第296話 救出
ヘルツ中将との面会も終わり、総務部で待っていたみんなと合流すると、俺の後ろにボルグ中佐がいるのに気づいたセレーネの赤いオーラが膨れ上がった。
「安里先輩は後ろに下がって!」
いきなり戦闘モードのセレーネに慌てた俺は、
「待ってくれ観月さん、ボルグ中佐は味方だ!」
「何を言ってるのよ安里先輩。この男はディオーネ領を滅茶苦茶にした敵でしょ。今すぐ私のエクスプロージョンで灰にしてあげるわ!」
「やめろ! ここは基地の中だぞ。それにボルグ中佐はネルソン大将の命令で、俺たちと一緒に帝都で行動することになったらしいんだ」
「私たちがこんな人と一緒に? 嫌よ!」
「まあ俺も釈然とはしないが、まずはアルトグラーデスに行ってネルソン大将本人から詳しい話を聞こう」
「・・・ふーん、まあいいわ。でも話が気に入らなかったら、いつでも灰にするから」
セレーネはディオーネ領の共同統治者だし、自分の娘の名前がつけられたあの領地に愛着がわいたのか、ボルグ中佐のことが気に入らないらしい。
「おっかねえ女だな、お前さんの嫁は。それより俺の部下も揃ったからすぐに本部に戻るぞ」
男女3人の帝国軍士官が合流すると、肩をすくめたボルグ中佐が俺の背中を押した。そして転移室へ向かう廊下を歩きながら互いの自己紹介を簡単に行う。
「こいつらは俺の仲間で、前から順番にセレーネ・メルクリウス、フィリア・アスター、ジューン・テトラトリス、モカ・クリプトン、フォーグ・アウレウス」
「こいつらは俺の部下のネスト大尉、ゾイル大尉、デルト中尉。ソルレート革命政府を裏で牛耳っていた頼もしい仲間たちだ。仲良くしてやってくれ」
「そいつはどうも。ボルグ中佐たち4人全員がピンピンしてるってロック司令官に教えてやったら、泣いて喜ぶと思うぞ」
俺は皮肉たっぷりに言ってやったが、ボルグ中佐はそんな俺の意図を無視して懐かしそうに、
「ロックか。あいつはバンスたち革命政府の連中と違って優秀な士官だった。そうか、まだ生きていたか」
「ソルレート領はディオーネ領に名前を変えて、今はディオーネ領民軍の司令官をやってもらっているよ」
「そいつはよかった。あいつは俺のかわいい教え子だったからな、年上だけど。・・・それからお前さん、モカ・クリプトンといったか?」
ボルグ中佐はモカに話しかける。だが、
「わたくし、中年のオッサンには興味ないでごわす」
素っ気なく返事をするモカ。
「ごわすってお前、クリプトン訛りがすごいな。別にお前さんを口説こうとしているわけじゃない、俺のまたの名をアッシュ・クリプトンと言って、お前さんの親戚なんだよ」
「ふーん、帝国軍の中にこんなオッサンの分家がいたでごわすか」
「ああ、よろしく頼むよ」
モカのやつ、こいつが亡命した王家の末裔であることに気がついていないのか。こっちが本家だよ!
さて10人になった俺たちは、エステルタール基地からアルトグラーデス基地へと転移し、その足でネルソン大将の執務室に向かった。
俺たちの到着を事前に聞いていたようで、部屋に入るとネルソン大将が既に待ち構えていて、俺たちにソファーに座るよう促した。
「メルクリウス伯爵とボルグ中佐。2人はうまく合流できたようだな」
「ええ、エステルタール基地に行ったらいきなりヘルツ中将の部屋に行けと言われて、そしたらその部屋にこいつが居てビックリしました」
「おい、こいつとは酷い言い草だなアゾート。ちゃんとボルグ中佐と呼べよ」
「今は関係者しかいないんだから、お前なんかこいつで十分だ」
馴れ馴れしいボルグ中佐と距離を置こうとすると、ネルソン大将が大笑いをして、
「随分と仲がいいんだな二人とも。それで伯爵、フリュオリーネたちの拘束を解く方法は発見できたのか」
「ええ、なんとか。じつはあの古代の魔術具には正式な解除方法が存在しないことがわかって、代わりに安全に機能停止させる方法を見つけてきました。さっそく今から彼女たちを解放したいのですが」
「それはもちろん構わんが、どのようにして解放するのか私も興味がある。今から一緒に地下に行こう」
そしてネルソン大将を連れて、俺たちは地下神殿へと降りて行った。
地下神殿の長い階段を最下層まで降り、フリュ達を拘束している部屋の前へと到着する。以前隣の部屋に居た時に壁の隙間から少し見えたが、この部屋の中に4人全員がまとめて拘束されている。
さてこの扉、強力な魔力のオーラに包まれていて、以前試してみた時にはどうやっても開かなかったが、今なら構造がわかっているので解錠は可能だ。
俺は扉の前に立つと、自分の右手の指につけたアポステルクロイツの指輪を扉に押し付けて、扉の魔力を凍結する呪文を唱えた。
するとオーラが消失して扉は光を失い、俺がノブを回すとギギギと音を立てながらゆっくりと開いた。
ネルソン大将や地下神殿を守る帝国軍兵士たちから感嘆の声が上がる。
そしてその部屋の中に入ると不思議な形状の椅子がたくさん並んでいて、そのうちの4つに4人が拘束された状態で眠らされていた。
椅子から天井に繋がったチューブを通して彼女たちの魔力がじわじわと吸い上げられている。さっきの扉や神殿の魔術具に魔力が供給されているのだろう。
俺はフリュの前に立つと、懐にしまってあった闇の属性の加護を付与したアポステルの指輪を手に取り、フリュの座っている椅子へと押し付けた。
するとフリュと同じ個体情報に反応した椅子が活性化したところを俺はその魔力回路に干渉し、扉の時と同じ呪文を詠唱して魔術具の魔力を凍結した。
するとチューブを流れていたフリュの魔力が止まり、椅子全体から放たれていた怪しげな光も消えた。
よし、強制終了が上手く行ったぞ!
「・・・あ、あなた。ここはどこなのでしょうか。わたくしは一体何を?」
すると、すぐに意識を取り戻したフリュが、周りをキョロキョロと見渡しながら椅子から立ち上がった。
「フリュ、身体は大丈夫か?」
「ええ・・・少しめまいがいたしますが・・・どうやら大丈夫のようです。でも、ここは一体どこなのでしょうか」
どうやらまだ自分の状況が思い出せていないようだ。
「エリザベート王女たちと合流した時に仲間割れをしたのは覚えているか? 実はあの古い教会には古代の魔術具の罠が仕掛けられていて、みんなをこの地下神殿に強制転移させたんだよ。詳しくは全員を助け出してから説明する」
俺がそう言うと、フリュはその時のことを思い出したらしく、慌てて戦闘態勢をとった。
「エリザベート王女も罠にかかって、そこに拘束されているよ。今から彼女を助け出すけど、絶対に攻撃をするなよ」
「・・・承知いたしました」
フリュを納得させた後、同じ手順でエリザベート王女とルカ、エレナも助け出した。
意識を取り戻したエリザベート王女もすぐに臨戦態勢をとるが、それもどうにか鎮めると、
「ネルソン大将、無事に4人の救出を終えました。みんなと話がしたいのでどこか部屋をお借りしたいのですが」
「それなら参謀本部の会議室に移ろう。あそこは盗聴の心配がないからな」
会議室の座席に全員が座ると、俺はフリュたちにこれまでの経緯を順を追って話した。
エメラルド王国の貴族を捕らえるための古代の魔術具が作動してフリュ達4人がここアルトグラーデスの地下神殿に強制転移させられたこと、罠を仕掛けたのはブロマイン帝国の遥か昔の先祖だがその解除方法が誰にも分からなかったこと、だがシリウス教国でその解除方法を発見してフリュ達を解放できたこと。
そして、この地下神殿周辺は帝国軍特殊作戦部隊の本部になっていて、そのトップのネルソン大将とは王国と帝国の戦争を終結させることで合意し、そのための共同作戦を行う同盟を結んだこと、シリウス教国に潜入するために一度王国に戻った際、たまたま帝国軍の勇者部隊と遭遇してアウレウス公爵と共闘したこと、再びここに戻ってくる途中でなぜかボルグ中佐たちが同行することになったこと。
「そんなにいろいろなことがございましたのに、何のお役にも立てず地下神殿で眠っていて誠に申し訳ございませんでした」
絶望感を露わにしてフリュが平身低頭謝罪するが、突然エリザベート王女を睨みつけると、
「わたくしの隣の席にのうのうと座っているこのエリザベートさえ大人しくしていれば、こんな失態を犯すことはございませんでした」
それを聞いたエリザベート王女が激怒して、机を思い切り叩きつけると、
「それはこちらのセリフですわ! このわたくしを本気で殺そうとするバカな女がいたら、反撃をするのは当然でしょう。そんな簡単なことも分からないの? フリュオリーネ」
そして、エリザベート王女が魔力を練り上げると、参謀本部の会議室の窓ガラスが一斉に軋みを上げた。
「おい! いい加減にしろよ二人とも! どうしてお前ら二人はいつも、顔を合わせるとすぐに戦いを始めるんだよ」
「「だって、このクソ女が・・・」」
「ならお前たちはこの指輪をはめてろ。これはアポステルクロイツの指輪と言って、さっきの拘束具を解除するために俺が作ったものだ。お前ら二人がまたこの魔術具に捕まっても、個体情報が似ているアルト王子とクロリーネの分の指輪で代用できそうだから、それをずっとつけとけ。今度二人が戦おうとしたらこの俺が二人の魔力を強制停止させる。嫌なら王国に帰れ」
そして俺は、闇の加護と雷の加護を付与したアポステルクロイツの指輪をフリュとエリザベート王女に渡した。二人は怪訝そうな目でその指輪をジロジロと眺めていたが、
「この紋章は! あなた、このアポステルクロイツの指輪ってまさか、シリウス教国の最高指導者が代々身につけるというあの」
フリュが顔を真っ青にするとジューンが、
「エリザベート王女もフリュオリーネ様も、どうか落ち着いて聞いてください。ここにおわしまする神使徒アゾート様はシリウス神から直接啓示を受けこのアポステルクロイツの指輪を地上へともたらされました。これは神使徒テルル様以来の奇跡だとハウスホーファ総大司教猊下もおっしゃっておられます。さあ、偉大なる神使徒アゾート様に感謝の祈りを捧げましょう」
しまった。この狂信者を黙らせておくのをすっかり忘れていた。
「まさか、わたくしのアゾート様が神使徒に・・・」
フリュは自分に渡された指輪の紋章を見てそうつぶやくと俺の前に跪いて祈り始めた。そう言えばフリュもクレアを信奉する狂信者仲間だった。
「わたくしの愛する夫がシリウス神から遣わされた神使徒だなんて、これほど名誉なことはございません。さあ皆様も一緒にシリウス神に祈りを捧げましょう」
「ちょっと待つんだフリュ! これはそういう宗教的なものとは全く違う。ちょっと耳を貸せ」
俺はフリュの耳元で、
「実はな、この指輪はジオエルビムの魔導コアにある端末を起動するためのアクセスキーで、あの下にあるシリウスシステムが利用できるんだよ。観月さんなんかそこでずっと小説を読んで遊んでいたんだから」
「ジオエルビム・・・だとすると聖地アーヴィンの大礼拝堂でこの指輪を手に入れられたということですよね。それって神使徒テルル様と全く同じ・・・」
「いいから、詳しいことは後でいくらでも話すから、俺を拝むのだけはやめてくれ」
そして何とかフリュを椅子に座らせると、今度はネルソン大将が興味深そうに聞いてきた。
「伯爵、その指輪は本物なのか?」
「本物には間違いないですが、決してシリウス神からもらったものではなく、フリュたちの拘束を解くために俺が自作した、ただの魔術具です」
「なるほど。シリウス教会にもその指輪を聖女に授ける魔術具があるが、それを使えばあの拘束の魔術具は解けるということなのか」
「・・・いや、それは無理でしょう。俺もはっきりと確認したわけではないですが、ローレシアがしていたアポステルクロイツの指輪は、無属性固有魔法・冥界の呼び声という魔法を仕込んだ魔術具で、自分の魔力を強制的に引き出して魔法を強化する機能は持っているものの、魔術具や魔石などの無生物の魔力を止めたりする本来の機能は何も持っていないでしょう」
「そうなのか? ・・・伯爵は随分とその指輪に詳しいようだが、神使徒テルル様と同様に本当はシリウス神の啓示を受けたのではないのか?」
「ない、ない、それは絶対にありません! 俺は神の存在を信じない無神論者ですのでシリウス教への勧誘はノーサンキューです」
「そうか残念だ。主戦派の枢機卿を排除したらかなり席が空くので、その穴埋めに伯爵を推薦してやろうと思ったのだがな」
「絶対に嫌なので、それだけはやめてください!」
それから俺たちは今後の作戦について話し合った。
「伯爵はさっき、勇者部隊と戦うためにアウレウス公爵と共闘したと言っていたが、勇者部隊の動向を知っているなら教えてくれ。それと彼らは我が帝国との講和に乗ってくると思うか。わかればその感触を教えてほしい」
勇者部隊についてはヘルツ中将と同じ内容のことを話した。そして講和については、
「アウレウス公爵は講和に乗り気です。ただし色々と条件をすり合わせる必要があると思いますので、アウレウス伯爵からはネルソン大将と直接話がしたいと言付かっています」
「そうか! アウレウス公爵は講和に乗り気か」
「ええ、俺から一通り説明をしておきました。そして本件については公爵の弟のアウレウス伯爵が全権委任されました。警察組織や監察局を牛耳る怖い人ですが今回は帝都ノイエグラーデスでの裏工作にも協力してくれるそうで、かなり気合が入っていましたよ」
「そうか、それはありがたいな。だが、彼とはどのようにして連絡を取るのだ」
「実はエステルタール基地に俺の仲間がスパイとして紛れ込んでいます。彼を仲介すれば連絡は取れます」
「了解した。それでは帝都ノイエグラーデスの現状について、今からこの私が話そう」
「お願いします」
そしてネルソン大将が話始めた帝都の状況は、驚くほど緊迫したものだった。
次回、帝都ノイエグラーデスでの作戦開始
お楽しみに




