第23話 運命のサマーパーティー
冬の到来と共に、僕の初恋も一つの終わりを迎えていた。
僕はセレーネのことをあきらめたのだ。
学園を卒業してしまえば、セレーネとは領主と家臣という関係になってしまう。
だからせめて、お互いに気安く接する事ができる学生の間だけでもセレーネと気軽に話したい。
我ながら未練がましいと思いつつ、セレーネを見つけては少しだけでも話をするようになった。
冬の終わりも感じ始めた頃、セレーネの様子が少し変わった。どことなく元気がなくなったのだ。
隠れて遠くから様子を見ていると、セレーネがフリュオリーネの取り巻きたちに取り囲まれて、何か言い争いをしているようだった。
取り巻きたちが去って行き、取り残されたセレーネの表情はとても疲れきった様子だった。
なぜフリュオリーネの取り巻きが。
それは卒業式のダンスパーティでのことだった。
僕はフリュオリーネをエスコートして会場入りした。
生徒会長として壇上で挨拶しパーティーの開会を宣言。出番が終わりフリュオリーネのもとへ戻ると、そこには取り巻き令嬢たちに囲まれたセレーネがいた。
セレーネのドレスに飲み物の赤い染みがかけられている。
「何をしているんだ」
僕は慌ててセレーネを背中にかばいながら、令嬢たちに事情を聴いた。
「マナーがなっていなかったので、教えて差し上げていたのです」
「セレーネ様は生徒会長との仲をかさに来て、日頃から上位貴族である私たちを蔑ろにしているのです」
「僕との仲だと?」
令嬢たちは悪びれる様子もなく、口々に自分たちが正しいことをしたのだと主張している。
「フリュオリーネ、本当にそうなのか」
彼女の考えを確認するいい機会だと思っのだが、フリュオリーネからは、
「わたくしの口から申しあげることは何もございません。やったのはその者たち。本人たちから聞けばよろしいかと」
と、表情も変えることなく、踵を返したフリュオリーネは一人テラスの方に去って行った。
「まずはドレスを何とかしないと。とりあえず向こうへ行こう」
そう言って僕はセレーネを別室へ連れていった。
フリュオリーネは僕とセレーネの関係を疑い、取り巻きたちを使って、セレーネのことを目の敵にしている。
これは僕が引き起こしてしまったことなんだ。
せっかくのパーティードレスを汚されたセレーネ。
中級貴族たちのいじめの対象にされているセレーネを僕は不憫に感じ、とても見ていられなかった。
僕ならセレーネを守ることができる。
中級貴族など関係ない。
僕は次期伯爵なのだ。
貴族たちへの怒りとセレーネへの想いが頂点に達した僕は、セレーネに思わず言ってしまった。
「僕と結婚してほしい。君を守りたいんだ」
セレーネは絶句していた。
「急にそんなことを言われても困ります」
何を言ってしまったんだ僕は。だがこれ以上は自分の気持ちを抑えきれない。
「わかっている。君のお父様とも相談する。だがこれだけはわかってほしい。僕は君のことを心から愛しているんだ」
僕の言葉を聞き終わると、セレーネは何も言わずにその場から走り去ってしまった。
セレーネに告白してしまった。
フェルーム家には断られてしまったのに、もう諦めたはずなのに。
だが、この現状をそのまま放って置くことはできない。僕にはこうすることしかできなかったのだ。
フェルーム家の当主ダリウスに再度相談に言ったが、完全に呆れられてしまった。何を考えているんだと。
そうだろうな。
自分でもバカなことをしている自覚はある。それでもセレーネのことは、どうしても諦めきれなかった。
僕はセレーネのことをそこまで愛してしまっていたのだ。
中間テスト後の連休明け、久しぶりの登校日。僕は2年生魔法団体戦での騒動の事情を聴くため、フリュオリーネを生徒会の別室に呼び出していた。
「2年の生徒会役員から大まかな話は聞いたが、君からも話を聞いておきたい。君は何をやったのだ」
僕がそういうと、小さくため息をついたフリュオリーネがひどくつまらなそうに答えた。
「私は何もしておりませんわ」
その答えは予想していた。大貴族ほど自分の手は汚さないものだ。
「取り巻きどものしでかしたことは、君の責任ではないとでも。それに講師も巻き込んだそうだな」
「それこそ記憶にございません。講師が何かやったそうですが、私も理解に苦しんでおります」
王都の社交界での経験からか、僕とは役者が違うようだ。彼女からは何かを聞きだせる気がしない。
「君の実力があれば、あんな汚い手を使わなくてもセレーネに勝てただろう」
「汚い手と申されましても、私はセレーネ様とは対戦しておりませんので、答えようがないのですが」
「なんでセレーネをそこまで目の敵にするんだ」
「そもそもセレーネ様など相手にしておりません」
「取り巻きを使ってセレーネをいじめるのをやめろと言っている」
「だからなぜそれを私におっしゃるのでしょうか」
「わかった、もういい」
僕がそういうと、フリュオリーネは表情一つ変えず、黙って生徒会室から出ていった。
僕はフリュオリーネとは上手くやっていけると思っていたのに、いつのまにか意志疎通が難しいレベルにまで関係が悪化してしまった。
政略結婚とはいえ、さすがにこれではまずい。
僕はフリュオリーネとの仲を修復しようといろいろと努力するようにしたのだが、僕たちの仲はその後も改善する兆しすら見えなかった。
セレーネへのいじめも僕の見ていないところで続いていたが、アゾートが目を光らしてくれている。
彼に頼るのはあまり面白くないが、セレーネの安全を考えれば最善策だろう。
実際アゾートは、取り巻きだけでなくあのフリュオリーネに対しても臆することなく立ち向かっていると聞いている。どんな強心臓の持ち主なのだろうか。
ただその報告の中で、フリュオリーネが物凄い形相でアゾートを睨み付けていたらしい。そこだけはちょっと想像ができない。
あの無表情な氷の女王が。
何かの見間違いではないのか。
今日で学校も終わり、明日から長い夏休みに入る。
俺たちは解放感に浸りつつ、それぞれの夏休みの予定を話ながら、放課後に生徒会主宰で開催されるサマーパーティーの会場に向かっていた。
「夏休みは実家に帰ってからもダンジョン巡りをしようと思うんだけと、お前たちも一緒にどうだ?」
ダンはみんなをダンジョンに誘うと、
「面白そうだね。行こう行こう」
みんなかなり乗り気で、それぞれの領地のギルド支部を通した連絡手段を使って、都合のいいときに集まろうということになった。
俺もそろそろ、別の古代文明遺跡の探索をしたいのだ。中間テストからずっと色んな事が有りすぎて、ギルドに顔を出す時間すらなかったわ。
「私は実家には帰らず、学園にいようと思う」
マールは家庭の事情があるので、俺もその方がいいと思った。
「なら、たまに顔を見せに来るよ。実家はここからわりと近いから」
フェルーム騎士領は、ボロンブラーク伯爵の支配エリア内であり、しかも領地が比較的近くにあるのだ。
「それなら、私がアゾートの家まで遊びに行ってもいいかな?」
「ああ構わないぞ。ネオンもセレーネもいるしな」
「やった!」
「お前たちはどうするんだ?」
最近騎士クラスに編入した5人にも聞いてみた。
「俺たちは領地でいろいろと仕事があるんだよ。勘弁してほしいよな、アレン」
ダーシュがウンザリとした顔でアレンに同意を求めた。
「ああそうだな、伯爵家は大変なんだよ」
「私はお姉様と一緒にクエストでもしようと考えていたので、都合がつけばご一緒できるかも」
ユーリがいうと、アネットとパーラも一緒に行こうか迷っているようだった。ついでにこの3人もこの際ダンジョン部に入部してしまってはどうだろうか。
いずれにせよ、夏休みはこのメンバーで楽しく過ごせそうだ。俺は夏休みがすごく楽しみになってきた。
そうだ。例の遺跡にはマールを連れていくことを忘れないようにしよう。
サマーパーティー会場は、すでにたくさんの生徒で賑わっていた。
卒業パーティーとは違い、制服のまま参加する者もいれば、ドレスを着ている令嬢もいる。
俺たちの中では、ユーリ、アネット、パーラの3人がドレスで着飾っている。さすが元上級クラス。
「まずは踊りましょう」
俺はダンスが苦手なのだが、ユーリに無理やり連れて行かれ会場の隅っこの方で踊り始めた。
ネオンは自分の親衛隊に囲まれている。おそらく踊る順番で揉めているのだろう。
放っておいたほうが良さそうだ。
カインはアネットと、ダンはパーラとそれぞれの踊っていたが、カインとアネットのダンスがめちゃめちゃ上手かった。
「カインは何をやらせてもすごいな。ほんとあいつ何者なんだろう」
「だよな」
「次は私とは踊ろうよ」
アレンと踊り終わったマールが俺を誘いに来た時、俺は向こうの方で令嬢たちに取り囲まれているセレーネを見つけた。
またか!
俺は急いで駆けつけた。
「何をしてるんだお前たちは」
俺がセレーネと令嬢たちの間に立ちはだかる。
「別に何もしていません。お話をしていただけです」
いつものらりくらりとはぐらかす。
「言葉の暴力、を振るっていたのではないのか」
「言葉は残りませんので、証拠はございませんわね」
「まあいい。セレーネあちらへ行こう」
俺はセレーネの手を引いて、みんなの所へ連れていこうとする。
俺については、1年生上級クラスを崩壊に導いた悪名がすでに学園中に轟いており、俺に面と向かって戦いを挑んでくる中上級貴族は、上級生の中にもほとんどいなくなっていた。ただ一人を除いて。
だから取り巻きたちもそれ以上何も言わず、俺たちを解放する。最近は慣れたもので、お互いに引き際をわきまえている。
お決まりのパターン。もはや様式美だ。
だったらセレーネをいじめるのも、やめたらいいと思うのだが、上級クラスなりの事情があるのだろうか。
いつもはここで終りなのだが、今日は運が悪いことに向こうからフリュオリーネがやってきた。まずい。
「アゾート!あなたそこで何をしているの!」
「いつもの通り、お前の取り巻きたちからセレーネを救いだしている所だ。もういい加減無駄なことはやめろ」
「言葉使いがなってません。どうしていつも上級貴族への態度が悪いの。礼節をわきまえなさい」
「わきまえてほしければ、もうセレーネに構うな。等価交換だ」
「等価・・! そんな商人みたいなことを。そういう交渉を上級貴族に持ちかける時点で、貴族らしくありません。その態度が王国の秩序を乱すのだと、いい加減に理解なさい」
こいつだけは何を言っても全く話が通じない。
できることなら一生関わりたくないが、サルファーと結婚したら伯爵夫人となり、俺はこいつに仕えなければならない。
だからここで手を引くしかなかった。
「申し訳ございませんでした。以後気をつけます」
俺は仕方なくフリュオリーネに謝罪したが、どうも周りの様子がおかしい。
今日はいつもと違い、全校生徒がいる前でフリュオリーネとケンカをしてしまった。
気がつくと、騎士クラスの生徒と上級クラスの生徒たちが険悪な雰囲気で、あっちこっちで言い争いを始めていた。
俺たちのケンカが飛び火したのだ。
まずいことになった。
「おい、フリュオリーネ。副会長なんだから何とかしろ」
「言葉使いがなってません。呼び捨てもお止めなさい」
「今はそんなことを言っている場合ではないだろ、フリュオリーネ様」
「何をやってるんだ、お前たちは」
そこにすごい剣幕でサルファーが現れた。
僕はサマーパーティーの開幕の挨拶を終え、フリュオリーネとダンスを1曲踊ったあと、スタッフを労うためにステージ裏に下がっていた。
しばらくすると会場が何やら騒がしくなってきた。
「どうしたんだ?」
「会場のあちらこちらで上級クラスと騎士クラスの生徒で言い争いが起きています」
僕は慌てて会場に戻ると、先ほどとは空気がガラリと変わって殺伐とした雰囲気になっていた。
なんでこんなことに。
すぐに生徒会役員を全員集めて、騒動を静めるように指示しようとした。
「フリュオリーネだけいないようだが」
「それが、事の発端が副会長と例のアゾートとの言い争いなのです」
騒動を静めるべき立場の生徒会副会長が、この騒動の原因とは。
僕は頭が痛くなってきた。
いつもは沈着冷静で的確な判断を下せる彼女が、なぜセレーネのことになると感情を抑えられなくなるのか。
「副会長を探してくる。お前たちは騒動を静めておいてくれ」
「わかりました」
そして僕はフリュオリーネを見つけた。
そばにはアゾートがおり、その背中にはセレーネがかばわれていた。
またか!
僕はガマンの限界になり、思わず大声を張り上げた。
「何をやってるんだ、お前たちは」
僕に気づいた3人がこちらを振り返った。
「いつものとおり、セレーネをかくまってるだけです」
アゾートの後ろに隠れているセレーネが、コクりと頷いた。
「フリュオリーネ。お前はなぜそんなにセレーネのことを執拗に攻撃するのだ。そろそろ本心を聞かせてもらえないか」
いつも適当にはぐらかされて、なかなか本当の気持ちを聞けていない。
僕は誠心誠意、話し合いたいのだ。きっとどこかで折り合えるはずだ。
「何回も言っておりますが、私セレーネ様をどうこうしようとは考えておりません」
しかしフリュオリーネは、いつものようにまともに答えるつもりがないようだ。
「どうしても本心を教えてもらえないのか」
「だから本心を何度も申し上げています」
「これ以上は話し合いで解決できないと言うことだな」
「私の言い分を聞いていただけないのなら、そうなります」
もう、彼女と関係を修復することはできないようだ。僕の力ではどうすることもできない。
僕はあきらめてしまった。
「そうか残念だ。僕は君とうまくやっていく自信がなくなった。君との婚約を解消したい」
「え?」
次回、急展開です




