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第33話 真の勝者

 アウレウス伯爵は俺たちを見ると、少し驚いた表情で「ほう」と一言つぶやいた。


 今の反応はなんだろう。


 だが誰も気にすることなく全員が着席し、会談がはじまった。


 まずサルファーとザッパー男爵から今回の内戦について事実関係をそれぞれ説明。その後アウレウス伯爵が本題に入った。


「今回の件で娘のフリュオリーネとアウレウス家の名誉を汚し、我が騎士団に損害を与えたことについての補償をどのように考えているのか」


「賠償金の支払いと所領の一部割譲を考えている」


 サルファーから賠償金と割譲予定の所領について提示。それに対してアウレウスから要求が伝えられるとサルファーは額に冷や汗を流した。


 おそらく両者にかなりの開きがあったようだ。


「我が領地は内戦つづきで財政が厳しい上、領土が荒廃し税収もあまり見込めない。賠償金の不足額は領地の産品で当てることは可能か」


 サルファーは産品のリストを提示。


「ダメだな。貴領に何か希少な農作物や鉱石などがあればまだしも、我が領地で生産されるものと大差のない、ありふれたものばかり。不要だ」


 落胆するサルファーにアウレウスがにやりと笑った。


「だがこのリストにはないものであれば考えてやらんこともない。大砲といったかな。それに同じ原理で動く小型の兵器を毎年一定数量を納入する、というのではどうかな」


「あれは誰でも扱える兵器ではなく、大量には製造していないのだが」


 今回の戦いで威力を目の当たりにしたこれらの武器だ。当然の要求だろう。


「ではそれらの武器の製造者をこちらに引き渡してもらえばよい」


「引き渡すというのはどういうことか」


「私に忠誠を誓いアウレウス騎士団に入団してもらう」



 サルファーはフェルーム当主ダリウスの顔色をうかがった。


 軽く頷きダリウスがサルファーに代わってアウレウスに回答する。


「それはできない」


「なぜだ」


「我が娘の婚約者であり、将来我が一族を率いる者だからです」


 ダリウスの回答に伯爵は酷薄な笑みを浮かべた。


「娘から聞いている。そこにいる者であろう」


 アウレウスは俺の方を見た。フリュオリーネから報告を受けているようだ。


 ダリウスも駆引きは無駄と判断。


「そうでございます」


「では、彼をそなたの娘の婚約者から外し、私に忠誠を誓わせるのだ。我が娘との婚約破棄した無礼については、それで帳消しとしてやる」


 サルファーの責任をフェルーム家に押し付けられて、ダリウスがムッとしている。あわててサルファーが引き取った。


「今回の内戦において、彼は最大の武勲を上げており、相応の報酬と栄誉を与える必要があります。これは王国貴族の道理であり蔑ろにはできますまい。彼をアウレウス騎士団へ入団させてしまうと、武勲に報いることができないのです」


「ほう。では彼にはどのような褒賞が与えられるのか」


「まだ正式には決まってはおりませんが、今回の内戦で処分される貴族家の爵位がいくつか余ります。その一つを所領と共に与える予定です」


 え? そんな話は初めて聞いた。交渉上のブラフなのか?


「具体的には」


「男爵位と所領をひとつ」


 アウレウスが何かを考え始めたようで、しばらく沈黙した。そして、


「では騎士団への入団ではなく、彼が男爵として独立し新たに私を主君とし忠誠を誓うというのでどうだ。同時にここにいる全員、我が兄のアウレウス公爵の派閥に加わること」


 サルファーとダリウスがこそこそ相談を始めた。提案を飲むつもりだろうか。アウレウスはそれを見てニヤリと笑った。


「先ほど提示のあったプロメテウス城だが、彼の所領にすることで領地の割譲はなしにしてやってもよい」


「わかりました。謹んで提案をお受けします」


 サルファーとダリウスがあっさりと提案を飲んでしまった。こいつら俺を売りやがった。


「ではそれで領都ボロンブラークは解放してやる。次は名誉についてだが、まず我が娘について申し開きがあればのべよ」


 どう考えてもサルファーが悪い。俺の婚約者に横恋慕した上に、何の非もないフリュオリーネとの婚約を破棄したのだ。


 こいつどう言い訳するつもりだ?



 額に汗を流しながら、何も言葉が出ないサルファー。しばしの沈黙を経た後、おずおずと言葉を紡ぎだした。


「・・・もし許されるなら、もう一度私と婚約させていただければ」


 アウレウスが机をたたいて激怒した。


「許されるわけがないだろう。当家と娘をさらに愚弄する気か。一度婚約破棄をしておいて、都合が悪くなると婚約を結びなおす。そんなバカな話があってたまるか」


 あたりまえだ。


「理解していないようだが、本件は娘の名誉だけでなく、アウレウス家の名誉まで貶めることになるのだ。当家の名誉は重いぞ。本来はボロンブラーク伯の爵位返上を求めるところだが、我が派閥への参加があるのでやめておく。今回は娘を切り捨て当家とは無関係の人間とし、アウレウス家門の名誉を守る。これはボロンブラークへの貸しだ。今後娘はアウレウスの家門を名乗ることができず、平民として生きていくことになったのだ」



 そんなバカな。なんで彼女が全てを背負わされなければならないのか。


 おれは思わず口をはさんだ。


「待ってください。サルファーの愚かな行いのために、なぜフリュオリーネが犠牲にならなければならないのですか」


 サルファーが俺を睨みつけたが、無視して俺は話を続ける。


「平民に落とすなら責任者のサルファーが落ちるべきであり、フリュオリーネは被害者です。それに彼女は貴族としてその能力を発揮させた方が、王国にとってメリットが大きい」


 アウレウスは面白そうに俺を見ている。


「魔力はおそらく学園一強い。軍略にも明るく騎士団を率いたら無敵。客観的な思考ができて判断が的確。様々な学問の知識が豊富。平民に落としたらそれを活かすことができるのでしょうか」


「できまい。娘は平民として生きる術がないので、修道院にでも入って一生を終えるしかないだろう」


「だったら平民にするのはやめて貴族としてその力を活かし、名誉の回復は別の方法を考えるべきでしょう」


「名誉の問題は簡単ではないのだ。王国貴族を統治するためには権威の維持は絶対。娘を失ってでも守られるべきは当家の名誉であり、それが王国の秩序維持につながるのだ」


 前にフリュオリーネに聞かされていた理屈だ。言ってることは理解はできなくはないが、価値観が違いすぎて俺には受け入れることができない。


 アウレウスは話を続ける。


「娘の能力がもったいないと言うのであれば、そなたが後見人となればよかろう」


「それはどういうことでしょうか?」


「お前が雇うなりして、娘を引き取ればよかろう。惜しいと考えるなら好きにするがよい」


「それならひとまず私が引き取りますが、いつか絶対に彼女の貴族としての地位を回復して見せる」


 みんなが俺を見て驚いている。何かまずいことでも言ったのだろうか。


「そうか。もう縁を切った者だが、娘をよろしく頼む」





「名誉の問題も解決したことだし、もう話すことはないが、一つだけ提案がある」


「なんでしょう」


「アゾートが男爵位につく際の家名は決まっているのか」


「そのままフェルームを名乗ればよいと考えてますが」


「では、メルクリウスを名乗らせてみてはどうか」


「メルクリウスですか?」


 全員ぽかんとしている。


「そうかそなたらは知らぬか。王都ではわりとよく聞く名前でな、面白いから名乗るがよい」


「主君からの命令として承りました。是非もありません」



「それから娘の学園のことだが、そのまま通わせるならそなたが後ろ盾になってほしい。口さがない者もいるためさすがに忍びない」


「わかりました」


「学園への手配はしておく。以上だ」


 こうしてアウレウス伯爵との交渉は終わった。


 終始伯爵のペースで着地点も伯爵の計画通りだったのだろう。


 だが、我々にとっても悪くない決着だった、はず。





 サルファー一行が去った応接室で、アウレウス伯爵はザッパー男爵に話しかけた。


「フェルームという家名は聞いたことがないが、娘やお前からの報告、それから同席していたネオンという娘の容姿を見て確信した」


「ネオンは男ですが」


「あれは女だよ。フェルームは失われた一族・メルクリウス家の血を引くものたちだ。公式の歴史からは抹消されているが、かつて王国を揺らがした政変の結果弾圧された一族。類いまれなる戦闘力と特殊な技能を持ち、メルクリウスの血を特に色濃く残す女は、必ず白銀の髪に赤い目をしていたと言われている」


「そんな話が。おとぎ話に出てくるメルクリウスとは違うのですか」


「あれは史実を隠すためのカムフラージュ。これは王家と公爵家しか知らないことだ。しかしとんでもない宝が向こうから転がり込んできたわ。我が家臣にメルクリウスが加わるとはな」


「では始めからそのつもりで交渉に臨んでいたと」


「ボロンブラークを攻め滅ぼしたとしても、その後の領地運営にはそれなりの人員が必要で、面倒なものなのだ。今回は騎士団に多少の損失は出たものの、ボロンブラークを派閥に取込み恩まで売れて、何よりメリクリウスの力を色濃く残す末裔が、領地と城付きで我が配下に加わった。ボロンブラークを取り潰すより遥かにプラスではないか。それにな、」


 アウレウス伯爵は、さきほど初めて見た愛娘のあの穏やかな表情を思い出していた。





 伯爵家に用意してもらった客室で、先ほどの交渉の結果について話し合った。


「俺が男爵位とプロメテウス城をもらうのは本当のことなのか?」


「ああ。僕のことをいつもバカにする君にはやりたくないが、仕方がない。決定事項だ」


「領地をもらえるのは嬉しいが、あの城はすごく汚いんだよ。まさかあれを掃除するのが俺になるとは」


「昔、僕が住んでたんだ。君なんかにはもったいない城だが、伯爵に言われたので渋々お前にやるのだ。文句を言わずありがたく受け取るがいい」


 そのほかの処遇は以下のとおりのようだ。


 ゴダード子爵 爵位はそのまま。所領を獲得

 モジリーニ男爵 子爵に昇爵。所領を獲得

 フェルーム騎士爵 子爵に昇爵。所領を獲得

 メルクリウス男爵家を新設。プロメテウス領とともに、アウレウス伯爵配下へ移籍。


 フェルーム家は男爵への昇爵がすでに決まっていたが、今回の武勲に加えアウレウス家の名誉の問題をサルファーに代わって解決したことで、一気に子爵への昇格となった。


 昇爵については、王国で行われる秋の叙勲式で正式に発効される。


 また各騎士爵家にも活躍に応じて所領が与えられた。




 一方、反乱を起こしたフォスファーは公開処刑。


 それに同調したアラモネア子爵家、スキュー男爵家、サラース男爵家も家門を取り潰し、本家・分家の男子は幼少の者を除き全員処刑、女子は平民へ落とされることとなった。


 領内の修道院では足りないので、他領やシリウス教の本国の修道院へ散っていくことになるのだろう。


 それ以外のものは、サルファー派のいずれかの貴族家に忠誠を誓えば赦免されることとなる。




 そして、俺が独立してメルクリウス男爵となり、セレーネはフェルーム子爵家次期当主となるため、俺たちの婚約は解消された。




「・・・・・サルファー。てめえが余計なことをしてくれたおかげで、セレーネとの婚約が解消されてしまったじゃないか」


「それはすまないと思っているが、口の利き方を何とかしたまえ。とても主君に対する態度ではないだろう」


「お前はもう主君でもなんでもねえ。アウレウス伯爵に俺を売りやがって」


「うっ」


「じゃあ私がアゾートの婚約者でいいじゃない」


 ネオンがうきうきした顔でダリウスにおねだりしている。


「ああ構わんぞ」


「やった」


「ちょっと軽々しく決めないでくれ。なんで婚約者がセレーネからネオンなんかに変わるんだよ。嫌だよ」


「僕は心から歓迎するよ。フェルームの血がメルクリウスにも伝わって大変いいことじゃないか。それに僕の愛するセレーネがフリーになったことだし、」


「それでもサルファーにはセレーネをやらんがな。セレーネはフェルーム家の次期当主だ。それにお前みたいな危なっかしい奴には、とても愛娘を任す気にはなれん」


「お前たちには、主君に対する尊敬の念を1ミリも感じないな」


「お前に尊敬できる要素が1ミリもないからだ。全くお前の父上は大変な人格者なのに、どうしてお前たち兄弟はダメなんだ。まぁフォスファーに比べればお前はただの恋愛バカというだけで、他は遥かにマシだけどな」





 8月27日、この日24日間に及ぶ第2次ボロンブラーク内戦は、ボロンブラーク伯爵家とアウレウス伯爵家との和解成立により、正式に終結した。


 この戦いの真の勝者は誰だったのか。


 労せずして多くのものを手に入れたアウレウス伯爵なのか、領地と爵位を手にいれたがセレーネとの婚約解消の上アウレウス伯爵の配下となったアゾートなのか、貴族の地位を失ったが自分の本当の居場所にたどり着くことのできたフリュオリーネなのか。


 現時点でそれを分かるものは誰もいなかった。






 交渉も早くまとまり、次の日すぐに領地に帰ることになった。領地の戦後処理を片付けなければならないからだ。


 帰りはアウレウス騎士団の随行はなく、サルファー騎士団のみ。


 アウレウス家を絶縁されたフリュオリーネは平民として、メルクリウス男爵家で正式に雇われることになった。


 学園へは卒業まで通えるよう、アウレウス家の方で手配してくれることになっている。



「姫様お元気で。お幸せに」


 フリュオリーネとの別れを惜しむ使用人たちの姿を見て、学園での彼女の姿はなんだったのかという気持ちになる。貴族の威厳や体面を保つことがそれほど大事なことなのか、俺には理解できない。




「帰りは馬車がなくて悪いな」


 隣で馬を走らせているフリュオリーネに、俺は話しかけた。


「平民の私が馬車に乗るなんてとんでもない。馬でももったいないのに」


 フリュオリーネが恐縮している。


「いや平民平民って。そんなに急に割りきれるものじゃないし、いつものように話してもらわないと調子が狂う」


「ではどのように話せばいいのでしょうか」


「テラスで俺を平手打ちにしたあの悪役令嬢の話し方の方が、まだマシだ」


「・・・・・」


「とにかく平民とか言わずに、なんでもいいから令嬢っぽくしててくれ。それにお前は必ず貴族に戻してやる。約束だ」


「!」


 フリュオリーネが突然顔を真っ赤にして、おずおずと答えた。


「し、承知しました。お待ちしております」




「私の婚約者と馴れ馴れしくしないでくれる?」


 ネオン馬で近づいてきた。


「お前、あれは断っただろうが」


「え?婚約者ってどういうことでしょうか」


「秘密にしてたんだが、ネオンは本当は女なんだよ。当主命令で男装して学園に通ってたんだ」


「まあ、そうだったんですね」


「それでアゾートが男爵家の当主になっちゃったから、次期子爵家当主のセレン姉様とは結婚できなくなったので、婚約が解消されたの」


「まあ」


「代わりに私がアゾートの婚約者になるって言ったら、当主の了解が得られたの」


「それはおめでとうございます」


「いやそれはその場できっぱりと断ったし、急に婚約解消されても「はいそうですか」と、簡単には心の整理がつかないよ。お前が次期子爵家当主になれば、俺はセレーネと結婚できるんだし、そうしろよ」


「なんで?私と結婚するのそんなに嫌なの?」


「嫌だよ。だってお前は男みたいじゃん」


「・・・・・わかった。新学期から女子として学園に通う」


「男装は当主命令なんだろ。そんな勝手が許されるわけが、」


「男装はもともと当主命令だったけど、学園には女子として通えと言われてた。私が勝手にしていたことだから問題ない」


「なん、だ、と。お前やることがメチャクチャだな・・・それに今さら男装をやめるのは無理だろ。親衛隊はどうするんだ」


「みんななら分かってくれるよ」


「いやそんな軽々しく言われても、もうちょっとよく考えろ。イテテテ胃が胃が」


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アゾート;;;
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