第306話 クリプトン枢機卿
帝国中部最大の海軍基地ミッテルハーフェンを壊滅せしめたアージェント王国海軍は、残敵を掃討しつつも基地を放置し、そのまま東方に進路を取り帝都ノイエグラーデスを目指した。
途中、海賊のアジトを襲撃しては物資や船舶を略奪して捕まえた海賊は途中の港町で奴隷商に売り飛ばし、定期的に帝国貴族の見学会を受け入れては艦砲射撃の実演やフレイヤーの試乗会をして帝国貴族から金を巻き上げ、それらの金を物資購入に充てて補給艦に積み込んだ。
そうして王国海軍は次の目的地、エストヴォルケン基地を目指して順調に航海を続けた。
一方アゾートたちは帝国貴族との社交、帝都防衛、帝都臣民へのボランティア活動を続けていたが、最終決戦を控えて次なる作戦の必要性を感じていた。
そして帝都ノイエグラーデス皇宮作戦司令部では、いつもの6人での定例軍議が行われていた。冒頭はいつも、皇女リアーネがボルグ中佐に報告を求めて、会議は始まる。
「それではボルグ中佐、まずは戦況の報告からお願いします」
「はっ! まずアージェント方面軍は帝都を目指して順調に進軍中。そしてその後ろを王国陸軍が「追撃」という形で進軍しています。周囲の警察保安隊と交戦しながらも順調に帝都に向かっています」
「そうですか。では王国陸軍が方面軍とグルであることがバレないように、方面軍とも適宜戦闘を行うよう両軍に伝えておいてください」
「了解しました。次に東方諸国連合軍7万はフィメール王国の王都周辺で、帝国の東方諸国方面軍2万と交戦しこれを撃破。フィメール王国を占領した後、方面軍を追って属国領内を西へ進軍中。このまま進めば、ガートラント要塞で方面軍と交戦が始まるはずです」
「ガートラント要塞・・・かつては帝国と東方諸国とを隔てていた難攻不落の要塞ですね。あそこは兵力が多いからといって何とかなるものではないので、ローレシア様が少し心配です。我々から援軍を送ることはできないのでしょうか」
「今は難しいですね。我々に手勢の余力はなく、当面は東方諸国連合軍に自力で何とかしてもらしかありませんな」
「わかりました・・・でも直接援軍を送ることは無理でも、何か側面支援できることは」
その皇女リアーネの問いにバイエル宰相が、
「皇帝陛下、ローレシアへの側面支援もよろしいのですが、我々は他にすべきことがあるはずです。帝国を預かる宰相の立場から言わせてもらえば、我々の弱点は物資の少なさに尽きます。この帝都で籠城戦を戦うだけなら短期的には問題ありませんが、このまま戦線が帝国全土に広がっていけば、戦争が長引くほど友軍が不利に敵軍が有利になります。そこで敵の生産力を破壊するか奪うかしたほうがいいと思うのですが、何か有効な作戦はないものでしょうか・・・」
するとボルグ中佐が顎をさすりながら、
「・・・なら今から親父殿を攻撃しに行くか」
「ボルグ中佐の御父上は確か・・・」
「宰相殿もご存じの通り、帝国元老院議員の一人でもあるシリウス教会のクリプトン枢機卿です。普段は帝国南部最大の商業都市ゲシェフトライヒに居て、リアーネ陛下が帝都の主戦派貴族を制圧して戒厳令を敷いた時にはこの帝都にいなかったので、今回の騒動に巻き込まれずに済んでいます。今はヴィッケンドルフ側の兵站を支えているはずですよ」
なるほど、クリプトン家は帝国南部にいるのか。だがネルソン大将が、
「クリプトン枢機卿を今攻撃するのはリスクが高い。クロム皇帝の生存を秘匿するためにも、もう少し後でもよかろう」
「・・・そうですな。親父殿は妙に鋭い所があるから、今は接触しないに越したことはないか」
ネルソン大将とボルグ中佐の二人ともが警戒するクリプトン枢機卿に、俺は関心を持った。
「ちなみにクリプトン枢機卿がどういう人物か教えてもらってもいいですか?」
「ああ、親父殿は一言で言えば守銭奴だな。強欲を絵に描いたような人物で金になるなら何でも売りさばくような人間だ」
「・・・とても神に仕える枢機卿とは思えない」
「そうでもないぞ。クリプトン家は常に枢機卿を排出する名門であり、特にその先代は総大司教にまで上り詰めたほどの敬虔な信者だ。そしてその爺さんは古代の魔術具にも詳しかった」
「古代の魔術具だと! それはなかなか興味深いな・・・しかしクリプトン家って変な奴ばかりだな。ボルグ中佐のようなスパイもいれば、その父親は守銭奴で、爺さんが総大司教で古代の魔術具にも詳しいなんて」
「爺さんは俺に色々と教えたかったようだが、俺は爺さんの話に全く興味がなくて、古代の魔術具の作成よりも俺は冒険者になりたかったんだ。それで早くに実家を出てしまったわけだが、南方の未開領域の探索クエストを受注したことがきっかけで特殊作戦部隊に入り、結局シリウス教会に戻って来てしまった」
「南方の未開領域というとエルフの村だな! 俺はこの戦争が終わったら、ネルソン大将にエルフの村に連れて行ってもらうんことになってるんだよ」
「そう言えばそんなことを言っていたな。だがお前さんにはもうフリュオリーネというエルフ嫁がいるから、他のエルフ嫁は必要ないだろう。それよりむしろドワーフ嫁の方がいいのでは。小柄で一見幼女にも見えるが怪力の持ち主で、戦闘に向いているぞ」
「ドワーフ嫁か。でも幼女で怪力って、もうどこかにいたような・・・」
するとフリュが気分を害したらしく、
「あなた! 何度も申し上げていますが、わたくしはエルフではございませんしエルフ嫁を娶ることも絶対に許しません。エルフの村にはこのわたくしもついて行きますので、観光以外のことは絶対になさらないでくださいませ」
「悪かったよフリュ。これ以上嫁を増やすつもりはないし、エルフ嫁もドワーフ嫁も娶らないよ」
ボルグ中佐が余計なことを言うから俺が怒られてしまったが、そんなことよりもクリプトン家の話だ。
「それでボルグ中佐の爺さんは今どうしてるんだ?」
「爺さんはとっくに死んだよ。だが、爺さんには愛弟子がいたんだ・・・シリウス教会総大司教カルだ」
「カルって言うと確か、男色家で火刑に処されることが決まっているあの変態野郎か・・・」
「そうだ。爺さんはカルをクリプトン家に住まわせて溺愛していた。それもあって俺は実家から早く出て行きたかったんだよ」
「溺愛って・・・いや、これ以上余計な想像をするのはやめよう」
俺はブンブンと頭を振って、嫌な絵面を頭の中から追い出した。
ボルグ中佐の爺さんが持っていた古代の魔術具に関する書物は、どうやらカルが遺産として引き継いだらしく、クリプトン家の実家にはもうないそうだ。守銭奴の中佐の親父殿なら文句の一つもいいそうだが、どうやら古代の魔術具には全く関心がないらしく、今もひたすら商売に明け暮れているらしい。
「なあ、中佐の親父さんって、アージェント王国に恨みを持ってたりしないのか」
「さあな・・・親父からはアージェント王国の話はあまり聞いたことがない。王国のことはあくまで魔界として、商売のネタのように考えていたと思う。ただ爺さんは色々なことを知っていて、例のアージェント王国の宮廷貴族の男子を中心に大人気のあの絵本も、爺さんが俺に読ませてくれたんだ」
「あの絵本ってひょっとして、『最強騎士メルクリウス伝説 ~異世界に転生したら実は最強魔力のチート持ちだったことが判明し、勇者パーティーから勧誘が来たので仕方なくメンバーになってやったら、なぜか美少女たちからモテまくり、勝手にハーレムができてしまった件~』のことか?」
「そうそう、その長いタイトルの絵本。お前さんよくこんな長いタイトルをすらすらと言えるな。この本、好きなのか?」
「アホかーっ! この本のせいで俺がどれだけ恥をかいたことか・・・ネオンのやつ許せん!」
「・・・? お前さんが何を怒っているのか知らんが、もし王国に恨みを持っていたとすればそれは爺さんの方だな。今となっては何もわからないが」
さて、クリプトン家のことは少しわかってきたが、この軍産複合体のボスを倒すにはどうすればいいのか。軍事的に攻撃する方法も考えられるが、他にもっといい方法があるかも知れないし・・・。
そして軍議の終わりにフリュからも報告があった。
「さきほどフォーグから連絡があり、帝国東部地域に王国陸軍が入った段階で一度参謀本部に出頭してほしいとのこと。帝都周辺での最終決戦に向けて、お父様が作戦の確認をしておきたいそうです」
「了解、俺もその方がいいと考えていたところだよ。陸軍と海軍の連携や、東方諸国連合とも共同作戦をとらなくてはならないし、クロム皇帝にだって作戦があるだろう。あとはクリプトン家の情報も入れとかなくちゃならないし、・・・フリュ、議題を取りまとめておいてくれると助かる」
「承知しました」
次回、いよいよ物語は最終局面へ
お楽しみに




