第278話 拘束
隣の部屋で拘束されていたフリュを見た瞬間、俺は居ても立ってもいられなくなった。
「なんなんだこれは! どうしてフリュが!」
だが俺の問いにセレーネもフィリアも首を横に振るばかりで、何も答えを持っていなかった。
「それが何も分からないの。私たちがいたあの礼拝堂全体に突然転移魔法が発動したかと思うと、次の瞬間にはここに飛ばされていたのよ」
「そうなんです、ご主人様! ご主人様は意識を失っていたのでご存じないでしょうが、気がついたらわたくしたち3人はこの部屋に居て、若奥様だけがなぜか向こうの部屋に!」
・・・何だと。
こんな肝心な時に俺は何をやってたんだ。くそっ!
「・・・そう言えば、エレナはどうしたんだ? エリザベートは? ルカは? ・・・まさかあいつらが俺たちを裏切って罠にかけたんじゃないだろうな!」
俺がそう言うと、
「それは違うわ。だってほらフリュさんの隣を見て」
俺は先ほどの隙間を角度を変えて覗き込むと・・・そこにはエリザベート、ルカ、エレナの3人も同じように拘束されていた。
そして全員意識がないようだった。
「これは一体、どういうことなんだ・・・」
彼女たちに付けられた厳重な拘束器具と、身体中にまとわりつくような結界魔法。どちらも初めて見るようなものだが、魔力保有者を完全に拘束しうる徹底した構造で、ひょっとすると帝国軍が俺たち向けに開発した新兵器なのかもしれない。
だとしたら一刻も早くみんなを助け出して、ここを脱出しなければならないが・・・とにかく何でもいいので情報が欲しい。
「俺が意識を失っている間に起きた出来事を、できるだけ詳細に教えてくれ」
俺はセレーネとフィリアの向かいに腰を下ろして、二人に問いかけた。
最初に答えたのはフィリアだ。
「・・・ご主人様の目が突然赤くなってからのことでよろしいでしょうか?」
「・・・そうか、俺はまた目が赤くなっていたのか。エリザベートがトールハンマーの詠唱を始めたあたりから後のことは全く覚えていないんだ」
「そうですか・・・あの時、目が赤くなったご主人様の魔力が突然爆発的に上昇して、それとともにスピードとパワーも一気に跳ね上がったのです」
「そうなのか・・・それで?」
「それまで防戦一方だったエレナ様に対して、ご主人様は瞬時にその懐に飛び込むと首筋に剣を押し当て、エレナ様に負けを認めさせました」
「俺が、勝ったのか・・・」
「はい。そして今度はエリザベート様の魔法防御シールドを一撃で破壊して彼女の懐に飛び込むと、詠唱を止めさせるために彼女の扇子ごと顔面に拳を叩き込みました」
「えーっ! 俺、女子にそんなことをしたの?!」
「はい、それはもう見事な右ストレートでした」
「お、おう・・・」
きっとあの時の俺は、フリュとセレーネを助けたい一心で力を解放し、意識を失った後もそれを遂行するためにエリザベート王女に攻撃を仕掛けたんだ。それも最も原始的な拳による攻撃で。
すると今度はセレーネが話始めた。
「それで思いっきりフッ飛ばされてゴーレムに叩きつけられたエリザベート王女が激怒して、魔力を全開にして安里先輩に向かって行ったの。その目が完全に殺意に満ちていたから、頭に来た私は彼女を牽制するために準備していた太陽の抱擁を撃つ決心をしたのよ」
「た、太陽の抱擁を!」
「そうなの。それでフリュさんも「3人でエリザベート王女を殺してしまいましょう」と呼び掛けながら、絶対零度の監獄を唱え始めたので、フィリアも慌ててカタスロフィー・フォトンを唱え始めたのよ」
「殺すって、なんでそんな極端なことになるんだよ。彼女は仲間だぞ!」
「安里先輩に殺意を持つ者はアージェント王国の王女であっても私たちの敵なのよ。なんならいっそ、アージェント王国自体を滅ぼしてしまってもいいと思っているぐらいよ」
「それじゃ、俺たちの方が裏切者じゃないか!」
「それで私たち3人が魔力を最大まで練り上げたら、エリザベート王女も魔力を最大まで引き上げたのよ。それを見たルカが安里先輩にすがり付いて「みんなを止めて」って泣き出したの。それで先輩がルカとエレナに「3人で魔力全開でバリアーを展開するぞ」と言ったら、エレナがすごい幸せそうな顔でフルパワーの護国の絶対防衛圏を発動させたの。それで教会が木っ端みじんに吹き飛んでしまって」
「そりゃあそんなことしたら、あんな古い教会なんかあっと言う間に木っ端みじんに」
「そして突然、辺り全体が巨大な魔法陣に包まれて、私たちをここに転送してしまったのよ」
「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・え、それで終わり?」
「そう、終わり」
二人の説明で俺たちの戦いの様子は分かったが、誰がここに転移させたのか、そしてここがどこなのかは全く分からない。だが俺が一瞬考えた、エリザベート王女裏切者説は誤解だったようだ。
だが俺たち以外に誰もいなかったところをみると、転移魔法は何らかの魔術具が作動した結果とみるべきだ。そうするとわからないのが、誰が何の目的であんな朽ちかけた古い教会の礼拝堂に罠を仕掛けたのか。
・・・さっぱり分からん。
だが、こんなところで考えていても答えが見つかるわけでもないし、早くフリュたちを救出して、ここから脱出しなければ。
まずは自分たちを閉じ込めているこの殺風景な地下牢から脱出するため、俺は剣に魔力を集中させて鉄の扉をこじ開けようとした。
・・・しかし、何も起きない。
「・・・バカな、魔法が使えない。属性魔法どころか無属性魔法も何もかもすべての魔法が」
「そうなの。私も色々試してみたんだけどダメだったわ。フィリアも同じよ」
「ご主人様、このフィリアめもお役に立てませんでした。申し訳ございません」
「そうか、見た目じゃ分からないがきっと俺たちにもフリュたちと同じように、魔法を完全に封じ込める結界が張られているんだ」
そして俺が途方に暮れていると、扉の外でドタバタと人が走りまわる音が聞こえた。そして鉄の扉がゆっくり開かれると、扉の外にはたくさんの帝国軍兵士が整列しており、地下牢の中に入ってくると、俺たちを包囲してしまった。
本来ならこんな兵士たちは魔法で蹴散らすのだが、今は一切の魔法が使えない。純粋な身体能力と剣技のみでは、数十名はいるであろう兵士たち相手に勝ち目などない。
・・・俺は降伏して、敵の縄についた。
手錠をかけられた俺たち3人は、地下牢から出されてどこかへと連行されていく。
螺旋階段をどんどん上に登っていくのだが、相当深い地下に居たらしく、かなりの段数を登ってようやく地上にたどり着いた。そこから一度外に出て再び別の建物の中に入ると、今度は長い廊下を奥に進んで立派な扉の前に立たされた。
「さあ、ここに入れ!」
兵士が俺たち3人を部屋に押し込むと、扉の鍵をガチャリと閉めた。
部屋の奥には立派な執務机が一つあり、その大きな椅子に腰掛けた一人の老紳士がこちらを見ていた。
そしてニヤリと笑って、
「アゾート・メルクリウス伯爵。我がブロマイン帝国軍本部へようこそ」
「なっ!」
俺の正体が帝国軍にバレている!
しかもここが帝国軍本部ってことは、俺たちは帝都に戻されてしまったのか。
想定外の事態に俺が呆然としていると、その様子を楽しんでいるのか老紳士は黙ってこちらを見ていた。
「・・・俺の正体がバレているということは、地下につかまっている彼女たちのことも」
すると老紳士は、
「そうだな。あれはフリュオリーネ・アウレウス・メルクリウスと・・・後は知らんが、アージェント王国の王族の誰かだろう?」
フリュは知っているが、エリザベート王女のことは知らない? 帝国軍は俺たちについてどこまでの情報を持っているのか・・・あるいはこれもブラフか?
とにかく何かのヒントになるかもしれないから、この老紳士との会話を続けてみる。
「それで、俺たちを捕まえたまま生かしているということは、何か情報を吐かせようということだな」
「そう言うことだ。伯爵にはいろいろと聞きたいことがあるから、地下のフリュオリーネやそこの二人は、まあそのための人質というところかな」
「くっ・・・」
さっきから試しているがやはりここでも魔法が一切使えない。セレーネやフィリアも状況は同じらしい。このピンチを切り抜けるにはどうしても魔法が必要になるが、それが無理ならどうやって脱出するか。
「脱出を試みているなら、無駄な抵抗はやめておくことだな。ここでは魔法は一切使えない。それより早速聞きたいのだが、我が軍の補給基地を破壊して回っていたのはキミたちかな?」
「・・・なんだその質問は? 俺たちの正体がわかっているのにどうしてそんなことを聞く?」
「質問に質問で返すな。伯爵はただ質問に答えるだけでいい」
「なら愚問だな。そんなこと聞くまでもないだろう」
「では次の質問だ。どこから帝国に潜入した。伯爵がフィッシャー領の領都エーデルから消えた時期と軍港トガータが爆破された間が短すぎる。可能なのはダゴン平原を抜けるコースだが、キミたちは完全にマークされていて、アージェント方面軍の監視の目を抜けるのは不可能。国境の山岳地帯を越えて来たのならトガータへの到着が早すぎるし、海路の場合も同様だ」
「なぜ俺の動きをそんなに正確につかんでいる。たかが俺みたいな学生を監視する必要があるのか?」
「質問に質問で返すなと言ったばかりだろう。それに伯爵の質問こそ愚問だ。アージェント国王の名代として我が帝国への突撃部隊を任されたのだから、キミの動きをマークするのは当然だろう」
「・・・ボルグ中佐からの情報か」
「さあな。さて潜入経路を言わないとそこのお嬢さんが大変な目にあうぞ」
老紳士がそう言うと、後ろに控えていた帝国兵士の一人がセレーネの服を無理やり脱がそうとした。
「ちょっと待ってくれ! その娘にだけは手を出さないでくれ!」
だがセレーネは気丈にも首を横に振って、俺の言葉を遮った。
「安里先輩、私のことはいいのよ。だから絶対に言っちゃダメよ」
「観月さん・・・」
セレーネの言葉に俺は言いかけた言葉を飲み込む。だがそれを見た老紳士は、容赦なく兵士に命じる。
「やれ」
「やめろ! ・・・シリウス教国を経由した」
「シリウス教国だと? ・・・鎖国状態のあの国の魔導障壁を越えてか。どうやったんだ」
「シリウス教国総大司教に結界を解放してもらった」
「シリウス教国自らが結界を解放だと? ・・・それは絶対にありえん。ウソをつくな!」
次回、帝国軍の尋問にどう活路を見いだすか
お楽しみに




