第267話 勇者ヤーコブの実力
街の中では魔導騎士が住民に対して魔法を撃ちまくっているが、街の外でも帝国軍と騎士団の戦いがすでに始まっていた。
街に突入し住民を助け出そうとする帝国軍に対し、それを阻止しようと街の周りを取り囲み帝国軍の侵入を阻止しようとする騎士団の攻防だ。
その帝国軍は歩兵が2000なのに対し、騎士団は全て騎兵の3000だ。
戦力不足で街に突入できない帝国軍は、それでも街の住民を守ろうとマジックジャミングを作動させているのだが、魔石が足りていないのかその効果が弱く、魔導騎士が放つ強力な魔法を防ぎ切れていなかった。
勇者ヤーコブは、まずはマジックジャミングを作動させるのが先決と判断し、魔導騎士を無視して帝国軍に合流した。
勇者部隊とともに帝国軍の司令部に到着したアルト王子は、魔導騎士たちのあまりの暴虐に怒りにうち震えた。
「これじゃあどちらが悪の帝国か全くわからないな。今の僕は完全に帝国軍の味方だよ!」
「・・・本当に申し訳ございません」
「ところで、魔導騎士たちの顔は判別できたのか」
「いいえそこまでは。ただ遠目からも、うちの親族と配下の貴族家の者であることに間違いございません」
帝国軍司令官との話を終えた勇者ヤーコブは、アルト王子たちが運んできた魔石の一部を彼らに渡すと、帝国軍が保有する大型の魔術具・マジックジャミング発生装置に投入し、起動させた。
ブオオオーーンッ!
途端、マジックジャミングの出力が一気に上昇し、街で暴れまわっていた魔導騎士の大半はその魔法を封じ込められてしまった。
「これが帝国のマジックジャミングか。出力もそうだが、街中に集中してジャミングを発動できるとは。初めて作動させるところを見たが、やはりすごいな」
「でもまだ何人かの魔導騎士は魔法が使えているようです。このマジックジャミングをはねのける魔力は、おそらくテトラトリス家直系の親族かと」
その時勇者ヤーコブが部隊全員に向かって叫んだ。
「みんな、これが俺たち勇者部隊の初陣であり、その相手は我が帝国に侵入し、何の罪もない人々に暴虐の限りを尽くす魔族どもだ。そしてやつらの中にはマジックジャミングが効かない魔将軍クラスも、複数個体確認できた。魔界の境界門での戦いの前哨戦としては、相手にとって不足なし!」
「おーし、いっちょやってやるか!」
「いいか。敵は女子供までも無残に虐殺する魔族だ。シリウス神の御名において、奴らに正義の鉄槌を食らわせてやるんだ!」
「ああ、あいつらは絶対に許せん。俺たちの手で全員地獄に叩き落すぞ!」
「よし、突撃だ! 全員この俺に付いてこい!」
「おーーーーっ!」
勇者部隊24人は街に向かって突撃を開始し、敵騎士団の直前まで近付くと、闇属性魔法・ワームホールを使って一気に街の中に転移した。
敵騎士団を跳躍して街の入り口に到着した勇者部隊は、街の広場で暴れまわる魔導騎士たちに向かって再び走り出す。そして広場に近づくにつれ、彼らの顔が次第に判別してくる。
勇者部隊の最後方で、アルト王子が隣のジューンに確認する。
「ジューン、あの真ん中にいる魔導騎士は確か」
「はい、私の兄のダイム・テトラトリスで間違いございません。他にも伯母や叔父など親戚筋の中でも不遇を囲っていた人たちがこぞってここにいます。しかしあの目、完全に我を失っていますね」
「そうだな。僕たち王族は戦闘経験などないから、彼らも慣れない戦いの中で、精神的に追い詰められていたのかも知れないな。だがあの目は最早、殺戮を楽しむ殺人狂のようだ」
「ああなってしまっては、もう終わりでしょう・・・ここにいるのは侯爵家の本家、分家、臣下の中級貴族たちと魔力の強い下級貴族、およそ全ての魔導騎士が集まっております。おそらく数十名」
「テトラトリス侯爵家の者にはアージェント国王から討伐命令が出ている。逮捕するか殺害の対象だ。一方中級貴族以下の魔導騎士については、罪状次第だが助けてやることはできた」
「でもあの様子では・・・」
「ああ、最初はジューンの説得に応じれば情状の余地もあるかもしれないと僕は考えていたが、この状況を見て考えが変わった。ここにいる魔導騎士は全員生かしてはおけない。もしジューンが嫌なら、ここからの作戦には参加しなくていい。俺とミカとモカの3人でやつら全員を始末する」
「いいえ大丈夫です。わたくしも兄たちと戦います」
「・・・無理はするなよ」
そして広場に到着し、勇者ヤーコブ率いる勇者部隊が魔導騎士たちの前に立ちはだかると、それに気が付いたジューンの兄である新領主ダイム・テトラトリスが勇者部隊をギロリと睨みつけた。
「何者だ貴様らは! 外の帝国兵どもとは少し違うようだが、名を名乗れ!」
「俺は勇者ヤーコブ! そしてわれらは人類の希望、勇者部隊だ。貴様こそ名を名乗れ!」
「よかろう。我はテトラトリス侯爵家当主ダイム! この地を統べるためにやってきた、君たちの王だ!」
「王だと? ふん、たかが魔将軍クラスのクセに魔王を名乗るとは片腹痛い! ダイムとか言ったか、貴様の命も今日で終わり。この勇者ヤーコブが貴様ら全員を冥界に送り返してやるわ!」
「ほざけ! 何が勇者ヤーコブだ。貴様ごときが勇者を名乗るとはこちらこそ片腹痛い! 貴様らこそ我が魔法の餌食にしてくれる!」
こうしてテトラトリス家の魔導騎士と帝国勇者部隊との戦いが幕を開けた。
アルト王子はいつでも参戦できる準備をしつつも、まずは勇者ヤーコブの戦いぶりを観察した。勇者部隊の実力を測るのにテトラトリス侯爵家をぶつけてみるのが丁度いいからだ。
その勇者ヤーコブ、魔力はやはり新領主ダイムを越えており、しかも7属性のすべての魔法を使用でき、多彩な攻撃魔法でダイムを翻弄し続けた。
そして勇者部隊に目を移せば、魔法盾役はしっかりと機能していて、ダイムや他の魔導騎士の放つ魔法をことごとく跳ね返していった。
そして物理盾役や各種アタッカーも、マジックジャミングで魔法を無力化された魔導騎士たちの物理攻撃を防ぎつつ確実にカウンター攻撃を入れており、周りの騎士たちを十分に牽制できていた。
支援部隊は彼らにバフを与えたり、携帯型のマジックジャミング発生装置で、ジャミングの細かな強弱を調整し、敵の魔法を無効化しつつ、こちらの攻撃が通るようにしている。
そんな彼らにマジックポーションや魔石を与えたりするのがアルト王子たち補給担当の仕事だ。ここまで勇者部隊24人は完璧に機能していた。
最初は優勢に始まっていた勇者部隊の戦いは、だがその勢いを徐々に失って行き、戦況は一進一退を繰り返すようになってきた。
理由はとても単純で、テトラトリス家の魔導騎士の数が多すぎたのだ。
確かに勇者の魔力が突出しているものの、魔力の総量では魔導騎士たちの方が多いため、マジックジャミングの出力を高めに調整する必要があるのだが、そうすると魔石がすぐに消耗する。また、勇者ヤーコブや魔法アタッカーたちの魔法攻撃強度も落ちてしまい、魔導騎士に有効ダメージを与えにくくなってしまう。
だからと言ってジャミングの出力を落とすと、当然ダイムたちの魔法攻撃も強力になり、下手をすると他の魔導騎士たちの魔法まで通り始めるようになる。
つまり少数精鋭の勇者部隊でも、圧倒的多数の軍勢の前には数の論理で対抗するのが厳しかったのだ。
「ジューン、ここまでの展開をどう思う。勇者ヤーコブはテトラトリス家の誰よりも強く、勇者部隊も完ぺきに機能している。しかし」
「彼らもこれが初陣のようですし、このままの状態が続けば魔石切れで撤退を余儀なくされるでしょうね。そして今の戦力では、魔石切れまでにお兄様を倒すことは難しい。なぜなら勇者ヤーコブは魔力こそ強いものの切り札となる強力な大魔法は持っていない。あの焦りの表情からも、何かを隠し持っているとは思えないし」
「だな。おそらくこのまま戦いを続けたら撤退と言う判断が下されるだろう。だが僕はアージェント王国の王子としてここでダイムを見逃すわけにはいかない。勇者に代わって僕たちが前面に出て戦おう」
「だとしたら今が頃合いかと。これから聖属性魔法・メモリーリライトを使います。この一帯にいる全ての人間は、これから30分間の間に起こるすべての出来事を記憶から完全に失います」
「いつものあれだな。しかし聖属性魔法って本当に便利だよな。聖女の力って本当にすごいよ」
「クレア様からもっとたくさん教わりたかったのですが、最初にこの魔法を教えて頂けたのは本当に良かったと思います。さすがはクレア様ですね」
そしてジューンが聖属性魔法の詠唱を始めた。
その詠唱は普段使っている属性魔法とは異なる雰囲気の別の古代魔法言語で奏でられ、聖属性魔法という言葉にふさわしい荘厳な調べだった。
ジューンの歌うような長い詠唱が終わると、この街全体や周辺にいる騎士団、帝国軍をもカバーするような巨大な魔法陣が上空に浮かび上がった。そして、
【聖属性魔法・メモリーリライト】
ジューンが魔法を唱えたとたん、魔法陣から神の降臨を思わせるような神秘的な光が降り注いだ。そのあまりに神々しい光をその身に受けた人々は、勇者部隊であっても、テトラトリス家の魔導騎士であっても、そして街の住民や騎士団、帝国軍の兵士たちも、一瞬戦いの手を止めて光が降り注ぐ上空を見つめた。その中には地面に膝をついて神に祈り始める者も少なくなかった。
「相変わらず、ジューンのこの魔法は神々しすぎる。この僕も毎回跪きたくなるからな。でもみんなはこの光を見たこと自体、30分後には完全に忘れているんだけどな」
「一人の人間にニセの記憶を送り込む時は、わたくし一人分の光で済むので、隠すこともできるのですが、全員の記憶を同時に操作する場合はどうしてもこうなってしまうのです。でも魔法を使うたびに人々に跪かれるのは、少し勘弁していただきたいですね」
「全くだ。・・・よし、ではそろそろやるか。僕たちの使える時間はたったの30分。その時間内で全てを終わらせてしまうぞ!」
「「「了解っ!」」」
次回、決着
お楽しみに




