第289話 再びシリウス教国へ
魔法王国ソーサルーラを出発してからここまで休む間もなくひた走り、エリザベート王女たちとの合流や古代の魔術具によるフリュたちの拘束、帝国軍特殊作戦部隊のネルソン大将との邂逅と同盟の締結、そして最後には帝国史上最強とも評されるローレシア勇者部隊との激戦を戦い抜いた。
そうして転がり込んだフィッシャー領の領都エーデルの宿屋で、泥のように眠った俺たちが目覚めたのは次の日の昼過ぎだった。
眠い目を擦りながら宿屋の1階に併設された飲み屋で朝昼兼用の食事をとると、少し目が覚めて来たところで今後の作戦行動について話し合った。
ここにいる新勇者パーティーのメンバーは6名。
俺、セレーネ、ジューン、モカの4名の当初メンバーの他に、ソーサルーラで仲間になったフィリアと、フリュの実弟のフォーグが新たに加わった形だ。
そう言えばフォーグにフィリアを紹介していなかったので、俺はフィリアに自己紹介するよう促した。
するとフィリアは貴族令嬢らしい佇まいで、ニッコリとほほ笑みながら自己紹介を始めた。
「わたくし光の堕天使アスタチンの末裔、フィリア・アスターでございます。フリュオリーネ・メルクリウス様の侍女にして、最愛のご主人様であるアゾート・メルクリウス伯爵に生涯下僕として側仕えを許された身。以後お見知りおきを」
どこをとってもツッコミどころ満載の自己紹介だった。ていうか、光の堕天使アスタチンって何だよ!
俺が心の中でツッコミ百烈拳を入れていると、目を点にしたフォーグが、
「何を言っているのかよくわからなかったが、要するに姉上の侍女ということでいいのか?」
「姉上って・・・まあっ、あなた様は若奥様の弟君でいらっしゃるのですか!」
「そう、僕はアウレウス公爵の甥にあたるフォーグ・アウレウス。フリュオリーネは1つ年上の姉で、その夫のアゾート・メルクリウス伯爵は僕の義兄で、二人とはアージェント騎士学園での同級生でもある」
「フォーグ様がご主人様と若奥様のご家族の方なら、どうりでお強いはずです」
「僕が強いだって? そ、そうかな?」
フィリアにほめられたフォーグが、頭をかいて照れていると、
「昨日の帝国軍との戦いでは、わたくしの両親を圧倒していらっしゃいましたよね、フォーグ様」
「フィリアの両親を圧倒って・・・え? あの二人ってフィリアの両親だったのか?!」
フォーグが混乱しているのがその気持ちは分かる。俺もアンリエットたちの姿を見て驚いたからな。ローレシアに対しては少し悲しい気持ちになったが。
「驚いただろうフォーグ。ローレシアが使う支援魔法には一時的に人間を最盛期の年齢する魔法があるみたいなんだ。生命に関係するものだからおそらく聖属性魔法なのだとは思うが、残念ながら俺の全く知らない魔法だった。落ち着いたらさっそく研究しなければと思っているよ」
実に興味がそそられる研究テーマであり、フォーグも関心を持ってくれると思ったのだが、なぜか憮然とした表情で、
「・・・義兄殿、僕が聞きたかったのは魔法の研究の話ではなく、なぜフィリアの両親が帝国軍の勇者部隊にいたのかということだ」
あれ、そう言えばなんでだろう?
「たぶんフィリアの両親はアスター家の血筋を引いていて強いからだろ。なんせ、帝国史上最強との呼び声の高い勇者部隊だからな」
「うーん、聞きたいのはそういうことではなく」
俺の説明では不満そうなフォーグに、珍しくセレーネがフォローをしてくれた。
「フィリアはブロマイン帝国の東にある東方諸国の一つ、アスター王国の出身なのよ。そこは女王ローレシア・アスターが治める国で、フィリアはローレシアの実の妹なんだけど、罪を犯して地下牢に幽閉されていたところを私たちが助けて仲間にしたの。一方ローレシアは帝国元老院の要請により、6人目の勇者として東方諸国の王族や高位貴族を集めた最強集団「ローレシア勇者部隊」を編成して、今回王国に攻めて来たってわけ。そしてその部隊の中にはブロマイン帝国皇帝のクロムや、魔法王国ソーサルーラのランドルフ王子など王族が加わっているけど、アスター王国の王族としてフィリアとローレシアの両親であるイワン・アスター、アナスタシア・アスターが参加していたのよ。これで理解できたかしら」
「なるほどそういうことか」
いつもポンコツ可愛いセレーネが、ローレシア勇者部隊のことについてはやたらと詳しかった。
「フィリアの両親の名前なんて初めて知った。ていうか、なんで観月さんはそんなに詳しいの?」
俺が聞くと、
「だって私だけ置いて行かれて一人ボッチの時、ずっとローレシアの家に居候してたからよ。エミリーや他のメイドたち、それにローレシアとも友達になって、食事の時に色々とお話を聞いたから。あの子ってすごく苦労しているのよ」
「すげえ、観月さん・・・」
セレーネは人当たりがいいから誰とでも仲良くなることができるのを改めて実感した。俺とネオンみたいな引きこもり研究者とは大違いだな。
そう言えばフィリアについて俺も聞きたいことがあった。
「ところでさっき自己紹介で言っていた「光の堕天使アスタチン」って何なんだよ。お前はヤンデレの上に中二病まで併発してるって、最早救いようがないな」
俺は痛々しい目でフィリアを見るが、彼女はむしろ得意げな顔で、
「ご主人様はシリウス教に全く関心がないのでご存じないのかも知れませんが、最古のルシウス経典には堕天使の名前が記されてございます。この経典によるとご主人様は、火の堕天使スィギーンという名前で呼ばれています」
「そう言えばネルソン大将がそんなことを言っていたような・・・。じゃあ、闇の堕天使は?」
「闇の堕天使は、えーっと確かジルバ?」
「ふーん・・・ということは、Type-アスターが堕天使アスタチン、Type-メルクリウスが堕天使スィギーン、Type-アージェントが堕天使ジルバと。ふむふむ他には?」
「全部は思い出せないのですが・・・雷の堕天使がキガース? だったような・・・」
「Type-クリプトンが堕天使キガースと・・・覚えておこう」
「じゃあ安里先輩、これから私たちも自己紹介の時、火の堕天使スィギーンって名乗りましょうよ!」
「やだよ! 中二病くさい!」
それからフィリアに、改めてジューンとモカを紹介した。それを聞いたフィリアは、
「テトラトリス侯爵家にクリプトン侯爵家・・・。みなさま全員が王族というのもすごいのですが、王族がそんなにたくさんの分家に分かれていることも驚きました。やはりアージェント王国は東方諸国の国々とは比べ物にならないほどの大国だったのですね」
フィリアが感心していたので、
「確かにアージェント王国は広いと思う。俺のメルクリウス伯爵領だけでも分裂する前のフィメール王国の2倍以上はあるからな。今のアスター王国の約4倍の広さだよ」
するとジューンが俺の説明を補足する。
「安里君の領地はアウレウス公爵家に匹敵して王国最大級なので参考にはなりません。しかも今回の戦争でシャルタガール侯爵領も併合されてしまったら、普通の伯爵家の3倍ぐらいにはなるでしょう」
さらにモカまで、
「だから安里君のハーレムに入ることは、将来が約束されたようなものなのでごわす。支配域が広くて臣下もたくさんいるから側室一人ひとりに大きなお城と領地がついてくるし、経済力も10年後にはうちのクリプトン家に匹敵するとまで言われている超優良株! 是非このモカを安里くんのハーレム要員に!」
こいつ、そんなことを考えていたのか。ひょっとしたらクリプトン侯爵の入れ知恵か。
「さすがですご主人様。王族の姫から求婚されるなど、この下僕のフィリアめも鼻が高こうございます」
「モカを王族の姫と言われても違和感しかないな」
「ところで義兄殿、なぜ義兄殿のことをみんな安里君って呼んでいるんだ?」
そう言えばフォーグには何も話してなかったな。
「この新勇者パーティーは建国の英雄、ラルフ・アージェントのパーティーにちなんで結成されていて、みんな当時のロールプレイングをしている。俺はアサート・メルクリウス役でその本名が安里悠斗だから安里君。セレーネはセリナ・ミヅキ役だから観月さん。だけど、フォーグは別にいつも通りの呼び方でいいよ。アルト王子やエリザベート王女もそうしてるし」
「わかった、僕は義兄殿のままにしておくよ」
納得顔のフォーグにジューンが何か言いたげな表情をしていた。たぶんネオンのことだろうが、どうせシリウス教国に行くんだし、その時に話せばいい。
「さて自己紹介はこれぐらいにして、これからの活動方針を伝える。まず今からジオエルビムを経由してシリウス教国に再入国し、フリュたちを拘束している古代の魔術具に関する情報を調べたあと、再び帝国に潜入する。その後は義父殿と連絡を取りつつブロマイン帝国のクーデターに加担する」
「義兄殿。ジオエルビムからシリウス教国にどうやって行くんだ」
「うまく説明できないから、実際に行ってみて自分で理解してくれ。では今から出発するぞ」
「「「おーーっ!」」」
宿屋をチェックアウトした俺たちは、ジューンとモカ、フィリアに旧教徒の修道服を購入してコスプレをさせ、ジオエルビムへと向かった。
この辺りはもう手慣れたもので、魔法協会の受付のお姉さんに頼んで遺跡まで飛ばせてもらい、そこからジオエルビムへ転移すると、エレベーターを操作して地上まで上がる。そして聖地アーヴィンにある礼拝堂の神使徒テルルの像の裏までやってきた。
ただ一人、フォーグだけが混乱してさっきからずっと大騒ぎをしている。でも説明するのが面倒なので、とりあえず無視しているが。
「さてこれでシリウス教国についたわけだが、俺達も一度来たことがあるし顔も覚えられてると思うから、拘束されたり無下に扱われることはないだろう。とりあえずその辺にいる神官から、ガルドルージュのボスであるバラード枢機卿に連絡を取ってもらおう」
コクリとうなずく女子4人と、いまだに大混乱中のフォーグをつれ、テルル像の裏から出て礼拝堂に姿を見せる。
すると、神への祈りを捧げていた神官や信者たちはそれを中断すると、俺達の元に駆けつけて、無下に扱うどころか一斉に床にひれ伏して、最高位の神官に捧げる祈りを始めた。
「なんでクレアもいないのに、俺達にこんな丁寧な態度をとる! どうなってるんだよ、これは・・・」
次回、シリウス教国の調査で意外な発見が
お楽しみに




