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第27話 スカイアープ平原の攻防戦

 8月7日(闇)雨


 サルファー陣営の思惑どおり、スカイアープ渓谷の東側に広がる平原において、両軍合わせて8000人規模の会戦が始まろうとしていた。


 ゴダード子爵領の突破を目論んでいたフォスファー軍は、その目標をフェルーム騎士爵領に変えた。


 そして進路を北に変えたフォスファー軍は、間もなくスカイアープ平原の南端に到達する。





 スカイアープ渓谷の反り立った崖の上、平野が一望できる場所にズラっと並んだ大砲の砲台30基。


 フェルーム騎士団砲兵隊が狙うのは、眼下の平原に誘い込まれるであろう敵騎士団であり、ここから敵の頭上に砲弾の雨を降らせるのである。


 砲兵隊のメンバーは33名。うち30名は大砲の運搬や整備、砲弾の装填を行う整備兵であり、残り3名が砲撃主である。


 その3名とは、セレーネ、その母・エリーネ、アゾートの母・マミー、フェルーム騎士団の頂点に君臨する魔導騎士たちが、ここに勢ぞろいしている。


 エクスプロージョンが放てるほどの高位の魔導騎士は、どうしても当主一族に近しいものしか務まらないのだ。


 そんな高位の魔導騎士たちが、作戦会議を始めた。



「この間アゾートと二人でアラモネア子爵領までお泊まりしてきたそうね。何か進展あった?」


「何もないわよ!遊撃戦に行っただけなんだから!お母様やめてよそういうこと言うの!」


「そうよね。あの子ホントに意気地無しだから、セレーネちゃんに手なんか出せないわよ」


「あのお義母様、本当にそういうのではないのですが」


「そんなにモタモタしてたら、ネオンにとられちゃうわよ。あの娘アゾートのためならなんだってやるんだから」


「だったらセレーネちゃんは、サルファーの所に嫁いじゃえば。うちのアゾートなんかよりずっと素敵よ。伯爵だし」


「もうやめて!お願いだから、真面目に準備してよ!もう!」






 俺はネオン、親衛隊とともに、マジックポーションをがぶ飲みしながら昼夜を惜しんで別動隊を作成していた。



  【ロボット】ゴーレム



 土属性・中級魔法ゴーレム。


 本当はわりと長い呪文なのだが、いま判明しているフレーズは【ロボット】のみ。


 ゴーレムでロボットとは、いい得て妙である。



「夏休みに入ってからずっとゴーレムばかり作らされて、もう嫌!」


「ネオン。しゃべってる暇があったら、一体でも多くのゴーレムを作れ」


 俺たちが作っているのは、騎士の形をしたゴーレムだ。


 動きも単純で、前後を行ったりきたりするだけ。


 敵に攻撃をしてくれる訳でもない。


 性能よりも数が必要なので、これで十分なのだ。


 そんなゴーレムに、戦場で拾った武器や防具を取り付けているのが、ネオン親衛隊の皆様である。


「こんなにたくさんのゴーレムを作って、どのように使うのでしょうか」


 親衛隊の一人、アンが首をかしげている。


「俺たちがやっていた陽動作戦は、敵の戦力を削るだけではなく、フェルーム騎士団が東に大きく進軍しているように見せかけることも目的だったんだ。それでこの偽物の騎士団をこうして使って、相手を騙すんだよ」


「へー」


「俺たちがここから魔法を撃てば、なんか本物っぽく見えるだろ」


「おーー、アゾートって何を考えてるのかよくわからない人だったけど、ちゃんと考えてるんだ。さすがネオンのお兄様ね」


「さす・・・・・」


「でもゴーレムって、なんか不気味で気持ち悪いね。なんでこんなのが動くの」


「ほんとほんと。なんか嫌ね」


 ゴーレムはどうやら女子には不人気らしい。俺的にはカッコいいと思うんだけどな。


「だけとお前たちに渡したその銃もゴーレムだぞ」


「「「えーーっ!」」」


 全員が一斉に銃を放り出した。ひどい。


「銃弾を装填する機械部分が複雑すぎて手で作れないので、ゴーレム魔法を少しいじってそれっぽくしてあるんだ。みんなには内緒だそ」


「みんな聞いてくれ。アゾートはほんと酷いやつなんだよ。みんなが少佐と訓練している間、武器庫にこもって、何日も何日もゴーレム魔法ばかり無理やり使わされてたんだよ」


「じゃあ、この銃ってネオン様がお作りになったの?」


「親衛隊の分は僕が整備したよ」


「「「っ!」」」


 全員が一斉に銃を大切に抱き抱えた。


 俺は胃の辺りがキリキリするのを感じた。





 サルファー率いる兵数1000の主力部隊を中心に、ゴダード騎士団700、モジリーニ騎士団700、フェルーム騎士団500、ワイブル騎士団100の総勢3000の兵力のサルファー軍が今、スカイアープ平原北側に布陣し、フォスファー軍をまさに迎え討とうとしていた。


 朝から降り始めた雨が、昼過ぎには本降りに変わり視界を悪くしていた。だが総勢5000の大軍勢の出現を見間違えるものなど、どこにもいなかった。


 堂々たる威容をもってゆっくりと前進するフォスファー軍との決戦は、まずは歩兵同士によるオーソドックスな闘いから始まった。




 全体を見渡せる位置に布陣した指令部には、軍全体の作戦立案と各騎士団レベルの運用の落とし込みを行うため、各貴族家の当主クラスが詰めており、ここで決められた作戦は、早馬によって各騎士団への指示が伝えられる。


 フェルーム家の場合、指令部には当主ダリウスが詰め、フェルーム騎士団の総指揮はアゾートの父ロエルが担当している。


 その中でもアゾートは、銃装騎兵隊100の指揮を任され、ある程度自由に動ける遊軍としての運用が認められていた。


 さて指令部では、


「膠着状態だな。兵数が少ない分うちがじり貧だが。あいつらを何とか渓谷の方に押し込めないのか」


「そろそろアゾートに例の偽装部隊で威嚇してもらいますか。いまならちょうどいい位置にいるはずです」


「そうだな。連絡を頼む」





「指令部から連絡が届いた。俺たちの出番だ。ネオン、それから親衛隊のみんな。ここからは俺の指示の通り動いてくれ。まずはゴーレム部隊の先頭に立って、威風堂々と前進だ。行くぞ!」


「「「おーーー!」」」





 フォスファー軍の指令部では、フリュオリーネが戦況をみていた。


 ここまでは教科書通りの展開で特筆すべきものはなにもなかった。このまま行けば我が軍が数で押しきることになるのだが、そろそろ向こうも手を打ってくるころか。


「姫様。右手より新たな敵。数およそ500!」


 500。ちょうどフェルーム騎士団と同数。やはり東側に展開していたのは主力部隊だったのか。だが、それだと計算があわない。なにか見逃している部隊でもいたのか。


「アンチ魔法防衛シールド展開されました。魔法攻撃来ます!」


「総員防御態勢!」


 そこでフリュオリーネが見たのは、右舷遥か先から現れた騎士団から放たれたエクスプロージョンが、友軍右翼の兵士たちを業火に焼き付くす光景だった。


「フェルーム騎士団だ!」


 火属性魔法に特化した騎士団。学園でも騒がれていたセレーネが持つ異質の魔力。そして我が不倶戴天の敵、アゾート・フェルームの騎士団が、やはり私の前に現れたのだ。


 雨は一段と強くなり、遠く騎士団の姿は霞の向こう。だが放たれた魔法は、雨をもろともしない炎の矢。


 アイツだ。 アゾートはあそこにいる。


 そのことだけは、なぜか確信が持てた。


「右翼はフェルーム騎士団から近すぎる。一旦距離を取って。魔法は離れれば威力は弱まる。全軍左に進路を変えなさい」


 左はスカイアープ渓谷断崖。このまま行くと渓谷に近づくことになる。私ならここに大砲を配置するが、果たして。





「お母様、お義母様、射程範囲内に敵が来ました」


「総員射撃準備!」


 雨はいつしか豪雨に変わり、ほとんど視界が取れない。整備兵たちは大砲が濡れないようにしたカバーを外し、いつでも発射できるように砲弾を充填していった。


「よし、今よ。全弾発射!」


 エリーナの号令のもと、フェルーム騎士団の砲兵隊から放たれた大質量の砲弾が、フォスファー軍の頭上に炸裂した。





「これが大砲の威力か・・・・」


 初めて目の当たりにする大砲の威力。人間をただの肉片に変えていく砲弾による蹂躙。


「魔法をこんな風に利用するその発想力。とても同じ人間とは思えない。何者なの、アゾート・フェルーム」


 フリュオリーネは震えていた。


 だがそれは恐怖によるものではなく、自分が初めて本気になれるライバルへの武者震いだった。






「やった!」


 サルファー軍指令部は、作戦の成功に沸き立っていた。


「よし、砲撃と連動して遠距離攻撃主体でフォスファー軍を削っていく。各騎士団に伝達、魔法攻撃開始」





「サルファー軍が決めにきたな。我が軍も魔法で・・・ん?」


 フリュオリーネが見たのは敵主力部隊から放たれた様々な属性魔法の中に、一際輝きを放つ火属性魔法の集中砲火だった。


 そういうことか。なるほど、数が合わないはずだ。


「右翼は構わす右舷フェルーム軍に突撃をかけろ」





「バレた!全員逃げろ!」


 ネオンと親衛隊を引き連れて、俺は全力で逃げることにした。


「ネオン、ナトリウム爆発仕掛けるぞ」


「了解って、また土魔法か・・・火魔法をぶっぱなしたい」


「うるさい!行くぞ」



  【永遠の安住地】ウォール

  【永遠の安住地】ウォール



 辺り一面にアルカリ金属を生成した。この豪雨により水は十分にある。


 後は野となれ山となれだ。


 俺たちは、大きく迂回しながら、砲兵隊のいるスカイアープ渓谷の頂上めがけて、馬を走らせた。





 あの魔法はなんだ。爆発がずっと続いている。


 雨なのに鎮火するどころか、ますます燃え上がっている。


 あれもアゾートの新魔法か。


 今はいい。それよりも。


「前方左翼の水魔法主体の部隊に攻撃を集中、突破を図れ。後方予備戦力で別動隊を組み、スカイアープ渓谷断崖の頂上にいる砲撃隊の武器及び魔導騎士を捕獲せよ。時間がない急げ!」




 遊軍として機動性を活かして敵騎士団を攻撃していた銃装騎兵隊に、俺たちはうまく合流することができた。


「少佐お疲れ様。損害の状況を教えてください」


「人的被害はないが、そろそろ弾薬が厳しい」


「一兵も損なわなかったのは嬉しいですね。さすが少佐です。次の任務ですが、スカイアープ渓谷に展開している砲兵隊と合流し、砲兵隊を待避させます」


「了解」





「サルファー! ゴダード騎士団に攻撃が集中している。誰かまわせないのか!」


「僕の騎士団を援護にまわして、なんとか持ちこたえさせる」


「しかしあの偽装騎士団をこんなに早く見抜かれるとは。もう少し騙されていてくれると思っていたが、あのボンクラ次男をナメていたか」





「なんとか間に合ってくれ」


 銃装騎兵隊を伴ってスカイアープ渓谷を一気に駆け上がって見たものは、頂上を埋め尽くす敵兵たちであった。


 歩兵がおよそ300といったところか。ただ状況がわからない。セレーネたちは無事なのか?


 その時、上空に突如魔方陣が展開された。


「来るぞ、魔法防御!」



  【魔術具・魔法防御シールド】



 学園にあるのと同じ魔法防御シールドをネオンが素早く展開させ、各人防御態勢をとった。


 次の瞬間、エクスプロージョンが敵部隊の中央に炸裂した。


 セレーネだ!


「砲兵隊は無事だ!今から彼らを援助する。銃装騎兵隊、突撃せよ」


 俺たちは敵兵に突撃を敢行しながら、銃を握りしめ一心不乱に撃ちまくった。





「姫様。右舷の偽装騎士団の炎を、騎士団が通過できる程度には抑えました」


「ご苦労。では右舷部隊は偽装騎士団の跡を通過して敵右翼フェルーム騎士団を攻撃。左翼の敵水魔法部隊を押し込んでフェルームを挟撃せよ」





「ゴダード騎士団が総崩れにされて、中央に敵が入り込みました」


「軍が二つに分断された」


 指令部では、当主たちが肩を落として戦況を見守っていた。ここから挽回する策を検討しようとした時、伝令が新たな報告を伝えた。


「左翼フェルーム騎士団の左から新たな部隊が接近中。数およそ1000!」


「敵部隊の展開が早すぎる」


「先手をとられすぎだ」


「包囲が完成する前に、撤退するしかないか・・・」


 指令部は刻一刻と悪くなる戦況を見ながらため息をついた。


「ここは我々の負けだ。フォスファーめ、指揮官に余程優秀な人間を連れてきたようだな。アウレウス騎士団の将軍の仕業だろう」


 サルファーが拳を握りしめ、悔しそうに唇をかんだ。





「アゾート!」


「無事だったか、セレーネと母さんたち」


「ええ。でも整備兵はかなりやられたわ」


 回りを見渡すと、敵兵の死骸に紛れて我が方の犠牲者も横たわっている。


「わかった。全部は難しいので、状態のいい大砲をできるだけ回収していこう。銃装騎兵隊の一部は砲兵隊を手伝って、フェルーム領の城に撤収を、残りはフェルーム騎士団に合流する。母さんたちも俺たちと一緒に来てくれ」


「わかったけど、その偉そうな口のききかた何とかならないの。そんなんじゃ女子にモテないわよ」


「みんなの前でそういう事いうのやめてくれよ、やりにくいだろ」


 母親って何でいつも余計なことばかり言うんだろう。





「姫様。どうやら我々の勝ちのようですな」


「ザッパー男爵。そうね、敵も撤退を始めたようだから、私たちも一度引いて部隊を立て直しましょう」


「追撃なさらなくてもよろしいのですか」


「構わないわ。全軍に伝達。本日はこのスカイアープ平原に野営地を設置。各騎士団の首脳は明日からの作戦会議のため、指令部に集合せよ」


「ハッ!」




 7日昼過ぎに始まったスカイアープ平原の会戦も、翌8日の明け方には大方の雌雄を決していた。


 サルファー軍の死傷者1300に対し、フォスファー軍800。残存兵力では1700対4150。


(当初の予定どおり、このまま北上してフェルームと一戦交える。でもそれは、全体の一局面に過ぎない)


 フリュオリーネはその冷徹な眼差しで、次なる戦場を見定めていた。


バトル回はまだ続きます

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