第274話 ネオンの離脱
帝国の勇者部隊がダゴン平原に向かっているころ、俺たちはエリザベート王女たちと連携して、帝国内に点在する補給基地をこまめに潰して回っていた。
こうすることで少しでも魔石を減らして、ダゴン平原の戦いを王国有利に展開させるためだ。フリュとエリザベートのホットラインを起点として、俺とネオンとフィリアの3人が帝国東部を、エレナとルカが中部を荒らしまわっていた。
ルカの使用する土属性固有魔法・ライジングドライバーが基地の破壊に有効だと分かってから、エリザベート王女は使い勝手の悪いトールハンマーを封印し、自らは戦わず司令官のような立場に落ち着いていた。
そしてセレーネはというと、いつも声をかけようとする度にどこにも見当たらず、結果、一人家に残して行くことになるのだ。
どうも学校の友達と遊び回っているようなのだが、俺とセレーネは魔法が完全にかぶっているため、作戦行動で常に一緒にいる意味は特になく、全く問題はなかった。
それに俺は、セレーネの楽しそうな顔を見ているだけでとても幸せなので、彼女の事はもう放っておくことにしたのだ。
こうして一通りの破壊活動も終了し、俺たちは再びソーサルーラへと帰還した。
だが家に帰ると、セレーネがいなくなっていた。
ただ留守にしているのではなく、家がしばらく無人だったかのように、人が生活している感じがまるでしなかったのだ。
「観月さんが消えた・・・」
俺はパニックになり、ベッドの下やクローゼットの中、屋根裏から床下に至るまで、隙間という隙間を徹底的に探し回ったが、セレーネの姿はどこにも見つからなかった。
そしてそのまま家を飛び出した俺は、家の近所の路地裏、冒険者ギルドの飲み屋、セレーネが好きそうな美味しい屋台の裏も片っ端から探し回った。
だがセレーネが見つからないまま、辺りはだんだんと日が暮れ始めてきた。
そんな俺に付いてきたネオンが、
「ひょっとしたら、まだ学校にいるかも知れないよ」
「・・・そうだな。もう大分遅いから普通は帰ってきている時間帯だけど、まだ学校で遊んでいるのかも知れないし、ちょっと見に行ってみるか」
だが、魔法アカデミーはすでに門がしまっており、中には誰もいないと守衛さんに言われた。
「・・・ひょっとしたらまだ友達の家で遊んでいるのかも知れないし、少し家で待ってみるか」
「うん、それがいいと思う。せりなっちは強いから、心配しなくてもそのうちひょっこり帰ってくるよ」
「・・・だったらいいな」
だが俺が徹夜でセレーネの帰宅を待っていたにもかかわらず、翌朝になっても彼女は帰ってこなかった。
無断外泊・・・。
今までこんなことは一度もなかったのに・・・。
「まさか俺以外に男ができて、そいつの家に転がり込んでいるのでは!」
「それこそまさかだよ。あのせりなっちに限ってそれは絶対にないよ。でももしそうなっても、私がいるから別にいいじゃん」
「ダメだよ! もし観月さんがいなくなったら・・・この俺はもう・・・」
「もうっ! いいから早く学校に行こ。きっと友達の家に泊って、そこから元気に登校してるよ」
俺はネオンの言葉に一縷の希望を託し、急いで魔法アカデミーに登校した。
しかしまだ時間が早すぎたのか、水属性クラスには誰一人登校していなかった。しばらく時間をおいてからもう一度見に行くことにして、俺たちは自分の教室でそれまで時間を潰すことにした。
そして自席でボーッと座っていたら、ローレシアが教室に入ってきた。俺達がいるのに気がつき少し驚いた表情を見せたが、女王陛下らしく高貴なオーラを漂わせながらお淑やかにこちらに歩いてくると俺の隣の席に座り、いつものお嬢様言葉で話しかけて来た。
「お二人ともお久しぶりですね。しばらく学校を休まれていたようですが、またクエストにでも行かれていたのでしょうか」
「まあそんなところだ・・・」
このローレシアという女は、ブロマイン帝国の皇帝とも繋がりの深い敵幹部。俺の中では既に敵認定されている。
だがローレシアの方はというと、俺達の正体にまだ気がついていない。だから彼女に正体がバレないよう慎重に受け答えをしつつ、彼女からはできるだけ情報を引き出すのが俺の作戦だ。
さあてここからはスパイ戦だ。俺の巧みな話術で、どうやってコイツから情報を引き出してやろうか。
俺は頭をフル回転させて、ローレシアを誘導するための罠を考えていると、突然彼女の口から思わぬ情報が飛び出した。
なんとセレーネが、このローレシアの家に転がり込んでいると言うのだ!
「まじか・・・家に帰ってきたらセレーネがどこにもいなかったので、ずっと探していたんだ。でもまさかローレシアの家にいたとは・・・」
敵幹部の家に単身潜り込むとは、何と言う大胆不敵な行動! さすがはセレーネ、大物というしかない。
俺はセレーネが見つかった喜びと、彼女の行動力に対する称賛の念を抱きつつも、それと同時にとてつもない不安感にも襲われた。
・・・セレーネのことだ、人様の家でご迷惑をおかけしている可能性もある。
俺は恐る恐るローレシアに話を振ってみると、
「・・・実はわたくし、魔族を討伐するために出撃することになったのですが、同行するメンバーを探しているのです」
なん、だ、と・・・ついにこのローレシアもダゴン平原に出撃するというのか。だが次に続く彼女の言葉に俺はさらなる衝撃を受けた。
「・・・実はメンバーがひとり足りなくて、セレーネ様にそれをお願いできないかと」
「えーっ! せ、せ、セレーネを勇者部隊にっ!」
何がどうなってそんな話になるんだよ!
俺の頭が完全に思考停止状態になっているところ、ローレシアはその経緯を話してくれた。
どうやらローレシアは、セレーネのエクスプロージョンを見て勇者部隊の戦力になると判断したらしい。俺はセレーネの実力を隠すため、日本製エクスプロージョン用の魔術具を彼女から取り上げて、その代わりに帝国式エクスプロージョンを渡しておいたのだ。
そんなセレーネは、俺から新しい指輪が貰えたと、とても大喜びをしていた。
そこがセレーネが魅力的で可愛いところなのだが、セレーネは帝国式の呪文がド下手で、大した威力は出せないはずだった。
だがローレシアの言い方からは、相当な威力のエクスプロージョンが放たれてしまったようだ。
さすがはセレーネ、一族最強の火力バカである。
だが当たり前だが、セレーネを敵の勇者部隊に入れるわけにはいかないので、俺が丁重にお断りすると、ローレシアはガッカリして黙り込んでしまった。
だがその時、
「私がメンバーになってあげようか?」
ネオンだ。
俺がセレーネの入隊を断ったばかりなのに、まさかネオンが自分から勇者部隊に入りたいと、ローレシアに申し入れたのだ。
はあ? 何言ってんだ、コイツ・・・。
突然の展開に俺の頭が混乱して言葉を失っている間も、ネオンは淡々とローレシアと話を進めていく。
こ、これはマズイ!
「おい、ちょっと待てよネオン! お前、一体何を言ってるんだ! 勇者部隊だぞ!」
だがネオンは、
「この子が困ってるみたいだし、ちょっと手伝ってあげるだけだよ。しばらく留守にするから、後のことはよろしくね」
「全く意味がわからん・・・ネオンが勇者部隊って、お前頭が良すぎて、一周回ってバカになったのか?」
俺はネオンの考えていることが分からなくなりただ呆然と座り込んだ。その目の前では、ネオンが楽しそうにローレシアと話し込んでいた。
結局俺はネオンのことを信用して、勇者部隊に入ることを認めた。この教室ではさすがに何も聞かなかったが、ネオンにはきっと深い考えがあるのだろう。
そしてセレーネが無事なこともわかったので、午前中はそのまま学校の授業を受け、昼休みに水属性クラスに行ってセレーネを家に連れて帰ることにした。
水属性クラスの教室を覗くと、セレーネはちゃんと教室にいて、俺の姿を見つけるとこちらに駆け寄ってきた。そして、
「安里先輩っ! 私のことをずっと放っといて、一体どういうつもりなのよ!」
メチャクチャ怒っていた。
だけどセレーネの無事な姿を確認した俺は、ホッと安堵をするとまずはセレーネに平謝りして、これから一緒に家に帰ってもらうように頼んだ。
すると最初はとりつく島もないほど怒っていたセレーネも、
「もう・・・しょうがないわね。そんなに言うのなら家に帰ってあげてもいいわよ。その代わり私のことをもう放っておかないでね」
「もちろんだよ。それよりも早く家に帰って美味しいものでも食べよう。セレーネの大好きな肉料理をたくさん食わせてやるぞ」
セレーネは美味しいものに目がないのだ。だが、
「・・・うちって、美味しいものは何もないでしょ。だって料理ができる人が誰もいないし」
「え? セレーネは今までそんなこと気にしたことなかったじゃないか。一体どうしたんだよ急に」
「だってエミリーの家はすごいのよ! メイド軍団が何でもやってくれるし、料理もすごくおいしいのよ。ああいうのを貴族って言うのよね」
少し見ない間に、セレーネが贅沢になっていた。
「うちだって一応伯爵家だし、肉は食べ放題だぞ」
「そういうのじゃないの! エミリーの家の料理は、ちゃんとした味付けがされてるの! でもうちの料理は肉に塩をふっただけの簡単なものよね。それだと味にすごくムラが出て安定しないの!」
そして無駄にグルメっぽくなっている。
「うちにはメイドがいないし、自分達で料理を作っているから仕方ないよ。それに塩をふる人が変わると、肉の味が全く変わるからムラが出るのも仕方がない。あ、観月さんは絶対に塩をふらなくていいからね」
「・・・私がやると、少しだけ変な味になるのよね」
「ほんの少しだけな。それよりうちにはフィリアという期待の大型新人がいるじゃないか。マールほどじゃないけれど、今のメンバーの中ではダントツの塩ふり名人だ。今回の遠征であいつ、さらに腕を上げたぞ」
「え、フィリアがさらに腕を上げたの?! うーん、まあいいわ。仕方がないから家に帰ってあげるね」
夕食も終わって、みんなが自分の部屋へ戻った後、俺はネオンの部屋に向かった。部屋の中ではネオンが荷造りをしていた。
「おいクレア、お前一体どういうつもりなんだよ」
荷造りの手を止めると、ネオンは俺の方を見て、
「別に。しばらく留守にするから後はよろしく」
「よろしくって、お前どういうつもりで帝国軍の勇者部隊に入るんだよ。アルト王子が補給部隊に潜入しているのとはわけが違う。ダゴン平原で王国軍と戦うことになるんだぞ!」
「そうだね。相手にとって不足なしっ!」
だが俺の言葉には耳を貸さず、あっけらかんとガッツポーズをするネオン。
「・・・お前、何か狙いがあるのか?」
「まあね。今日のローレシアを見たら、ちょっと気になることがあって。・・・それにこれはわたしたちの未来がかかったことなのよ」
「何だよ、未来がかかったことって」
「・・・今回の帝国遠征ではここが勝負どころなのは間違いない。こんなチャンス滅多にないんだから」
「・・・そうか。お前が何を考えているのかさっぱりわからんが、俺はお前を信じるよ。なんたってお前は俺の分身ともいえる最高のパートナーだからな」
「うん、ありがとう安里君。愛してる」
「じゃあ、通信の魔術具を持っていけ。何かあった時にはすぐに助けに行くから」
「・・・いい、それはやめておくわ。今回の件は別に帝国軍のスパイをするのが目的じゃないから。それにそんなことをしたら、私を信じて連れて行ってくれるローレシアに申し訳が立たないよ」
「だけどお前・・・」
「その代わりに、認識阻害の魔術具を持っていくね。この前改造した特別製のやつ。何かあったらこれで身を隠すから平気だよ」
「そうか・・・くれぐれも気を付けるんだぞ。それから、王国軍には絶対に手を出すなよ」
「ふふっ・・・それはどうかな? まあ、私が直接は手を出さないとは思うけど、ちゃんとローレシアに味方してあげないと。だって仲間だし」
「出さないとは思うって、クレアお前・・・」
「心配しなくても大丈夫。絶対に悪いようにはしないから。・・・じゃあ私は準備が出来たらこのままローレシアの所に行くね」
「ああ、わかった。頑張れよ・・・クレア」
次回、ネオンがいなくなった新勇者パーティーがとった作戦行動とは・・・
お楽しみに




