第254話 魔法王国ソーサルーラ
フィリアの捕まっていた城からすぐに離れるため、彼女にも俺が作った魔術具一式を渡し、超高速知覚解放で夜通し全力疾走した。宿屋でのんびり風呂に浸かるどころではなくなってしまったな。
そして体力がなくなればフリュの反転世界で、光属性魔法のヒールをかけてもらって回復し、翌日の午後には帝国の国境を越えてソーサルーラに到着した。
「フィリア、ここまでくればもう大丈夫だ」
「はい! ありがとう存じます、ご主人様」
そしてしばらく歩くと、やがて目の前に巨大な城塞都市が姿を見せた。これが魔法王国ソーサルーラか。高い城壁と強力な結界に守られた魔法の要塞だ。
帝国版シリウス教国というところかな。
「よしクレア、何とかしてくれ」
「雑っ! もうちょっと他に頼み方があるでしょっ。なんでもかんでも、私に丸投げしないでよ!」
「冗談だよ。別にどっかの国と違って鎖国しているわけでもないし、普通に城門から入ろうぜ」
「ズコーッ!」
俺たちはソーサルーラに入るとすぐにギルド登録をして、受付嬢からおすすめの宿屋を教えてもらった。そしてとっとと宿で風呂に入って寝ようと思ったら、受付嬢に呼び止められた。
「全員が魔力を持ってるなんて珍しいパーティーね。あ、わかった。あなたたち魔法アカデミーに入学するためにこの国に来たんでしょ」
「え? 魔法アカデミーってなんですか?」
「まさかあなたたち魔法アカデミーを知らないの?」
「い・・・いやいや、もちろん知ってますよ! あ、アカデミーというからには、学校的な何かですよね」
「そう、魔法に関してはこの世界の最高峰の研究機関で、世界中から集まったエリートのみが通えるすごい学校なのよ」
「へえ~! なんか凄そうな所だけど、どうやったらその学校に入れるんですか」
「普通は出身国からの推薦だったり、有力貴族の紹介だったりいろいろだけど、・・・・あなたたちには何もなさそうね」
「ええまあ、お恥ずかしながら・・・」
「じゃあ、このギルドが紹介してあげようか。あなたたちの冒険者ランクと実績なら自信を持って推薦してあげられる」
「え、マジ! ぜひお願いします」
偶然にも魔法アカデミーの存在を知った俺たちは、運良くそこに入学できそうだ。ソーサルーラ潜入作戦としては実に申し分ない。
俺は受付嬢から人数分の紹介状受け取ると、ネオンと顔を見合わせて小さくガッツポーズをした。
「ところでマールさんだったっけ、その緑の瞳の子。さっきの適性検査でわかったんだけど、魔力の循環がうまくできていないようね。そのままだと属性魔法がちゃんと発動しないわよ」
新たに冒険者登録が必要だったフィリアは、マールの名前を借りることにした。
「あ、やっぱりわかりましたか! さすが魔法王国の冒険者ギルド。彼女はブロマイン帝国で、魔力の才能がないということで冷遇されてたようなんだ」
「まあ、そうだったの・・・かわいそうに」
「でもなんで急にそんな話を?」
「実はそんな彼女にちょうどいい魔術具があるのよ。魔力循環強制ギブス、1万Gでどう?」
「メチャクチャ高いなそれ! そんなの買える冒険者なんかいるのかよ!」
「あなたたちの実績なら、十分買えるでしょ」
「そうか、俺たちの報奨金はギルドに筒抜けだった。なら5000Gでとうだ?」
「・・・7000G。これ以上はまけられないわよ」
「7000か。うーん、・・・よし買った!」
「毎度ありっ! 裏の闘技場の使用料は割引してあげるから、それをつけて練習してみてね」
「使用料って、ただじゃねえのかよっ!」
風呂が後回しになったネオンがぶつぶつ文句を言っているが、折角なのでギルド裏の闘技場でフィリアの特訓を開始した。
魔力循環強制ギブスは頭からかぶるポンチョみたいなもので、それを着ると体内の魔力のオーラが洗濯機のように強制的にぐるぐるとかき回される。その状態で魔法を使うことで、体内のオーラをうまく操作するコツをつかむというものだ。
ただ相当気分が悪くなるらしく、フィリアは涙を流しながら「おえおえ」言って呪文を詠唱していた。
・・・そんな詠唱で大丈夫なのか?
だが、やってるうちに少しずつ慣れてきたようで、小一時間もたった頃には魔力の循環も少しはマシになってきた。
それを見た俺たちもギブスに次第に興味が出てきたので、フィリアから借りて実際に使ってみた。すると身体の中を暴れまわるオーラをコントロールするのが意外と難易度が高くて面白かった。
最後はギブスの奪い合いのケンカになるほど全員がドはまりし、気が付くといつしか日が暮れてすっかり夜になっていた。
「魔法アカデミーに行くのは明日にして、今日は大人しく宿屋に向かうか」
「忘れてた! 早くお風呂に入ろうよ、安里くーん」
宿屋に到着し、俺は部屋のベッドにダイビングすると、身体を大きく伸びた。
「最近ずっと野営続きだったから、久しぶりのベッドだな。今日はのびのび寝られるぞ」
するとネオンが俺の上にダイビングしてきて、
「今日は一緒に寝ようよ安里君」
「嫌だよ。ベッドがたくさんあるんだから、自分のところで寝ろ。今日は広々と眠りたい」
「やだ、一緒に寝よ?」
俺とネオンがじゃれあっているとフィリアが、
「つかぬことをお伺いしますが、お二人はどういう関係なのですか」
「こいつは俺の婚約者なんだ。学園を卒業したら結婚する予定だ」
「そ、そうなのですか・・・。だからお二人は一緒のベッドで寝るのですね」
フィリアが顔を赤らめてそう言うと、
「あっ! 俺達はまだそういう関係ではないからな。俺は貴族のルールを厳格に守っているのだ」
「安里君はルールを守りすぎだよ。少しぐらい破っても私は平気だからね」
「あーっ! このバカクレア! 安里先輩はもともと私のものなんだから、私より先に手を出すのはやめてよ。この泥棒ネコ!」
「そうですよクレア様。セリナ様が一番ですので、例えクレア様でも順番は守っていただかないと」
「・・・ということは、ここにいる女性全員がご主人様のご婚約者なのですか?」
「・・・いや、フリュとだけは形式的にだが婚姻関係にあるんだ」
「そ、そうでしたか! フリュ様はご主人様の正妻様なのですね」
「そうなんだ。実はフリュは公爵令嬢で王位継承権も持っている王族なんだ。そして俺はメルクリウス伯爵で、この二人は一族の娘・・・つまり伯爵令嬢だな」
「やはり皆様は全員高位貴族だったのですね・・・。わたくしももとはアスター侯爵家の本家の娘でしたが今や逃亡の身」
「へえ、アスター家って、帝国の侯爵家だったのか」
「あの、また誤解をされているようですが、アスター家はブロマイン帝国の貴族ではなくフィメール王国の貴族で、今は降格されて伯爵家です」
俺はいつもの地図を広げてみる。よく見ると確かにフィメール王国という文字が小さく記載されている。俺達がフィリアを助け出した時にはすでにブロマイン帝国の国境を越えていたんだ。
「じゃあフィリアは、ブロマイン帝国とは何の関係もなかったんだね」
「そのとおりです。ところでご主人様は、ブロマイン帝国の冒険者をされていますが、帝国貴族という訳でもなさそうですね」
「その際だから全部教えておくけど、実は俺達はアージェント王国の者なんだ」
「アージェント王国? 聞いたことのない国ですね」
「え、そうなの?! 神聖シリウス帝国の頃からもう何百年もの間、ずっと戦争状態にある国だよ!」
「そうなのですか? 全く存じ上げておりませんでした。でもご主人様が帝国と敵対関係にあるのなら、このフィリアも微力ながらご主人様のお力になりとう存じます。それで誰を殺せばよろしいのでしょうか」
「誰を殺すっていうか、帝国軍と戦えばいいんだよ。基本戦略は帝国軍の兵站へダメージを与えることだ。補給基地とか、輸送部隊とかを見つけて叩く」
「承知いたしました。その輸送部隊とやらを全員始末すればよろしいのですね。フィリア頑張りますっ!」
「・・・言い方がどこか物騒だけど、何も間違ってはいないな」
そして、ようやく久しぶりの風呂の時間だ。
セレーネからもらった「風呂に入らなくていい軍用魔術具」も快適ではあるのだが、できることなら風呂には入っておきたい。
それが日本人というものだ。
ネオンに背中を押されて、二人で風呂の支度を始めると、フィリアが突然浴室に飛び込んできて、土下座で俺に謝罪した。
「大変申し訳ございませんでしたっ!」
「ビックリした! な、なんで突然土下座なんかするんだよ!」
「お風呂のお支度など、下僕であるこのわたくしの仕事なのですが、わたくし何もできないのですっ!」
「お、おう・・・」
「そしてお風呂のお支度どころか、服の着替えもお花摘も、自分一人では何一つできないのですっ!」
「まあキミは侯爵令嬢だったんだから、普通はそんなもんじゃないのか。よく知らんけど」
「しかし、わたくしはご主人様の下僕。とにかくご主人様のお役に立ちたいのですっ!」
「だから帝国軍と一緒に戦ってくれればいいから」
「それではご主人様や奥様方とやることが同じではないですか。その上ご主人様にご自分でお風呂を作らせてしまっては、どちらが下僕かわからなくなります」
「そんなの別に気にしなくていいよ。風呂は俺が入りたいから勝手にやってるだけだし、フィリアも入りたかったら、お湯ぐらい俺が沸かしてやるよ。なんてったってメルクリウス一族は炎の魔術師だからな」
「ヒーッ! そんな滅相もない・・・わかりました、もはやわたくしに残されているのは、この身体のみ。ご主人様! ぜひわたくしの純潔をお納めくださいませっ! 仕事は何一つできませんが、元気なお世継ぎを産むことならできますっ!」
「ああっ! やっぱりこの子、安里君のハーレムに入ろうとした! 私、最初から嫌な予感がしてたのよ。ただでさえ競争が激化してるのに、フィリアは絶対にダメだからね」
「いいえ、わたくしはご主人様の下僕であり、すでにこの身体はご主人様の所有物でございます!」
「絶対ダメだよ。安里君の子供はこの私が産むから、あなたは輸送部隊を叩いていればそれでいいのっ!」
「クレア様がお子を授かるのは別に構いません。ですがわたくしにもその役割を与えて下さいませ!」
だが、ネオンとフィリアの言い争い聞いたセレーネとフリュまでが風呂場に飛び込んできた。
「安里先輩は一体何人ハーレム要員を増やせば気がすむのよっ! クロリーネだけはこの私が認めてあげるけど、ナタリーさんやリンちゃん、それに3人娘やエレナまでが虎視眈々と狙っているのよ。もういい加減にして!」
「あなた・・・いくら上級貴族家当主に側室が認められているからといって、クロリーネ様はシュトレイマン派です。さすがに彼女に手を出すと、アージェント王国の王位を狙っている簒奪者と勘違いされますよ」
「いやだから、それは違ってだな・・・」
「クロリーネは実質私の妹だからアウレウス派みたいなものよ。だからこんなバカクレアは捨てて、代わりにクロリーネを娶りなさい」
「ああっ! ひどいよせりなっち。500年来の親友になんてこというの! それに実妹は私でしょ」
「ご主人様! そんなにたくさんの側室がいらっしゃるのなら、このわたくしにもぜひお情けを!」
「うるせーーーっ お前ら全員向こうに行ってろ! 風呂の準備が全く進まねえじゃないか!」
魔法王国ソーサルーラの最初の夜は、こうして騒々しく更けていった。
次回、いよいよ魔法アカデミーに入学します
お楽しみに




