第206話 中立派貴族の変貌
叙勲式が終わった週明けのアージェント学園は雰囲気が一変していた。
教室に向かう俺たちに対し、先週までは少し距離を置いていてチラチラと様子を見ていた生徒たちが、今はすれ違う度に挨拶をしてくれるようになった。中には話しかけてくる生徒もいて、教室までの距離が遠くなった気がするほどだ。
教室に入ってからも、クラスの中立派の貴族が俺の所にどっと押し寄せてきて、あからさまに俺をちやほやと持ち上げる。そのあまりの豹変ぶりに、アウレウス派、シュトレイマン派の生徒たちが呆れ返るほどだった。
「いやはやメルクリウス伯爵は大したものだ。僕たちと同じ年齢なのに騎士爵分家からよくぞ伯爵まで出世されたものだ」
「まさに立志伝中の人物だよ」
「ソルレート戦ではアウレウス派でありながら、シュトレイマン派連合軍や中立派のベルモール、ロレッチオ両家と連合して、見事勝利を収めたと聞く」
「いやいや、一番の手柄はやはりフリュオリーネ様とともに帝国軍を後退せしめた、あの一戦だろう」
「いずれにせよ、広大なメルクリウス伯爵支配エリアは、今後アージェント王国の中心になっていくに違いない」
「ぜひ我々も、メルクリウス伯爵にあやかりたいものですな」
今朝からずっとこんな感じで、同じ話が無限ループしている気がする。
一方、王位継承権が戻り、その順位を一気に12位にまで上げたフリュも、アウレウス派の宮廷貴族たちから引っ張りだこで、朝から俺同様にずっと誉め言葉を浴びせかけられていた。エリザベートがフリュに近づくこともできず、イライラしているのが笑えるが。
なんだかんだで、あの二人は仲がいいんだな。
しかし誉め殺しとは言わないが、宮廷貴族たちにこうも態度が豹変されると、こちらもどう対応していいのかわからなくなる。
だが宮廷貴族たちのこの必死な姿をみる限り、学園卒業後の仕事を見つけるのもきっと大変なのだろう。ボロンブラーク校はそれが婚活に向かっていたけど、アージェント校は就活なのだ。
そんな感じで、俺が中立派の貴族に取り囲まれて、教室中央エリアの中立派席まで連れ込まれていると、珍しくクリプトン3人娘が遅刻もせずに登校してきた。
「おはよっす、ネオン氏」
「おはよっす、3人娘」
ネオンは完全に3人娘に取り込まれた感がするが、そんな3人娘が俺を見ると、ツカツカとやって来た。
「およよ。ハーレム野郎が朝からうちらの手下どもに取り囲まれているのはなぜ?」
「まっまさか、私たちが魅力的過ぎてハーレム野郎がついに中立派に移籍してしまった件」
「いやん。わたしら全員、妊娠まったなしでごわす」
うぜーっ。
なんで2年生の中立派代表がこいつらなんだよ! 誰かイリーネ王女とこいつらを取り換えてくれ!
「ダメだよみんな、アゾートはこのネオン様のものだから、3人娘はハーレムに入れてあげないよ」
お、ネオン、よくぞ言った!
だが、お前もハーレムハーレムうるさい。
「それはないっすよ、ネオン氏。メルクリウス伯爵のハーレムには、まだまだ空きがあるじゃん」
「ないよ」
「一昨日の叙勲式の行進を見た限りメルクリウス伯爵はお金持ちそうだし、領土もまだまだ広がりそうで、クロリーネ・ジルバリンクも嫁にする勢いだったし。それなら中立派からも王族の姫を娶らなきゃ」
「なるほど。クロリーネがハーレム入りすると、中立派の王族からも姫を一人という話になって、バランスを取りに来る可能性もあるってことね」
「そういうこと。やはりネオン氏は話がわかるな」
「私って天才だから。一を聞いて十を知る女」
「じゃあ!」
「それでもダメだよ」
「どうして」
「ハーレム要員が増えると、ただでさえ私との時間が少ないのに、またアゾートに遊んでもらえなくなる」
ネオンがそうキッパリ断ると、3人娘の一人ルカが不敵に笑った。
「・・・かつて、シリウス教の大聖女はこう宣った。力ある男は複数の妻を娶り子孫を繁栄させよ。それが弱肉強食の生物界を勝ち抜く必勝戦略。大貴族はとにかく妻を多数娶るのが善。産めよ増やせよ、この世を魔力で満たすのだ」
「それどこかで聞いた言葉だね。何だったっけ?」
「これはネオン氏が最も敬愛している大聖女クレア様のお言葉だよ。もちろん知ってるでしょ」
「・・・思い出した。それ、せりなっちの結婚式で私がやった結婚スピーチだ」
「さすがネオン氏、このお言葉をご存じとは。つまりシリウス教の教えに従えば、メルクリウス伯爵がわたしらを娶るのが善。それを拒むネオン氏は悪ということになる」
「ちっ、それを持ち出されると、この私もグーの音も出ないな。よろしい、3人とも面倒を見てあげよう」
「やったー!」
「ついにわたしらもハーレム要員でごわすか~」
「さっそく、うちらの子供につけるキラキラネームを募集するスレを立てなければ」
「と言うことでアゾート、中立派の王族の姫を3人もゲットしてきたよ。仕方がないから、こいつらも娶ってあげて」
「断じて断る! 勝手に決めるなよ、ネオン」
「だってシリウス教の教えだよ? 守らなきゃ」
「何がシリウス教の教えだよ! それ、お前が俺達の結婚式でしこたま酒飲んで酔っぱらって、最後のスピーチでくだを巻いてた時の愚痴じゃねえか。結婚式のスピーチとしてはおよそ最低な内容だったし、しかもその挨拶のあとでお前、裏でゲロ吐いてただろ。ひとの結婚式で何やってんだよ!」
「あれ、そうだっけ。よく覚えてないな」
「そらそうだろ。お前完全に泥酔してたからなっ!」
ということで3人娘には丁重にお断りをしたところ、その代わりということで、クリプトン領に招待を受けることになった。
どうやら、クリプトン侯爵がぜひ俺に領地の視察に来てほしいとのこと。さっそくの中立派重鎮からの誘いに、俺達の作戦の効果が出てきたようだ。
急な話だが、来週末はクリプトン領へ遠征だ。
始業のチャイムがなり、シリウス教概論の授業が始まった。俺はネオンの隣に座りこっそり話しかけた。
「なあネオン、お前ルシウス教に詳しいか?」
「シリウス教概論の時間にルシウス教の話をするなんて、アゾートは相変わらず宗教に無頓着だね」
「もとは同じ宗教なんだし、似たようなもんだろ」
「物凄い暴論だけど、日本人ならまあこんなもんか。あまり詳しくはないけど、一通りは知ってるから教えてあげる」
「じゃあ、ルシウス教の7大天使って知ってる?」
「・・・それって、安里くんが言ってたジオエルビムの強化人間シリーズの話でしょ」
「やっぱりそうなのか、ネオン!」
「しーっ、声が大きい」
「す、すまん・・・それでその7大天使について教えてくれ。やっぱり強いのか?」
「教典はバトルものじゃないから、7大天使の強さなんか知らないけど、昔、安里くんから強化人間シリーズの名前を聞いたときに、最初に思い出したのがその7大天使だったんだ」
「だったらその時に教えてくれたって」
「そんなの知らないよ。だってその時の私はジオエルビムが何なのか知らなかったし、ルシウス教とは全く無関係で偶然名前が一致しているだけだと思ってたから」
「確かにそうだよな」
「でも大分後になってその話を思い出した時、ルシウス教の教義と合わせて考えれば、ひょっとしたら何か関係があるんじゃないかと思い始めた」
「ルシウス教の教義って?」
「ルシウス教って、シリウス教と同じ一神教なんだけど、神の力が世界に具現化したものが魔力であり、魔力を生まれながらに持った人間は神の御子で貴い存在であることから貴族と呼ばれるようになった」
「貴族って、ルシウス教から来ていたのか」
「世界で最も古い宗教だからね。そして神の力を直接この世界にもたらす者が7大天使とされているのよ。だから天使は強大な魔力を持っていて、よく考えるとそれが例の強化人間の話と似てるなって、前世では何となくそう思ってた」
「思ってたっていうことは、今は違うのか」
「これは最近気がついたことであくまで私の想像よ。まだ何の証拠もない話だけどいい?」
「ああ! ネオンが考えたことなら、ぜひ知りたい」
「ルシウス教は古代魔法都市ジオエルビムと深い関係があって、例の遺跡はアージェント王国ではなく、シリウス教国の地下にある説」
「本当かよ!」
「シリウス教国は今でこそシリウス教の総本山だけど、元はルシウス教の総本山で、宗教的な聖地も同じ場所なんだけど、そこって変わった所なんだ」
「変わった所って、どんな風に?」
「地表から魔力が沸き上がってくるの。私が大聖女だった頃も、248年政変でシリウス教国に取り残された世界線でも、絶えず魔力は立ち上っていた。聖地だからそういうものだって、私自身を含め誰も不思議に思わなかったんだけど、すべての記憶が戻った今改めて考えたら、これって変な話だって気がついたの」
「確かに変だ。そんな場所があるのなら、これまでの常識と辻褄が合わなくなる。世界から魔力が失われることはないし、そもそも魔力を発生させるエネルギー源は人間じゃなかったのか。だが仮に地表から魔力が吹き出す場所があるとすれば」
「そう。ジオエルビムの中央塔、魔導コアの直上よ」
「つまり、魔導コアで生成された大量の魔力が中央塔から地表へ送られて、聖地からシリウス教国全体を魔力で満たしていると」
「そう。私は連れていってもらえなかったけど、この前マールの実家にフレイヤーで視察に行ったとき見たでしょ、あの空高くまで伸びる魔導障壁を。あんな魔力、人間に産み出せる訳がないし、聖地から沸き上がる魔力を使わなければ到底できない代物。そしてその聖地の魔力は魔導コアで生成されている」
「するとつまり、日本国防軍が昔戦争をしていた相手っていうのは」
「かつてのシリウス教国・・・つまりルシウス教国ということになるね」
「まじか・・・」
「その確証を得るためには、もう一度ジオエルビムを探索する必要があると思うの」
「そうだな・・・だが残念だ。当分忙しくて行けそうにない。今はブロマイン帝国ボルグ中佐対策が先だ。ネオンもガルドルージュの指揮に専念してくれ」
「仕方ないよね、わかった」
ネオンの仮説に興味を抱きつつも、まずは中立派貴族の取り込みを優先させるアゾートたち
次回は、魔法協会にアゾートが事務所を開く
ご期待ください




