第21話 騎士クラスへの転入生
最近、貴族の横暴な展開が続いたので、
今回は日常回です。
中間テストも終わり、短い連休を挟んで今日から授業再開。久しぶりの登校だ。
騎士クラスBの教室に入ると既に多くの生徒が登校していた。
雑談に花を咲かせており、クラスの中はとてもいい雰囲気だ。
中間テストでは本当にいろんなことがあったが、結果としてクラスの団結が強くなったのは間違いなかった。
「ネオン様ー!」
クラスの女子生徒のほぼ全員が、一斉に登校したばかりのネオンの方に駆け寄ってきた。
ネオンファンクラブである。
「聞いてください。私たち実はネオンファンクラブを解散して、新たに「ネオン親衛隊」を結成いたしました。これからはファンとしてネオン様を応援するのではなく、ネオン様に忠誠を誓いともに戦う組織に進化いたしました」
ファンクラブ改めて親衛隊のみんなの目が、やる気に満ちてキラキラと輝いている。彼女たちのこういう姿を見るたびに、俺の胃はキリキリと痛み出す。
俺はそそくさと窓際後方の自分の席に向かうと、ダンとマールは既に自分の席に座っていて、授業の準備をしていた。
「おはよう、ダン、マール」
「ようアゾート」
「おはよ。アゾート久しぶり」
こういう平和な学園シーンがどこか久しぶりで、もう上級貴族たちとは関わり合いにならず、のんびりとした学園生活を送りたいな、とぼんやりと考えていた。
午前の授業開始にはまだ少し間がある時刻なのだが、シュミット先生が教室に突然入ってきた。
魔術実技はいつも午後からなので、朝の教室でシュミット先生の顔を見るのは初めてだ。
「みんな聞いてくれ。突然だが今日からこのクラスに転入することになった新しい仲間を紹介する。入ってくれ」
この時期に転入生なんて入ってくるのか。どんなやつだろうと思っていると、複数の男女がぞろぞろと教室に入ってきた。
「ダーシュ・マーキュリーだ。よろしく頼む」
「アレン・バーナムです」
「ユーリ・ベッセルです。皆様ごきげんよう」
「アネット・マーローです。よろしく」
「パーラ・ウェストランドです」
「「「えーー!」」」
1年生上級クラスのトップ5じゃないか。
なぜこいつらが、うちのクラスに転入生として入ってくるんだ。わけがわからん。
俺たちが混乱していると、シュミット先生が困ったような表情で頭を掻きながら、事情を説明してくれた。
この5人はどうやら、シャウプ先生の指導を受けたくないと学園側に申し入れ、話し合いの結果、シュミット先生の指導を受けるために騎士クラスへ編入することになったようだ。
ただクラス分けについては、ことの発端が騎士クラスBとの対抗総力戦であったこと、A組とC組に上位貴族を入れてもクラスが混乱するため、5人全員B組にまとめたらしい。
そしてB組のクラス担任(本来はそのような制度はこの学園にはない)をシュミット先生にお願いすることになったようだ。
あの時ユーリが言っていたイタズラってこの事だったのか。
シュミット先生の話は続く。
「それで、俺一人でお前たちの面倒を見るのは大変なのでアゾート、お前を学級委員長に指名する」
「学級委員長?」
学級委員長とは、前世では通常、黒髪ロングの美少女がその任を務めるポジションである。この学園で言えば、ダンジョン部先輩のサーシャのような人だ。
なお俺が持つ現代知識によれば、主な仕事は、前方が見えないほどの高さに積まれた山のような書類を、職員室まで運ぶことである。
そもそも騎士学園に学級委員長などというポストは存在しないのに、なぜ俺がやるのか。
「なんで俺が?」
「強いからだ」
強いから。 え?
異世界って、委員長は強さで決まるものなのか? 黒髪の美しさではなく。
「ダンやネオンの方が強いんですけど」
「上級貴族を率いるには魔力の強さが重要だ。ネオンでもいいがあいつ全然しゃべらないだろ」
そうだった。ネオンは女子であることがバレないように、クラスでは無口キャラだった。
家では余計なことをたくさんしゃべるけど。
「決定事項だから異論は許さん。じゃあクラスのことを頼むぞ」
そう言い残して先生は教室を出ていった。
「・・・・・」
教室の一番後ろに横一列に机を用意したので、5人にはとりあえず、そこに座ってもらうことにした。
俺の後ろの席がダーシュ、そこから右へさっきの自己紹介の順番で座ってもらう。
「アゾート。これからよろしく頼む」
「ああ、こちらこそ」
まさかダーシュとこうしてともに授業を受けることになるとは、一度も想像したことすらなかったわ。
「そういえば、上級クラスの他の生徒はどうしているんだ」
「そうか知らないんだな。ハーディンはまだ回復していない。当分目が覚めることはないようで、実家に送り返されて療養している。お前やりすぎだよ」
「そうか悪かったな」
「マーサとザッシュは回復したが、もうこの学園にいたくないらしく王都の騎士学園へ転校した。その他の12名はまだ上級クラスに残っている。お前が開幕1撃で葬ったやつらだ」
「あいつらか」
それっぽく言ってみたものの、もはや顔と名前は思い出せない12人。モブである。
「しかし思い切ったことをしたもんだな。シャウプ先生と敵対してしまって、貴族の立場的に大丈夫なのか?」
「かまわん。お前たちと一緒に学んだ方が俺たちはもっと強くなれる。そう思ったからだ」
「わかった。俺はお前たちを歓迎するよ」
昼休みいつものメンバーで食事に行こうとすると、ダーシュたちも一緒に加わることになった。
「10人ともなると、席がなかなか見つからないな」
頭一つ分大きなカインが、キョロキョロと食堂を見回してみるが、この時間帯はさすがに開いていなかった。
「あっちのラウンジ席なら空いてるぞ」
ダーシュがラウンジ席を指さす。
「ラウンジ席にはあまりいい思い出がなんだよね」
マールが嫌なことを思い出す。
「ああまあ、そうかもしれんが。俺たちが一緒だから誰も何も言ってこないと思うぞ」
事情を察したダーシュが気を使いつつ、もしよければという感じでラウンジ席を勧めてきた。
気乗りはしないが、あまり気を遣わせるのも悪いので、俺たちはラウンジ席の一番手前の方に陣取り食事を始めた。
「アレンはダーシュの幼馴染なのか」
「ああ、親戚筋でもあり子供の頃から交流があった。ダーシュは考えが甘いところがあるから、昔から面倒を見てやっているんだ」
「面倒を見てやっているのは俺の方だ。勘違いするなアレン」
「この二人は昔からこうなんですのよ」
ユーリが呆れたようにため息をついた。
「ユーリもダーシュたちと昔からの知り合いなのか」
「そうね。二人ほど親しくはなかったけれど、家が同じ派閥同士だし交流はありましたわ」
「アージェント王国の貴族にはいくつかの派閥に分かれていて、俺たちはアウレウス公爵派ということになる」
アウレウス公爵といえばフリュオリーネの家の本家か。
「アネットとパーラも、よく騎士クラスに編入しようと思ったね」
するとアネットは待ってましたとばかりに話し始めた。
「私もダーシュと同じでシュミット先生に教わる方が強くなれると思ったからかな。それよりマールの魔法すごかったね。私は魔法防御には自信があったんだけど、まさか一撃でやられるなんて想像もつかなかったよ。どんな魔法だったの」
アネットが興味津々の様子でマールにぐいぐい迫っていた。するとマールは、
「あれはね、アゾートが私のために作ってくれた新しい魔法なんだよ。大切なものだから、誰にも教えられないんだ」
マールはそう言って、左手の指輪を大事そうにそっと胸に当てて、頬を染めていた。
「ふーん。そういうこと」
アネットが俺のほうを見てニヤニヤした。
「なんか勘違いしているようだけどそういうのとは違うぞ。イテテ。おいやめろよネオン」
地味に痛いので、俺の足を踏み抜くのはもうやめてほしい。
「そういえばパーラ様はどうしてこちらへ? 強くなりたいとかそういったことには全く興味がなかったのでは」
サーシャが意外そうにパーラにたずねた。
ダーシュもパーラは上級クラスに残るものだと思っていたようだ。
「そうなんだ。パーラは普段からとてもおとなしくやさしい性格で、戦いとは無縁のご令嬢って感じなのにほんと意外だよ。この間の試合のあとも、恐怖でブルブル震えていてサーシャがずっと慰めてたって聞いているぞ」
「「「え?」」」
パーラってそんな性格だったの?
そういえば俺たちは、魔力やら属性やら、戦闘面の情報しか収集していなかった。
だからパーラが誇る防御魔法をいかに攻略するかしか考えていなかったわ。
結局パーラの心を折るために、鬼の形相をしたダンが人間業とは思えないスピードで、パーラのバリアに何百回となく剣を打ちつけたんだった。
よくよく考えたら一番ひどい目にあったのはパーラなのかもしれない。
「パーラ、あの時はすまなかった!」
がたんとダンが立ち上がってパーラの前に立つと、深々と頭を下げて謝罪した。
パーラはそんなダンを前にして、顔を真っ赤にして言った。
「あの、その、もう気にしていませんわ。それよりも、これからは仲良くしてくださいませ。ダン様」
いい娘だった。
俺たちは申し訳ない気持ちでいっぱいになり、パーラのことを直視できず、いっせいに顔をそむけた。
「じゃ、じゃあ、これからは俺たちと一緒に強くなれるように頑張ろう」
いたたまれなくなった俺は、はやくこの会話を切り上げたかった。
「はい! バリアがもっと強くなるように、この間みたいに私を剣でたくさん叩いてください。ダン様・・・」
「「「・・・・・」」」
パーラに対して何か取り返しのつかないことをしてしまったような気がした。
いたたまれない空気に支配されシンと静まった俺たちのテーブルの沈黙を破るように、背後から俺を呼ぶ声がした。
「アゾート・フェルーム!」
振り返った瞬間、頬を力いっぱい叩かれた俺は椅子から転げ落ち、地面に転がった。
誰だ。
起き上がりながらそちらに顔を向けると、そこにいたのは怒りの形相で俺を睨みつけているフリュオリーネ・アウレウスだった。
氷の女王と評される人形のように冷たい表情とはまるで正反対の、激怒する女王がそこに立っていた。
「突然なにをするんだ」
俺は立ち上がりながら、フリュオリーネを睨み返した。
「あなた、マーサとザッシュにひどいことをしてくれたようね。二人ともすごく怯えていてマーサは泣いていましたわ。もうこの学園にはいたくないって、王都に帰ってしまわれた。あの二人があなたに何をしたと言うのですか」
「お前のほうこそ、これまでセレーネに何をしてきたんだ。この間の騎士訓練棟での酷い暴言、俺ははっきりと覚えているぞ」
「それはあの二人ではなく別の方でしょう。私と一緒に王都からきたというだけで、ひどい仕打ちを行うことは、この私が許しません」
「お前がそうやって王都の貴族をかばうから、シャウプみたいなやつが増長してるんだろ。騎士クラスの生徒たちには不満がたまってるんだ」
「貴族が貴族らしく振る舞うことは、王国が団結するために必要であり、秩序は守られるべきです。私は間違っているとは思いません。逆にあなたがやっていることは国の秩序を乱すことであり、王国のためになりません。今すぐお止めなさい」
「それは違う。もともと上手くやっていたのに、お前がこの学園に来たからみんなおかしくなってるんじゃないのか。迷惑なんだよ。この際だからはっきり言わせてもらうが、もうセレーネに近付くのはやめてくれ」
「!」
フリュオリーネの顔がこわばり、俺の事を物凄い形相で睨みながら黙りこんでしまった。
そんなフリュオリーネを置き去りにして、俺たちは食堂を後にした。
「フリュオリーネ様があんなに怒るところ初めてみた気がする。というか感情があったんだ、あの人」
「そうなのか?」
アレンがまるで信じられない物でも見たかのように、驚いていた。
「そうさ。氷の女王なんて異名があるぐらい、冷徹で他人に感情を見せたことなんてほとんどないんだよ」
ダーシュもアレンの話を補足した。
「彼女は王都では将来の王妃候補として、幼い頃から厳しい教育を受けてきたのさ。だから感情のコントロールが完璧で、常に冷徹な判断ができるようにしつけられている。なあアレン」
「ダーシュのいう通りだ。大を生かすために小を殺す、為政者の振る舞いを自然とできる方なんだ。だからお前に見せたあの憎悪は並大抵なものではないはず」
「将来的にはサルファーと結婚して、あなたの上に立つお方なのに、そんなに憎まれてあなた本当に大丈夫なの?」
そうなんだよな。俺はどうしたらいいのだろうか。
「サルファー様は正直、フリュオリーネ様をもて余しているの。学園の貴族たちはサルファー様よりフリュオリーネ様の目を常に気にしてるし、今の生徒会も実質フリュオリーネ様が支配してるの。秋の生徒会選挙では間違いなくフリュオリーネ様が会長として当選されるわね」
これは将来、サルファーは完全に尻に敷かれるね。俺はボロンブラーク領では生きていけないかもしれない。
今更ながら、さっきフリュオリーネに反発した事を後悔している。だがセレーネを守るためには、俺は結局そうするしかできなかったはずだ。
しかし、さすが上級クラスのトップ5。上流社会の解説が的確だ。
パーラにもこのあたりの話を聞きたいのだが、さっきからダンの後ろをずっとくっついていて、俺はパーラに話しかけるのをためらってしまっていた。
ダーシュとアレンは、放課後カインを呼び出していた。
「カインお前、どうしてこの学園にいるんだ」
ダーシュはずっと気になっていた事をカインにたずねた。
「大した理由はないが、いろいろと下らない事情があるのさ」
「そうか。だがアゾートたちはこの事を知らないようだが」
「それは時期がくれば俺の方から話す。だから今は黙っててくれ」
「そうか、わかった」




