第262話 焦るエメラダ
メルクリウス統合騎士団の司令部に設置した軍用転移陣が突然作動し、クロリーネ様が転移してきた。
「ど、どうしたのですかクロリーネ様?! 定時連絡の時間には少し早いと思いますが」
「ごきげんよう、リーズ様。実はアウレウス伯爵から新たな指令が下りたので、お伝えに上がりました」
「新たな指令って何ですか?」
「ずっと保留になっていた3侯爵家の新領主の逮捕命令がついにアウレウス公爵から発令されました。王国陸軍の主力はライアンたちに協力している侯爵家の騎士団と交戦状態に入るそうです。その間、帝国軍との戦線が手薄になるのでわたくしたちメルクリウス軍が前面に出て戦ってほしいとのこと」
「うわあ・・・いよいよ同士討ちが始まっちゃうね。ボルグ中佐の望み通りの展開になりそうで怖いけど、本当に大丈夫なのかな」
「そこはアウレウス伯爵もちゃんとご理解されてて、兵力をあまり損ねることなく勝負を決めるそうです。そのために、侯爵騎士団の中に内通者や協力者をこっそり潜ませておいたそうですので」
「うへえ・・・さすがはアウレウス派の謀略担当ね。じゃあ私たちは謀略とは一切無関係に、再生堂々と真正面から帝国にぶつかって行けばいいのよね」
「真正面かどうかはともかくとして、こちらの作戦はアウレウス伯爵からわたくしに一任されております。ガンガン行きましょう」
私は司令部のテントから外に出て、前に集まっていた全校生徒の所に向かって歩いていった。
「カイン様。3侯爵の捕縛のため、アウレウス伯爵が動き出しました。つまりここからが本番です。カレン様を必ず迎えに行きましょう」
「ああ、行こうぜリーズ! カレン待っていてくれ」
「一時的にメルクリウス軍が帝国軍の半数を相手にすることになるけど、騎士学園のみんなも気を引き締めてがんばるのよ」
「俺たちに任せろ、リーズたん!」
「リーズちゃんのためなら、俺達なんでもやるぜ!」
「うん、期待してる。帝国軍のマジックジャミングが弱まる瞬間を狙って一気に突撃をかけるけど、授業で教わったことをちゃんとやれば大丈夫だから。魔法と心の準備をしっかりね。それから戦場では4人一組で行動をすること。単独行動は絶対に許さないから」
「「「おーーーっ!」」」
「メリア様とヒルダ様、ターニャ様の3人は私についてきてください」
「リーズ様、わたくしたちもあの期末テストから随分と成長いたしました。あてにしていただいてもよろしくてよ」
王国軍が3侯爵軍に向けて北へ転進した穴を埋めるため、メルクリウス軍がダゴン平原南側に広く展開を始めたころ、フィッシャー騎士団司令部ではエメラダが焦りの表情を見せていた。
「ドルム騎士団長っ! 辺境伯側のポイントがわたくしたちに迫ってきていますが、公平にジャッジしているのでしょうね!」
天幕の中に豪華な椅子を用意して深く腰かけるエメラダ。隣には長男の嫁のミリーが立っていて、侍女たちがお茶の準備を始めている。
ドルム騎士団長は適当な椅子を持ってきて、エメラダの近くに腰をおろした。
「義姉上・・・。俺はもちろんちゃんとやってるよ。長年フィッシャー騎士団の騎士団長をやっているが、不正なジャッジなんか一度もしたことがない」
「でも兵力ではこちらが圧倒的に多いし、辺境伯側はメルクリウス軍にいるカインの同級生が手伝っているだけでしょ。こんなに差が詰まるわけないじゃない」
「そのメルクリウス軍が圧倒的に強いんだよ。我々やアルバハイム騎士団はともかく3侯爵軍なんかただの烏合の衆で、あんなのが何万人いようともメルクリウス軍の精鋭部隊には到底及ばないぞ」
「そんなはずありません! わたくしが聞くところによると、メルクリウス軍の主力は全てシュトレイマン公爵の海軍に参加していて、このダゴン平原に騎士団を率いて来たのはあの軟弱なボロンブラーク騎士学園の生徒だけなのです!」
「失礼だが義姉上のその認識は早く治した方がいい。ボロンブラーク騎士学園は決して軟弱ではない。現にこの前の最強騎士決定戦ではあちらの学園の方が優勢だったし、優勝者もホルスではなくフリュオリーネ・アウレウス・メルクリウスが獲得した」
「・・・確かにそうだったわね。でも、その優勝者の公爵令嬢や当主のメルクリウス伯爵は王命で帝国内へ潜入しているのでしょ。だったらこのダゴン平原にいるのは、やはり主力ではないじゃないの!」
「だからこそメルクリウス軍はすごいんだよ。主力が全員抜けているのにあの強さ。いやはやあの騎士団は本当に層が厚い。何がすごいかって、16000もの騎士をまとめ上げているリーズ・メルクリウスの人望と、その彼らを有機的に機能させる見事な作戦を立案するクロリーネ・ジルバリンクの知謀だ。この二人の1年生、新学期が始まったからもう2年生だな、彼女たちの活躍がとにかく目覚ましいのだ」
「リーズ・メルクリウス・・・。たしか辺境伯が嫁に取ろうとしていたメルクリウスの姫」
「その話ならもうなくなったぞ。義姉上もカインから聞いたんだろ? カインはリーズではなく義姉上の姪のカレンを選んだんだよ。それに兄上はもうメルクリウスの姫を無理に娶ることはしないらしい」
「なんですって?! それは一体どういうことなの」
「義姉上、あなたは何も報告を受けていないんだな。いつもそんな風にヒステリーを起こすから、都合の悪い話は誰も話さないんだよ。実は俺、結婚したんだ」
「・・・結婚? 脳筋戦闘バカで戦うことにしか興味のないあなたが結婚ですって・・・いつの間に!」
「まあ驚くのも無理はないか」
「それはそうよ! これまでわたくしが持ってきた縁談をことごとく断り続けたあなたがなぜ! 誰と!」
「リシア・セルバ・メルクリウス、俺の最愛の妻だ」
「メルクリウス! あ、あ、アルバハイム家の娘を断り続けてきたあなたが、よくもっ!」
エメラダは怒りのあまり、手に持った扇子を真っ二つに叩き折った。それを見たドルムはため息を一つつくと、エメラダに話しかけた。
「まあそう怒るなよ。それより俺の話を聞いてくれ」
「お黙りっ! 辺境伯は自分の息子ではなく弟にメルクリウスの姫を娶らせたのね! なんて酷い人なの」
「そうじゃないんだよ。兄上は別にそんなつもりで俺を結婚させたわけじゃないんだ」
「だったらどういう意味なのっ! ちゃんと説明なさいっ!」
「義姉上に言われなくても、じっくり納得行くまで話をしてやるよ」
「もちろんよ! わたくしが納得できるとは到底思えませんが、すべて白状なさいっ!」
「わかった、なら存分に聞いてくれ! 実はリシアは再婚なんだが、俺から見れば十分若くてめちゃくちゃかわいいんだよ。それでリシアも俺のことをすご~く愛してくれていて、家に帰るとずっと俺の傍から離れようとしないんだ。今日だって俺と離れたくないもんだから、ここについて来ようと駄々をこねたんだよ。でも俺が「ここにはメルクリウス嫌いの怖~いおばさんがいるから、近づいたら危ないよ」って言ったら、頬をふくらませて拗ねるんだよ。それでリシアが、「じゃあ、ドルムくんの好きな料理を作っておうちで待ってるね。あっ、でもドルムくんの一番好きな料理って、私だったよね! てへっ」って言うんだよ! くーっ、かわいいっ! あー、早くリシアに会いたい! もうこんなことはしておれん、こんなしょうもない仕事なんか早く終わらせてとっとと家に帰るぞ! 義姉上、用件があるなら早く済ませてくれよ!」
「・・・・・」
「・・・義姉上?」
「・・・あなた、随分と性格が変わりましたね。バカバカしくて、怒る気が失せてしまいました」
その時、ライアンが司令部に飛び込んできた。
「母上大変だっ! 王国軍の主力が帝国軍ではなく、我々に攻撃を仕掛けて来たぞ!」
「何ですって? 一体どういうことなの!」
「例の侯爵家の簒奪を謀った新領主どもを差し出せって言ってきて、差し出さなければ強硬手段に出ると」
「なぜ今になって、そんなことを要求してくるのよ。それに王国はフィッシャー騎士団の独立性を認めていて、これまで不干渉だったはず」
「理由はわからないが、我々としては当然その要求は受け入れられないため、先ほど戦闘が始まった」
「・・・今王国軍とことを構えるのはマズいわね」
「ああ、父上との勝負だろ。ただでさえポイントが迫って来ているんだ。このままだと先行逃げ切り作戦がダメになる」
「ライアン、仮に3侯爵軍を切り捨てた場合、勝算はあるの?」
「母上! 彼らを切り捨てるのですか?!」
「仮によ。それで勝算はどうなの?」
「我が軍の精鋭14000は開戦からほとんど無傷で残っているが、父上の方も騎士団の精鋭6000がほぼ無傷。そこにメルクリウス軍が助力していて、こちらの軍勢もほぼ無傷の16000。勢力は完全に逆転する」
「16000! わたくしは8000だと聞いておりましたが」
「伯爵の妹のリーズ・メルクリウスが旗下の当主たちを説得して回り、全員このゲームの仲間に引き入れたのです」
「まさか! こんな自分に何のメリットもない勝負に普通の貴族が参加するわけないでしょ! みんなバカじゃないの?!」
「でも全員がゲームに参加してしまっている。母上、メルクリウス軍はとんでもなく強いぞ!」
「仕方がありませんね。3侯爵軍を王国に引き渡してしまおうとも考えましたが、これは使い潰した方がよさそうね。・・・そうだわ、いい考えがある」
「何ですか、母上」
「今から3侯爵軍を帝国軍の中央に突撃させなさい。そして、王国陸軍を巻き込んで前線に混戦状態を作り出すのよ」
「それのどこがいい考えなんですかっ! いくらなんでも無茶苦茶だよっ!」
「お黙り、ライアン! このままではわたくしたちが辺境伯に負けてしまいます。わたくしたちの役に立ちさえすれば3侯爵軍なんかどうなったっていいのよ」
「一応彼らだって、味方なんですよ!」
「何を甘いことを言っているのライアン! 3侯爵軍はもともと戦果をあげたくてこのダゴン平原にやってきたのです。つまり、傭兵や冒険者たちと同じなの」
「それはそうなのですが、あれでも一応王族ですし」
「彼らはもう王族ではありません。彼ら自身が理解していないようですが、今の王国に彼らの居場所なんてございません。ライアン、あなたは彼らにそのことを理解させ、帝国の領土を切り取って自分の王国を建国するよう扇動なさい。そうすれば、我先にと帝国軍に突撃をかけるはず」
「俺が扇動するのですかっ?!」
「心配ならミリーも連れていきなさい。別に彼らを焚き付けて戦意を高揚させるだけでいいのです。本当に帝国内に侵攻する必要などないのですから」
「まあそういうことなら・・・。確かに母上の言うとおり、彼らにやる気を出させるのはいいことだと思います。そもそもあんな烏合の衆に帝国軍の中央を突破できる訳がないし、王国軍を巻き込んで思わぬ戦果が上げられればしめたものですからね」
次回、アウレウス伯爵がフィッシャー家の夫婦喧嘩の仲裁に入る
お楽しみに




