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第22話 サルファーとフリュオリーネ

この二人の視点で見た学園の現状です



 僕はサルファー・ボロンブラーク。


 ボロンブラーク伯爵家次期当主であり、ここボロンブラーク騎士学園の3年生で生徒会長だ。


 学園の名前にボロンブラークが使われているが、僕の所有する学校ではなく、たまたまこの領地に立地している王立の学校である。


 ここ以外にもあと2つある。王都にあるアージェント騎士学園、フィッシャー辺境泊領にあるフィッシャー騎士学園だ。



 今、ボロンブラーク騎士学園が荒れている。


 中上級貴族と下級貴族の間に感情的な対立があり、それが学園全体に広がっているのだ。


 両者の間には主従関係があり、本来対立構造にはなりにくい。もちろん、ちょっとしたイザコザは当然起こる。


 だがそれが学園全体を巻き込んだ階級闘争にまで発展した例は、他の学園を含めもあまり聞いたことがない。


 それが今、この学園で勃発寸前にまで来ている。


 きっかけは先日の2年生魔法団体戦だ。


 セレーネに対する理不尽で不当な扱いに、下級貴族たちが溜め込んでいた不満を一気に爆発させてしまったのだ。


 なぜこんなに不満が溜まっているのか。

 それは昨年来から目立ってきた中上級貴族による横暴な振る舞いだが、それを助長したのが、王都の名門貴族アウレウス家の令嬢フリュオリーネの入学だ。


 王家に連なる名門にして、彼女自身も順位は低いながらも王位継承権を持つ。その彼女の威光をかさに来て、保守的な権威主義者たちが、ここぞとばかりに下級貴族に対して威圧的な態度をとってしまった。


 学園は講師陣こそ王国からの派遣であるが、基本的には生徒による自治組織であり、生徒会長である僕がみんなをまとめなければならない。


 僕が責任を持って、フリュオリーネの影響を抑える必要がある。なぜなら彼女は、生徒会の副会長であり、そして僕の婚約者だからだ。




 フリュオリーネと最初に出会ったのは、僕がまだ騎士学園に入学する前、13歳の時だった。


 アウレウス公爵は、これまで中立の立場にいたボロンブラーク伯爵家を自分の派閥に取り込むため、公爵の弟であるアウレウス伯爵の次女フリュオリーネと僕を政略結婚させることに決めた。


 そしてその顔合わせのため、フリュオリーネはアウレウス伯爵と共に我が領地を訪れた。



 フリュオリーネはまるで人形のように整った顔立ちで、感情を一切表に出さず、とても冷たい雰囲気をした少女だった。


 僕がフリュオリーネを連れて城の中を案内しても、特に興味のない様子で何を話しかけても会話が続くことはなかった。


 両家の間で婚約が成立し、フリュオリーネが王都へ帰った後も、僕たち二人の間に交流はなく、手紙のやり取りもすぐに途絶えた。


 彼女は僕のことに興味がなく、政略結婚だからこんなものなのだろうと思っていた。




 やがて僕は騎士学園へ入学する年になり、自領にあるボロンブラーク校へ入学した。一つ年下のフリュオリーネも、来年にはこの学園に入学するため、王都からやってくることを聞かされた。


 会うのは顔合わせ以来になるが、今はお互いにそれほど興味はないものの、彼女が入学してきたらできるだけ仲良くなれるように努力しようと思った。



 入学から少し経った頃、僕の領地で内戦が勃発した。父親のボロンブラーク伯爵が病に倒れた隙に、僕の弟を次期領主に推す派閥が武力蜂起したのだ。


 僕は自分の派閥に属する騎士団を糾合し、反体制派を鎮圧するため直ちに進軍を開始した。


 反体制派は戦争の準備を十分に行っており、こちらの派閥の切り崩しにも成功。大方の見立ては僕の敗北を予想していた。


 だが僕には世間に知られていない秘密兵器を隠し持っていたのだ。


 伯爵家直臣のフェルーム騎士団が開発した新兵器「大砲」を大量に準備しており、それを運用した新戦術の研究も急ピッチで進んでいた。僕は内戦に勝てることを確信して決戦に挑んだのだ。


 実際「大砲」と呼ばれるその新兵器の威力はすさまじく、攻城戦において効果絶大。開戦からものの3か月あまりで我が方は勝利を収めた。



 そして僕はその戦いの中で、運命的な出会いをした。



 ずらりと並んだ大砲。


 それを次々と発射させる一人の少女。


 白銀の長い髪に燃えるような赤い瞳。


 轟音鳴り響く戦場にはあまりにも不似合いな、繊細な容姿な美少女。


 にもかかわらず、火属性上級魔法・エクスプロージョンを連射するおそろしいまでの魔力と才能の持ち主。


 その鮮烈なコントラストに目も心も奪われていた。


 心臓の鼓動がなりやまない。



 これが恋なのか。



 僕が2年生になり、王都からフリュオリーネが入学してきた。久しぶりに会った彼女は、さらに気品高く名門貴族の令嬢然とした女性に成長していた。


 挨拶を交わし学園を案内したときには、以前とは異なり当たり障りのない会話もそれなりに行うことができた。お互いに大人になったのだろう。



 彼女を案内したあと、今度は今年入学してきた臣下の子弟たちからの挨拶を受けた。


 その時、僕たちは再会した。


 セレーネ・フェルーム


 忘れようにも忘れられない白銀の少女がそこにいた。


 心臓がなりやまず、平常心を保てなくなった僕は、挨拶をそこそこに切り上げて、男子寮の自室に足早に帰った。



 僕の婚約者はフリュオリーネだ。


 王都の名門貴族であり大事な政略結婚の相手なのだ。


 政略結婚なのだからフリュオリーネを愛する必要はない。彼女が入学したらできれば仲良くしようとは考えていた。きっと彼女の方もそう思っているはずだ。


 その一方で僕は、セレーネを愛してしまっていた。


 この想いはまだ誰にも知られていない。


 セレーネとも結婚することはできるのか。フリュオリーネがいるから側室ということになるのか。タイミングは。


 わからないことだらけだ。


 相談したいが父親は病床に臥している。


 答えが出ないまま時間だけが過ぎていく。


 無意識のうちに学園内でいつもセレーネを目で追っている自分がいた。


 今日は会えなかったが、明日はあそこに行けば、きっと彼女も来ているかもしれない。会ったらどうやって話しかけようか。


 そんなことばかりを考えるようになっていた。


 そしていよいよ耐えられなくなり、秋も深まったころ、思いきってフェルーム家当主にセレーネを側室に迎えることができないか相談した。



 答えはNOだった。



 セレーネはフェルーム家の次期当主として公表されており、婚約者もすでに決まっている。一族の男子であり幼くして例の新兵器を開発したという天才、アゾートである。


 次期当主を側室にするのことは、たとえ騎士爵家といえども貴族としての面子に関わる。しかもフェルーム家は古くからの忠臣で先の内戦の功労者。もうすぐ男爵家に昇爵することを考えればなおさらだ。



 僕はセレーネをあきらめた。



 だからせめて、学園の中だけでもセレーネに話しかけることぐらいは許してほしい。






 私はフリュオリーネ・アウレウス。


 アージェント王国の名門アウレウス公爵家一族の令嬢として生まれ、幼い頃から王妃候補としての厳しい教育を受けてきた。


 為政者としての威厳を持ち、貴族たちに秩序を守らせる。それが王国の体制を維持し繁栄をもたらすことになる。そう、教えられてきた。


 貴族たちは魔力という絶対の力を持っており、欲望に忠実な存在だ。主従関係で縛ってはいるがそんなものでは彼らを完全にコントロールすることはできない。


 現に絶対王政を敷く隣国ブロマイン帝国と我が国の軍事力格差は、我が国の封建制度の限界を示していた。


 だから私は、感情を排除し冷徹な判断を持って貴族たちを支配下に置く。そのように教育され、またそれが正しいと理解している。



 私は結局王妃にはなれなかったが、サルファー・ボロンブラークの妻として、将来この領地を統治することとなる。私の受けた教育は、ここでもきっと活かされるはずだ。



 騎士学園に入学し、生まれて初めてこれだけたくさんの貴族を目の当たりにした。この貴族の子弟たちを統率するのが、為政者としての実地訓練になるのだろう。


 実際に、学園の貴族たちは欲望に忠実で上位にへつらい下位をおとしめている。子供の頃に勉強したとおりだった。


 妬みそねみ感情で物事を判断し、自分の見たいものだけを見て、信じたくないものは都合よく解釈を加えて自分自身を騙し納得させる。


 中上級貴族は下級貴族を必要以上に罵り苛めて、自分の自尊心をくすぐり満足しているのだ。


 そんな彼らの行動を理解できないし、できれば理解したくない。


 この学園では生徒だけでなく講師まで愚かな行動をする。シャウプといったかあの講師、彼女が何を考えてあのような愚かな行動をするのか理解に苦しむ。


 私はそんな愚かな貴族たちを統率し、為政者として彼らを支配する。その練習の場がこの学園なのだ。



 私はもともと感情が表に出ない。子供の頃から、感情的になることがそもそもなかった。


 サルファーに対しても特に何かの感情を持っているわけではない。将来の伴侶として、適切な距離感で良好な関係を維持できればそれでいいと思っている。



 学園に来て気づいたが、サルファーは私とは異なり感情が豊かな人間のようだ。


 臣下であるセレーネ・フェルームという下級貴族を、どうにかして自分の妾にしたいと思い悩んでいるらしい。


 それ自体は普通のことであり、私から特に言うべきことは何もない。


 気になるとすれば、彼が感情に支配されて周りが見えなくなり、間違った判断を下してしまうことだ。それは為政者として適切な行動とは言えない。


 彼とは折を見て、意識あわせをしておく必要がある。




 ただこんな私にもこの学園で一つだけ、どうしても許せないことがあった。


 アゾート・フェルーム。


 この男は王国にとって危険な存在だ。


 私の調べた情報では、彼が開発した新兵器や魔法の数々が、発想の飛躍でもない限り作り得ない天才の所業であること。


 従来の貴族にはない価値観や、柔軟で合理的な考え方を持っており、私が学んできた帝王学では支配の及ばない範疇外の存在であること。


 つまりは王国の秩序を乱して破綻に導く可能性のある異端者。


 そんな人間がボロンブラーク騎士学園に入学してきた。



 下調べは済んでいたが、本人を目の当たりにしたのは、中間テスト前日の訓練棟だった。


 私の取り巻きたちがまたセレーネを罵っては自己満足に浸っていた。


 くだらない。


 そんなことよりもそこにいたアゾートの顔を見た瞬間、今まで感じたことのなかった様々な感情が一気に私の心に渦巻いた。


 一生分の感情がまとめて同時に押し寄せた感覚。


 私は冷徹な表情を維持できなくなり、慌ててその場を去るしかなかった。



 次に会ったのが、昼休みのラウンジ。


 彼を呼び止めて、振り返った彼の顔を見たときに感じた気持ちは「怒り」だった。


 気がつけば私は彼の頬を力一杯平手打ちしており、それから感情の赴くままに彼を罵った。何を言ったのか全く覚えていない。


 気がつけば、いつのまにか彼は去っており、私は一人ラウンジに取り残されていた。



 これまで軽蔑していた貴族たちと同じ見苦しい私。


 でも一つだけわかったことがあった。


 アゾートは私にとって、不倶戴天の敵なのだということを。




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