第235話 シャルタガール領包囲作戦(マール戦線①)
ブロマイン帝国の船旅は快適だった。アージェント王国よりも時代が進んでいるからか、客船のサービスも洗練されて行き届いている。
俺たちは船のデッキのテーブルを囲んで、大海原を見ながら2日目のランチタイムを過ごす。
「アルト王子、ちょうど今頃は例のうさぎが爆発してあの軍港も木っ端微塵ですね」
「・・・・アゾートは楽しそうに言うが、僕はそれを想像しただけで憂鬱になるよ。もうあのうさぎを見るのも真っ平だ」
「あのうさぎは、軍事施設をピンポイントに破壊するだけなので、一般人には被害の出ない攻撃だし、そんなに気にすることないと思いますけど・・・。じゃあ王子、今は観月さんたちの方をみない方がいいです」
「なぜだ・・・ああっ!」
そこにはセレーネとネオンが召喚したうさぎに群がる女子たちの姿があった。
「「「きゃーーっ! 可愛いーーっ!」」」
2匹のうさぎが、女子たちの膝の上で丸まって撫でまわされていた。
「あのうさぎ、女子たちにすごい人気ですよ」
「なんで?! みんな恐くないのか、あのうさぎ」
「王子が恐いのは、あのうさぎじゃなくて観月さんのエクスプロージョンだと思いますけど」
「・・・確かに、あんな禍々しいエクスプロージョンは見たことがない。そもそもずっと気になっていたのだが、ミツキさんってたった2属性しか持ってないのに、なんで僕と同じ魔力を持ってるんだ。しかも昨日のあれも、彼女の全力じゃないんだろ」
「観月さんは、5歳にして次期当主に選ばれるほどの天才で、まだ成長途中ですが現メルクリウス一族の中で最強とされてるんですよ。その姿もほとんどプロトタイプだし。そんな彼女が「太陽の抱擁」を撃ったらとんでもないことになるかも知れませんね」
「考えただけでも恐ろしい・・・。よくそんな危険な女の子と結婚する気になれたな」
「逆です。観月さんだけは絶対に誰にも渡しません。俺たちは心から愛し合っていますし、彼女のポンコツ可愛さに敵うものなど世界のどこにもありません」
「お、おう・・・。しかしキミの婚約者って、みんなどうかしてるよな。塩対応ネオンが大聖女クレアだったことも大概だけど、フリュオリーネみたいな冷血女とよく結婚できたよな。彼女とは同じ年齢の従兄妹だけど、子供の頃からずっと苦手だったんだ」
「フリュが冷血女? そんなことはないです。とても一途で優しくていつも俺を甘やかしてくれるし、とんでもないレベルの美人だし、総参謀長を任せられるほど頭もいい。あれ以上完璧な妻など世界のどこを探しても見つかりません」
「・・・まさかあの氷の女王・フリュオリーネで惚気られるとは思わなかったよ。アウレウス一族の全員がビックリだよ」
「・・・あっ、通信機の魔術具が反応してる。クロリーネからだからちょっと出ますね。こちらアゾート。どうしたクロリーネ」
「・・・こちらクロリーネ。シャルタガール侯爵領の包囲作戦で動きがありましたので、中間報告です」
「え、どうなったか教えてくれ」
シャルタガール侯爵家三男のオットーは、決起した他の侯爵家子息たちと同様に新領主を名乗り、ダゴン平原での武勲を求めて、配下の中級貴族3家の騎士団の一部を従えて出陣していた。
だが同時に、メルクリウス伯爵に奪われたポアソン領を奪い返すこと、そしてできればトリステン領にも侵攻したいという野心も持っていた。
そのため戦力の大半を領地に残し、自らは4000の兵でフィッシャー領に軍を進めつつも、支配エリア内に8000の兵を温存していた。ただし12000の兵の大半は急遽徴兵した領民であり、数のわりには練度が低いのが悩みだった。
だが一方のポアソン領も、ナルティン領を吸収してまだ日も浅く、領地全体が落ち着いていない。兵力も2000騎の騎士団として再編されたばかりであり、8000の兵力で圧倒すれば、新兵でも余裕で勝利できるという目論見であった。
だから最低限の訓練を急いでいたところ、ポアソン領内にトリステン騎士団とディオーネ領民軍が展開をはじめてしまったのだ。さらにそれに呼応して、北西の領界ではマーキュリー騎士団1000が展開して、支配エリア全体に圧力をかけ始めていた。
オットーはこれらの状況を踏まえ、ダゴン平原には出陣せずに、先にメルクリウス軍と一線を交える必要があると判断した。
自領と配下の各領主に対しては、戦力を自分の領都に戻して籠城戦によりメルクリウス軍を分断、引き付けておくよう命じ、自身はフィッシャー領で兵力を補充した5000騎で援軍に駆けつけることにした。
シャルタガール侯爵支配エリアは、東半分が山岳地帯で人が住んでおらず、西半分の平地が4つの領地に分かれている。平地北西部がピューロ男爵、北東部がアトレイユ子爵、中部及び東の山岳地帯全域をシャルタガール侯爵、南部をルクソワール男爵が統治している。
オットーはその4領に対し、それぞれ2000の兵での籠城を指示したのだった。
「メルクリウス軍7000騎とマーキュリー軍1000騎が4つの領地に分散すれば2000対2000。ここに我が騎士団5000が援軍として各領地に順次参戦すれば、それぞれの戦場で7000対2000の圧倒的優勢をもって各個撃破が可能となる」
「オットー様、本作戦の肝はメルクリウス軍がうまく分断するよう、各騎士団が動いてくれることです」
「その通りだ。そしてこの戦いは情報が命。斥候を大量に動員して敵の位置と規模を探れ」
「はっ!」
ルクソワール男爵は非常に警戒していた。自領が旧ナルティン領の北側に隣接し、ナルティン子爵がどのようにして討ち取られたのかを最もよく知る領主だったからだ。
ナルティン子爵を討ち取ったのは、まさに今、この居城の周りに展開しているポアソン騎士団のトップ、マール・ポアソン男爵なのである。
ルクソワール男爵はこの見目麗しい少女が放ったとされる、遥か彼方からナルティン子爵を殺害せしめた謎の魔法を警戒し、この戦いでは一切外に出ないことを決めていた。そんな男爵に腹心が意見具申する。
「男爵、シャルタガール候オットーからの情報によると、ポアソン騎士団はメルクリウス軍の中でも最弱。一方の我が騎士団は新兵の割合も低く、シャルタガール侯爵支配エリアの中では現状最強の一角。であれば敵の態勢が整う前に奇襲を敢行し、奴らに痛撃を与えておくべきかと」
「・・・だがオットーの指示は籠城戦。勝手に出撃してはマズいだろう。それにあの謎の魔法もある」
「男爵! オットーは5000の兵で援軍に駆けつけると言ってますが、4つ全てを各個撃破していくならメルクリウス伯爵支配エリアに隣接していて最も危険な我が領地が、一番最後になるのですよ。オットーの到着を待つだけでも相応のリスクがあります」
「それはそうなのだが・・・」
「その上オットーは、ポアソン領を自らの手中に収める算段をしていて、支配エリア全体を平定してメルクリウス軍に十分なダメージを与えた後で、最後に我が領地を足掛かりに進軍する腹積もりかと」
「・・・それだと、我々はただ時間稼ぎに使われるだけで、おいしい所は全てオットーが持っていく」
「そのとおりです。我が主君、オットーに手柄を全て差し出すのか、それとも自分でつかみ取るのか」
「・・・出撃だ。オットーの青二才に手柄を全てやる必要はない。そもそもポアソン騎士団などナルティン領の敗残兵と血の気の多い領民どもの寄せ集め集団に過ぎん。マールだってまだ学生。魔法さえ注意すれば戦場での指揮などまともにとれるわけがない。やつらを我が精鋭で蹴散らすのだ!」
「はっ!」
マール率いるポアソン騎士団はクロリーネの指示に従い、ルクソワール城を包囲して長期戦の構えを見せていた。
騎士団の司令部には当主のマールや騎士団長で兄のパウエルの他に、ボロンブラーク騎士学園の同級生のダン、パーラ、アネットたちがいた。
「ダン、このメンバーで戦うのって、すごく久しぶりな気がするね」
「去年の冬のソルレート管理戦争で、アゾートと一緒にロレッチオ男爵の足止め作戦をした時以来だな」
「そうよね。夏のソルレート侵攻作戦の時は、ダンやパーラ達とは一緒に戦わなかったもんね」
「あの時のマールは空軍パイロットで、アゾートやクロリーネ達と一緒に空爆をやってたからな」
「その戦争の後、私たちは転校しちゃったしね。ところでずっと聞きたかったんだけど、ダンとパーラとの関係ってその後進展はあったの?」
「そ、それは・・・」
ダンが言葉を濁した。だが隣にいたパーラが、
「マール様、わたくしから説明いたしましょうか」
「うん、パーラ教えて、教えて」
「実は先日お父様にダン様を紹介したのですが、結婚を大反対されまして・・・」
「・・・そっか。悪いこと聞いちゃったね。そうだよね、パーラは子爵家令嬢なのに、ダンは騎士爵家でしかも次期当主ですらないからね。身分違いの恋か」
「ええ・・・。その時はわたくしもショックで、目の前が真っ暗になりましたの」
「・・・うん」
「ところがふと気がつくと、お父様の執務室がなぜか完全に破壊されていて、身体中ボロボロになって腰を抜かしていたお父様が心変わりをなさってましたの」
「・・・え?」
「お父様がガタガタ震えながら、ダン様がウエストランド騎士団に入団して、副騎士団長になれれば結婚を許していただけることになりましたの!」
「そ、そう・・・それはよかったね。ダンならきっとすぐに副騎士団長になれるよ」
マールがそう言ってダンを見ると、その時のことを思い出したのかダンの顔色が真っ青だった。
そこへ伝令が飛び込んできた。
「敵襲! ルクソワール男爵の城門が開き、騎士団が出撃してきました!」
「了解! 全軍作戦通りに迎撃開始」
次回、ルクソワール男爵戦です
お楽しみに




