第302話 異端審問②
まず最初に口火を切ったのは弁護人席にいるボルグ中佐だ。
「ペロー総大司教代理、今すぐアゾートたち4人の拘束を解いて釈放いただきたい。これはネルソン大将の命令でもある」
それに対して不機嫌そうに腹を撫でる総大司教代理ペローが、
「ネルソン大将だと? ボルグ中佐、何ゆえこの異端者を弁護する。まずはその理由を言いなさい」
「それはもちろん、そこの4人が俺の部下だからですよ。せっかく場末の教会に潜伏させていたのに、何を勘違いしたのかバカな神官どもが俺の部下を拘束してしまったと聞いて、慌てて駆け付けて来たんだ」
「まさか、この者たちは特殊作戦部隊の隊員なのか。だったら最初からそう言えばこんな異端審問など開かなかったのに」
「それはそこにいるデブ神官のミスで、こちらは一切悪くない。まずはその無能を処分することから考えた方がいいぞ。だが一度開いてしまった異端審問は神の裁きが下りるまでは閉廷できない。さあて、どうしたものかな」
「・・・仕方がない、誤って身内を異端審問にかけてしまったそこのデブ神官を処刑して幕引きとするか」
お前にだけはデブと言われる筋合いはないと思うが、ペローがそう口にすると検事席っぽいところにいたデブ神官が慌てて、
「ちょっと待ってください、ペロー総大司教代理! どうして私が処刑されなければならないのですか! この者たちは確かにシリウス教のことを愚弄したのです。こいつらは特殊作戦部隊の隊員かもしれませんがその時の言動は明らかに異端者。この審問でしっかりと処罰すべきだと思います」
そしてデブ神官は俺たちがシリウス教会を罵倒した言葉を、一言一句丁寧に再現してみせた。それを聞いペローはワナワナと怒り出し、
「これは由々しき事態ではないか! 特殊作戦部隊の隊員ともあろう者が、シリウス教を全否定する言葉を口にするなどあってはならないこと! ボルグ中佐、部下の監督不行き届きでは済まされない事態ですぞ」
そう捲し上げられたボルグ中佐は、それでも涼しい顔で俺の方を見ると
「なるほど、俺の部下のアゾートが少し言い過ぎてしまったかもしれませんね。おいアゾート、お前はガキか! どうして本当のことばかり言うんだ!」
「むぐー、むぐー(すまん、すまん)」
そのとたんペローは呆気に取られて、
「本当のことだと?! 貴様、自分が何を言っているのかわかってるのか、ボルグ中佐!!」
「もちろんわかってますよ。ここは異端審問の場であり、真実しか話すことができないことぐらいは。もし虚偽の発言をすればシリウス神の裁きにより処刑されてしまいますからね、お~こわ」
「な、なんだと・・・貴様!」
「それでは折角開催していただいたこの異端審問を、存分に活用させてもらいますか。さて今のシリウス教会はどこかおかしいと思いませんか、総大司教代理のペローさん。アージェント王国を魔界と呼び、魔族が人類を滅ぼすと恐怖を煽っては帝国貴族から金をせしめ、貧しい庶民に端金を握らせて戦場に送り込んでは、軍からその紹介料をピンハネしてデブ神官たちの胃袋を満たしている」
「ボルグ中佐、それは聖戦を戦うための方便であり、そのようなあからさまな発言をすべきではない」
「果たしてそうでしょうか。特殊作戦部隊の隊員として大陸中を飛び回っていると、各地の経典に違いがあるのにずっと違和感を感じていたんですよ。どうして神使徒テルルが神から与えられた経典のはずなのに、地域差が生じるのだろうかと。とくにこのブロマイン帝国の経典だけが突出しておかしい。なぜここにだけやれ魔族だの魔界だの聖戦だの戦争を煽るような記述が随所にあるんですかね。軍需産業に金を流してそこにいるデブ神官をさらに太らせつつ、貧民街の住民たちをアージェント方面軍に送り込むような記述が」
「黙れ! それ以上は言うなボルグ中佐。これ以上の不規則発言をすれば、たとえネルソン大将の腹心と言えども相応の処罰が」
「不規則発言ね、それがペロー総大司教代理にとっての真実ということですな。それでは次の真実を発表します。総大司教カルですが、ここだけの話、実は男色なんですよ。修道院の孤児たちの中から自分好みの美少年を選んでは側近に据えているのです」
「それは総大司教猊下の寛大な処遇のたまものであり、真にシリウス神への信仰心があれば、たとえ孤児であっても取り立てるという聖人の徳です」
「聖人の徳ね・・・その少年たちが今も健在で教会の役職についていればそうも言えますが、誰一人として幹部候補に取り立てられた実績はないと思いますが」
「そ、それは・・・そう、少年たちの実力がまだ足りておらず、今は修行中なのだ」
「もう死んでいるのに修行なんてできるんですかね」
「・・・貴様どこまで知っている。それに、それ以上は発言を控えないと、どういうことになるのかわかっているのか!」
「もちろんわかってやっているのですよ。総大司教カルはその地位を利用して美少年を散々もてあそびその命を浪費している。その一方で、帝国中から聖女の適合者を探し出しては自分の子飼いの枢機卿に売り渡して支持者を拡大している。そうやって築き上げたのが今の総大司教の地位だ。そうだよなあ、カルの子飼いとしてのし上がった総大司教代理のペローさん?」
「なぜだ! なぜ貴様はシリウス教会を揺るがすようなことをするのだ。貴様も教会の高位神官だろう!」
「聖戦に勝つこと・・・これがシリウス教会の使命であり、それ以外の多少の問題はこれまで黙認されてきた。だが聖戦が欺瞞であるとわかった今、俺は本来のシリウス教徒としての務めを果たすべきだと思ったのですよ。さて次の真実を発表するぞ。ペロー、お前さんの屋敷には今何人の聖女様が暮らしているのかな。今から俺がその名前と年齢を発表してやろう」
「や、やめろっ!」
そしてボルグ中佐は懐に忍ばせていた報告書をぱらぱらとめくり、驚きの表情を出した。
「ほほう、これは驚きの真実だ。みんながショックを受けるといけないのでまずは年齢からだ。上は25歳から下は・・・・11歳って、お前11歳の聖女様に一体何をやってるんだよ」
「そ、それ以上はやめてくれ! わかったから、貴様の要求を全て聞いてやろう。そこのデブ神官の命ならくれてやるから、私の命だけは助けてくれ!」
「お前はバカか? デブ神官の命なんかいらねえよ。それよりも、もし俺の言う通りにしてくれるのなら、お前の命だけは助けてやってもいいぞ、ペロー」
「助けてくれるのか? わかった、何をすればいい」
そしてボルグ中佐はニヤリと笑ってこう言った。
シリウス教会本部の大礼拝堂には、現在帝都にいる全ての枢機卿と高位神官、それに皇女リアーネ以下の主だった貴族が緊急招集され、本日の異端審問で明らかにされた重大事項とその処罰が発表される。
総大司教代理ペローが神使徒テルル像の前で神に祈りを捧げ、そして厳かに話し始めた。
「シリウス神の御名において、わたくし総大司教代理ペローがここに告発します。シリウス教会総大司教のカルは、教義により固く禁じられている魔力保有者による生殖を目的としない性行為を少年に対して日常的に行って、その結果若き信者を死に至らしめました。これは聖職者としてあるまじき行為であり、異端審問の審判として総大司教カルを火刑に処しその魂を浄化させることが決定いたしました」
このペローの発言に、出席者の半数以上を占める主戦派の枢機卿たちは、公然の秘密を暴露したペローを睨みつけ、それを知らないその他の枢機卿はあまりのショックに卒倒し、リアーネを含む帝国貴族たちは、カルの痴態に呆れかえった。
そして我に帰った帝国貴族たちは、総大司教カルとシリウス教会に対する怒りの矛先を、主戦派の枢機卿たちへと向けた。そして彼らを取り囲んで追求を始めると、ボルグ中佐がペローの隣に登壇し、ペロー以外の枢機卿が屋敷に囲っている聖女や修道女たちの名前と年齢を次々と公表していった。
それにより貴族たちの怒りが頂点に達すると、名前を読み上げられた枢機卿一人ひとりに異端審問が要求される異例の事態へと発展していった。
そして告発された主戦派の枢機卿が全員拘束されて地下牢に連行されると、その場にはカルとは無関係の純然たる主戦派の枢機卿と融和派の枢機卿のみが残され、緊急の枢機卿会議が開催された。そこでペローは今回のスキャンダルの責任をとって総大司教代理の職を辞職し、後任にネルソン大将を指名した。
その後、転移陣を使って帝都ノイエグラーデスまで駆け付けたネルソン大将がペローと交代して登場し、神使徒テルル像に祈った後、静かに話し始めた。
「シリウス教会総大司教代理に指名されたネルソンです。総大司教カルとその親派による恥ずべき行為が明らかになり、我がシリウス教会は取り返すことのできない罪を犯していたことが判明しました。これでは世界中の信者たちを正しく導くことができない・・・。ああ、神よ愚かな我々は今後どうしたらいいのでしょうか」
そういって嘆きながらテルル像に祈るネルソン大将。場が完全に静まり返って次の言葉を待つ。
「・・・もはや我々にできることは、教義に悖る行いをした恥知らずな背教者たちを片っ端から異端審問にかけて、神の裁きを与えるしか手が残されていない。しかし彼らがこの地上からいなくなっても、信用を失ったシリウス教会という組織は、その存続が許されなくなってしまった」
さらりと全員処刑することを断言したネルソン大将に、この場に残った枢機卿たちが戦慄する。明日は我が身と考えて、護身モードのスイッチが入った。
「シリウス教発祥の聖地アルトグラーデスを領土の中に持つ我々ブロマイン帝国のシリウス教会は、東方諸国やこれまで魔族と蔑んできたアージェント王国におけるシリウス教の信徒たちを導いてきたが、もはやその資格を完全に失った。よってこのシリウス教会は、今日この時をもって解散することとし、東方諸国には東方諸国の、アージェント王国にはアージェント王国の、それぞれのシリウス教会を設置することをここに認めようと思う」
その言葉に、最初は静まり返っていた礼拝堂も、ネルソン大将に迎合するように拍手が少しずつ沸き起こり、それがどんどん大きくなって最後には万雷の拍手へと変わった。
そのことに主戦派の枢機卿も何か言いたげだったが、帝国貴族たちがにらみを効かせている中、下手な発言をすれば即刻異端審問にかけられて火あぶりの刑に処されるため、黙っているほかなかった。
「では異論がないようですので、全会一致を持ってシリウス教会はここに解散いたします。そしてブロマイン帝国には新たに「シリウス中央教会」を設置し、東方諸国には「シリウス東方教会」を、そしてアージェント王国には「シリウス西方教会」をそれぞれ設置。3つの教会は完全に同格とするものといたします」
そして再び沸き起こる万雷の拍手の中、ネルソン大将は枢機卿の中から一人を舞台上に招いた。
「新たに設置されるシリウス東方教会の総大司教には、魔法王国ソーサルーラ出身で長年にわたり枢機卿としてご尽力いただいたメーベル枢機卿を推薦いたします。そしてここシリウス中央教会は、僭越ながらこのわたくしネルソンが代表をやらせていただきたく思います」
そして当然のような賛成多数の拍手。
これは融和派によるシリウス教会の乗っ取り劇。ボルグ中佐が発案してネルソン大将が練り上げた見事な宗教革命だった。
公然の秘密を洗いざらいぶちまけつつ、逃げ道を塞ぐように個人情報はきっちり調べ上げておく。さすがスパイ、この手の仕事は完璧だ。
俺がその見事な手際に感心していると、ネルソン大将はさらに話を続けた。
「ところで皆様はアージェント王国という国をご存じか。今までは魔界などと呼ばれて全く交流のなかった国なのだが、シリウス教はしっかりと根付いている。もちろんこの場にはかの国の出身の枢機卿はいない」
そらそうだろう。そもそもアージェント王国は旧教徒の国だから、新教徒の組織であるシリウス教会みたいなものは存在しないし、国交がないのだから枢機卿を派遣するようなこともあり得ない。
「だがこの礼拝堂には、アージェント王国のシリウス教発展に大きく貢献した者がいる」
新教の発展に貢献? そんな奴いたっけ?
「ご承知のとおりアージェント王国は旧教徒の国であり、シリウス教・・・彼らの言葉を使えば新教ということになりますが、シリウス教は弾圧の対象とされています。ところがそんな弾圧を受け続ける信者たちを権力者から保護し、自領であるディオーネ領をシリウス教信者の楽園として開放。アージェント王国中から信者を集めて一大拠点として発展させた人物がここにいます。紹介しましょう、メルクリウス伯爵です!」
「むぐっ・・むぐーっ!(まさか・・やめろ!)」
そして神官兵が俺の周りに集まると、簀巻きにされた俺を担いで壇上へと押し上げた。
「ここにいるメルクリウス伯爵は、アージェント王国の貴族たちからどれだけ厳しく追及されても頑なに旧教の教えに従わず、朝昼晩三回の祈りを全てすっぽかして、学校の必修科目とされているシリウス教概論も常に0点という反骨精神の持ち主である。そして自領には我らシリウス教の同志である新教徒たちを匿い、王国中の貴族や旧教徒たちからどれだけ文句を言われても全て無視して、彼らの命と信仰心を守っている。そんなディオーネ領の信者たちは実に生き生きと人生を謳歌することができ、領民全体から親しまれて絶大の人気を誇るディオーネ領の領主、アゾート・メルクリウス伯爵をシリウス西方教会の総大司教に推薦したい」
「むぐーっ! むぐーーーーーっ!(誤解なんだ! 俺は単に宗教に関心がないだけなんだ!)」
ヤバい、ヤバい、ヤバい! ここは全力で断らなければ、大変なことになる!
「むぐ、むぐ、むぐーーっ! むぐーーーっ!」
だが、俺の懸命な抗議も届かず、会場は割れんばかりの拍手に包まれた。しかも会場からは無情にも、
「「「シリウス教徒の救世主、メルクリウス伯爵の総大司教就任を支持する!」」」
「むぐーーっ! むぐーーーっ!」
「では全会一致で、メルクリウス伯爵をシリウス西方教会の総大司教とすることに決定しました」
やられた・・・。
俺の個人情報も調べられていたのか。そして簀巻きで壇上に立たされてのこの決定。最初からここまでのシナリオを全部仕組んでいやがったんだ・・・。
まさか異端審問に乗じてこの俺を新教徒にさせるとは・・・ボルグ中佐、本当に恐ろしい奴だ。
次回は再び、帝国貴族の多数派工作です
お楽しみに




