第257話 ヤンデレフィリア
魔法アカデミーを出立した俺たちは、宿屋に戻って制服を国防軍のものに着替えると、荷物をまとめて宿を引き払らう準備を始めた。居心地のいい宿だったので少し名残惜しい。
「それでは出発前に今回の作戦行動のおさらいをする。目的は大きく3つ。1つ目は今回受託したクエストをできるだけこなしてお金を稼ぐこと。ランクAのクエストばかりだから、俺たちのいい修行になると思う。フィリアには少し厳しいと思うが、俺とフリュの3人で行動するので心配はいらないぞ」
「はいっ!」
「そして2つ目はアルト王子と連絡を取ること。今回はブロマイン帝国を大きく西へと侵入することになるが、そこでフリュがエリザベート王女との通信を試みる。そしてうまくつながれば情報交換と今後の作戦のすり合わせ。それからその地点に観月さんの携帯型の転移陣を設置して、王子達との連絡拠点を構築する」
「わかったわ。転移陣は4つあるから、設置場所が決まったら教えてね」
「最後に3つ目。俺たちがソーサルーラに来た最初の目的はこちら側の世界の魔法を習得するためだが、それよりも重要なのがソーサルーラから帝国に流れる魔石の破壊だ。これまでの調べによると、ここ魔法王国ソーサルーラは中立国であり、帝国へは単なる貿易で魔石を輸出している。したがって俺たちアージェント王国はソーサルーラと敵対せず、帝国が購入した後の魔石を破壊して回る。こうすることで、ダゴン平原へ輸送される魔石の量を減らし、もってアウレウス公爵率いる陸軍へのサポートとする」
「承知しました。この軍事作戦についてはわたくしが指揮をとらせていただきます。クレア様、ガルドルージュからの情報は入手できますか」
「ここソーサルーラ周辺まで侵入している工作員はほとんどいないけど、帝国の中なら接触可能だと思う。今回の作戦中に、できるだけ帝国基地の情報は入手するようにしてみるよ」
「頼むよフリュ、クレア。では出発だ!」
「「「おーーーっ!」」」
「と、その前に・・・フィリア」
「はい、何でしょうかご主人様」
「そう言えばお前って、その修道服しか持ってなかったよな。眠る時もいつもその服だし。帝国に入ったら顔を隠す必要もなくなるし他の装備も買っておくか」
「本当ですか! ではわたくしも、皆様と同じ服装になりたいのですが、ダメでしょうか」
「この制服か。これは売り物じゃないから、今ここにある4着しかないんだよ。すまんな」
「そうですか・・・。ではこの修道服で結構です」
「フィリアはその修道服が気に入っているんだな」
「いいえ、大嫌いです。この服でアカデミーの中を歩いていると、よくお姉様と間違えられますので」
「じゃあその服、嫌々着てたのか! だったらなぜ」
「この服って構造が簡単でわたくし一人でも着られますし、厚手の生地がしっかりしていて、スカートも長くてとても安心感があるのです」
「そういえばフィリアは侯爵令嬢だったから、一人で着替えをするのが苦手だったな」
「はい。でもこの服ならギリギリ大丈夫でした」
「あーっ!」
「どっ、どうしたんだよ観月さん。急に大声を出してビックリするじゃないか!」
「だってフィリアって、侯爵令嬢だったんでしょ? だったらカトリーヌと似たようなものじゃないの?」
「カトリーヌ様って、観月様のご親友の・・・あの方からは確かにわたくしと同じ匂いを感じますね」
「だったらフィリアは、いつもオシッコする時どうしてるのよっ!」
「観月さん、そんな大きな声ではしたないことを言ってはダメだよ。一応伯爵令嬢なんだから」
「お花摘のことでしたら、わたくしは大丈夫ですよ」
「でもフィリアもあの複雑怪奇な下着を着けてるんでしょ。あれをどうやって一人で・・・」
「じ、実は、わたくし下着を持っていません」
「え? 下着を持ってないって、どういうこと?」
「お姉様に地下牢に入れられた時、着ているもの全て脱がされた後、ボロボロの囚人服を一枚渡されただけでしたので」
「じゃ、じゃあ、ひょっとして・・・」
「はい。この修道服の下はその・・・は、裸ですっ。でっ、ですので、この修道服には安心感があって着ていられるのです。だってわたくし、ご主人様のためにこの純潔を守らなければいけませんからっ!」
「・・・するとフィリアは、今日までずっと修道服の下は全裸で学校に行ってたのか」
「・・・お恥ずかしながら」
「「「ひえーーっ!」」」
「じょ、女性陣は今まで誰もこの事に気がつかなかったのか? 誰もフィリアと一緒に着替えとかしなかったのかよ!」
「だって私には便利な軍用魔術具があるから、お風呂にも入らないし、自分の着替えすらしないから」
「観月さんはそういう女の子だったな・・・」
「私はそんな変な子いらないし、何の興味もないの。もうずっと全裸のままでいいんじゃないの?」
「クレアはもっと俺以外の人間に興味を持った方がいいぞ」
「わたくしは自分の着替えに精一杯で、フィリアさんのことまで気が回りませんでした・・・」
「フリュはフィリアと同類なんだから、面倒ぐらい見てやれよ」
「も、申し訳ございません。・・・・フィリアさん、今度からは一緒にお風呂やお着替えをすることにしましょう。あなたをわたくしの侍女にいたしますので、戦闘だけでなくそちらも鍛えて差し上げます」
「あ、ありがとう存じますっ! 誠心誠意尽くさせていただきます、若奥様!」
「しかしこうして見ると、このパーティーには普通の女の子が一人もいないな。マールがいかに貴重な存在だったのか身に染みたよ。とにかく今まで気付いてやれなくてすまなかったな、フィリア。よしクエストに行く前にまずはフィリアの下着を買いに行くぞ!」
俺たちは街の洋服屋に行くと、フィリアの下着一式を購入した。
「貴族用の下着というわけにはいかなかったが、町娘が使用しているものの中では最高級品だ。パジャマも買ったしこれで許してくれ」
「ご主人様に下着をプレゼントされた・・・」
「これなら自分で着替えができるし、お花摘も一人でできるだろ」
「ご主人様に下着をプレゼントされた・・・」
「もう他にこんなことないよな。困ったことがあったら早めに俺に相談してくれ。ビックリするから」
「ご主人様に下着をプレゼントされた・・・」
「おーい、フィリア~。人の話を聞いてるか~?」
「はっ、はひっ! ご主人様から頂いた下着は一生大切にします。もう脱ぎませんっ!」
「いや、ちゃんと脱げよ! それより、困ったことがあればちゃんと俺に相談しろ。わかったな!」
「はいっ! このフィリア、これからは何でもかんでもご主人様に相談いたします!」
「お、おう・・・頼むぞ」
それから国境を越えブロマイン帝国に侵入すると、俺たちは西へ西へと旅を続けた。クエストも一つずつクリアーし、ついでに魔石の輸送部隊を見つけては、こまめに潰していった。
そんな旅を続けていたある夜、野営の見張り当番のため俺とフィリアが焚火の前に座って話をしていた。
「フィリア、あれから何か困ったことは起きてないか」
「はい。若奥様と観月様がいろいろと教えてくださって、なんとかやってます」
「え? フリュだけじゃなく観月さんが?」
「はい。「トイレに行かなくてもいい軍用魔術具」の予備がないので、わたくしにはいただけませんでしたが、それを申し訳なく思われたのか、代わりに水属性魔法・ウォシュレットの極意を授かりました」
「ああ、その魔法か! フィリアも使えるようになったのか?」
「いえまだ練習中で、水の方向や強さがうまくコントロールできずに飛び散ってしまいます。あんな難しい魔法を一瞬で習得できた観月様は真の天才魔術師だと思います」
「そ、そうか・・・まあ、頑張れよ」
「はいっ!」
その時、森の奥の方で魔獣の気配がした。
「・・・フィリア、魔獣だ。数がかなり多いな」
「はい、ご主人様。わたくしも気配を感じることができました」
「・・・これが平原なら広域魔法でまとめて倒すんだが、ここは森の中。木が邪魔でまとめて倒すわけにもいかなそうだ。他に動物もいるしな」
「では、一体ずつ倒していけばよろしいのでしょうか」
「そういうことになる。これは結構手間だぞ」
「この魔獣の気配、かなり強そうですね」
「そうだな・・・そうか思い出したぞ」
「どうしたのですか、ご主人様」
「こいつは確か、ランクBのクエストにあった魔獣のスタンピードだ! 場所も確かこの辺だったしこれはかなり危険だ。早くみんなを起こそう」
「ここはこのフィリアめにお任せくださいませんか」
「フィリア?」
「今こそ、ご主人様と若奥様にご指導いただいた成果をお見せする時ですっ!」
「だがランクBのクエストになると、フィリア一人ではやはり厳しい」
「いいえ大丈夫です。わたくし、ご主人様のことだけを考えて戦えばなぜか普段以上の力が出せるのです。そう、カミール・メロアと対峙したあの時のように」
「お前・・・一体何をするつもりなんだ」
「見ててください」
フィリアは焚火の火を消すと、真っ暗な森の奥にいるはずの魔獣の群れを凝視した。
暗闇を見つめるフィリアの緑の瞳は徐々に瞳孔が開き、その瞳の奥底で怪しげなオーラが渦巻き始める。
ズズズズズ・・・・
「な、何だっ! フィリアの魔力が一段階上昇した」
フィリアの身体から光のオーラが爆発すると、周りのマナを一気に吸収してスッと身体の中に戻って行った。そして、
キイイイイイインッ!
「す、すげえ・・・フィリアはいつの間にこんな大きな魔力を練れるようになったんだ」
そしてフィリアが呪文を唱えた。
【無属性魔法・超高速知覚解放】
次の瞬間、フィリアの身体が俺の目の前からフッと消えた。
完全な真っ暗闇の中、森の奥では魔獣たちの悲鳴とフィリアの叫び声だけが聞こえていた。
「死ね、魔獣どもっ! ご主人様の元にはただの一匹たりと近づけさせません!」
ギャオーーーン!
「ご主人様のことは、命に代えてこのフィリアが守るのですからっ!」
グギャーーッ!
「この低俗な魔獣ども! 死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね!」
ギャー! グオーーン! キャイーン!
「あああ・・・ああっ! ・・・き、気持ちいい! ご主人様のために戦うことが、こ、こんなにも気持ちいいものだなんてっ!」
キャイーン! キャンキャン!
「ああっ、ご主人様っ! ご主人さまーーーっ!」
キャンキャン! キャイーン! キャンキャン! キャイーン!
「ご主人様、好きでーーーーーすっ!」
キャイーーーーーンッ!
そして長い戦いの果てに、魔獣の悲鳴もフィリアの嬌声も何も聞こえなくなり、森に静寂が戻った。
だが完全なる漆黒の闇の中から、ゆっくりと接近する禍々しいオーラを俺は感じた。それは空中に浮かぶ2つの緑色の真円で、うっすらと光を湛えながら怪しげな渦を巻いているものだった。
あれは人間ではない。
深淵へと導く地獄の門番が持つ瞳だ。
だが俺の目の前で立ち止まったそのオーラは、徐々に人の形へと収斂し、その人影が手に持つ剣からは、魔獣の血がぽたりぽたりと滴り落ちていた。
「・・・お前、フィリアなのか」
「はい、ご主人様・・・このフィリア、ご主人様のことだけを考えて、魔獣を全て葬り去って参りました」
「ゴクリッ・・・そ、そうか。よくやったな・・・」
俺がそう言葉をかけると、フィリアはゆらゆらと俺に近付いてきて、剣を手に握ったまま俺の足下に膝をついた。
「フィリア、任務完了いたしました」
フィリアが近くに寄るだけで俺は魔獣の血の匂いでむせ返りそうになったが、彼女は構わず俺の方を見上げて微笑んだ。
「ご主人様からご指導頂いた通りに、フィリア頑張りました! ほめてください、ご主人様っ!」
「わ、分かった! すごいよフィリア! だからその剣は早く仕舞ってくれ! 真っ直ぐ俺の方を向いていて、危ないんだよ」
「ほめてください、ご主人様、ご主人様、ご主人さまーーっ!」
「うわーっ剣が刺さる! ひ、ひーーーっ!」
フィリアが空洞のような瞳を俺に向けて、満足そうに笑っている。その時ふと俺の脳裏にパーラの黒い瞳が一瞬浮かび上がったが、慌ててそれを無理やり頭から追い出した。
フィリアがまさかのヤンデレだったのか? いや、フィリアに限ってそんなことあるはずない!
きっと俺の勘違いだ!
頼む、誰か勘違いだと言ってくれ~!
次回もクエストです
お楽しみに




