第31話 この愚かな貴族にチェックメイト
8月16日(水)晴れ
ポアソン領のマールの実家にお世話になって、今日で3日目の朝だ。
俺たちは今、海岸に面したテラスで朝食をいただいている。
朝の爽やかな風が頬をなで、潮の香りが鼻腔をくすぐる。まだ陽射しは強くなく、穏やかな光がテラス全体をキラキラと照らし出している。
一昨日の夜遅くにマールの実家に転がり込み、昨日は一日中バタバタしていたが、それもようやく落ち着き一段落ついたところだ。
「どう?お口に合うかしら?」
マールの母上のポアソン夫人が俺たちに用意してくれた料理をおいしくいただいている。ポアソン夫人はマール似の優しげな美人である。
「「「とてもおいしいです!」」」
ネオン親衛隊が明るく返事をした。
「まあ、それはよかったわ。みんなたくさん食べてね」
「しかしマールがこんなにたくさんのクラスメイトを我が家に招待してくるとは、びっくりしたな。あまり家に帰りたくなさそうなので何をしているのか心配だったが、嬉しい限りだよ」
お父上のポアソンさんが本当に嬉しそうに笑っている。
「クラスの女子全員だそうよ。それに素敵な男の子を二人もつれてきて。マール、どっちを狙ってるの」
「お母様、そんな話をするのはやめて!」
「でも、昨日楽しそうに話してたじゃない。気になる男の子がいるって」
「え?そうなのかマール。ちゃんと紹介しなさい」
朗らかな雰囲気のご両親とは対照的に、テーブルでは緊張感が走っていた。
(マールめ。この隙にネオンさまとの既成事実を作ろうなんて、私たちが許さないから)
(この子まだ私の婚約者を狙っていたの)
(アゾートめ。下手なこと言えば足を思いきり踏み抜いてやるんだから)
(朝からなんて話題を出すんだ。どうやってこの場から逃げ出すか)
「おいマール。この雰囲気なんとかしろよ。なんか胃が痛くなってきた」
俺が小声でマールに文句を言うと、
「知らないわよ。お母様が余計なこと言うから、私だって困ってるのよ」
「じゃあ、なんか別の話題に変えろ。みんなが飛び付きそうなやつ」
「無茶言わないでよ! うーん」
マールは必死に頭をひねり、いかにも女子が喜びそうなことを考える。
そして自分も女子だから、自分がやりたいことをそのまま言えばいいことに気づいた。
「そうだ!天気もいいし海で泳ごうよ!」
「「「きゃーーっ、やったー!」」」
空気が一変し、さっきまでの淀んだ空気が一瞬でリゾート感溢れるトロピカルな空気に入れ換わった。
「それがいい。来客用の水着がたくさんあるので好きなのを選びなさい」
マール父がノリノリである。大丈夫なのか。
青い空、白い砂浜、打ち寄せる波、渚で遊ぶ少女たち。
俺たち戦争中なのに、なんでこうなってるんだ?
突然の超展開に頭が追い付いていない俺の隣で、制服を着たまま「ブスーッ」とした表情でふて腐れているネオンが座っていた。
「私も泳ぎたかった」
「無理だろ」
「フン!」
「男装して学校来るやつが悪いんだよ。バカだなネオンは」
「だって・・・・・」
「「「ネオン様ー!」」」
親衛隊がネオンの元に走ってきて、取り囲んだかと思うと、砂浜の方に連れて行った。
どうやらビーチバレーでもするようだ。
「アゾート、泳ご」
声の方へ振り返るとそこには白い水着を着たセレーネが、俺を連れ出そうと少ししゃがんで右手を差し出していた。
一つ年上の彼女は、すでに女性として成長した美しいプロポーションで、俺の目線はどこに向ければいいのかさまよっていた。
「アゾート、早くおいでよ」
別の声に目線を移すと、マールが手をふりながらこちらに向かって砂浜をかけてくるところだった。
ピンクの水着を着たその姿は、普段の少し子供っぽいマールからは想像もできない、セレーネに負けずとも劣らない魅力を惜しげもなく披露している。
目のやり場に困った俺の手を二人の少女が片方ずつ引っ張って、俺を海に連れ出す。
楽しい。
3人で水のかけあいっこをしながら、俺はふと思った。
これが水着回か。
前世ではアニメでよく見たシーンだが、実際に体験すると恐るべき破壊力だった。
しかしなんだろう、同時に発生するこの不安な気持ちは。この後ろめたいような気持ちは。
楽しい気分になるほど、
地の底で誰かが俺を呼んでいる気がする・・・。
「あのさマール」
「なあに?」
「学校が始まっても、モテない同盟にはこの事は秘密だぞ」
「うんわかった」
これで安心だ。学園に戻れる可能性は低いが、危険な芽はあらかじめ摘んでおくのが俺のやり方だ。
知将と呼んでもらって構わない。
仮に学園に戻れたとしても、モテない同盟のオタサーの姫であるマールさえ押さえておけば、他の女子との接点のないあいつらには、このパラダイスのことを決して知られることはないだろう。
「おーい、アゾート!」
このパラダイスに似つかわしくない野太い男の声が聞こえた。
誰だ?
父上だ!
父・ロエルが息を切らしてこちらに走って来た。
そうだ。俺はこんなことをしている場合ではなかった。
いつの間に俺は、戦場からラブコメ空間に転移していたのだ。
俺は慌てて父に駆け寄った。
「どうしました父上!」
息を整えながら、父は一言こう言った。
「逆転のチャンスが来た。今すぐ帰ってこい」
「!」
大軍に包囲されているはずの戦況で、いかにして活路を見出したのか!
「ところでお前ずいぶんと楽しそうだな」
「え?」
父上がジトッと俺を睨んでいる。
俺は自分の恰好を見て、それから砂浜で遊ぶ少女たちを見た。
「・・・・・」
ちょうど、砂浜をかけてきて俺の所にたどり着いた二人の美少女が、父上に話しかけた。
「叔父様!ご無事で何よりです」
「セレーネ、なんて格好してるんだ。それにマールちゃんも」
「こんにちはお義父様。これは元気のないセレーネさんやネオンを元気付けようと私が誘ったんです。余計なことをしてごめんなさい」
「うむ、あ、いやいや、別に怒っているわけではないのだ。それよりお義父様ってどういう意味で・・・」
「えへへ」
赤く頬を染めるマールのしぐさに、ギロッと父が俺を睨む。
俺はあわてて話を遮った。
このラブコメ空間から急ぎ戦場へ戻らなければならないのだ。
「父上急ぎましょう!事情は走りながら伺います」
「そうだった。こうしてはおれん、行くぞアゾート!」
「ネオンもついてこい」
ビーチチェアにかけてあった制服をつかみ取って素早く着替え、俺たち3人はポアソンギルドへ走った。
父上の話をまとめるとこうだった。
ゴダード領も降伏し、フォスファー軍がフェルーム領を包囲したのが昨日のこと。直ちに攻撃を開始されると思ったが、結局何もないままその日は終わった。
そして今朝早くにフォスファー軍から停戦の申し入れがあり、急遽アウレウス騎士団の指揮官ザッパー男爵との会談がセットされた。
そこで分かったのは、フォスファー騎士団が数日前から戦場を離れて消息が分からず、フリュオリーネもそこに同行しているらしいとのこと。
この内戦の主導者が二人とも姿を消してしまったため、残された騎士団は戦いを継続することができず、いったん停戦を申し入れたのだ。
また噂の域をでないものの、フリュオリーネがどこかに監禁されているという情報もあり、彼女の安全を考えて、アウレウス騎士団は彼女の捜索を優先したいとのことであった。
「もしその噂が本当なら、フォスファーがどこかにフリュオリーネを監禁しているはず。それを我々が先に救出すれば、アウレウス伯爵との交渉の重要なカードにできるのではと考えている。さっそくしらみつぶしに捜索を開始したので、お前たちも手伝ってくれ」
その話を聞いた瞬間、一昨日夜の出来事が頭に浮かんだ。
「プロメテウス城だ。一昨日フォスファーの姿をそこで見た」
「なんだと!」
俺はその時の状況を詳しく話した。
「こうしてはおれん。プロメテウス城に直ちに部隊を向かわせる」
「いや、誰でもいいので魔力保有者をかき集めて、ギルドの転移陣を使ってプロメテウスの城下町にジャンプするように伝えてくれ。魔力押しで速攻で制圧した方が早い。俺はネオンと先に行ってる」
「わかった。くれぐれも気をつけろよ」
プロメテウスギルドにジャンプした俺とネオンは、さっそく城の方に向かって走り出した。
途中、警備兵らしき騎士の姿を何度か見たが、人数はそれほど多くなさそうだ。
俺たちは接近に気づかれることもなく城に近づく。
「ネオン。もう少し近づいてみよう」
正面には護衛騎士10数人が警戒しており、俺たちは見つからないように裏にまわる。
裏の通用口には、荷物を搬入している兵士が数名程度。その兵士たちを倒し、通用口から奥に侵入していった。
「カビ臭くて汚い城だなあ」
ネオンが文句をいいながら付いてくる。
「この城はもともとサルファーのものだったらしいが、父親の伯爵が倒れてから、ボロンブラークに移り住んだので、全然掃除してなかったんじゃないか」
しかし数年ほったらかすだけで、ここまで汚くなるのか。
俺たちは物陰に隠れながら城内を探索していった。
「ダンジョン探索みたいで面白いね」
「そうだな。夏休みに入ってまだどこにも行ってなかったな」
「ダンが面白いダンジョンを見つけたって言ってたよ。この戦争が終わったら二人で行ってみよう」
「それは死亡フラグと言って、決して口にしてはいけない呪いの言葉だ。やめておけ」
しばらくすると上への階段に出た。
「フォスファーがいるとすれば当主の部屋だろう。上階にあるはずなのでそこは後回し。フリュオリーネの捜索が優先だ。下を探そう」
俺たちは階段には上らず、そのまま1階の探索を行うため、通路の先の扉を開けた。
「ここは?」
大広間の裏側に出たみたいだ。
「誰だ、そこにいるのは」
俺たちはすばやく剣を抜き、声のした方に構えた。
フォスファーだ。しまった、こっちにいたのか。
「貴様はあの時いた、アゾートだな」
満身創痍で剣はつかえそうにないフォスファーだが、魔法は使用できるようで、フォスファーは杖を構えて詠唱を始めた。
フォスファーとの戦いは避けられないか。
「ネオン。ここでフォスファーを片付けるぞ」
「おう」
詠唱を阻止するため、俺は速攻でファイアーを放ったが、フォスファーには攻撃が通らない。
どうする?
「ネオン、剣で攻撃してみてくれ」
ネオンが知覚魔法で加速し、全力で物理攻撃をあてていくが、ダメージが通らない。
今の俺たちのパワーでは、剣でも無理か。
他に攻略法がないか、辺りを見渡して利用できそうなものを探す。
そうこうしているうちに俺の頭上に魔法陣が展開した。この魔法陣は、まずい!
【固有魔法・超高速知覚解放】
【固有魔法・インプロージョン】
一瞬早く俺の魔法が作動し、世界がスローモーションに変化する。
そこで見たものは、刹那の時間に周りの空気が急速に圧縮されて発生する球形の衝撃波。
逃げろ・・・
足を力いっぱい踏みしめて、後方に思いっきりジャンプする。
シュボッ!!
間一髪、俺の制服の胸元が見えない何かに削られた。あぶねー。
その次に襲ってきたのは前方からの突風で、俺は後ろに吹っ飛ばされた。
「惜しいなー、もう少しで当たったのに。今度こそ当ててやるぞ。ウヒヒ、ヒヒ」
魔力だけはサルファーより上という話は、伊達ではなかった。俺たちを狩りの獲物のように見つめるフォスファー。
「魔法もだめなら、剣もだめ。所詮は騎士爵。伯爵家である僕に反抗するのがそもそも間違っているのだ」
インプロージョンはやはり危険だ。
もう少し、いろいろ試してみたかったが仕方がない。
あれをやるか。
「俺」の魔力では攻撃は通らないが、「俺たち」の魔力なら話は別。
俺はネオンに叫んだ。
「俺の攻撃のタイミングに合わせてくれ」
「あれね、まかせて」
「行くぞ!」
俺たちは同時に左右に散開。まずは様子見の一発。
【【焼き尽くせ】】ファイアー
左右同時に放たれたプラズマ弾は、鏡面に移された写像のようにきれいなタイミングでフォスファーに打ち込まれた。
「グッ!なぜ、ダメージを受けたのだ」
攻撃が通った。
「次、剣で行くぞ。コンビネーションA先手側」
「おう!」
これまでネオンと何百回、何千回と繰り返した剣術のコンビネーション。目をつむっていても体が完全に覚えている。それを今ここでフォスファーにぶつける。
「「うおーーーーー」」
完全に同じ動き。
俺たちだからできる2倍攻撃。
一瞬たりともズレのないその剣戟が、フォスファーの防御力を大きく超えた。
「グッ!こいつら、まるで同じ動き!何なんだこの攻撃は!」
二人の容姿が同じであれば、鏡に映った写像だといっても疑うものがいないほどの同時攻撃。
それが無数に繰り出される連打として、フォスファーのダメージをみるみる蓄積させていく。
「とどめだ」
もはや何も言う必要はない。
「やめろーーー!」
言葉を発しなくても、この二人には互いの次の行動が、手に取るように分かるからだ。
【【煉獄の業火をもって 焼き尽くせ】】ファイアー
先ほどよりもひときわ大きい、特大のプラズマ弾を左右同時に叩きつけられ、フォスファーがその場に倒れた。
「終わったな」
この後の交渉のカードに使うため、こいつにはまだまだ利用価値がある。だからギリギリ生かしておいた。
「おい、フリュオリーネをどこに監禁している」
「・・・僕はしらない」
「お前は負けたんだ。言わなければ今ここで殺してもいいんだぞ」
「・・・・・」
「お前はどうせ処刑される。だったら今、腕や足を全て切り落としても構わないだろう」
「この城の地下牢だ・・・」
白状した。やっぱり腰抜けなのかな。
「もし嘘だったらこの場で始末する。ネオン、コイツを見張っておいてくれ」




