第203話 国王との対話(前編)
前後編の2話構成になってます
秋の叙勲式が終了し、俺はそのまま国王とともに玉座の後ろの扉から謁見の間を退出した。
国王からは二人だけで話がしたいとの希望だったので、フリュやアウレウス伯爵が心配そうな顔を見せる中、国王に案内されるがまま、王城の奥深くへと入って行った。
そして着いたのは、古びた書庫だった。
扉を開けて部屋の中に入るとインクと埃の匂いが鼻をくすぐり、王城というより図書館の中の一室ような印象の部屋だった。そしてその部屋の片隅にあるテーブル席に座るように指示されると、国王が椅子に腰かけて大きなため息を一つついた。
「やれやれ、やっと叙勲式が終わったな」
国王は疲れた様子で肩をぐるりと回すと、また一つため息をつく。あれだけ長い式典だ。立っているだけでも体力を使うし、国王もいい年齢だからやはり身体がきついのだろう。
「さて伯爵。やっとそなたとゆっくり話ができるわけだが、この書斎を見て分かるとおりワシは歴史に興味があって、個人的にいろいろな文献を集めている」
「するとここは国王の書斎なのですか。てっきり書庫か何かだと」
「ハッハッハ、少し書物を集めすぎたかな。・・・・ところで伯爵、この王国は度重なる政変の度に焚書が行われ、王朝も2度変わった。そのためアージェント王家でさえこの国の正確な歴史がわからなくなっている。ここに集められた本は、先代国王から引き継がれたものだけでなく、外国から取り寄せた我が国に関する書物も含まれている。この本で失われた王国の歴史を紐解くのがワシの楽しみの一つなのだよ」
「失われた歴史の探求ですか。とてもロマンチックな趣味だと思います」
「うむ。それでワシの興味の一つがメルクリウス一族なのだ。エメラルド王朝の末期に突然現れたアサートとセリナという2人のメルクリウス一族は、我が王国の建国の功労者として公爵家を創設し、この国に根を下ろした。だが248年政変でこの公爵家が滅ぼされると、メルクリウス一族はこの国の表舞台から完全に消えてしまった。普通は多少の生き残りがいてもおかしくないのに、まるで最初からそんな一族はいなかったかのように、忽然と消えてしまったのだ」
「そう聞くと、かなりミステリアスな話ですね」
「そうなのだ。歴史好きにはかなり興味がそそられるテーマなのだが、今日伯爵を呼んだのはこのメルクリウス一族に関して意見交換をしたかったからなのだ」
「一人だけ呼び出されたので、今日はコッテリとお叱りを受けるものだとばかり思ってました。そういう話であれば安心です」
俺も緊張が少しほぐれ、改めて椅子に座りなおす。
「ところで国王。それほど関心の高かったメルクリウス一族の捜索は、なぜ行われなかったのでしょうか」
すると国王は、俺の質問を待っていたかのように語り出した。
「いくつか理由はあるのだが、メルクリウス一族の存在を信じること自体が荒唐無稽でバカげているという風潮が王国の上級貴族や宮廷貴族の間で支配的だったことと、メルクリウス一族の実在を知っていた王家の中でも、アウレウス、シュトレイマンの2大公爵体制でようやく落ち着いたこの王国に新たな火種を持ち込みたくなかったというのが本音だったようだ」
「なるほど、そういうことだったのですか。後者の理由はともかく、前者は誰かの陰謀を感じますね」
「そうだ。あの14歳ぐらいの男子が読む例の絵本が影響しておるのは明らかだが、そもそも誰があの本を書いて王都に広めたのかが、実はわかっていない」
「俺もその本を最近読みましたが、あの内容が書ける作者がいったい誰なのか。全く不思議な話ですよね」
「ワシは案外、何代か前のボロンブラーク伯爵が流布したのではないかとにらんでいる。メルクリウス一族を今まで隠し通してきた主犯だからな」
「ボロンブラーク伯爵家・・・なるほど、確かにそれは十分にあり得る話ですね。ただあの内容をボロンブラーク伯爵が書けるかと言えば、難しいと思います。あまりにも荒唐無稽で、単なる空想だけでは絶対に書けない内容で、それこそ本当にそんな人物を見た者でないと・・・」
「そこでワシの推測だが、本の作者は別にいると考えている。例えばセシリア・メルクリウスが逃亡の際に持参していた本かあるいは外国から持ち込まれた本を、ボロンブラーク伯爵が王都にばらまいたとか」
「それなら納得が行きます。でもセシリアだとすればメルクリウス一族に代々伝わっていた本ということになりますが、そんな本あったっけ?」
「なぜそなたが過去のメルクリウス一族に伝わる本の有無がわかるのだ」
「い、いえいえ、想像しているだけです。あと国王は先ほど外国と仰られましたが、そんな国があるのですか? 神聖シリウス帝国かその後継のブロマイン帝国とか」
「可能性があるとすれば、ワシはシリウス教国だと考えている。あそこは鎖国をしていて情報が外に漏れないから分からんが、我が王国の歴史についてはかなり完璧な形で書物が残されている可能性が高い」
「なるほど、シリウス教国ならあり得る。だがさすがのシリウス教国でも、あんなに荒唐無稽な内容の本を書ける人物がいるとは思えない・・・・あっ!」
「どうしたのじゃ?」
「い、いえなんでもありません」
犯人はネオンの野郎だな・・・クレア時代にあの本をこっそり書いてやがったんだ。アイツ許せん!
ネオンは後で丸焼きにするとして、おそらくこういうことだろう。ガルドルージュがボロンブラーク領にあの本を持ち込んで、セシリアかその子孫を通して、ボロンブラーク伯爵に手渡されたのだろう。メルクリウス一族の隠蔽工作に活用するようにと。
「あの絵本の話はもうこれぐらいにしておいてせっかくの機会だから、もう少しメルクリウス一族の謎について語り合いたい。フェルーム家には、自分たちメルクリウス一族がどこから来たのか伝承は残されていないのか」
「ええ、残されてませんでした。初代フェルーム家当主、つまりセシリアですが、彼女の方針でメルクリウス一族であった事実すら俺たちには伝わっていなかったのです。俺はむしろアウレウス伯爵から教えられることの方が多かったぐらいです」
「なんだそうだったのか・・・色々と話が聞けると思ったのだが残念じゃ」
あからさまにガッカリした国王がなんだか気の毒に思えた俺は、差し障りのない話なら会話に乗ってみることにした。
「でも、アウレウス伯爵に見せていただいた資料から推理したことで良ければお話いたします。ひょっとしたら国王の関心事にうまく合うかも知れません」
「そうかっ! ではワシの一番の関心事を教えよう。それはどうして突然メルクリウス一族が現れたかだ。あれほど強大な魔力を持つ一族が、誰にも知られずに密かにエメラルド王国に住んでいたとは考えられん。きっとあの時期にどこからかやってきたはずだ」
「え!? そ、それはさすがに分かりませんが・・・ひょっとして異世界転生ですかね?」
「またあの絵本の話か。それとも伯爵はあれが真実だというのか」
「し、真実ではないにしろ、ある側面は描かれているのではないかと」
「何を根拠にその結論に至った」
「そ、それは・・・うーん、あっそうだ。メルクリウス一族が現時点においても俺たちセシリアの直系しかいないのが証拠。すなわち現存しているのはアサートとセリナの直系のみ。ここから推察できるのは、当時もあの2人しかメルクリウス一族は存在しなかった。親兄弟や親戚も誰一人存在しないのになぜ2人は存在していたか。つまり2人とも異世界から転移してきたと考えるのが自然。そしてそれがあの絵本の内容に盛り込まれた」
「うむ、一応筋は通っておるのう」
「ホッ・・・」
「では次の質問だ。通常、適応属性数が多いほど魔力が強いはずなのに、なぜメルクリウス一族はそのルールから外れている。特に初代公爵のアサートとセリナは火属性一つしか適応していなかったのに、7属性勇者であるラルフ・アージェントをはるかに超える魔力を持っていた」
「それは簡単な話です。適応属性数が多いから魔力が強いのではなく、魔力が強い人は結果として属性数も多い傾向があるだけで、因果関係ではなく相関関係で語るべきだからです」
「ど、どういうことか、分かりやすく言ってくれ」
「メルクリウス一族は火属性の純血種であり、最初から魔力が高い一族だった。アージェント一族も太古の昔は闇属性の純血種で高い魔力を持っていたはず。だけど混血が進むなかで様々な属性を持つ子供が増えていった。それと平行して、魔力保有者=貴族となった者たちは、より高い魔力を子孫に残そうと貴族同士で政略結婚を進めた。高位の貴族ほどうまく政略結婚が進められたために、高い魔力を保有する貴族家に結果として属性数の多い子供が誕生した。因果関係が逆なのです」
「なるほど、今のは理屈に合っているな。だが今の話はメルクリウスとアージェントが純血種であるいう仮定のもとに理論が構築されている。その2つが純血種と断定できる根拠を述べよ」
「そ、それは・・・えーと、あっそうだ。フリュオリーネとクロリーネの二人を例にとると分かるように、それぞれ闇属性と雷属性が突出していて、他の属性がそれを超えることはない。おそらく他の王族を調べてみてもこのような傾向が見られるはず。一方それ以外の貴族家では、得意属性はあるものの異なる属性が強く出たり得意属性すらも発現しない子供も生まれる。この違いが純血種の特性が強く残っている証拠で、今王家で進められている血統の純化が進めば、それがより顕著に現れるでしょう」
「一応理屈が通っておるの」
「ホッ・・・」
「だが今の回答で別の疑問がわいた」
「な、なんでしょうか・・・」
「伯爵は、アージェントの純血種の例としてアウレウス家を出したが、本来はアージェント家の誰かを例として出すべきだ。同様にクリプトンの代表をシュトレイマン派にしたのもおかしい」
「うっ・・・あ、そういえば、アージェントもクリプトンも王朝を築いた結果混血が進みすぎたので、アウレウスとシュトレイマンが純血種の受け皿になっている・・・とか?」
「どうやら伯爵は王家の秘密をかなり深くまで知りすぎているようだな。クリプトンの話など伯爵は最初からしておらんのに、まんまとワシの罠にかかったな」
「・・・そうか、しまった!」
「伯爵は頭がいいようで実はバカだな。完全に語るに落ちておる」
「くっ・・・」
「では聞こう。伯爵はメルクリウス、アージェント、クリプトンが純血種である理由を他に知っているのだろう。今の理論が正しいのだとしても、ところどころに飛躍がある。ここだけの秘密にしてやるから、知っていることを全て話せ」
ダメだ! この国王は学者並みに洞察力が高くて、誤魔化しが全く効かない!
次回は後編、理屈っポイですがアホ回です。
ご期待ください




