローレシアは頬を赤く染めながら口をモゴモゴさせている。だが鈍感ではない俺は、彼女が何を言いたいのかを名探偵の如く推理できてしまった。
「OK、それ以上は何も言うな。ローレシアは貴族令嬢風の女帝なんだから、そんな生々しい発言をしてはいけない」
貴族令嬢風の女帝という意味不明の表現になってしまったのは統合思念体のせいだ。全部あいつが悪い。
「俺の推理はこうだ。昨夜頑張りすぎてお疲れのナツが眠ってしまった。だからローレシアが代わりにこうして働いている。つまり犯人はクロムだ!」
「いいえ、ナツは起きていてわたくしたちの会話をしっかり聞いています」
ローレシアが申し訳なさそうにナツの様子を教えてくれた。
「えっ? だったらナツが会議に出ればいいじゃないか。自分で招集した会議なのに、なんでローレシアにやらせるんだよ」
「そ、それは・・・最初はナツも自分で出席するつもりでしたが、魔王の顔を見た途端に急にわたくしに代わってほしいと頼まれまして・・・わたくし、ナツには本当に申し訳なくて、彼のためなら何でもしてあげようと思っているのです」
「ローレシアの気持ちはわかったが、どうしてナツは俺の顔を見て急に・・・」
何だかよく分からない話になってきたが、
「ナツは今、魔王にだけは会いたくないそうです」
「俺に会いたくないって・・・え、なんで?」
「それは、その・・・」
ローレシアが頬を赤くして言いよどんだが、俺の耳元に近づくと小さな声で、
「・・・ナツはクロムに朝まで愛されたらしく、さっきからずっと「徹底的に女にされてしまった」とうわ言のように繰り返し呟いているのです。おそらく恥ずかしくて魔王に合わせる顔がないのだと存じますので彼のことはそっとしておいてあげてください」
「なん、だ、と・・・徹底的に女にされただと!」
とんでもないパワーワードに俺が反応すると、ローレシアが慌てて俺の口をふさいだ。
「・・・ナツが申しております。「この鈍感主人公め、全部言わせるなバカ!」と・・・」
・・・全く持ってナツの言うとおりだ。
鈍感主人公の俺は、これ以上周りに迷惑をかけないよう、無言で退散することにしよう。
だがソーサルーラへ帰る途中、俺はふと思った。
フィリアといいナツといい、アスター家の奴らが絡むとどうも話が生々しくなる。
俺はこの戦争の記録を将来の子供たちの教材にするために学校の図書館に置くつもりなのだが、アスター家の奴らが登場する部分だけ、なぜか作風が変わってしまうのだ。
慎重に表現しなければR18指定を受けかねない、本当に迷惑な話である。
特に会議の後に聞かされたローレシアの母上のアナスタシアの出産には度肝を抜かされた。今日出産していたことも知らなかったから、慌てて手元にあった適当な軍用魔術具を出産祝いとして包んで渡したけど、ダゴン平原から逃げ延びて俺の領地に潜伏していた時にまさかポアソンビーチでなさっていたとは・・・。
そもそも敵地への進軍中に妊娠するなど「ファイアーエ〇ブレム聖戦〇系譜」でしかありえない展開だと思ってたわ!
そんな風に俺が愚痴をこぼしていると、いつの間にか魔法アカデミーに到着した。
俺はさっそく指導教官室に行くと、さっきまとめた「南方未開領域における魔力属性分布に関する調査」という研究テーマを提出した。
今年はこれを進めて学業と仕事の両立を図る。だが指導教官は、
「テーマとしては面白いが、南方未開エリアに入るには帝国軍特殊作戦部隊の許可が必要だ。だが奴らはなかなか許可をくれないんだよ」
うんざりしたように指導教官は肩をすくめる。
「その特殊作戦部隊の許可はもう取ってきました」
「何っ! 本当なのかそれは」
「実は俺、特殊作戦部隊の工作員なんですよ」
俺はこの学園ではアゾート・アーネストという帝国の富豪の息子として登録されている。そして本名のメルクリウスに変更しなくても問題ない旨は、事情を全て知っているソーサルーラ国王から許可が出ていた。
なお、帝国の工作員がこの学校にいることは学校関係者も知っており、ボルグ准将からも必要があれば工作員であることを言っても構わないと事前に許可をもらっている。
実はさっき帰りがけに帝都の基地に寄って、今回の活躍により2階級特進したボルグ准将に南海未開エリアの件を相談してきた。すると准将は、
「階級が上がって内勤が多くなっちまったせいで、せっかくこの俺様がエルフの里を案内してやろうと思ったのに、しばらくは行けそうにない。だから俺の代わりにエルフの里の案内ができる工作員を一人つけてやる。魔法アカデミー研究科のM2だから、お前さんの一つ上の先輩だ」
そういってボルグ准将は南方未開エリアの調査許可証と、案内役の工作員を紹介してくれたのだった。
俺は指導教官に調査許可証を渡すと、
「素晴らしい! この許可証があれば南方未開エリアのどこへでも行けるぞ」
そして俺の研究テーマが承認されると、成果を期待していると両手をガッチリと握られて激励された。
次に俺は、ボルグ准将から紹介されたM2の先輩の研究室を訪れる。
指導教官が違うので共同研究という形になるため、最初にこちらの指導教官にも研究テーマを説明して、准将から紹介のあったM2の先輩を共同研究相手として指名する。
もちろん、こちらの指導教官も共同研究を快諾し、すぐにその先輩を連れてきてくれた。
「あなたがボルグ准将の部下のアーネスト中尉ね。私はヒルデ、あなたと同じ工作員で階級は大尉よ」
そう言った彼女はとても活発そうな女性で、俺の研究テーマにざっと目を通すと、即座に的確な質問をしてくる。若くして大尉に昇格しただけのことはあり、視点が鋭くて恐れ入る。
なおアージェント王国もそうだが、帝国の平民には姓がないのがほとんどのため、帝国軍では名前に直接階級をつけて呼ぶのが通例だ。
「それではヒルデ大尉、早速明日から南方未開エリアの調査に出発しようと思いますが、準備できますか」
「・・・工作員をバカにしているの? 今からでもすぐ出発できるし、上官に向かって失礼でしょ?」
腰に手をやって俺を睨み付ける彼女。
「これは失礼しました大尉。それでは明日出発ということで。ただしこの研究テーマは俺のなので、先輩には俺の指示に従っていただきます。よろしいですか」
最初が肝心なので、俺はビシッと言ってやった。すると、
「ふーん・・・そういう感じのキャラなんだね魔王メルクリウスは」
「ええっ! 俺の正体を知っていたのか・・・」
「だから工作員をバカにしないで。私だってそのぐらいのことは知ってるわよ。なんならあなたのプロフィールと嫁の人数もここで発表しましょうか?」
「も、申し訳ございませんでした! 他のみんなに聞かれるとマズいので、この話は終わりということで」
俺が平謝りすると大尉が笑い出して、
「フフフッ、ちょっとからかってみただけ。研究はあなたの指示に従ってあげるから安心して。でも、一応私が上官なんだからちゃんと敬意は払うのよ」
「はっ! 承知しましたヒルデ大尉殿!」
なんだかめんどくさい上官をボルグ准将に押し付けられた気がするが、俺たちは明日、南方未開エリアに旅立つ。
次回、南方未開エリアへ
お楽しみに




