第334話 魔法王国ソーサルーラの新生活
春。
魔法アカデミーを首席で卒業した俺は、その上の研究科への進学を決めた。
マジックマスター1年次、すなわちM1である。
他のみんなも全員が無事卒業し、俺の嫁8人のうちクロリーネ以外は全員成人したことになる。
エレナは今年16になるが、フィッシャー辺境伯領の独自ルールにより既に成人しているし、今年17歳になるフィリアは魔法王国ソーサルーラの法律に基づきアカデミー卒業と同時に成人の資格が与えられた。ここは飛び級だけでなく、飛び成人まである完全実力主義の国家らしい。
じゃあ、みんなとはもう正式に結婚したのかと言えば、それはまだなのだ。
なぜなら第1側妃のクロリーネを差し置いて、それ以外の側妃が先に結婚するわけにもいかず、クロリーネを溺愛する魔王セレーネも「みんな、あと1年結婚を延期しましょう」と宣言したため、他の全員がこれに従わざるを得なかったからだ。
つまり俺の種馬人生には、あと1年間の猶予が与えられた。
俺はこの1年でやり残したことを全て片付けよう。そしてその後の人生は遺伝子の奴隷として、8人の嫁たちに全てを捧げよう。
さてディオーネ城(通称、魔王城)への一時帰国も終わり、再び魔法王国ソーサルーラへ旅立つ俺に付いてくるのは、魔王親衛隊長のエレナと筆頭秘書の王妃フリュ、第2秘書の巫女ジューン、王妃専属侍女フィリア、そして俺の専属パイロットのマールの5名だ。
クロリーネはリーズとともにボロンブラーク学園で最終学年を迎え、アルゴは晴れて1年生。セレーネと大聖女クレアの2人はブツブツ言いながらもそれぞれ女王と大聖女として教王国に残ることになった。だがセレーネは全く納得がいかないようで、
「どうしてメインヒロインの私がまた留守番なの!」
セレーネが俺にしか理解できない理由で激怒するが、アウレウス宰相がすぐに助け舟を出してくれる。
「まあそう言わずに婿殿を行かせてやってくれ。我が教王国は魔王メルクリウスであるセレーネ女王がいれば回って行くのだ。王妃のフリュオリーネも監視役としてついて行くし、何も問題は起きんだろう」
義父殿のおかげでセレーネのお許しが出ると、アージェント顧問をはじめとする王国幹部たちやエメラダたち宮廷侍女軍団に見送られながら、俺は5人の嫁とアルゴを連れて魔王城を後にした。
さてソーサルーラまでの旅程だが、巫女ジューンの領地となった港町トガータまでまず転移して、そこに残っている帝国軍の駐留基地から帝国軍転移陣ネットワークに乗り換え、帝都ノイエグラーデスへ到着した後はセレーネの軍用転移陣でソーサルーラの自宅へ転移する。
ただし今回は少し遠回りになるが、商都ゲシェフトライヒに立ち寄る。
この街はネオンとローレシアに頼み込んで、シリウス教会のカルが開催した神官総会の邪魔をしてもらった場所だが、その結果として、人造人間Subjectsの血族の名前が帝国臣民に広まってしまった。
それに対処するためにネオンたちの悪だくみ・・・もとい、7家融和戦略の一環として、俺とセレーネが「魔王メルクリウス」と呼称されることになった。
こんな善良な小市民を魔王呼ばわりするとは本当に迷惑な話であるが、宗教関係を全部ネオンに丸投げしようとした自分にも責任があるし、そこは甘んじて受け入れることにした。
そんなゲシェフトライヒでは、もう一つの熱い戦いが現在繰り広げられている。そう、ルカたち3人娘の戦いだ。
3人娘と母上の4人は、港の倉庫街に事務所を構えて貿易商を始めたのだが、新王国が建国されて俺がアージェント王国の王族規制から外れたため、ルカたちがメルクリウス家に嫁入りするハードルがなくなり、ブロック・クリプトンとその本家筋から家督を奪わなくてもよくなった。
戦う理由がなくなったのならとっととアージェント王国に帰還してあとは親同士の話し合いに任せればいいと思うのだが、母上が3人娘にこう言った。
「アルゴの嫁はこの中で一番商才のある娘にします」
その一言でせっかく作った貿易商が三つに分裂し、ルカ達3人娘はそれぞれの店を構えて売り上げを競うことになったのだ。
ゲシェフトライヒの帝国軍基地に転移してきた俺たちを早速4人が迎えに来てくれたが、俺は開口一番、
「お前ら無駄な争いはやめて、もう王国に帰れよ」
だが3人は俺の言うことを無視して、徹底して争う姿勢だ。
「母上も、アネットやネオン親衛隊の結婚相手を探さないといけないんだろ。もうディオーネ領に帰って来てくれよ」
だが母上も俺の言うことを完全無視。
・・・俺、国王だよね?
「そんなことよりもアゾート、アルゴはちゃんと連れてきてくれたの?」
「一応連れてきたけど、本当に3人娘と顔合わせするのか? 嫌な予感しかしないんだけど」
こんな3人娘を嫁にしたい奴なんか、世界中探しても存在しないはずだし、事前に顔見せをするメリットが全くない。アルゴもとんだとばっちりだな・・・。
だが母上がうるさいので、無情にも俺は後に隠れていたアルゴ(生け贄とも言う)を差し出した。
満足そうにする母上の隣で3人娘が、
「どっひゃー! こ、これは・・・ジュルルル」
「お、美味しそうな美少年でござるな・・・」
「おねショタ萌えが止まらない件・・・」
猛獣の群れに放り込まれた小動物のように、ビクッと身体を硬直させて完全停止したアルゴ。だが母上はそんな息子(生け贄)に容赦ない一言を放つ。
「アルゴ、この3人のうちの1人があなたの奥さんになるのよ。もし気に入った娘がいるならその子に決めちゃうけど、そうでないなら一番お金を稼いでくれる子にするからね」
腰に手を当て、仁王立ちで言い放つ母マミー。
その言葉に再びビクッと硬直するアルゴ。
そもそもこの3人娘は全員見た目が同じで、髪や目の色が微妙に違うだけだ。つまり母上の質問は、茶色とこげ茶と黒のどの色が好きか聞いているのと同じ。
そう考えると、母上の言う通り金を稼いだ奴が一番偉いというのも道理ではある。俺は兄として彼にアドバイスを送る。
「アルゴ・・・クロリーネを失った上にこの3人娘の誰かと結婚することになったのは、さすがの俺も同情する。だがクリプトン家は大金持ちで今後の主要な貿易相手にもなる大切な家門だ。お前も王族なんだからこれも政略結婚だと思って、潔く人生を諦めてくれ」
俺も国王として8人も嫁ができたし、きっとこれからはアルゴの嫁が増殖する番だろう。
その最初の一人がこの3人娘というのは、出だしで大きくつまずいているが、外見だけは美少女なんだし性格はこの際目をつぶるしかない。
だがアルゴは俺の方を振り返ると、
「なんて美しい女性なんだ・・・こんな素敵な人達が僕の婚約者になるなんてまるで夢のようだよ。それに3人ともとても優しそうで僕だけを見てくれてるし、誰か一人を選ぶなんて、とても僕にはできない」
まさかの好感触だった。
「・・・お前、それ本気で言っているのか?」
こんな肉食獣みたいな奴らのどこが優しそうなんだか。だがアルゴがずっと硬直していたのは、どうやら3人娘を前に緊張していたらしい。
そしてアルゴの言葉を聞いた3人娘が興奮して、
「うっひょー! アルゴくん、ルカをもらって~」
「抜け駆けは良くないよルカちゃん! アルゴきゅんはこのミカ様が美味しくいただく件。ジュルルル」
「2人とも鏡を見てから発言したほうがいいでござるよ。この黒髪ロングの超絶清楚なモカ様がショタ神のアルゴ様と結ばれるに決まっているでごわす」
アホか、お前ら全員見た目が同じだろうが。
だが3人が俺からアルゴを奪い取ると、もみくちゃにして取り合いを始めた。3人娘の無駄に大きな胸があちこちに当たって恥ずかしそうにデレるアルゴに、母マミーが助け舟をだす。
「ルカちゃん、ミカちゃん、モカちゃん。このアルゴが欲しいのなら全力でお金を稼ぎなさい」
「「「あいあいさー!」」」
そしてアルゴを連れた5人は、俺たちを残して倉庫街の方に去っていった。
「「「・・・・・」」」
全員呆気にとられた表情で顔を見合わせていると、ため息をついたマールが俺たちに解説してくれた。
「アルゴはクロリーネとの婚約をずっと重荷に感じていたのよ」
「マール、それは本当か?」
「ええ。だってクロリーネはアゾートのことが大好きで、アルゴのことはただの政略結婚の相手としかみてなかったし、立派な妻になろうと「あれをしなさい、これはダメでしょ」ってアルゴに注意することが多かったから、きっとクロリーネが怖かったのよ」
「うそっ! クロリーネは「ツン」のなくなったただの「デレ」なのに!」
「それはアゾートに対してだけよ。それにアルゴは胸の大きな女性が大好きなの」
「あいつ巨乳派だったのかっ! まあ、クロリーネは背が低い分ローレシア以上に残念な体形だし、アルゴが3人娘を気に入ったのなら、良しとするか」
クロリーネとの婚約によってアルゴの性癖を歪めてしまった気がしないでもないが、とりあえずアルゴはここに残して、俺たちはソーサルーラへと旅立った。
ソーサルーラに戻った俺たちは、早速新生活を立ち上げた。
魔法アカデミーに通うのは俺とエレナの二人だけで、エレナは新1年生だ。
エレナはバートリーの血族だからか、魔力はあるのに属性魔法が全く使えない。だから魔法アカデミーでは風属性クラスに入って、属性魔法の特訓を行うことになる。
そして俺は研究科で魔法遺伝学をテーマに研究を進める。本当は東方諸国の魔法に興味があったのだが、ローレシアからの要請もあり、なんか面白そうだったのでこのテーマに決めた。
なお、同じ研究室にはローレシア侍女軍団のカトレアたちも在籍しており、俺はソーサルーラでは引き続き帝国の富豪の子息のアゾート・アーネストを名乗ることになる。
魔王呼ばわりも嫌だが、神使徒だと身バレするのが心底嫌だったのだ。
そして俺が研究活動に専念する代わりに、フリュ、ジューン、フィリアの3人は、自室をオフィスにして外交の仕事を行う。俺たちは一応メルクリウス=シリウス教王国のトップだから仕事はちゃんとあるのだ。
役割分担としては、ランドン=アスター帝国と魔王城との調整はフリュが、アージェント王国と法王庁との調整はジューンが、そしてまだ出入り禁止になっていない東方諸国との調整はフィリアが担当だ。
最後にマールだが、メルクリウス艦隊が王国に帰還する際に、フレイヤーを3機を帝都ノイエグラーデスに置いて行った。
それを全機ソーサルーラに運ぶために、カトレアと二人で飛んでもらっている。その後はフリュ達にフレイヤーの操縦を教える教官になってもらう予定だ。
こうしてソーサルーラでの新生活が始まった。
次回、7家融和戦略の全容が明らかに
お楽しみに




