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第28話 フェルーム領防衛戦

 8月9日(水)晴れ


 部隊の立て直しを終え、指令部では作戦の最終確認が行われていた。


「フォスファー軍を3つに分けます」


第1軍、フォスファー騎士団200

    スキュー騎士団600

第2軍、アラモネア騎士団450

    サラース騎士団300

第3軍、アウレウス騎士団2600


「第1軍がフェルーム領侵攻、第2軍がゴダード領侵攻、第3軍がスカイアープ渓谷通過です」


 先日の勝利に酔いしれた貴族たちは、興奮して気炎をあげている。


「我がスキュー家に復讐の機会を頂き、姫様には感謝の言葉もありません」


「我が婚約者どのの義理深さが理解できたのなら、今後一層ボロンブラーク家に忠誠を誓うように」


「ハッ」


「しかしフリュオリーネよ。私の部隊は第1軍ではなく第3軍としてスカイアープ渓谷を通過しボロンブラーク城を攻め落とす方がよいのではないかな。フェルームと対峙するのはやはりそなたの騎士団の方が」


「この内戦は城を落とすのではなくサルファー様を討つことが目的です。そしてフォスファー様自らがそれを行ってこそ、だと存じますが」


「そ、それもそうだな」


 戦いの前面に立つのに及び腰だったフォスファーだったが、フリュオリーネの説得に一応納得した。


 フリュオリーネが話を続けた。


「第3軍がスカイアープ渓谷を通過するまで3日を要します。通過後は第3軍が領都を制圧した上で、第1、2軍と連携して包囲作戦をとります。つまり最低でも3日間は、敵騎士団を領地に縛り付けて、自由に行動させないようにしてください。それから、」


 フリュオリーネは、ザッパー男爵を見て言った。


「私も第1軍とともにフェルーム領へ向かいます。それで兵を200ほどお貸しいただけませんか?」


「姫様・・・」


 ザッパーは心配そうな目でフリュオリーネを見たが、その真っ直ぐな眼差しを見て、頷かざるを得なかった。


「了解しました。だが無理はなさらないでください」


「わかっているわ。これは私のワガママ。だから命をかけることはないから安心して」


「くれぐれも」


 ザッパーは膝をついてフリュオリーネに敬礼した。




「これが大砲・・・」


 フリュオリーネは捕獲した3基の大砲を見て感嘆した。


 情報としては知っていたが、実物を見るとやはり違う。この重量感、この構造。どこからどのような着想を得たら、このような物を作れるのか。


「これは誰でも使えるの?」


「難しいと思います。エクスプロージョンが使える魔導騎士がいればあるいは」


 フェルームだから、ということか。


「これを1基、お父様のもとへ送り届けてちょうだい」





 8月10日(風)晴れ


 サルファー軍は一旦フェルーム領に撤退し、軍の立て直しを図っていた。


 現有戦力は以下の状況である。


サルファー騎士団 500

フェルーム騎士団 350

ワイブル騎士団  50

ゴダード騎士団  400

モジリーニ騎士団 400


「ワイブル、ゴダード、モジリーニは自分の所領の守りに戻すべきだな」


「サルファー騎士団はどうする?」


「フォスファー軍がどうでてくるかわからないので、ここに残ってフェルーム防衛に協力するか」


「いや、彼らはスカイアープ渓谷を抜けて来るのでは。追撃した方がよいのでは」


 サルファーと当主たちの議論が続くなか、伝令からの報告が飛び込んできた。


「来ました!フォスファー軍です。その数およそ1000」


「1000かまずいな、敵の数が少ない。数の有利を活かして各領地に散ったな」


「ああ。ゴダード、ワイブル、モジリーニはすぐに領地防衛に戻れ」


「わかった。健闘を祈る」


 それだけ言うと3人は慌ただしく指令部を立ち去った。


「サルファーはどうするのだ?」


「敵がスカイアープ渓谷を通過することに備えて、西側で待ち受けようと思う」


 ダリウスは「うむ」と思案し、


「いやここに残った方がいいだろう。お前さんの命が目的なので、向こうからやってくるはず。騎士団としてまとまっていた方が、まだ勝てる可能性はある」


「そうだな。では微力ながら領地防衛をお手伝いする」





「今日はお疲れ様でした」


 フリュオリーネは一日の戦いを終えて、フォスファーとスキュー男爵に労いの言葉をかけていた。


 初日は軽く当たってみて、相手の出方を観察した。


 騎士領なので城壁はそれほど強固なものではないが、大砲に似た原理の小型の射出兵器は驚異ね。


 殺傷力や取り回しが弓とは段違い。あれを撃たれたら城壁には近付けない。ただ100程度しかないので、全周を守りきることはできない。突破は可能。


 あとは、場内に侵入した際のサルファーの討ち取り方だが、兵の数で圧倒できなければ、魔力勝負による直接対決もありうる。


「フォスファー様。フェルーム領に突撃する際の作戦を立てたいので、魔法属性をお教えいただけないでしょうか」


「私も突撃するのか?」


「そのように考えておりますが、サルファー様をこちらに引き込んで倒す方がよろしいのでしょうか?」


「あ、いや、そうだなできればその方が助かる」


「で属性は?」


「水、風、土だ。すべて上級魔法まで使えるぞ」


「大変素晴らしいです」


「であろう。魔力に関してはあの兄よりも才能があるからな」


「私は水のみだ。申し訳ない」


 スキュー男爵が頭を下げた。


「とんでもごさいません。心強い限りです」


「そ、そうか。よし私も張り切ってフェルームのやつらをこらしめてやるかな」


 魔力の絶対量が不足しているわ。それに属性も足りないわね。火と光か。そこはお父様の騎士団の魔導騎士に何人かいたはず。


 いずれにせよ援軍の到着まで、このままの状態を維持する方針は変わらない。





「今日は様子見といった感じだったな」


 指令部ではサルファーと当主たちが作戦の検討をしている。俺はそれをボンヤリと聞いていた。


「向こうはゆっくり時間をかけて、スカイアープを通過した増援が来るのを待てばいいから、焦ってないのだ」


「その点我々には時間がない。こちらから出向いてフォスファーを倒してしまうか」


「あの臆病者のフォスファーの事だから、護衛騎士で周りを固めているに違いない。どうやって向こうの守りを突破するかだが、いい方法あるのか」


「魔法による力業が手っ取り早いが、フォスファーにたどり着くまでに魔力を使いきってしまっては、肝心のヤツが倒せない」


「じゃあこっそり夜に忍び込むとか。変装して潜り込むとか」


「バカなこと言ってないで、真面目に考えろ」


 戦略的にはかなり不利な状況に追い込まれており、我々は今のところフォスファーを倒すことでしか勝ちはなさそうだ。援軍も見込めず時間が立つほど不利になる。どうせ負けるなら、早くギャンブルに出た方がマシ。


 打ってでるか、領内に引き入れるかどちらがいいか。俺は思いついたことを提案してみることにした。


「明日、城門を開けて放って、敵軍にご自由に入ってもらいましょうか。早めに勝負するなら、我々に有利な場内で決戦したほうがまだましなので。罠を仕掛けましょう」


 諦めのような嫌そうな表情をする首脳陣。


「仕方がないが他に策がないならやってみるか。だが、あの腰抜けのフォスファーがのって来るとは思えんが」


 腰抜けなんだ。


「じゃあ、腰抜けって煽ってみる」


「ガキのケンカじゃあるまいし」


「跡目争いなんて、所詮ただの兄弟ゲンカじゃないか」


「こらアゾート。言い方。もっと貴族らしく間接的に言え」


「容赦がないな二人とも。まあそうだな、確かにガキのケンカだ。うまく行くかわからんが、頑張って煽ってみるさ」





 8月11日(土)晴れ


「おいマール。アゾートたちと連絡とれたか?」


「それが夏休み入ってから全然。なんかみんなバタバタしていて急がしそうだったの。ここ2週間ぐらい誰の顔も見てないし」


「そうか。あいつが好きそうなダンジョンがあったから、折角誘おうと思ったのに」


「じゃあ、直接会いに行ってみる?フェルームの当主様も、今度遊びにおいでって言ってくれたし」


「そうなのか?じゃあ、今から行ってみるか。こっそり行って驚かせてやろうぜ」


「面白そうね、行こう!」





「城門が開いている」


 まさかこんな大胆な作戦を立ててくるなんて。誘い入れれば絶対に勝てる自信があるということね。


「フォスファー様、誘いに乗ってはいけません。援軍の到着まで待つのがよろしいかと」


「そのとおりだ。あんな見え透いた作戦に乗るバカは、この世にはいない」



 その時、城門の上に一人の男が立った。


 サルファーだ。


「そこの臆病で弱虫のフォスファーよ聞こえているか。お前にこのお兄様を超えるチャンスを与えてやろう。男ならこの門を通ってフェルームの館まで来てみるがよい。それとも僕ちゃんはフリュオリーネお姉様のスカートの中から出たくないのかな。そうだろう、そうだろう。ムッツリスケベなお前にはそこが一番相応しい場所だからな。だが、その足りない頭でよく考えてみるんだ。このままこの戦いに勝利しても、すべてアウレウス伯爵のおかげ。お前は一生その女の尻に敷かれて、誰からの尊敬も受けられず、惨めな一生を終えることになるのだ。いい気味だ、フハハハハ」


「グヌヌヌヌ。言いたい放題に、よくも・・・・!」


「それからそこの裏切り男爵。そもそもお前が派閥を抜けたせいで内戦が始まったんだ。この疫病神め。それでいて内戦で負けて、領地も名誉も失って。バカな当主を持つと分家や家臣も大変だな。やれやれ。ああそう言えば、お前の所のバカ息子、フェルームの分家の息子にすら手も足も出なかったそうだな。コテンパンに負けて、学園から追い出されたそうじゃないか。パパーママー助けてーってか。ハハハハ。さすが裏切り男爵は息子も恥さらしだな。親子二代でフェルームに手も足も出ずか。あ、そう言えばお前名前何だっけ? ニヤニヤ」


「言わせておけば、サルファーの野郎。全員突撃!」


「「「おーーー!」」」


「待ってください、みなさま。そんな見えすいた挑発に乗らないで!」




 怒りに震えたフォスファーとスキュー男爵の号令により突撃を開始したフォスファー軍は、領内に橋頭堡を築き始めた。


 サルファーは城門から飛び降りると、下で控えていたアゾートとともに、一目散に領地内部へと逃げ出した。


「みんなのところへ戻りましょう」


「わかった、急ごう」


「しかし、よくあんな酷い挑発を思いつきましたね」


「悪口は苦手なんだが、あれでも一晩中頑張って考えたんだよ」


「一晩中あんなセリフを考えていたなんて、残念王子って感じで、好感が持てますね」


「残念王子?」


「最初は人の婚約者を横取りしようとするいけすかないやつだと思ってました」


「君は主君に対する尊敬の念はないのか?」


「横恋慕した挙げ句戦争まで起こした人間に尊敬できる要素を見つけろという方が無理だと思います。でも何事にも一生懸命だし、それが空回りした残念王子だと思えば、一周回って逆に好感は持てます」


「君はもう少し貴族らしく、間接的な言い方を身に付けるべきだな」


 俺たちはため息をつきながら走っていると、向こうの方から聞き覚えのある呼び声がした。



「おい、久しぶりだなアゾート!」


「ダン!マールも!」


「最近みんなに会えなくて、退屈だったから遊びに来ちゃった。って生徒会長もいる? なんか珍しい組み合わせね」


「そうだよ。なんでアゾートと生徒会長がふたりでこんなところ走ってるんだ。なんかのトレーニング?」


「そんなことより、二人ともどうやってここに入ってきたの」


「普通にギルドの転移陣で。でも今日ギルドには誰もいなかったんだ、みんなどこ行ったんだろう」


「そうか転移陣か。これで侵入される危険性があったんだ」


「それよりここで何してるの、アゾート」


「何って、戦争?」


「「せ、戦争?」」


 俺は「ほれっ」と後ろをみるよう促した。


 遠く城門付近では、フォスファー軍が次々に侵入を果たし、それを迎え撃つサルファー軍が徐々に後退を余儀なくされている。


「「どわーーっ!何やってんの、この人たちは!」」


「だから戦争だよ。せっかく来たんだから、手伝っていってくれると助かる。何ならクエストということでも構わないぞ。報酬はここにいるサルファーが払うはずだ」


「「気軽に言うなアホ!」」


 ダンとサルファーが同時にツッコミを入れた。


 なお、敵兵に押されているのは実は演技であり、我々の準備した防衛地点まで、彼らに侵入してもらうのが目的だ。


 町の領民はすべて屋敷に避難させているので、思いきって戦える。





 決戦の部隊はここ、中央広場だ。


 領民の憩いの場であり、普段は露店が立ち並び賑わっている場所だが、今日は当然人はいない。


 そしてなぜか、ここで貴族の名誉をかけた一騎討ちを行うことになってしまった。ん?



 というのも、うまく敵を引き入れたまではよかったのだが、俺たちがまさにここから反撃に移ろうかというタイミングで、敵兵の中から真っ赤な顔で怒り狂ったスキュー男爵が登場し、決闘を申し込んできたのだ。


 戦争なのでそんなのに応じる必要は全くないと俺は思うのだが、この世界の常識では貴族の名誉は何よりも重んじられるものらしく、申し出は受けて立つのがマナーだそうだ。


 これを受けずに勝ったとしても、不名誉な勝利として貴族社会で侮られるそうで、結局サルファーが決闘を受けてしまったのだが、本当に勝てる見込みがあるのだろうか。


 名誉なんかどうでもいいと反対していたのは俺だけだった。いやフリュオリーネも、ため息をついてガックリ肩を落としている。ここだけはなぜか気が合うな。




 そう言えばフリュオリーネと会うのはあのサマーパーティー以来か。学園では会えばいつもケンカばかりしていたが、こうして戦争で敵として対決することになるとは、今でも信じられない。



 フリュオリーネ、少し雰囲気が変わったな。




 さて決闘のメンバー表である。


 サルファー軍代表


大将 サルファー (水、風、土)

中堅 セレーネ  (火)

先鋒 アゾート  (火、土)



 フォスファー軍代表


大将 フォスファー  (水、風、土)

中堅 フリュオリーネ (水、風、雷、闇)

先鋒 スキュー男爵  (水)




 学園内の下馬評ではセレーネと同格以上と噂されていたフリュオリーネ。


 結局2年生魔法団体戦では対戦することがなかったこの二人。


 まさか、こんな形で対戦が実現するとは思わなかった。



 サルファーよりも魔力が上との評価が高いフォスファーも不気味な存在だ。


 腰抜けともっぱらの評判だが、サルファーも努力が空回りする残念王子である。勝敗の行方が全く読めない。



 しかし、こんなことで戦争の勝敗が決するとは。


 なにがどうして、こうなった?





 戦いの口火を切るのは、先鋒の俺vsスキュー男爵だ。



「まずは俺が行こう」


 ジャ○プの王道バトルマンガのように、俺は名乗り出た。


 このセリフ、一度言ってみたかったんだ。



戦いがおかしな方向へ


これ大丈夫なのか

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決闘より大砲が向こうに渡ったことの方が怖い…。
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