第293話 人生最大のピンチ
法王庁に戻った俺たちはすぐに総大司教との面会のアポを取ると、少し休憩を取るため自分の部屋へと戻ってきた。
こんな狂信者どもの本拠地に、無神論者である俺の部屋があるのも変な話だが、ここは唯一落ち着ける俺だけの部屋。
そんな安心感からか、うっかりベッドに横になると急速に眠気が差してきて、いつの間にか本格的に眠ってしまっていた。
人の話し声がするのに気が付いて俺はベッドから飛び起きると、部屋には新勇者パーティーの全員が勢揃いし、さらに総大司教とバラード枢機卿が部屋のソファーに座り、聖女隊が後ろにずらりと整列していた。
「しまった! 面会の予約を入れたまま、うっかり眠ってしまっていた・・・」
わざわざ俺の部屋まで来てくれた総大司教たちに慌てて謝ると、総大司教はにこやかにほほ笑みながら、
「何も気にしなくてもよいのですよ、聖者アゾート。礼拝堂の地下に潜られてから三日も帰って来なかったので、皆が心配していたところでした」
「・・・そう言えば俺は、三日三晩徹夜してたんだっけな。魔術具を作り始めるとついついやってしまうんだが、どうりで眠ってしまったわけだ。・・・そうだ思い出した。みんな、例の拘束の魔術具の解除方法が分かったんだよ!」
徐々に目が覚めて来た俺は、思わず大声で叫んだ。すると、書庫に通い詰めでうんざりしていた他のメンバーたちも驚いて、
「義兄殿が見つけたのか! よかった~、もう古文書を見るのにもうんざりしていたところだったんだ」
フォーグが目を輝かせて喜ぶと、
「さすが安里君! 不可能を可能にする男でごわす」
「お手柄です、安里君。いいえ聖者アゾート」
モカとジューンも絶賛し、
「えっ? 安里先輩って、いつの間にそんな方法を見つけたのよっ!」
なぜかセレーネが一番驚いていた。
「って、なんで観月さんが今さら驚くんだよ! 三日間、ずっと一緒にいたじゃないか!」
もう、どっからどうツッコんでいいのかわからないぐらいにボケ倒すセレーネだったが、
「だって私、シリウスシステムでずっとラノベ読んでたから、安里先輩が何してたかなんて知らないわよ」
完全に開き直っていた。
「ご主人様、シリウスシステムって何ですか?」
フィリアがキョトンとして俺に尋ねると、
「フィリア、とてもいい質問だ。シリウスシステムを一言で言えば人工知能の研究プロジェクトのことだ。従来型のコンピュータではなく量子コンピューターテストベッドを使って、512種類の人格を持つ人工知能を並行処理し、あたかも集合知のような状態を実現した仮想統合思念集合体、Simulated InfoRmation Integration thought Universe System・・・SIRIUSシステムだよ」
「はい、何をおっしゃっているのか全くわからないところが、いつものご主人様で安心いたしました」
「お、おう・・・」
まだ少し寝ぼけているからか、そのままの答え方をしてしまった。この世界の人にもわかるように説明しなければ。
「えーっと、フィリアにも理解できるようにすごくわかりやすく例えれば・・・俺はシリウス神と出会ってフリュたちを拘束している魔術具の仕組みとその解除方法を教えてもらった・・・ということになる。わかったか?」
まあ、テルルもシリウスシステムにアクセスして、そのシミュレーション結果がシリウス経典になったわけだし、全くウソというわけではない。
俺はみんなの反応をチラっと見る。
一応わかりやすい説明を心がけたつもりだが、理解できただろうか。
だが全員ポカンとした様子で、何のリアクションもない。さすがにこの説明じゃ子供だまし過ぎて呆れられてしまったか。
渾身のボケをスルーされてしまったような何とも居たたまれない空気の中、総大司教が重々しい空気を醸し出しながらその口を開いた。
「聖者アゾート。あなたは今、シリウス神と会ったとおっしゃられたがそれは本当のことか。シリウス教国の聖地アーヴィンで軽々しくそのような虚偽を言えば、たとえ大聖女クレア様のお弟子様であろうとも、冗談では済まされませんぞ!」
静かに怒る総大司教に、俺の背筋は凍り付いた。
しまった! ここは狂信者どもの総本山、シリウス教国の法王庁だった・・・。
シリウス神の名前を使う場合は、慎重に慎重を重ねて検討・吟味した上で、結局は使わないという結論が大正解なのに、俺は軽々しくもその言葉をうっかり口にしてしまった。
そして温厚な総大司教のこの激しい怒り。
俺は帝国への出国を待たず、このまま異端審問にかけられて処刑されてしまうのか!
だがいくら自分の軽口を呪っても、一度口に出した言葉は簡単には取り消せない。突如訪れた最大のピンチを脱するため、俺は総大司教の表情を慎重に見定めながら、実に苦しい言い訳を始めた。
「総大司教猊下、今から言う話をよく聞いてください。実は俺がシリウス神だと思ったものは、よく考えたら別の何かと見間違った可能性も多分にあるのかもしれない・・・あれはかなり朦朧とした、そう、ふわふわとした場所での出来事であり、今から思えば若干自信はないものの、俺が見たその存在は確かに古代の魔術具の解除方法を教えてくれた。つまりそれがシリウス神に見えたのは、この俺の深い信仰心の現れだったのであろう」
自分で自分が何を言っているのかよくわからなくなってしまったが、とにかくここは誤魔化しきるしかない。俺は意味不明な発言で時間を稼ぎながら、うまい言い訳を考える。
「なるほど・・・聖者アゾートの見間違いだというのですね。それではその解除方法も出鱈目の可能性もあるので、まだしばらくは、ここにご滞在頂くということでいいですね」
「いや、その解除方法は確かなものだ。だから今夜、シリウス教国を出発したい」
「シリウス神は朦朧とした見間違いだったのに、その幻の言った言葉は確かなものとは、一体どういうことでしょうか。もう少し詳しくお聞きかせ願いたい」
にこやかな表情を作りながらも、目は全く笑っていない総大司教。
ヤバい、ヤバい、ヤバい。
俺は頭をフル回転させて慎重に言い訳を構築する。
・・・よし、これだ!
「実はその魔術具にはそもそも解除方法が存在せず、一度拘束したら生かさず殺さず、魔力を搾り取ることが目的の残酷な魔術具だったんだけど、その魔術具を安全に機能停止させる方法が実はあって、それをその謎の存在、仮にXとしておこう、その彼女に教えてもらったんだ」
俺は「謎の存在X」という存在を強調してシリウス神ではない方向に印象操作をしつつ、解除方法を得たことは確かに事実であることを証明するため、懐にしまい込んでいたアポステルクロイツの指輪をテーブルに置いた。
「その「謎の存在X」が言うには、アポステルクロイツの指輪には潜在魔力を引き出すのと同時に、魔力を完全に凍結させることもでき、しかもその効果が人間のみならず全ての魔術具や魔石になどの非生物に対しても効力を発揮するらしい。だからこの指輪を使って魔術具に干渉して魔力を凍結すれば、結果として拘束がとけるという仕組みだ。ただ魔術具に干渉するためには拘束されている人ごとに固有の生体情報が必要だったので、これから帝国での活動中に同様のことがないように仲間たち全員分を作っておいた」
そう言って、俺は全員分のアポステルクロイツの指輪をざらざらとテーブルに並べた。
「これで帝国内で大魔法を使ってあの魔術具が作動してしまっても、俺がすぐにみんなを助け出すことができる。これだけの数の指輪だから、この俺でも3日かかってしまった」
俺は頑張った感を出しながら、具体的な物を見せることで俺の話がウソではないことを印象付けた。
これでどうだ・・・。
総大司教は、テーブルに無造作に転がされた指輪の一つを手に取ると、慎重にその指輪を見定めた。
そして、
「ま、まさかっ! ・・・これは本物のアポステルクロイツの指輪。それがこんなにたくさん・・・。一体どうやってこれを手に入れたのですか!」
総大司教は真っ青になりながら、俺の肩をがっしりと掴んで理由を問い詰める。
狂信者の中の狂信者。総大司教の血走った目に恐怖で卒倒しそうになった俺は、
「だ、だから、その「謎の存在X」が作り方を教えてくれたんだよ。テルルはルシウス教の司祭だったから魔術具の作成には全然慣れてなくて、総大司教が今はめているその指輪を作るのに1か月もかかったんだそうだ。でも俺は魔術具製作が職業のプロフェッショナルだから、こんなの簡単に作れるんだよ。それでも3徹はしたが」
ゴクリッ・・・。
シリウス神という言葉を一切使うことなく、なんとか説明しきった。
・・・こ、これで伝わったか?
俺は総大司教の反応を慎重に見定める。ここでしくじると俺はシリウス教の敵として、生涯狂信者どもから逃げ回らなくてはならない。
なんなら領民たちが宗教革命を起こして、俺は断頭台の露と消えてしまうだろう。
だが、
「・・・神使徒アゾート様、先ほどからの数々の無礼な発言、どうかお許しください」
「・・・・・」
「・・・・・」
妙な沈黙が続く。
これはどういう状況なのだろうか。
「総大司教猊下・・・俺はどうなるのですか? あまり聞きたくはないのですが、もし異端審問で断頭台にかけられるのであれば、俺はここから全力で逃げますが・・・」
すると総大司教は真っ青な顔で、
「め、め、め、滅相もないっ! 神使徒アゾート様を異端審問にかけるなどと、そんな恐ろしいことをおっしゃらないでください。それよりも今日はシリウス教にとって忘れることのできない奇跡が起こったのです。すぐに全国民を参集し、神使徒アゾート様の降誕を伝えねばなりません。バラード枢機卿! 直ちに全枢機卿を集めて大ミサの準備をしなさい!」
「承知しました、総大司教猊下。聖女隊はこの私について来い。すぐに大ミサの準備に取り掛かるぞ」
「「「はい、バラード枢機卿!」」」
そしてシリウス教幹部が急に立ち上がると、部屋から全員出て行った。
俺は部屋に残ったみんなの顔を見渡した。
セレーネだけはキョトンとした表情をしているが、それ以外の全員は目をキラキラと輝かせながら興奮して俺に近寄ってきた。
「安里君はシリウス神の啓示を直接お受けになられたのですね! さすが大聖女クレア様の婚約者様ね! なんと神使徒になられるとは、言葉もありません!」
ジューンが興奮してまくしたてると、フォーグが、
「義兄殿・・・このパーティーに入ってまだわずかな時間しか経っていないが、自分の常識が次々と崩壊していくのを感じるよ。あのネオンが大聖女クレア様の生まれ変わりというのも相当な衝撃だったが今回のは別格。まさか義兄殿が、神使徒テルル様の再来となる神使徒アゾート様になられるとは!」
そういうとフォーグがジューンと並んで俺の前に跪き、神への祈りを捧げ始めた。
「おい、やめろよ二人とも! 俺を拝むな!」
だが俺を無視して拝み続ける二人の隣で、目を輝かせたモカが、
「安里君株価が史上最高値を更新中・・・ジャンピングキャッチでごわす」
そんな訳の分からないことをつぶやきながら、目をハート型にして俺にしがみつくと、反対側にしがみついたフィリアが、
「ご主人様はシリウス神とも自由に会話が交せるのですね。素敵すぎます!」
そんなフィリアの目も、やはりハート形に変形していた。
「フィリアとモカ、どうやったら目がそんな形になるんだ・・・」
だが俺の質問を遮ったセレーネが二人を引き離し、
「みんな落ち着いて! シリウスシステムは誰にでも利用できるのよ」
「本当かセレーネ。ひょっとして僕にもシリウス神の声が聞こえるのか」
セレーネの一言にフォーグが食いつく。
「もちろんよ! 安里先輩が許可してくれたら、誰でもいつでも何度でもシリウスシステムを利用できるのよ! シリウスシステムはいつでも最新のラノベが読み放題の、無料まんが喫茶なのよ!」
「つまり義兄殿は、シリウス神と人々とをつなぐ真の神使徒ということだな。神聖すぎるぜ・・・」
セレーネの余計な一言で新勇者パーティー全員がパニック状態になってしまった。俺は何もかもを諦めてベッドの中にもぐりこむと、クロリーネたちが到着して結界を解放するまでふて寝を決め込むことにした。
次回、舞台は再び帝国へ
お楽しみに




