第308話 メルクリウス騎士団への帰還②
嫁が一人増えた。
5人目の嫁はロリッ子、今年16歳の成人女性だが見た目は9歳の犯罪臭しかしない娘である。しかもこの娘との間に世継ぎを儲けてバートリー伯爵家を創設するまでが、俺に与えられた王命だ。
どんな無理ゲーだよっ!
だがフリュとセレーネがエレナを側室として認めてしまったため、周りは一気にお祝いムードになった。そして当の本人のエレナがとても幸せそうで、俺一人が水を差すような事を言う空気ではなかった。
そう、俺は日本人。個人の意見よりもその場の空気を大切にする民族なのだ。
そしてあえて言わせてもらえば、俺はロリコンではない。
それが証拠に、前世では最初の1年と少しは観月さんと、観月さんが死んでからの20年はフリュという二人の成人女性しか娶らなかった。
ただしそれがクリプトン家の恨みを買って、その後の政変の引き金となったのだが。
だがそれも今は昔。前世の反省を踏まえて、エレナのことを悪くは思っていない俺は、彼女を一生大切にすると心に決め、彼女を娶る決断をした。
そして新勇者パーティー全員を引き連れてメルクリウス騎士団に里帰りしたのだった。
「お兄様久しぶりね!」
「よう、リーズ。元気そうだな」
俺は久しぶりに会った妹や、クロリーネがいないのになぜかここに残っていたお稲荷姉妹の頭をなでながら、メルクリウス騎士団の様子を観察した。
この司令部周辺には、メルクリウス家の分家たちに混ざってボロンブラーク学園の生徒の姿が目立つ。
「学園のみんなが手伝ってくれているのか」
「そうよ。お兄様のクラスメイトはみんな自分の実家の騎士団に帰ってしまって今はアネット先輩とカイン様しかいないけど、私のクラスメイトは全員いるの。顔は知ってると思うけど改めて紹介してあげるわね。この3人はメリア様とヒルダ様、ターニャ様よ」
そういうとアウレウス派の3人の令嬢は制服のスカートを軽くつまんで俺に挨拶した。彼女たちはそれぞれダーシュやサルファー、そしてアレンの弟のアイルの妻の座を巡って、今だに争っているライバル同士らしい。
「そう言えばカインはどうなったんだ? 俺が帝国に出発する前に青春ラブコメが展開されていたような気もするが」
「あの後カレン様の婚約者の座を巡ってフィッシャー家の本家と分家が入り混じった争奪戦が開催されたのよ。ルールは帝国軍との戦いでどれだけ戦果があげられたかを競うもので、その優勝者にカレン様が与えられることになったの」
「またそれか・・・。フィッシャー騎士団は脳筋だから、何かあると話し合いではなくすぐに戦闘で白黒をつけたがるよな。一体どこの戦闘民族だよ・・・いや待て、そう言えば父上やダリウスたちもいつも何かを賭けて勝負しているし、うちも似たようなものか。それで勝負の結果はどうなったんだよ」
「なんとカイン様が優勝して、晴れてカレン様との婚約が成立したのよ」
「マジかよ! この前の騎士最強戦で戦ったバレン・フィッシャーとかハシム・フィッシャーとか、あいつらメチャクチャ強かったぞ。あんなやつらにカインは勝てたのか」
「そうなのよ! これもカレン様への愛がなせる業なのね」
「愛か・・・ニシシシシ。それでそのカインは今どこにいるんだよ。ちょっとからかってやろうぜ」
「カイン様なら向こうでカレン様と一緒にいるよ」
リーズの指した方を見ると、遠くの方で長身の男と緑のツインテールのボカロが腕を組んでイチャついていた。見ているだけで砂糖を吐きたくなるようなその甘々ぶりに、俺は声をかける気力を失った。
「・・・し、幸せそうで何よりだな。まあこれでお前がフィッシャー家に嫁に行くこともなくなったし、そのあおりで俺がフィッシャー家のお家騒動に巻き込まれたり、橋田寿賀子大先生の世界観を具現化したような親族ができることもなくなったわけだ。めでたしめでたしだな」
「あれ? お兄様はフィッシャー家のお家騒動の顛末をまだ聞いてないの?」
「顛末って・・・・え? あの泥沼のお家騒動って、もう解決したのか?」
「そんなのとっくの昔に解決してるわよ。だからこうやってフィッシャー騎士団と王国陸軍が肩を並べて、帝都ノイエグラーデスに進軍できてるんだから」
「・・・・言われて見れば、確かにその通りだよな。じゃあ結局どっちが勝ったんだ。フィッシャー辺境伯かそれともまさかエメラダか?!」
「結論から言えば両方の負けね。エメラダさんは離縁されてフィッシャー家を追放されたし、その辺境伯も騒動の責任を取って引退を表明し、今は次男のホルスさんに代替わり中よ」
「なるほど。だからさっき陸軍参謀本部に行った時、辺境伯の隣にホルスが座っていたのか。俺が帝国に行っている間に王国にも色々あったんだな。でもそうか、エメラダは追放されたのか・・・そう聞くとちょっとかわいそうな気もするけど、カインが実家に寄り付かなくなったり、あのネオンが愚痴るほどの恐いオバサンだったからな。そして何よりも嫁姑問題を体現したような存在で、俺の世界観とは全く相いれないんだよ。近づきたくないぜ、くわばらくわばら」
「お兄様、そのことなんだけど・・・」
リーズが何かを言いかけたその時、俺の背後からオバサンの声がした。
「これはメルクリウス伯爵、お帰りなさいませ」
この声はどこかで聞いたことがある。
たしかエーデル城にお邪魔した時、フィッシャー辺境伯の隣で豪華なドレスに身を包んでいた中年女性のような気もするが・・・。
俺は嫌な予感を抱えながら恐る恐る後ろを振り返えると、なんとそこにはエメラダが立っていた。
「お前はエメラダっ! いやエメラダ夫人・・・・。エメラダ夫人ともあろうお方が、どうしてこんなむさ苦しいメルクリウス騎士団にいらっしゃって・・・」
思わず呼び捨てにしてしまったのを誤魔化すため、俺はエメラダにへりくだった。だが、エメラダは俺の失礼を咎めることなく、逆にとても丁寧な口調で、
「わたくしはフィッシャー辺境伯に離縁され、アルバハイム家からも追放されたため、今は平民の身分でございます。そしてそんなわたくしを拾って下さったのが、リシア様なのです」
「リシアおばさんがエメラダ夫人を拾った? ・・・すまん、何を言ってるのかさっぱり理解できないよ。たしかリシアおばさんは、ドルム騎士団長と結婚してフィッシャー家に嫁ぐことになったと聞いたけど」
「いいえ、リシア様が嫁ぐのではなくドルム騎士団長が婿入りして、商都メルクリウスの代官をすることになったのです」
「え? ドルム騎士団長がうちの代官って・・・そんなアホなっ!」
「そしてリシア・ドルム夫妻はフィッシャー辺境伯のお口添えで、王命によりメルクリウス伯爵家に嫁がれることになったエレナ・バートリー嬢の後見人を務められることになり、そのお手伝いをするためにこのわたくしエメラダと、長男のライアンとその嫁のミリーの3人がバートリー伯爵家創設という王命を成し遂げるために、こちらでお世話になることになりました」
「・・・うそ・・・だろ」
俺が自分の耳を疑っていると、エメラダの後ろにリシアおばさんとドルム騎士団長、ライアンとミリー夫妻が勢ぞろいし、俺に臣下の礼をとった。
俺は慌てて近くにいたエレナを呼び寄せて耳元で囁いた。
「おいエレナ・・・お前、なんでこの事を俺に言わなかったんだ」
するとエレナも顔を真っ青にして、
「エレナもまさかこんなことになっているなんて知りませんでした。・・・あのエメラダ様に頭を下げらるなんて、エレナは一体どうしたらいいのでしょうか」
「・・・お前も知らなかったのか。だがマズいな、俺はこのオバサンが大の苦手なんだよ」
「・・・それはエレナも同じです」
二人で硬直していると、突然フリュが俺の隣に立って、エメラダたちに話し始めた。
「お久しぶりですねエメラダ様。王命遂行のためにあなた方を我がメルクリウス伯爵家に仕えさせるとは、フィッシャー辺境伯もバートリー家の復興に本気で力を入れているということですね」
「はい、フリュオリーネ様。わたくし共は全力でバートリー伯爵家創設に向けて邁進いたしますので、その点をご理解いただければと存じます」
「承知しました。ですが、我が夫メルクリウス伯爵は多くの領地とそれぞれの地に側室を抱えるご多忙の身であり、王命と言えども伯爵家の秩序はキチンと守っていただかなくてはなりません。そのことをゆめゆめ忘れることのないように」
「承知しました。では後日、エレナ様の処遇についてフリュオリーネ様とお話の場を設けさせていただきたく存じます」
なんだ、なんだ、なんだ?!
この二人ってひょっとして、似た者同士なのか?
そしてさっそく水面下でバトルを始めているような気がするが・・・。
これが嫁姑問題・・・いや、これはそれとも違う、後宮を舞台にした女の権力闘争。
お馴染みの異世界ハーレムものの世界観からどんどん離れていく・・・。
俺が愕然としていると、エメラダは今度はセレーネに挨拶を始めた。
「ネオン様、今後は同じメルクリウス家の一員となりましたので、以前と同様わたくしどもとお付き合いいただければと存じます」
こいつらセレーネとネオンの区別がついてない! マズい・・・セレーネの機嫌がっ!。
「私はあのバカの姉のセレーネです。このメルクリウス伯爵家は、私が事実上の本妻でメインヒロインなんだから、あのバカと間違えないでよねっ!」
あっちゃー・・・やっぱりセレーネが怒りだした。するとその勢いに飲まれたエメラダが、
「あの・・・区別がつかないのですが、お二人はどこで見分ければよろしいのでしょうか?」
「まずはこの知的な顔。そしてほとばしる炎のオーラの勢いかしら。メルクリウス一族最強の座に君臨するこの私をあのバカと間違えたら、エクスプロージョンで丸焼きにしてあげるから覚悟なさい」
「・・・フィッシャー家でよく見かけるタイプの方がセレーネ様ということで理解しました」
・・・知的な顔って、顔で区別がつかないからみんなが混乱してるのに。しかもフィッシャー家でよく見かけるタイプって脳筋って言われているのと一緒なのに、満足そうにするなよセレーネ。
だがまたもやこの二人がエメラダたちを受け入れたことで、お気楽ハーレムエンドからどんどん遠ざかっていく俺だった。
そしてエメラダは、アルト王子やエリザベート王女にも次々に挨拶をしていき、着実に既成事実を積み上げていく。
エメラダ恐るべし・・・。
「ところでお兄様はこれからどうするの? また帝都ノイエグラーデスに戻るの?」
俺が地面に三角座りでたそがれていると、リーズが上から覗き込むように尋ねて来た。
「あ、ああ・・・そうだな。新勇者パーティーは今、ブロマイン帝国軍特殊作戦部隊の一員として暗躍しているからな。これからはリーズやクロリーネ達が戦いやすくなるように、戦場全体を駆け回るつもりだよ」
「すごい! なんかかっこいいね。でもお兄様はまたこの騎士団の指揮をとらずに、別の場所で戦うんだ」
「そうなるな。またしばらくはリーズにこの騎士団を任せるから、広い帝国の中を思いっきり暴れまわるといいよ」
「うん!」
「じゃあ、俺たちはそろそろ帝都に戻るわ。よし! 新勇者パーティー全員集合!」
俺は全員を集めると、これからの作戦を指示する。
「今から俺たちの作戦を発表する。これから帝国東部の広大なエリアを戦場とした最終決戦が本格化する。その中で俺たち12名は、このメルクリウス騎士団をはじめとする王国陸軍、フォルセン川から帝都進軍を狙う王国海軍、帝都防衛の任に当たるリアーネ皇帝と帝都治安維持隊、ヘルツ中将が率いるアージェント方面軍、そしてローレシア女王率いる東方諸国連合軍、この5つの軍隊を勝利させるために、ボルグ中佐たちと共同で帝国中を暗躍する」
その言葉に新勇者パーティーが表情を引き締める傍らで、リーズとアウレウス派令嬢たちは目をキラキラさせて俺たちを見つめている。
「さて、これからどの戦場に誰が向かうかは俺が指示していくことになるが、ひとまず俺とジューン以外の全員は帝都ノイエグラーデスに戻ってくれ」
その言葉にセレーネとフリュが反応した。
「それってどういうことなの、安里先輩! エレナを嫁にしたから、次はジューンに手を出そうとしてるんじゃないでしょうね!」
「あなたっ! なぜわたくしを置いてジューン様だけをお連れになるのですか・・・」
セレーネが激怒する隣で、フリュが泣き始めた。
「違う、違う! 何を勘違いしてるんだよ二人とも。これは軍事作戦なんだ」
「どんな作戦なのよ! ジューンを連れて変なことをしに行く気なら、この私を倒してからにしなさい!」
セレーネが右手に炎を浮かび上がらせて俺を睨む。
「し、シリウス教国に用事があるんだ! ダゴン平原から回り道している時間がもったいないからトガータ経由であそこに行くんだよ!」
「あんなに嫌がってたシリウス教国に何の用事があるのよ! 絶対怪しいわね」
「ほら、通信の魔術具が足りないって話だっただろ。その代わりになる通信手段を用意するため仕方なく、本当~に仕方なくあの国に戻るだけだ。そうじゃなければ誰があんな国に行くもんか」
俺が心底嫌そうな表情を見せると、
「・・・確かにその死ぬほど嫌そうな顔をみてたら、シリウス教国にジューンとデートしに行くわけではなさそうね」
「シリウス教国にデートしにいく奴が、この世界のどこに存在するんだよ!」
「いいわ、今回だけは見逃してあげる。その代わり、新しい魔術具を手に入れたらすぐに帝都に戻ってきなさい」
すると俺とのデートを疑われていたジューンも、
「フリュオリーネ様もせりなっちも、全く心配はいりませんよ。わたくしは敬虔なシリウス教信者で大聖女クレア様を信奉する一番弟子ですから。それに神使徒アゾート様はわたくしの信仰の対象ですので、そのようなことは万に一つも起こりえません」
ジューンに完膚なきまでに言い切られてしまうと、告白もしてもいないのに「ごめんなさい」って、いきなりフラれた気分になってしまう。
そんな微妙な俺に、リーズが口を挟んできた。
「え、何々、神使徒アゾート様ってどういうこと? ひょっとしてお兄様は、あんなにバカにしいてたシリウス教に入信しちゃったの?」
「え? ・・・いや、その」
しまった・・・。
実はシリウス教に片足突っ込みかけているなんて、バレたら兄の威厳が完全に崩壊してしまう。
これはリーズに知られる前にあの狂信者どもと完全に縁を切らなければ、とんだ恥をさらしてしまうぞ。
それにリーズだけじゃない。父上やダリウスそしてカイレン以下一族の者たちに、宴会での笑いのネタを提供してしまうことになるのだ。
アルゴはきっと表面上は黙っていてくれるだろうが、内心は笑い転げるに違いない・・・。
あせる俺を見たリーズは、ニヤニヤしながらさらに質問を掘り下げて来た。
「ダサっ! ねえ、ねえ、セレン姉様ぁ。お兄様って本当にシリウス教に入信しちゃったの? 入会金は何ギルぐらいむしり取られたの?」
俺は慌ててセレーネの口をふさぎ、
「入会なんかしてねえよ! リーズ、この俺様が宗教なんか信じるわけないじゃないか! 観月さんもみんなもさっさと帝都に戻るぞ!」
俺は新勇者パーティーを軍用転移陣に放り込むと、最寄りの特殊作戦部隊の基地へ飛んだ。
次回、またまたシリウス教国に来てしまったアゾートの話です
お楽しみに




