第210話 カレンの戦略
わたくしはカレン・アルバハイム。
アルバハイム伯爵家令嬢としてこのボロンブラーク騎士学園に入学してきました。
わたくしの父は現アルバハイム伯爵の弟であり、家は分家にあたりますが、本家に近い血筋であり学園では伯爵家令嬢として扱われています。
でもアルバハイム家では微妙な立場でした。
わたくしはかなり魔力が強く生まれてきたけれど、父はそうではなかったため領地の主要な役職に着けず若い頃は王都で官僚をやっていました。
だけどアルバハイム家はフィッシャー家とともにブロマイン帝国との戦争の矢面に立つ武門の家系であるため、本家筋で戦死者が出ることがわりと多い。そのため領地に適当なポストが空いたことから、父は王都の官僚をやめて領地に帰ることができたのです。
ただ父は魔力が弱く戦場に出ることができなかったため、領地では他の兄弟と比べて軽い扱いをされていましたが。
そんな父の娘であるわたくしは、でもそのことがむしろプラスに働きました。親族の令嬢たちがわたくしのことを下に見ようとも、わたくしは王都での生活を知っているので、心の中では逆に彼女たちをバカにできたからです。
この領地の価値基準は、女子と言えども敵を葬りさることが大事とされてますが王都では違う。貴族令嬢は教養を磨いて音楽を嗜み、いかにエレガントに振る舞うかが大事なのです。
わたくしは音楽の勉強を続けつつ、騎士団の訓練にも参加して女を磨いてきました。あんな娘たちに負けてたまるか。
アルバハイム一族は騎士学園に入る前にある程度の教育を受ける仕組みになってますが、わたくしは強い魔力を持っていたことから、将来はアルバハイム家の本家筋やフィッシャー家に嫁ぐための専門の教育を受けるために選抜されました。
そこでは、現フィッシャー辺境伯の本妻のエメラダ伯母さま(お父様のお姉様)がトップに君臨していて、本家筋の夫人達が細かく指導してくれたのです。
だからいつの間にか、エメラダさまはわたくしの先生でありながら人生の目標や憧れに変わり、年の近いミリー叔母さまも、わたくしにとってはとても優秀な先輩として尊敬するようになっていました。
そして騎士学園への入学を控えたある日、わたくしはエメラダ伯母さまから大事な話があると呼ばれました。そこにはミリー叔母さまも同席されていて、そこで言われたのが、わたくしがフィッシャー辺境伯家三男のカイン様の婚約者候補に選ばれたということでした。
カイン様は三男だし、魔力も他の兄弟と比べればそれほど強くもないので、フィッシャー家の家督を得ることは恐らくないのだけれど、それでもフィッシャー辺境伯家本家子息の嫁になれるのだ。わたくしの立場から言えば大出世。エメラダ様の期待に絶対に応えなければならないと使命感に燃えました。
でも、
「婚約者ではなく、候補なのですか?」
「ええ残念ながら」
「ということは他にも候補がいると?」
「ええ、実は辺境伯はメルクリウス男爵家の娘を本妻にと考えているの」
「男爵家から本妻ですか・・・でもどうして」
「ネオン・メルクリウスという令嬢が一時期、カインの婚約者としてこの城に来ていたのだけど、カインはおろか辺境伯やホルスまでネオンのことが気に入り、ネオンとの婚約解消後もメルクリウス家の別の令嬢を婚約者にしようと画策しています」
「でもそんなことになれば、アルバハイム家からは誰も嫁げなくなってしまいます!」
「ええ。男爵家令嬢が本妻になれば、格式から伯爵家令嬢は側室にはなれません。ホルスまでメルクリウス男爵家から嫁を迎え入れようとしてますが、あの子の場合はわたくしが何としてでも食い止めます。でもカインはバートリー側の強い意思が働き、わたくしの力ではどうすることもできません」
「では、メルクリウス男爵家令嬢を側室として迎え入れればいいのでは」
「もちろん辺境伯には言いましたが、メルクリウスは特別な血筋らしく、例のバートリー家との古い繋がりもあり、ただの男爵家として扱えないの一点張り。そこにバートリーがメルクリウスと結託して、フィッシャー家を牛耳りかねない勢いなのです」
「そんな・・・では、フィッシャー家とアルバハイム家の関係も大きく揺らいでしまうのではないでしょうか」
「そうなのです。カレンでもすぐに分かる簡単なことなのに、辺境伯は何も分かっていないのです。そこでカレン、あなたに命じます。ボロンブラーク騎士学園に入学してカインに直接気に入られ、自分で正妻の座を奪って来なさい」
「わ、わたくしが自分で正妻の座を奪うのですか」
「そうよ。あなたには他のアルバハイム家令嬢にはない王都仕込みの洗練されたセンスと教養、そしてその優れた容姿と強い魔力まで備わっています。でも決め手となったのは、あなたが持つそのど根性です。あなたならできるとこのわたくしが見込んだのですから、期待を裏切るようなマネは絶対にしないで頂戴ね」
「わたくしのど根性が見込まれた・・・はっはいっ、 このカレン、命をかけてカイン様に気に入っていただきます!」
そんな風にして決まったわたくしのボロンブラーク騎士学園への入学でしたが、まさか、クラスメイトにそのメルクリウス男爵家令嬢がいたとは・・・。
リーズ・メルクリウス
シルバーブロンドの流れるような長い髪に、燃えるような赤い大きな瞳を持つ正統派美少女。このクラスの中でも一人異彩を放っており、他の女子生徒なんかには一切目もくれず、常にクラスの全ての男子生徒を回りに侍らせている、女王様気取りの嫌みな女。
容姿の美しさではわたくしも少しは自信があったのですが、彼女を見るとその自信も少し失せてしまう。特にあのスタイルは反則で、まだ1年生にもかかわらずわたくしや隣の席にいるクロリーネ・ジルバリンク侯爵令嬢と違って胸が大きいし、全体的に成熟しているのです。
悔しいけれど、男子生徒たちが彼女に群がるのもわかる気がします。
そんな彼女はクラスで一番身分の低い男爵家令嬢でしかもつい最近までは騎士爵分家だったと聞きます。それなのに魔力は異常に高く、クロリーネ様は別格としても、わたくし達伯爵級に十分届いているのです。
なんでよっ!
わたくしはこれまで感じたことのない危機感を募らせました。この女はヤバい!
そしてこともあろうに、この女はカイン様のことを慕っていて、ことあるごとに近づい来てはカイン様にちょっかいをかけようとする、ふしだらな泥棒ネコだったのでした。
わたくしは急ぎカイン様の取り巻き令嬢たちを掌握し、あの泥棒ネコがカイン様にこれ以上近付かないように徹底的にマークしました。
そしてフィッシャー騎士学園との最強決定戦や期末テストの武闘大会での彼女との戦いを経て、舞台はついに生徒会長選挙へと移ったのでした。
「カイン様、今日もたくさん人が集まって大成功ですね。あちらのリーズ様の方は人も少ないし、いつもの男子生徒しかいませんでしたから」
「ああ、お疲れカレンとモナ。二人のお陰で選挙戦は順調だし、今日はこれぐらいにして帰るとしよう」
「え、まだリーズ様たちは握手会をしています。今やめると生徒があちらに流れてしまいます」
「それはそうかも知れないが、この場所の片付けをする時間も必要だろう」
「そんなのすぐに終わらせますし、もしこの後お時間があれば作戦会議をしませんか」
「・・・カレン、あまり無理をするなよ。いつも一緒にいた令嬢たちとケンカをしたのなら、そろそろ仲直りをした方がいい。選挙活動のいろんな雑用を全部カレンとモナの二人でやっていては大変じゃないのか」
「あの子たちとは、その・・・」
「まあカレンにも色々あるのは分かるが、無理をするとそのうち倒れるぞ。後片付けは俺も一緒にやるから、今日はもう終わりにしよう」
「はっ、はい。カイン様!」
カイン様は何だかんだでわたくしにとても優しい。エメラダさまの命令がなくても、わたくしはいつしか彼に惹かれるようになっていました。
「カレンとモナは歌や音楽がとても上手だけど、それどこで習ったんだ」
「わたくし達は幼馴染みで、小さい頃は王都に住んでいたのですが、王都アージェントや領都ジェノポリスのオペラハウスによく遊びに行っていたのです。そこで音楽に興味を持ち、家庭教師をつけて独自に学んできたのです」
「それは凄いな。フィッシャー領にはそんな文化的なものは一切ないから、カレン達のその特技はとても貴重だよ」
「そ、そうですか?」
「ああ、結婚相手を探すにしても、かなりプラスに働くと思うぞ」
「結婚相手を探すって・・・あの、それは」
「・・・俺は今のお家騒動がこれ以上大きくなることを望んでいないんだ。だから当分誰とも結婚するつもりはないんだよ」
「でもリーズ様とは・・・」
「それは・・・」
「・・・お家騒動なら、わたくしと結婚すれば必ず収まります。国防の要であるフィッシャー家とアルバハイム家の結束さえ乱れなければ、他は全て些事。必ずなんとかなります。それにメルクリウス家は伯爵家に昇格したのですからちゃんと手順さえ踏めばエメラダ様だってきっと」
「すまんカレン・・・もう、そういうのとは関わりたくないんだよ」
「カイン様・・・」
「さあ早くここを片付けよう。この後、作戦会議をするんだろ?」
「はっはい、カイン様・・・」
3人で後片付けをした後、放課後誰もいなくなった1年上級クラスの教室に戻って、選挙の作戦会議を開いた。
「それでカレンはどんな作戦を考えているんだ」
「わたくしとモナ様にできることは歌と音楽だけなので、基本的にはこのミニコンサートを毎日続けます。歌のレパートリーもまだまだたくさんありますので、一度来てもらった人にも毎日違う歌を楽しんでいただけますし、新しい人も呼び込めると思います」
「そんなにたくさんの歌が歌えるなんて、カレンは本当に凄いな」
「はっはい。それでわたくしたちは3人だけだから、身軽にあちこち移動しながらミニコンサートを開く、つまりゲリラライブを実施するのです。そうすれば、すべての生徒に聞いてもらえて、支持者を集めることができるはずです」
「なるほど」
「そこでカイン様が生徒会長になれば、王都で流行っている音楽をいち早くこの学園に紹介して、文化的な学園生活が送れることをアピールするのです」
「それはいいな。カレンの歌を気に入ってくれた生徒たちなら、きっとそういう学園生活も支持してくれるだろう」
「はい! では早速明日から頑張りましょう」
次回、選挙戦が動きます
ご期待ください




