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第26話 遊撃戦


 この世界の暦は1年を12月(星の名前)、1月を4週間(神の名前)、1週間を7日(火水風土雷光闇)となっている。


 表記すると長くなって分かりにくい。

 だから暦を数字に置き換え、日本風に表記してみた。

 これで戦いの経過が分かりやすくなるだろう。



 8月4日(土)晴れ


 サルファー派閥連合騎士団(サルファー軍)は、フォスファー軍をスカイアープ渓谷に誘い出してこれを叩くべく、進軍を開始した。


 我が方の陣容を見てみよう。


ボロンブラーク伯爵騎士団 1000(サルファー直轄)

 フェルーム騎士団     500

 ワイブル騎士団      100

ゴダード子爵騎士団     500

 アラモス騎士爵      100

 リバモア騎士爵      100

モジリーニ男爵騎士団    500

 ルノール騎士爵      100

 ボッチチ騎士爵      100


 総計3000名の兵力である



 ボロンブラーク領は伯爵家支配エリアの西端に位置し、西側と南側は海に面し、北側は山岳地帯となっている。


 その東側には南にゴダード領、北にモジリーニ領が隣接しており、この二つの領地の間にはスカイアープ渓谷が横たわっている。


 このスカイアープ渓谷は天然の要害であり、ボロンブラーク領への直線最短ルートとして通商には適しているが、道幅が狭く大軍の進軍には不向きとなっている。


 大軍をボロンブラーク領まで進軍させるためには、南のゴダード領か北のモジリーニ領を通過する必要がある。


 今回の作戦は、このどちらかの領地への侵入を許す前に、スカイアープ渓谷東側平原で敵を迎え撃つのだ。


 なお、モジリーニ領のさらに東側、今回の戦場に選ばれた平原を含めたこの辺り全体がフェルーム領。


 フェルーム領よりも東側は、フォスファー派閥の貴族たちの領地となっている。


 フォスファー軍の各騎士団も、アウレウス伯爵騎士団と合流すべく、今まさに進軍を始めた。





 サルファー軍の主力1400も既にボロンブラーク城を出発し、ここフェルーム領の決戦の地に到達するまであと3日。


 主力が到着するまでに、まだ分散している敵兵力をできるだけ削っておいた方がいい。


 そこで、フェルーム領の東に隣接しているサラース男爵領に先制攻撃を仕掛ける。その大事な役目を、アゾート率いる銃装騎兵隊が担うことになった。




「サラース男爵騎士団を確認。約300の兵力で南下中。スキュー男爵領へ進軍している模様」


 どうやら敵軍はスキュー領で集結し、南側のゴダード領を突破するルートを選択したようだ。


「敵をこの林道におびき寄せ、銃装騎兵隊の射撃により殲滅する。俺とセレーネで敵を分断し半数を足止めしておくので、ネオンは親衛隊とともに残り半数を林道に誘導してくれ」


「「了解」」


 俺とセレーネは敵軍の中央に爆裂魔法を放り込むため、敵部隊の方に馬を走らせていた。


 ところで魔力保有者は、魔力の大きさに応じた防御力があり、特に俺たち速さに特化していることもあり、重い盾や鎧は装備していない。


 二人とも動きやすく丈夫ないつもの学園の制服を着用し、並んで馬を飛ばしている。


 空は青く澄みわたり、風が心地いい。



 だが今からここは文字通り灼熱の戦場に変わる。


「いくぞセレーネ。合図と同時にデッカイのを一発頼む」


 俺は鞍に掛けてあった魔術具を取り出し、魔力を込めて作動させた。



  【魔術具・アンチ魔法防御シールド】



 学園で展開されている魔法防御シールドは、騎士団でも防御用に普通に使用されている。


 また、それを無効化するのがこの魔術具であり、魔法攻撃の前に使用するのがセオリー。


 当然敵軍に気づかれてしまうが。


「敵が俺たちに気づいた。セレーネ今だ」



  【焼き尽くせ、無限の炎を、万物を悉く爆砕せよ】エクスプロージョン



 敵隊列の真ん中あたりをめがけて、エクスプロージョンが炸裂した。


 巨大な爆炎が騎士たちを吹き飛ばす。


「敵が散開した。こちらに向かってくる」


 範囲魔法を避けるため、間隔を広げてこちらに向かってくる敵騎士団。スペースを広く使っている。



  【永遠の安住地】ウォール



 馬を走らせながら、ウォールで土の壁を作っていく。障害物を適当に散らばらせて敵の動きを鈍らせるのだ。


 これで時間稼ぎをしつつ、敵の目をこちらに引き付けておく。




「セレン姉様の攻撃が始まった。僕たちはなるべく目立つように、無様に逃げよう」


 私は敵正面に姿を表し、ファイアー2発を放って彼らを挑発した。


 敵が私に気づいた。こちらに向かってくる。


「みんな、逃げろ!」


 親衛隊がキャーキャー悲鳴を上げながら、馬を走らせる。


 悪者に襲われている令嬢感が出てて、悪くないな。


 親衛隊の芝居が功を奏したのか、敵騎士団が猛烈な勢いで私たちを追いかけてくる。


 敵をうまく林道に誘い込めた私たちは、銃装騎兵隊の潜むエリアを通り抜けて、そのまま林道を走り去る。


 私たちを追って、一列で林道を駆ける騎士団の側面に、林に潜んでいた銃装騎兵隊が突然姿を見せた。


「撃て!」


 100発の銃声が一斉に林に鳴り響き、騎士たちが次々と落馬していく。


「敵襲!やつら林の中に隠れていた。生き残っているものは、すぐに林から出るんだ」


 敵将が初弾で生き残った騎士に指示を出す。


「馬は構うな。騎士は一人のこらず撃ち殺せ。絶対に生きて返すな」


 銃はまだ秘匿兵器であり、スカイアープの決戦まではなるべく存在を知られたくない。


 少佐は、騎兵隊に冷酷な命令を下さざるを得ないのだ。



 林の外に逃げ出せた敵騎士たちも、騎兵隊の執拗な追走を受けついには壊滅した。


「騎士ばかり120人か。初戦の遊撃戦にしては上できだな。よし作戦成功の狼煙を上げて撤退する」




「作戦が成功したみたいだ。俺たちも撤退するぞ」


「わかった」



  【永遠の安住地】ウォール



 俺は障害物を敵進路に起き、最後にもう一発セレーネにエクスプロージョンを撃ってもらった。


 うまく敵を振り切った俺たちは、騎兵隊には合流せずそのまま東に向けて走り続けた。


 北部エリアにいる敵騎士団にプレッシャーを与え、スキューに集結しつつある敵兵力をなんとか北に引き寄せるための陽動作戦だ。


 ひっかかってくれればいいのだが、うまくいくかな。





「姫様。サルファー軍が北部エリアに出没し、散発的ですが戦闘が開始された模様です」


 ボロンブラーク伯爵支配エリアの東端にあるプロメテウス城を出発した私たちは、ゴダード領に向けて進軍していた。


 到着まであと3日の距離まで来たときに、この敵からの攻撃を知らせる報が届いたのだ。


「どうしますか、姫様」


 確認を求めてきたのは、ザッパー男爵。


 父、アウレウス伯爵の腹心で、父から任された兵数3000の騎士団を統率する指揮官だ。


 私は軍師として、意見を述べる。


「進路はこのまま。まずは友軍との合流を優先します。明日アラモネア騎士団と、二日目にサラース騎士団、スキュー騎士団と合流。状況によりどのルートを選択するか、最終的に判断すべきかと」


「了解しました」




 我が方の陣容を確認してみる。


アウレウス伯爵騎士団    3000(ザッパー男爵)


ボロンブラーク伯爵騎士団  300(フォスファー直轄)

アラモネア子爵騎士団    700

スキュー男爵騎士団     700

サラース男爵騎士団     700


 総計5400名の兵力である


 フォスファー直轄の騎士団は、直臣の騎士団を入れても兵数300であり、戦力としてはあまり当てにはできない。


 お父様の騎士団が主力なのはいいとして、あとは3つの騎士団総勢2100がどの程度機能するか。守備隊を増強するため、この一部は参加できない可能性もある。


 ボロンブラーク領の問題なのだから、彼らが主体的に動く必要があるのだけれど、大丈夫なのかしら。



 しかし、北が騒がしい・・・。


 北ルートを通過するには、最初にフェルーム領を攻略する必要がある。それを突破してもモジリーニ領が後に控えている。


 ゴダード領に比べてどちらも小さく防備も薄いため攻めやすいのだが、どうにもフェルームが不気味なため、北ルートは選ばなかった。


 北で散発的な戦闘か。


 どのぐらいの規模の兵力が展開されていたのか、情報がほしい。


 明日、アラモネア騎士団に合流したときに、何か情報が得られればいいのだが。





「今日はこのあたりで夜営にするか」


「そうね。2時間起きに見張りを交代しましょう」


「わかった」



 俺たちは1日でアラモネア領のど真ん中まで進入を果たした。


 途中の町で馬を乗り換えたり、ギルドの転移陣を利用したりして、神出鬼没。


 騎士団を見つけては遠隔からの魔法攻撃で撹乱させつつ、東へ東へとひたすら進んできたのだ。


 そして今、森の奥の洞穴に潜んで夜営の準備をしていた。


「明日はまたサラース領まで戻って本体と合流。もう一度、敵の騎士団の戦力を削いでおく。明日も大変なので、今日は早めに休んで魔力を回復して置こう」


「そうね。でも寝るにはまだ早いし、その辺を少し散歩でもしない」



 セレーネを連れて夜の森を歩く。


 姿は見えないが、周りから夏虫の鳴き声が聞こえる。


「あそこに大きな岩場があるから、行ってみようよ」


 少し開けた場所の岩場を、セレーネの手を引きながら頂上までよじ登り、そこに腰かけた。


「見てアゾート。星がきれい」


 見上げれば、満天の空を埋め尽くす星の輝き。赤みがかった星や青みがかった星、天の川のようなものまで見える。


 地球で見た正座はひとつもないな。


 空には2つの月、セレーネとディオーネが浮かんでいる。


「セレーネって、あの月と同じ名前だね」


「なんでだろうね」


 クスッと笑ったセレーネの瞳を見て思った。


「瞳の色?」


 赤い月のセレーネと、青い月のディオーネ。


「お父様ならそうかもね」


 遠くを見つめるセレーネの白銀の髪が風でサラサラ揺れた。


「あれで良かったのかな?フリュオリーネのこと」


 セレーネが抱えていた問題は、サルファーの婚約破棄と共に一応は解決した。セレーネへの求婚も当主がキッパリと断ってくれている。


「どうなのかな。学園での問題はなくなったかもしれないけど、また内戦が始まっちゃったし、アウレウス伯爵まで攻めてきちゃった」


 ただ別の大きな問題は発生しているのだ。


 セレーネは普段は明るく振る舞っているが、やはり責任を感じているのだ。


「なんで私なのかな」


 サルファーはセレーネのことを諦めきれていない。


 セレーネへの想いがつのり、フリュオリーネとの婚約破棄が結果的に戦争まで引き起こしている。


「セレーネの責任ではない。だから気にしないでほしい」


「うん」


「誰が何を言おうとも、俺だけはそう思ってるから」






 8月5日(雷)晴れ


 私たちは無事アラモネア騎士団(兵数550)との合流を果たした。


「フェルーム騎士団が我が領地に侵入してきたため、城の防衛のため100を追加で残してきました」


 フェルームがアラモネア領に侵入か。今そこまで東へ展開する意図がわからない。


 プロメテウス城に戦略的価値なんてないし、いたずらに兵力分散するだけ。


「敵の規模は」


「それがわからないのです。被害の規模や交戦場所から、おそらく小規模な遊撃隊が多数展開しているとしか」


 遊撃隊が多数か。情報が足りない。


「わかりました。報告ありがとうございました」


 アラモネア騎士団の参謀から報告を受けた私は、向こうのテーブルでアラモネア子爵を歓待しているフォスファーを見ていた。


 まだ昼間なのに既にワインを何本か空けていた。





 銃装騎兵隊の本体と合流した俺たちは、サラース男爵指揮下の騎士団にさらに打撃を与えるべく、領内を南下していった。


「前方に騎士団を発見。兵力およそ100」


 規模的に騎士爵家の騎士団だろう。補給隊込みでの規模と考えれば、多くて70程度か。


「よし、馬上射撃の訓練だと思え。全員突撃!」


 俺たちは敵騎士団後方から接近していった。


 やがて敵は俺たちに気づき、補給隊を残して前方にスピードを上げる。


 逃がすか。


 補給隊は無視して騎士を追走し、俺たちの射程距離にやつらを捉えた。


「撃て!」


 轟音が鳴り響き、一度に20騎ほどが倒れた。


「撃て!」


 さらに10数騎ほどが倒された段階で、逃げられないと悟った騎士団が反転し、こちらに突撃してきた。


「左右に散開し、敵を包囲殲滅する。味方に当てるな」


 騎兵隊の陣形が扇形に滑らかに変化する。


「撃て!」


 突撃してきた残兵力に浴びせかけられたクロスファイアー。


 数回の斉射後、敵騎士団が全滅した。


 何だこの連携の取れた動きは。


「強すぎる。ここまで違うのか」


 俺は思わず声を出してしまった。



「俺たちの遊撃戦はこれで任務終了。これより次の作戦に移る」


 銃装騎兵隊は確保した補給隊を物資と共に連れて、決戦の予定地であるスカイアープ渓谷へ向けて、西に進路を変えた。


 俺とネオン、親衛隊を残して。





 8月6日(光)曇り


「サラース男爵が亡くなった?」


 スキュー領に到着し、残りの騎士団との合流を果たした私たちは、サラース騎士団の参謀からの報告を受けていた。


 参謀によると、南への進軍中に突然攻撃を受け、爆裂魔法が騎士団の中心部で炸裂。


 前後2つに別れた騎士たちがそれぞれ別方向に誘導されて、隊列が分断されていった。


 男爵は隊列の後方にいて、前方にいた自分たちとは離れてしまった。


 我々と対峙していた敵の魔導騎士が逃げた後、後方部隊と合流しようと辺りを捜索すると、林道付近で全滅させられた後方部隊を発見した。その中に男爵もいた。


 男爵も既に死亡しており、頭を何かで刺されたような丸い跡が残っていた。他のもの全員同様の刺し傷が見られた。


 また、合流を予定していた指揮下の騎士団とも連絡が取れず、恐らくは全滅させられたと。


 結果的に、ここまで到着できたのは400騎のみという惨状だった。


「敵の損害はどれくらいでしたか」


「それが敵は一人の死者も出していないと思います。死体がありません」


 フェルームの仕業で間違いないと思うけど、一人の被害も出さないなんてあり得るのか。


 相当な大部隊を投入してきたとしても、ここまでは。あるいは何らかの新兵器か。


「どう思いますか、姫様。報告の通りなら陽動にしては規模が大きすぎる。やはり主力が東へ侵攻していると見た方が良いのでは」


 ザッパーの言うことにも一理ある。


 戦略目的がわからないが、その可能性を無視するわけにはいかない。となると、


「敵の誘いに乗ることになるかも知れませんが、南ルートはやめて、北ルートから進軍。最初にフェルーム領を落とすのはどうかしら」


 こちらに戦力が残っているうちに一度当たってみて、情報を集めてみるのもいいかも。


 ザッパーにそう提案すると、突然背後から大きな拍手が聞こえた。スキュー男爵だ。


 フォスファーを連れてこちらに歩いてきた。


「すばらしい。さすがフリュオリーネ様。あの憎っくきフェルーム家に目をつけるとは慧眼ですな」


「フェルームには2年前の内戦の時の恨みがまだ残っているのだよ、フリュオリーネ」


「あの大砲という新兵器でございますか、フォスファー様」


「そう。あの忌々しい新兵器にやられたようなもんだ」


 大砲か。あれを使うとすればフェルームは、どういう場所を決戦地に選ぶか。私なら、


「我が息子ハーディンが、フェルームの倅に怪我を負わされ、領地で療養するよう学園から帰されてきたのだ。全く忌々しい」


「それは許せない。よしわかった進路変更。目標はフェルームだ。まずはフェルーム領を落として、我々の恨みを晴らすとしよう」


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