第313話 ローレシアの秘密
新勇者パーティーメンバーが帝国各地に散って行った。これで俺はますます、魔導コアに籠りっぱなしの生活になるだろう。
だが心配は無用だ。この魔導コアは魔力に満ち溢れていて、光属性魔法・ヒールによって必要な栄養素が供給されたり、セレーネの軍用魔術具と同じ効果を持つ補助魔法も展開されているので、ここに何日籠っていても生きていけるのだ。
しいて言えば筋力が低下することぐらいで、ここに長くいすぎると後でリハビリが必要になるだろうが。
さてシリウス教会のカルの悪巧みを阻止するため、先に商都ゲシェフトライヒに飛んだボルグ中佐たちとフリュ、フィリア。
一方でネルソン大将は他の根回しに奔走し、この俺もネオンを説得して俺の代理になってもらわなければならない。ついでに西方教会の総大司教の職も、全部ネオンに押し付けたい。
(さてとネオンたち東方諸国連合軍は確か、ガートラント要塞を突破して帝都に向かって進軍中だと言っていたが・・・おおっ! ここに魔力保有者たちの大集団がいるぞ・・・これはまた壮観だな)
俺のマップには、強力な魔力保有者が数100人レベルで集まっている隊列が表示されていた。その規模から考えてこれがたぶんソーサルーラ騎士団だろう。そしてローレシア勇者部隊もきっとこの光点の中に紛れ込んでいるはず。
さらに地図を拡大して、この集団の中からネオンを探しだすわけだが、あいつはたぶんローレシアと一緒にいるはずだから、強力な火と光の光点の組み合わせを見つければいいはずだ。
俺は特に光点密度の濃い部分をどんどん拡大していくと、その中に一際強く輝く白い光点を見つけた。
(もしかしてこれがローレシアか・・・だがこの光点の輝度は魔力の最大値を示している。まさかこいつ、人間の限界を超えているのか・・・)
昔、国防軍で魔法の研究していた頃、魔力の強さの尺度を決める際に人間の持つ理論的限界値を1000に定めた。これは強化人間Subjectsの魔力値であり、普通の人間はこのレベルを超えることはできないことが明らかにされていたからだ。
だがこの白い点が示す魔力値は、その理論的限界値1000だ。つまり実際はこれよりも魔力値が大きい可能性がある。
(統合思念体、この光点の正確な魔力値が分かるか)
「はいアゾート様・・・この個体、ローレシア・アスターの魔力値は、アポステルクロイツの効果を取り除いた状態で1170」
(やはりローレシアの魔力は、理論限界を超えていたか。しかしSubjectsを超えた魔力を持った人間など、どうやったら存在しうるのか・・・)
ローレシアに対して、研究者としての興味がふつふつと湧いてきたが、今はそんなことよりもネオンだ。このローレシアのすぐ隣にある赤い光点は10中8、9ネオンに違いない。
(・・・クレア・・・俺だ、安里悠斗だ。聞こえたら返事をしろ・・・)
「ええっ? いま安里君の声が聞こえたんだけど!」
(・・・よしビンゴだ! ・・・クレア、今俺はジオエルビムからお前の頭に直接話しかけている・・・)
「うそっ! 本当に安里君なんだ・・・でもジオエルビムって、ひょっとしてこれ古代の魔術具なの?」
(・・・古代の魔術具と言えばそのとおりだが・・・クレアなら俺の説明がきっと理解できるだろうから、専門用語を使って理論的に説明する・・・)
「・・・ていうことはつまり、最新の科学技術を使ったの通信手段ってことね」
(・・・ちょっと待てっ! ・・・今からこの悪魔的発想をちゃんと説明するから・・・俺の話を最後まで聞いてくれ! 絶対に先にネタバレするなよ!)
「わかったから、そんなに怒らないで。ちゃんと説明を聞いてあげるから、最初から話してみて」
そして俺はネオンに詳細に説明した。
(随分と話が長かったけど、おかげでこの魔法のメカニズムがよく理解できたわ。周りに人がいるから、ここからは私も頭の中だけで会話をするわね)
(・・・スゲーなお前。・・・いきなり思念波だけで会話できるとは、順応性高過ぎだろ!)
(でもそっかぁ、シリウス経典って量子コンピュータ内の人工知能の集合体が長い年月をかけて計算した、人間が幸せに生きるためのノウハウ集だったのね)
(・・・そのとおりだよ! ・・・この世に神なんか存在しないという事実を、やっと理解してくれる人が現れた・・・おお神よっ!)
(安里君が神に祈るなんて、よほどみんなに理解されなくて、ストレスが溜まっていたのね)
(・・・おっと、うっかり神に祈ってしまった・・・無神論者である俺らしくもない・・・)
(それはそうと私の思念波にアクセスしてきたのは、何か用事があったからでしょ。私たちもうすぐ帝都に到着するから、何か共同作戦でもするつもりなの?)
(・・・いやクレアにはもう、こっちのパーティーに戻って来て欲しいんだよ・・・ていうか頼む、俺の代わりにシリウス教関係の仕事を全部やってくれっ! ・・・俺は今、とんでもないことになってしまってるんだよ・・・ウッウッウッ・・・)
(ちょっと待って、いきなり泣き出さないでよで安里君っ! シリウス教なんて全く興味のなかった安里君に一体何があったのよ)
(・・・実はシリウス教国のハウスホーファ総大司教が・・・俺のことを神使徒だとか言い出して、礼拝堂のテルル像の隣になんと俺の像を・・・ではなくて、俺が相談したかったのはそっちじゃなくて、シリウス教会の総大司教カルが今度、商都ゲシェフトライヒで神官総会を開くらしいんだ・・・この前シリウス教会の枢機卿を半分以上火刑に処して教会を潰したんだけど・・・そしたらその穴埋めとか言い出したカルが、帝国全土の司祭を集めて新たな枢機卿を任命してシリウス教会を復活させようともくろんでいるんだ・・・クレアにはそれを阻止してもらいたい・・・)
(何それっ! シリウス教会の枢機卿を殺しちゃったの?! し、知らなかった・・・。帝都では一体何が起きているのよ)
(・・・ええっ?! そっちには何も情報が流れていないのか・・・俺たちはシリウス教会を潰して、今は帝国を管轄する中央教会と、東方諸国を管轄する東方教会、そしてアージェント王国の新教徒を管轄する西方教会の三つの教会に分かれて・・・この俺がまさかのシリウス西方教会総大司教にさせられてしまったんだよ・・・)
(安里君が総大司教っ?! プーッ! クスクスクスクス、う、ウケる・・・)
(・・・いや、笑い事じゃないんだよ・・・それでその3人の総大司教が集まって・・・カルの集会をぶち壊すって作戦なんだけど・・・俺はこの通りジオエルビムから各地の戦場をコントロールするのに忙しくて・・・俺の代わりにシリウス西方教会の総大司教としてクレアに出席してほしいんだよ・・・)
(ヒーーッ! わ、笑いすぎて・・・息ができない・・・)
(・・・いや、ちゃんと俺の話を聞いてくれよ・・・本当に困ってるんだよ。助けてくれよクレア・・・)
(わ、分かったわよ・・・クスクス・・・私が安里君の代わりに・・・プッ・・・新教徒の総大司教をすればいいのよね・・・)
(・・・そうだ・・・詳しい事情は先に商都ゲシェフトライヒに飛んでいるフリュに聞いてくれ・・・)
(フリュさんが現地にいるんだ。わかったわ、総大司教の代理はこの私に任せてよ)
(・・・すまんなクレア・・・シリウス教に関してはお前だけが頼りだよ・・・)
(あ、そうだ、いいことを思いついた)
(・・・おおっ。さすがクレア! ・・・何かいいアイディアがあるのなら俺にも教えろよ・・・)
(この作戦に、ローレシアも参加させようよ)
(・・・ローレシア? 別に構わないけどなんで?)
(彼女は私の代わりにシリウス教国の大聖女になることを了承してくれたのよ。だから今回の件には関わっておいてほしいの)
(・・・本当か! ・・・だがその問題はすでに解決していて・・・もうローレシアに代役になってもらう必要はないぞ・・・)
(つまりSIRIUSシステムの統合思念体がシリウス神の正体で、それと会話ができる安里君は神使徒だからテルルと同格であり、信者たちのルールを自分で作ることができるって話よね)
(・・・まさにその通りだよ。すげえなお前・・・みんな完全に誤解してるんだけど・・・この世に神は存在しなかったんだよ!)
(はいはい、さっきからその話何回も聞いてるから。じゃあ、ローレシアも連れて行くから今から彼女にも簡単に事情を説明してあげて)
(・・・え、俺がローレシアに説明するの? ・・・嫌だよ。クレアから説明しといてくれよ)
(まあ安里君の話は無駄に長くてわかりにくいから、詳細はフリュさんに説明してもらうけど、安里君からも一言だけお願いしてほしいの)
(・・・そんなチャラ男みたいなこと・・・俺って、ローレシアとは席が隣というだけで、あんまり親しくないし・・・クラスの美少女にいきなり話しかけて、調子に乗ってるイタい奴だと思われたくないんだよ)
(リアルで美少女ハーレムを形成してしまった安里君が今さら何を言ってるのよ。彼女には安里君から話があるって言っておくから、ちゃんと話しなさいね)
ネオンに無理をお願いしている手前、俺は仕方なくローレシアと話をすることにした。
何から話を切り出していいのか分からず、電話をかけるまでに随分と躊躇ってしまったが、嫌なことは早く済ませるために思いきって電話をかけてみた。
(・・・あのう・・・もう俺のことは忘れたかも知れないですが・・・まっ、魔法アカデミーの雷属性クラスで隣の席だった、アゾート・アーネスト中尉です。あ、中尉は余計か・・・おっ、お元気ですかっ!)
フレンドリーに話しかけるつもりだったが、緊張でかなり挙動不審な喋り方になってしまった。だが、
(おおっ、本当だ! ネオンの言った通り、頭の中に直接アゾートが話しかけて来たぞ!)
あれっ? ローレシアに話しかけたつもりなのに、なぜか男の声が・・・。
(・・・すみません、別の人と間違えました。・・・電話をかけなおします・・・)
(ちょっと待ってくれ、お前は別に間違っていない。俺がローレシアなんだ)
(・・・はあ? 「俺がローレシア」ってどういうこと? ローレシアは実は男だった!)
だが、ネオンの目を通して見えているローレシアは相変わらずの美少女で、どう見ても男には見えない。いや超絶美少年という可能性もゼロではないか。なぜなら胸がとても残念だから・・・。
他の可能性としては、彼女も言葉ではなく思念波で直接俺に話しかけているから、ネオンによるトリックの疑いも拭い去れない。
俺があらゆる可能性を検討していると、
(アーネスト中尉、混乱をさせてしまって誠に申し訳ございません。わたくしが本来のローレシアで、今お答えしたのはわたくしの身体に同居している別の魂のナツという殿方なのです)
(実はそうなんだ。俺はお前と同じ日本から転生してきた元男子高校生の立花ナツだ。よろしくな)
(・・・ええっ!! ・・・ま、まさかお前も転生者だったのか・・・症例Type-A。しかも2つの意識がひとつの身体に共存・・・なるほど魔力値が理論限界を超えていたのはこういうカラクリだったのか)
(何を言ってるのかよく分からないが、他の転生者に会うってやっぱりびっくりするよな!)
(・・・いや全くだ。すると、俺が今までローレシアだと思っていたのは・・・男子高校生のナツの魂が憑依した姿だったということか・・・口調が貴族令嬢そのものだったので、まるで気がつかなかったな・・・ひょっとしてお前、演劇部の部員か何かか?)
(いや、このローレシアの身体だと、どうしても貴族令嬢風の話し方しかできなくて、無理に男言葉で話そうとしても、舌を噛んでしまってうまくしゃべれないんだ)
(・・・へえ、どういう仕組みか知らないけれど、不思議なこともあるもんだな・・・)
(でもこの世界に転移して初めて、ローレシア以外に普通に話ができる相手が現れたよ。ところでアゾートは日本では何をしていた人なんだ)
(・・・俺か? 俺は工学系の博士課程で量子コンピュータの研究をしていて、そのまま日本国防軍の研究プロジェクトのメンバーになった、戦う国家公務員の安里悠斗三尉だ・・・あれ二尉に昇進したっけ?)
(お前、国防軍の軍人だったのかよ! カッコいい)
(・・・え? この俺がカッコいい・・・? そんなこと言われたの初めてだよ・・・)
(それで何の研究をしてたんだ。新兵器の実験か?)
(・・・まあ、そんなところだ・・・それよりも本題だが、シリウス教会をぶっ潰すためにネオンには商都ゲシェフトライヒに行ってもらうことになった・・・ローレシアとナツ、キミたち二人もネオンについて行ってくれないか・・・)
(ああ、いいぜ。詳しい事情はあとでネオンから話を聞くが、シリウス教会には俺たちも相当頭に来ていたところなんだ。奴らを倒すチャンスを与えてくれて、本当にありがとうなアゾート!)
(・・・そうか、やってくれるか! こちらこそ本当に助かったよ・・・俺は、宗教に関わることが心底嫌で・・・キミたちみたいなやる気のある若者が現れてくれて本当にうれしいよ・・・じゃあ宗教関係は全部任せるから・・・シリウス教会をぶっ潰してくれ)
(ああ、俺たちに任せておけって。なあローレシア)
(ええ! わたくしもナツと一緒に全力で戦います。お任せくださいませ、アーネスト中尉)
次回はライゼンカナル運河爆破作戦
お楽しみに




