第248話 ルメール基地
フリュとアルト王子が交互にワームホールを使い、俺たちは一気にスプラ湖まで戻ってきた。
さすがの二人も魔力を使い果たしたようで、その夜は湖の湖畔で野営をし、明日から本命の魔石鉱山破壊作戦を実施することにした。
ところが翌日朝、野営地を出発した俺たちが鉱山のある山を目指し始めて気がついた。山頂を見た感じ、ここは周囲の山々の中では最も標高が高そうなのだ。
山の絵だけが書いてあって標高が記載されていないのだから当たり前だが、やはりこの地図では情報が少なすぎる。帝国全体の大まかな位置関係はこの地図でも十分だが、現場に着いたらまずは自分の目で辺りの地形を観察しておいた方がいい。
アージェント王国の地図に慣れすぎていた。
「みんな、今日はこの山の山頂に登って、周辺の観察を行おう。魔石鉱山の爆破はその後でもいいと思う」
「安里先輩、じゃあ今日は山でハイキングね」
「ではさっそく参りましょう! あなた、セリナ様」
「待ってよ安里君、私を置いて行かないで」
「・・・エレナのことも忘れないで」
「3人娘もお忘れなく!」
山頂を目指すと聞いたセレーネたちは、すごく楽しそうに俺の手を引っ張ると、山頂へと駆け出して行った。その様子にアルト王子は感心するように呟いた。
「アゾートもあれはあれで大変そうだが、あのフリュオリーネがアゾートの前だと人が変わったように生き生きとしているな」
するとエリザベートが、
「・・・そうね。他人に全く感心を持たなかったあのフリュオリーネをここまで変えられるって、あの子のダンナは本当にただものじゃないわね」
「わたくしいつもクレア様と一緒にいますが、あのお方も基本的には他人に全く興味がございません。なのに安里君にだけはものすごい執着心を見せるのです」
「・・・あら、あなたもアゾートのことをアサト君って呼ぶのね。アサート役だからアサト君なの?」
「クレア様に聞いたところ、アサートというのはデイン・バートリーが聞き間違えてそうなってしまっただけで、本当は安里というのが正しいのだそうです」
「え、そうだったのか! まあクレア様は当時の勇者パーティーを直接ご存じなのだから、それで間違いないだろう。それよりジューンは他にクレア様にどんなことを教えてもらってるんだ」
「基本的には聖属性魔法の使い方です。すでに2つほど教えてもらいましたが、他にいくつもあるようで簡単なものから修行をつけてもらうことになってます。それ以外の時間はずっと安里君の話をしていますね。彼がどれだけカッコいいのかを、お二人が2歳のころの思い出から順番に、それはもう詳細に」
「うっ・・・それは興味が無さすぎて僕は聞きたくないな。クレア様のお相手はジューンに任せるよ」
「ええ、わかってますわ。大聖女クレア様の弟子なんてとても光栄ですし、安里君の話も意外とおもしろいのですよ」
「・・・ジューン、キミには婚約者がいるんだから、間違ってもアゾートのハーレム入りだけはするなよ」
セレーネたちに引っ張られる形で、俺達はまだ明るいうちに山頂に到着することができた。山頂をぐるりと一周して景色を一望する。
この山地の周りには平原が広がっているが、大河が南北に走っていて、南は遠くルメール湾に流れ込んでいる。この山のすぐ周りには比較的低い山が取り囲んでおり、よく見るとその谷間のちょっとした平地に軍事基地の様なものが見えた。
「フリュ、あれをどう思う」
「そうですね・・・山間にうまく隠されていますが、間違いなく軍事基地・・・補給基地のようですね」
「補給基地・・・そうか。このルメール鉱山からとれた魔石を保管しているのだろう」
「でもそれだけではなさそうですね。ここからじゃよく分かりませんが、兵舎がたくさん立ち並んでいるようにも見えますし、貨物運搬用の車両が多数あるところを見ると、前線に兵士を送り込むための中継基地のようにも見えます」
「さすがによく見えてるな・・・・光属性中級魔法のテレスコープか」
「ええ。闇属性固有魔法の反転世界で光属性魔法を使えるようになりましたので。テレスコープって景色を拡大するだけではなく、光を曲げて見ることができますので、こういう偵察活動にはとても便利ですね」
「そんなに光を曲げられるのは、フリュの魔力が強いからだよ。だがフリュの言う通りだとすると、位置的に考えて、ここからダゴン平原に兵士や物資を送り込んでいる可能性が高いな」
「そうですね。そしてこの基地の規模とダゴン平原で見た軍勢の規模から逆算して、ここと同じような基地が帝国内にいくつか点在しているものと思われます」
「だったらこの基地も叩くべきだな」
「あるいは基地に潜入して他の基地の情報を調べることができれば、わたくしたちの今後の作戦の参考になるかと存じます」
「だな。よし、また作戦変更だ。鉱山の爆破より先に敵基地への潜入をしよう」
翌日、山頂から見えた基地の辺りを探索する。大体の場所は目星がついているのだが、いざ近くによるとやはり巧妙に隠されていて見つけ出すことが難しい。
そこで6つの通信機を持つ人と二人一組になって手分けして探すことになり、俺はセレーネと、ネオンはジューンと、フリュはモカと、アルト王子はミカと、ルカはエレナと、そしてエリザベートは単独でバラバラの方向に散って行った。
しばらくすると、単独行動のエリザベートから通信が入った。
「・・・こちらエリザベート。基地を発見したわ」
「了解。その魔術具で、エリザベートの現在地をみんなに知らせる信号を送ってくれ」
「・・・これでいいのかしら」
「上等だ。すぐに合流する」
11人全員が集まるのを待って、エリザベートが見つけた基地に向けて、けもの道をどんどん進み、やがて山間の山林を抜けると、帝国軍の補給基地がそこにあった。
たくさんの建物がまるで身を隠すように、山あいの谷間に建ち並んでいる。
「ここが山頂から見えた基地のようだな。ここに潜入するために、まずは帝国軍の制服を入手しよう」
ネオンが改造した認識阻害の魔術具は、何かと危なっかしいミカとモカに持たせ、俺たちは再び散開して制服を探し始める。俺はセレーネを連れて適当な建物の裏に身を潜めた。
「安里先輩、どうやって建物に忍び込むの? 正面の衛兵を倒して入り口から突撃する?」
「それだと少し目立ってしまう。それよりもいい方法があるから俺に任せてくれ」
俺はそう言うと、建物の石壁に魔法を放った。
【土属性初級魔法・ウォール】
すると石壁に小さな穴が開いて建物の中に入れるようになった。
「え? これどうやったの」
「ウォールという魔法は、地中の土を地表に召喚させる魔法ということは知ってると思うけど、使い方によっては対象を地面以外に設定することも可能なんだ。今回は石壁を地面に見立ててウォールを発動させた。石って地面と同じ成分だからウォールが使えるんだ」
「それだと石造りの家は泥棒に入られ放題じゃない」
「観月さんの心配はごもっともで、俺達がこの魔法を開発する際に、地面から特定の元素を召喚する魔法イメージを持たないとこの機能が発動しないように作ったんだ。つまりこの時代の人間には使えない」
「そっか、じゃあ大丈夫ね。その魔法が使えるのは、安里先輩とバカクレアだけだから、泥棒が出たら全部あの子を疑えばいいのよね」
「ひでえ・・・」
そうして俺とセレーネはまんまと建物に侵入した。穴から入ったのは小さな部屋で、二段ベッドが左右に並んでいることから、兵士用の4人部屋であることがわかった。俺はさっそくタンスの中を物色し、サイズがピッタリあう制服を見つけた。
「とりあえずセレーネもこの男性用の制服に着替えてくれ。その髪の毛は束ねて帽子で隠せばいいだろう」
「仕方がないわね。でも早く女性兵士用の制服を見つけなきゃ」
「たぶんここは男性用の兵舎だから、女性兵士の制服はここにはないと思う。他の建物に探しに行くぞ」
俺たちは建物の正面から堂々と出ると、今度は各建物を行き来する兵士たちを観察した。
女性兵士の割合が少ないのは知っているが、この辺りの建物に出入りしているのは全て男性兵士。女性用の兵舎は離れた場所にあるのだろう。俺たちは少し離れたエリアまで足を延ばすことにした。
二人とも帝国兵に変装しているので、怪しまれないように基地内を堂々と歩く。
つい先日傭兵隊長にしごかれた帝国式の敬礼や行進が、まさかこんなにも早く役に立つとは思わなかったが、兵士たちは誰も俺達が敵だと気づかず、すれ違う度に綺麗な敬礼を交わしていく。
だが敬礼をした後、兵士たちは決まってセレーネの顔を見てギョッとした。別に正体がバレているわけではないのだが、セレーネの顔が整いすぎていてすごい美少年に見るのだろう。
そんな風に歩いているうちに、指揮官クラスが出入りしている比較的大きな建物を見つけた。
「ひょっとして俺達、基地の司令部に来ちゃったか」
「そのようね。ねえ、入ってみようか」
「そうしたいところだが、この建物に入る人はみんな指揮官で、俺たちみたいな兵士は一人もいないぞ」
「本当ね。じゃあ指揮官用の兵舎を探して、また制服を盗みましょう」
「面倒だから、指揮官から制服を奪ってしまうか?」
「どうやって?」
【無属性魔法・超高速知覚解放】
周りの景色が急速にスローモーションになり、やがてほとんど止まって見えるようになる。俺は辺りを見渡すと、俺やセレーネと同じぐらいの身長の指揮官を物色した。
「いた!」
たまたま建物の脇の人目につきにくい場所を歩いている二人の指揮官を見つけ、瞬時に接近してクビに手刀を打ち込んで意識を刈り取ると、彼らを両脇に抱きかかえて猛然とダッシュする。
「安里先輩、私が一人持つわ」
気がつくとセレーネも加速して俺の隣にいたので、一人を彼女に任せると、全力疾走でこの場を離れてできるだけ遠くの兵舎の裏に連れ込んだ。
そこで身ぐるみをはいで指揮官服に着替えると、指揮官には兵士の制服を着せて、適当な建物の中に放り込んでおいた。
そして何食わぬ顔で、先ほどの司令部と思われる建物への潜入を果たした。
「うまく行ったわね、安里先輩」
「いやあ、観月さんが一人運んでくれて助かったよ。俺は3人娘と逆でパワー適性が1なので、力仕事は苦手なんだ」
「私だって、適性が2だから似たようなものだけど、超高速知覚解放ってこういう風にも使えるのね」
「結構応用が効くよな、この魔法。それでは今から、敵司令部への潜入捜査開始だ(ボソッ)」
「おーっ(ボソッ)」
次回も潜入作戦は続きます
お楽しみに




