第234話 時計仕掛けのうさぎ
翌朝宿屋を出た俺たちはそのまま港へと向かった。港町トガータの南側は海に面していて、西側が軍港エリア、東側が商船や旅客船が賑わう商港エリアになっている。
「アルト王子、この軍港を破壊してしまいましょう」
「いきなりだなアゾート。これから潜伏して帝国の奥まで侵入しようというのに、本当にいいのか?」
「そうなんですが、この軍港はアージェント王国の沿岸を荒らす帝国艦隊の基地なので放置はできません。というか直接被害を受けるのは俺の領地なので、俺にとっては絶対に叩いておきたい拠点だし、結果的にはシュトレイマン公爵もかなり楽になるはず」
「事情はわかった。それで具体的にどうするんだ?」
「新魔法「時計仕掛けのうさぎ」を試してみます」
「それって、お前たちメルクリウス3人組がジオエルビムで手にいれた新魔法だな。どんな魔法なんだ」
「それは見てのお楽しみです。準備をしますので人気のない倉庫街にでも行きましょう」
俺たちは商港エリアの一角にある倉庫地区に行き、適当な倉庫の裏に入り込んで魔法の準備を始めた。
「ここなら誰も人がいないし、魔法を展開できる広さも十分にある。まず俺が試しにやってみるから、観月さんとクレアはよく見ておいてくれ」
「「わかった」」
俺は早速「時計仕掛けのうさぎ」を発動させると、上空に魔方陣が展開した。そしてその下に円筒形の魔導障壁が現れて内と外で空間を分断される。
それと同時に、俺の手元には白いうさぎが召喚された。もちろん本物の動物ではなく、ぬいぐるみだ。
それを見た女子たちが大騒ぎをする。
「安里先輩、それちょっと見せて! 可愛い~」
セレーネにうさぎのぬいぐるみを手渡す。
「せりなっちズルい。私にも見せてよ」
「ダメ! 私が貸してもらったんだから」
「あなた、これは何という動物なのですか? 耳が長くて白くて目が赤いですが、わたくしこんな動物を見たことがございません」
「これは「うさぎ」という動物のぬいぐるみだ」
「え? うさぎって耳が丸くて少し茶色くて、目が黒いのでは」
「こういううさぎもいるんだよ。それよりこのぬいぐるみ、ちゃんと動くんだぞ」
「これ動くのですか?」
「後で動かしてみるのでもう少し待っててくれ。観月さん、そのぬいぐるみをそろそろ返して。まだ続きがあるんだよ」
俺はうさぎを返してもらうと、ひっくり返してお腹のチャックを開けた。ぬいぐるみの中は空洞になっていて、俺は空洞が上を向くようにうさぎを逆さまに地面に置いた。
「じゃあ今度は観月さんの番だ。さっきの軍港エリアを一発で破壊できるだけのエクスプロージョンの火種を作って、このうさぎの中に入れて欲しいんだ」
「それはいいけど、エクスプロージョンをどうやってこのうさぎに入れるの?」
「普通にエクスプロージョンをこのうさぎに向けて撃ってくれたら、後はうさぎが勝手にやってくれるよ」
「本当に? ・・・どうなっても知らないわよ」
そしてセレーネがこの円筒形の空間の中でエクスプロージョンを唱える。結界の中なので、セレーネの魔力が外に漏れることはない。
魔法の詠唱が進むにつれて急速に場の魔力が高まっていく。エクスプロージョンは本来、至近距離で使う魔法ではないのだが、うさぎにセットするため俺たちの頭上に魔方陣が現れる。
ズズズズズ・・・・・
魔力がぐんぐん上昇していき、背筋がゾッとする。本能が最大級の警戒信号を発している。直ちにこの場から離れろと。それほど強力な、そして禍々しい火属性魔力のオーラが至近距離で渦巻く。
アルト王子やエリザベート王女を始め、ここにいる全てのメンバーが、脂汗を流しながらエクスプロージョンの魔方陣の傘の下で恐怖に耐えている。
そして、
【火属性上級魔法・エクスプロージョン】
セレーネは光輝く光球を、その頭上に発生させた。妖しく光る白い光球だ。もしこれが炸裂すれば、ここにいる11人は瞬時に蒸発してこの世から完全に消滅するだろう。
息を飲む11人・・・。
だが光球は、炸裂することなくゆっくりと下に落ちて来ると、まるで吸い込まれるようにひっくり返ったうさぎのぬいぐるみの中に入っていった。
そして、中の空洞の中心に納まったのを確認して、俺はうさぎのお腹のチャックを閉じた。
「「「ふーーーーっ・・・」」」
全員からホッとため息がもれた。
「次にさっきのエクスプロージョンの起爆時間をこのうさぎにセットする。時間は1分後から1日後まで自由に設定できるので、今回は一番長い1日後にする。このうさぎの頭を撫でると設定が完了する」
俺がうさぎを撫でるとうさぎの赤い目が光り、結界がスッと消えた。
「そうかアゾート、1日後だと俺たちはこの街にはいない。その時にさっきのエクスプロージョンを軍港で発動させる気だな」
「その通りです」
「でもここは商港エリア。軍港エリアじゃないぞ」
「わかってます。軍港エリアに戻りましょう」
俺たちは軍港エリアに戻る。入り口は衛兵が守っていて、俺たちみたいな一般人は当然中には入れない。
「アゾート、軍港にはどうやって入るんだ」
「俺たちは入る必要がありません。このうさぎが自分で忍び込みます」
俺はうさぎの顔を軍港の中心部に向けて頭を撫でた。これでうさぎの目標地点がセットされ、俺がそっと地面に置くと、うさぎがぴょんぴょん飛び跳ねながら、壁の隙間を通って軍港エリアの中へと消えていった。
「これであのうさぎはどこかに隠れて1日を過ごし、目標地点で自爆します」
「・・・恐ろしいな。あんな禍々しいエクスプロージョンがあのぬいぐるみの中に入っていて、明日爆発するのか」
「あのぬいぐるみは、捕まえようとしてもすばしっこく上手く逃げてくれるでしょう。結果の確認は残念ながら我々にはできませんが、これでこの軍港への攻撃は完了です。明日の午前中にはここは壊滅しているはずですし俺たちは優雅な船旅でも楽しみましょう」
そして商港エリアに再び戻ると、チケットを購入してさっさと旅客船に乗船した。
乗ったのはかなり大きな帆船で、乗客も100名程度乗っている。乗客は主に商人が多いようだが、冒険者やなんだかよくわからない職業の人もいる。まあ、俺たちもなんだかよくわからない連中と思われているだろう。
なにせ、いかにも冒険者風なのはアルト王子、エリザベート王女、エレナの3人だけで、あとは国防軍の軍服を着た4人に、女芸人風の3人娘に新教徒のシスター1人という陣容だ。
そして昼過ぎ頃には乗客や積み荷を満載にして、旅客船は港町トガータを出港した。
「明日になれば、あの軍港が木っ端微塵になると思うと、なんだか複雑な気分だな」
「そうですね。平和だったトガータがいきなり敵の攻撃を受けるのですから、気の毒ではありますね。でも街には被害は及ばないし、これは戦争だから仕方がないでしょう」
「・・・アゾート、君が敵でなくて本当によかったよ。あんなうさぎ攻撃、僕は食らいたくないからね」
「それよりも、ここからしばらくは優雅な船旅。船の中でのんびり過ごしましょう」
次回、シャルタガール領包囲作戦
お楽しみに




