第29話 貴族の決闘
この先鋒戦、スキュー男爵が俺を指名してきた。先の内戦でフェルーム家にしてやられて負けたことの恨みと、この間のクラス対抗総力戦で息子のハーディンを俺が倒したことへの仕返しらしい。
逆恨みではないのか。
子供のケンカに親が出てくるなとも言いたい。
少なくとも、どこが貴族の名誉に関わるのかさっぱり理解できないが、誰も異論を言い出さないので、たぶん貴族的にはOKらしい。
さて、男爵は水属性魔法の使い手。
男爵家の当主であり成人なので、魔力は決して侮れるものではない。
安い挑発に簡単にのるアホな貴族だが、学園の生徒と同列に考えてはいけない。
まずは様子見だ。
【焼き尽くせ 無限の炎を】フレアー
先手必勝。男爵の頭上に出現した魔方陣から範囲魔法フレアーが発動し、周りの敵兵も巻き込んで、灼熱の業火が蹂躙する。
「効いてない・・・」
フレアーの炎の中に立つスキュー男爵はダメージを受けていない様子。
男爵の魔力が想定よりも高く、フレアーでは魔法防御を突破できなかったか。周りの兵たちにも効果が及んでるのか、彼らのダメージも軽減されている。
【焼き尽くせ】ファイアー
今度は高速のプラズマ弾が男爵にヒットする。
「グッ!」
こちらはダメージが通った。魔法発動後の熱エネルギーを直接ぶつけているので、男爵の物理防御は突破できたらしい。
よし、ここからが本番だ。
ダメージを受けた男爵は表情をこわばらせていた。
(これで息子と同学年だと。あり得ない。もう一端の魔導騎士ではないか。それに魔法の発動が速すぎる。本気でかからないとやられる)
「ヤツを撃て」
男爵は護衛兵に矢を射るよう命令した。
どうやら一騎打ちの定義がこの世界と俺では異なるようだ。護衛兵の援護射撃はOKなんだ。。。
俺は動きを加速する。
【固有魔法・超高速知覚解放】
俺は左右にステップを踏むように、すべての矢を紙一重でかわし、敵兵の輪の中に突入。超高速の剣技により敵兵を片っ端からなぎ倒していった。
「速い!」
敵兵をすべて始末した俺は男爵に向かって剣を叩きつける。しかし男爵の防御力が勝り、俺の剣が通らない。
俺のパワーでは剣では倒し切れないか。
【アイスジャベリン】
俺の波状攻撃にも精神を乱さず詠唱を終えた男爵の頭上に魔法陣が浮かぶ。
水属性・中級魔法アイスジャベリンだ。
鋭利な氷柱を高速で敵にぶつけるもので、俺は至近距離からそれを食らってしまった。
「グッ!」
ファイアーで応戦したが一瞬間に合わず、最初の1本をもろに食らった。
とっさに出した右腕に氷柱が刺さり腕が出血した。杖を左手に持ち替えていったん距離をとる。
「よく1本だけで防ぎ切ったな。誉めてやろう」
男爵は再びアイスジャベリンの詠唱を始めた。
2本目以降はファイアーが間に合いなんとか防げたので、距離をとれば対応は可能。
と俺が考えていると思ったのか、男爵は詠唱しながらこちらに距離を詰めてくる。
かかったな。
【永遠の安住地】ウォール
先ほどの攻防でファイアーと衝突し溶け落ちた氷柱がまだ地面を濡らしている。
そこに大きく足を踏み入れたタイミングで発動した土属性・初級魔法ウォール。
出現したのはおなじみのアルカリ金属だ。
すぐに反応がはじまり、俺は全力でこの場を離れた。
急激な化学反応により男爵の周り一帯が激しく爆発を起こす。
「なんだ、なんだこれは!うぎゃーー」
男爵の物理防御を超えて侵入するアルカリ腐食液、爆風、続いて散発する水素爆発の衝撃波。
なんとか這いずり出してきた男爵だが、もはや戦闘を継続できる状態になく、初戦はサルファー軍の勝利に終わった。
周りを見渡すと何が起こったのか理解できずにポカンとした表情を浮かべるものたちばかりだったが、ひとりネオンだけがドン引きしていた。
この戦いを見ていたフリュオリーネは、スカイアープ平原での偽装部隊の跡に発生していた謎の爆発の正体がこれであることを確信していた。
やはりアゾートの魔法だったのね。
発動したのは何の変哲もない土魔法ウォール。しかも土が盛り上がらず代わりに出てきたのが何かの金属だった。そしてそれが爆発したように見えた。
アゾートの魔法の使い方は、やはり異質。
この時代の知識をはるかに超越している。
天才なのか、あるいは誰も知らない古代魔法文明の隠された知識を持っているのか。
私は王国を崩壊に導く可能性を考えて、ずっと彼を排除することばかり考えていた。
でも見方を変えれば、彼の知識はとても有用だ。
うまく利用できれば王国のためになる。少なくとも、ブロマイン帝国にだけは渡せない。
この戦争が終わったら、アゾートのことをお父様に相談してみた方がいいわね。
「フリュオリーネよ、何をボーッとしている。そなたの出番ではないか」
遠くからフォスファーの声がした。
気がつくと前にはセレーネが立っており、周りには誰もいなかった。
みんな戦いに巻き込まれないように避難したのね。
そう言えば、学園では私とセレーネの試合のことで盛り上がっていたわね。クラスが違うから彼女のことをあまりよく知らないけれど、周りの反応をみていたら相当できる生徒ということかしら。
「何なんだ、この戦いは」
セレーネとフリュオリーネは、学園での予想通り互角の実力だったが、そのレベルは予想を大きく越えるものだった。
開始と同時に放たれたセレーネのエクスプロージョンも、フリュオリーネの魔法防御を突破できずダメージが通らない。
同じくフリュオリーネの水属性・上級魔法タイダルウェーブもセレーネの魔法防御を突破できない。
セレーネによるファイアーの弾幕攻撃が始まれば、フリュオリーネは魔法防御を物理防御に瞬間的に転換させて、プラズマ弾を弾き飛ばす。その防御転換のスムーズさはまるで名人芸のようだ。
セレーネの弾幕攻撃にも怯まず、フリュオリーネは詠唱を途切れさせることなく、確実にセレーネを攻撃し続ける。
そんな二人の魔法攻撃の余波を受けて、フェルームの町並みが破壊されていく。
魔法防御力のない一般兵は、巻き込まれないよう既に退却を始めており、魔力保有者たちも二人から距離を保ち眺めているのみだ。
「この二人、こんなに強かったのか」
セレーネとよく行動を共にする俺も、ここまで本気を出しているセレーネを見るのは、これが始めてだった。
ここまで本気で戦える敵に会ったことがなかったのだ。
フェルーム家の大人たちがセレーネにこだわるだけの理由はある。火属性のみでこの魔力はたしかに反則級だ。
しかし、フリュオリーネも一体何なんだ。
高速詠唱を使えないのに、セレーネの魔法をすべて受けきって、その上確実に魔法で反撃してくる。
相手に余裕を与えない、冷徹なカウンター戦法。
魔法防御を物理に瞬時に転換する技術。
集中力が全く乱れず詠唱しきる胆力、冷静沈着さ。
本当は人間ではなく、古代魔法文明のサイボーグじゃないのか、どこかのダンジョンで発掘された。
まさに鉄の女だ。
だが魔力は無限ではない。いつかは底をつき戦いは終わる。
双方が決め手に欠いている中で先に動くのはどちらだ。
フリュオリーネの動きが止まった。
何かやる気だ。
セレーネのファイアーが通り始めた。物理防御は捨てたらしい。ダメージが蓄積されていく。
だが詠唱は途切れさせることはなく、ついに魔方陣がセレーネの上空に浮かび上がる。
なんだこの魔方陣は?
「やめるんだ、フリュオリーネ!」
サルファーが叫んだかと思うと突然セレーネの方へ駆け出し、覆いかぶさるように彼女を抱きしめた。
【固有魔法・絶対零度の監獄】
音が消えキーンと耳鳴りがするような静寂があたりを支配する。
セレーネの周囲の空気が個体化し、サルファーとセレーネが瞬時に氷漬けにされる。
そして「バン!」という破裂音とともに、真空状態になったセレーネの周囲に空気が流れ込む。強烈な風圧を伴って。
「なんだこの魔法は?」
セレーネは大丈夫なのか?
俺はあわててセレーネにたどり着いた。ネオンもセレーネにすがり付いている
「セレン姉様!」
ネオンは自分の体温で温めようとセレーネを抱きしめる。
フリュオリーネを見ると、魔力を使い果たしたのか、地面に膝をつき息を切らしていた。
俺もネオンと同じようにセレーネを抱きしめようとした瞬間、パキンッと音がして、サルファーとセレーネを閉じ込めていた氷が粉々に砕けた。
命は無事だったようだが、ダメージが大きく二人とも地面に崩れ落ちた。
セレーネは立ち上がろうとしたが、力が入らずぐったりしている。そんなセレーネをネオンが抱き起こした。
「くっ!」
一方、よろよろと立ち上がったサルファーは、フリュオリーネに向かって言った。
「セレーネの負けでいい。だから彼女を殺さないでくれ」
「別に殺すつもりなんてないわ」
「それにしても、セレーネに固有魔法を使うなんてあんまりじゃないか。セレーネが憎いのなら、この俺を殺してくれ。彼女にはなんの罪もない。悪いのはこの俺だ」
「あなたは勘違いしている。わたしはセレーネを憎いと思ったことなど一度もございません。憎いから固有魔法を使ったわけではなく、勝負に勝つためにこの方法を選んだだけですから」
「そ、そうか。なら約束してほしい。勝負は終わった。僕の大切な人をこれ以上傷つけないでほしい」
懇願するサルファーを一瞥し、フリュオリーネは一言だけ言った。
「そう。わかったわ」
そこへ黙って様子を見ていたフォスファーがつかつかとサルファーの方へ歩いてきた。
「それでは兄上、我々の出番です。さあ戦いましょう」
サルファーはセレーネを守るため、瞬時に膨大な魔力を使ってしまった。また、肉体にも相応のダメージも受けてしまった。
「その状態ではこの僕にはとても勝てないでしょうけどね。そうだ兄上を殺したら、セレーネを僕の妻に迎え入れて差し上げましょう。兄上の代わりに大事にかわいがってあげますよ。よく見ると確かにいい女だな。フリュオリーネを捨ててまで得ようとした兄上の気持ちがよくわかるよ。ウヒヒ」
「フォスファー貴様、セレーネをその汚い目で見るな!」
「では試合開始。いくぞ」
サルファーが準備する間もなく、フォスファーがいきなり剣で切り付けてきた。
「うぐっ」
何とか防御するサルファーを横目に、詠唱を始めるフォスファー。詠唱が完了すると、おもむろに後ろに下がると、魔法を発動した。
【ウインドカッター】
風属性・中級魔法ウインドカッター。無数の空気の刃が、まだ退避しきれていない俺たちや味方であるはずのフリュオリーネまで巻き込んで、周り全体を切り裂く。
「なんてやつだ」
父親から早々にあきらめられ、次期伯爵の座を下ろされたと聞いていたが、この人間性じゃ仕方ないと思えるほどに卑劣なやつだ。
再びサルファーをタコ殴りにしつつ詠唱を始めるフォスファー。
【ウインドカッター】
コンボが決まったかのように同じ行動を繰り返す。
「それ3周目を行くぞ」
【固有魔法・インプロージョン】
黙って殴られ続けながらも、サイファーが詠唱を途切れさせることなく完成させた風属性固有魔法・インプロージョンをフォスファーに向けて放った。
インプロージョンとは「爆縮」つまり爆発の反対であり、中心部めがけて周りからの衝撃波が均等に集中し、瞬間的に超高圧力を発生させる破壊魔法である。
そして固有魔法とは、一般的に知られている魔法系統とは異なり、伯爵家以上の貴族家に古くから秘伝とされている上級クラス超の魔法なのである。
伯爵家以上を上級貴族とするのも、この固有魔法の存在が一つの理由である。
フォスファーの防御力を大きく超えた破壊力で、超高圧爆縮気体の衝撃波が、思わず体をかばったその左腕を吹き飛ばした。
「ぎゃああああ」
辛うじてつながってはいるものの、左手の筋肉を大きくそぎ落とされ血が流れ出した。
「固有魔法は使うなと先ほどフリュオリーネに言っていたではないか。反則だ兄上」
よろめきながら、なんとかサルファーとの距離をとろうとするフォスファー。
「反則ではない。そもそも、さっきから反則ばかりしているお前が言うな」
怒りの形相でフォスファーとの距離を詰めるサルファー。じりじりとした攻防から突然、フォスファーが後ろに走り出した。
「待てフォスファー」
逃げたその先には、ネオン抱えられながらもまだぐったりとしているセレーネだった。
「どけ!」
ネオンを突き飛ばし、セレーネを人質にとるフォスファー
「負けを認めろ兄上。さもなければこの場でセレーネを殺す」
「どこまでも汚いやつだ、フォスファー。お前に領主の資格などないのがこれで証明されたな」
「黙れ、早く負けを認め・・・」
その時「パーン」という乾いた大きな音が響き、フォスファーの背中がはじけて肌が焼けただれた。
「ぎゃあああ」
あまりの激痛に地面を転げまわるフォスファー。
「誰だ!」
サルファーがあたりを見回す。
だが、誰もがフォスファーに何が起きたのかわからず、ただ茫然とその様子を見ているのみだった。
ただ一人を除いて。
「アゾート、お前何をやっているのだ? なぜそこで右手を上げている」
俺はこの決闘が始まる前、ダンとマールにクエストを発注した。
シティーホールの当主の執務室からは、この広場が一望できる。
マールには、俺が右手を上から正面に振ったら、パルスレーザーでフォスファーを撃ってほしいと依頼。
ダンには、そのマールを警護することを依頼した。
俺はずっとチャンスを狙っていたが、フォスファーの度重なる反則行為に加え、セレーネを人質にとるという愚行を犯したため、さすがに貴族の名誉も何もあったものではないと判断。もう貴族の決闘なんかどうでもいい。
そしてマールに合図を送ったのだ。
「誰だ今の攻撃をしたのは」
フォスファーがゆっくり立ち上がって、周りを睨みつけている。
俺はもう一度上にあげた手を正面に下ろした。
パーン!
あらゆる魔法防御を完全に無視して、100%のダメージがフォスファーの右手を焼く。
下克上の鉄槌が、フォスファーに牙をむいたのだ。
「うぎゃあああ。なんだこれは目が見えない」
パルスレーザーのごく一部がフォスファーの目に入ったのだろう。失明には至らないが、しばらくは視力を失っているはずだ。
俺の動きに気付いたフリュオリーネは、フォスファーを抱え上げて魔法を唱えた。
【ワームホール】
黒い闇が二人を包み込み、やがて掻き消えた。
スキュー男爵を一人この場に残し、敵全員がフェルーム領から撤退した。




