第201話 秋の叙勲式(2年生編)②
今日はいよいよ叙勲式だ。
昨日フレイヤーで王都アージェントに到着すると、私はクロリーネ様のご実家であるジルバリンク侯爵邸に泊めてもらったのだ。
侯爵家では私はとても歓待され、夕食の時なんか、フィッシャー騎士学園での最強決定戦の話とか、ソルレート侵攻戦を戦い抜いた熱い夏休みの思い出とか、この前の期末テストの闘技大会の話とか、どんな闘いの話でも侯爵はとても喜んで聞いてくれた。
そしてクロリーネ様はどんな話題でも必ずお兄様の話ばかりするので、ご家族のみんなはずっとニヤニヤしながらクロリーネ様の話を聞いていた。それでいてジルバリンク侯爵がクロリーネ様に、お兄様のことが好きなのか尋ねられると、クロリーネ様は顔を真っ赤にして怒り出して否定する。見事なツンデレだった。
夜は私用に客間も用意されたのだが、クロリーネ様の希望で彼女の寝室で一緒に眠ることになった。同じベッドに入ってからも、眠りにつくまでクロリーネ様はずっとお兄様の自慢話ばかりしていた。
自分の肉親をほめられるのは普通にうれしいんだけど、そこまで崇拝されると逆に気持ち悪い。ていうかあなたの婚約者はアルゴでしょと、心の中で何回ツッコミを入れたことか。
この人、本当に大丈夫なのだろうか。
ジルバリンク邸での朝食を終えた後、私はクロリーネ様と別れて一人、アウレウス伯爵邸にやってきた。お兄様と合流して、一緒に叙勲式に列席するためだ。なお今日は騎士団の行進の時はクロリーネ様は別行動らしい。
そしてお兄様やフリュ様たちとともに、王都城外の平原に待機していたメルクリウス騎士団本体に向け、軍用転移陣で転移した。
いよいよ秋の叙勲式が始まった。毎年この時期に決まって開催される王国の一大イベントで、今年は去年よりも多い17家が叙勲される。その中でも昇爵という形で新たな爵位が授与されるのはたったの2名。俺とマールだけだ。
これからその17家が、自らの騎士団を率いてアージェント王城の前庭へと入城するが、俺たちは全体の一番最後になる。そして17家の先陣を切って王城に入城するのはフィッシャー騎士団だ。
フィッシャー騎士団は叙勲式の常連で、おそらく今年も帝国との戦争で武勲を上げた誰かが勲章を得るのだろう。その後ろに続くアルバハイム騎士団もたぶん同様だと思う。
その後しばらくは俺も良く知らない家門が続いて、いよいよ旧ソルレート領鎮圧に功績のあった家門が入城する。最初に進むのはシュトレイマン派連合軍の5家だ。クロリーネが司令官として活躍したジルバリンク侯爵家を筆頭に、パッカール子爵家、ウッドブリッジ子爵家、ゴードン子爵家そしてフェラルド子爵家が順に王城へと入っていく。
そして同じくソルレート関連だが今度はアウレウス派の出番だ。まず最初はマーキュリー家の入城だが、先頭で馬を進めているのはダーシュだ。
そして次はいよいよ・・・ん?
俺達の前になぜか急遽アウレウス家の騎士団が入城し、その後ろに俺たちメルクリウス軍が続く。そんな段取り事前に聞いてなかったのだが、まあいいか。
メルクリウス軍の先頭を切るのはこの俺だ。
俺の馬のすぐ後ろには、騎士団長ロエル、総参謀長フリュオリーネ、ガルドルージュ司令官ネオン、そしてリーズ、アルゴも幹部として続き、さらにその後ろを騎士800騎が続く。
その次にはカイレンとサー少佐に率いられた銃装騎兵隊200、そしてセレーネとマミーに率いられた砲兵隊30が続く。
セレーネとマミーは馬ではなくトラックに乗っての入城だ。リシアやネオン親衛隊もトラックの運転に駆り出されている。
メルクリウス騎士団の後には、ベルモール騎士団、ロレッチオ騎士団、トリステン騎士団、ポアソン騎士団、そして一番最後にダリウスとロック司令が率いるディオーネ領民軍へと続くのだ。
王宮前庭の観覧席は超満員だった。
今年はブロマイン帝国との戦争で珍しく形勢が逆転し、王都全体がお祭りムードになっていた。その上に去年一番目立っていたメルクリウス男爵が、今度は伯爵となって再登場するとあって、今年はどんなパフォーマンスを見せてくれるのか、みんながこの叙勲式をとても楽しみにしていたのだ。
そしてアウレウス騎士団の入城までが終了し、いよいよメルクリウス軍の入城を迎えるのみとなった場内は、一瞬静まり返った。
「メルクリウス騎士団の入城!」
その瞬間、観衆の大歓声が王城全体を震えさせるほど鳴り響き、いよいよフィナーレを飾るメルクリウス騎士団が観衆の前にその姿を現した。
観客席のあちらこちらでは、事情通の観戦マニア達がメルクリウス軍の行軍を解説している様子がうかがえる。
「来たーーーっ! 先頭はあのメルクリウス伯爵だ。両隣に馬を進めて来たのは、嫁のフリュオリーネ様ともう一人、白銀の髪に赤い目の姫騎士だ。・・・2人とも、ものすごい美人だな」
「このメルクリウス一族の女性はどうやら、輝くようなプラチナの髪に燃えるような赤い目が特徴らしい。女性はみんなメチャクチャ美人だぞ」
「ふえー、ぜひお近づきになりたいものだな」
「しかし、今年もすごい人数だな。騎士団800騎にあの後ろにいる変わった騎士たちはなんだ?」
「聞くところによると、まだ一兵たりとも戦死者が出ていない、不死身の騎兵隊らしい。恐るべき格闘術と不可避の新兵器で武装された、メルクリウス騎士団の最精鋭部隊だ」
「本当かよ・・・。じゃあその後ろのあれは何だ? あれ馬車じゃないよな」
「本当だ。馬も使わずに荷台だけが勝手に動いてる。それに荷台に乗っている巨大な鉄の塊、あれは何だ」
観衆がトラックを見てざわめき始めた時、突然5基の大砲の全砲塔から空砲が発射された。砲塔から吹き出る爆炎と轟音に、観衆は完全に度肝を抜かされた。
「凄い音だ。耳なりがする・・・何なんだいきなり」
「あれは・・・難攻不落の城塞都市ヴェニアルを1日とかけずに陥落させたという、強力無比の攻城兵器。今日の叙勲式で公開されると聞いていたが、あの鉄の塊がそうだったんだ」
「あの爆炎と轟音・・・あれが攻城兵器だとすれば、投石器やボウガンなんかとても及ばない、途方もない代物だと分かる。メルクリウス伯爵と戦って勝てる貴族なんか、この王国に存在するのかよ」
「しかし今年は去年以上にすごいものを見られたな。去年はアウレウス家のフリュオリーネ姫とその騎士団を従えて来て度肝を抜かされたが、今年みたいに自前の騎士団の方がインパクトがあるじゃないか、メルクリウス伯爵は」
「おいちょっとまて、行進は終わっていないぞ」
「え、もう1000騎登場したぞ。・・・今年は一体何騎で行進するつもりだよ」
行進はその後も、ベルモール騎士団、ロレッチオ騎士団、トリステン騎士団、ポアソン騎士団と終わることなく延々と続き、会場は呆然として見ているしかなかったが、最後に登場したディオーネ領民軍の行進にはさすがの観衆も度肝を抜く以外に方法がなかった。
一糸乱れぬ美しい行進。馬に騎乗せず、歩兵ばかりの軍隊だが、一人一人が背筋をピンと伸ばし、手足を大きく振る見事な動作。
「な、な、なんだあの騎士団は・・・いや歩兵部隊? 全員が完全に同じ動きで軍全体が一体化している。どんな訓練をすればああなるんだよ」
「全員が同じ制服を着て同じ装備・・・ていうかあれブロマイン帝国軍じゃないのか!」
「なんだって! ・・・ブロマイン帝国軍だと!?」
「いや、制服も装備もやつらとは異なるが、あの感じは間違いなくブロマイン帝国軍だ。俺、ダゴン平原で奴らと戦っていたことがあるからわかるんだ。あれはブロマイン帝国軍の兵士かその訓練を受けた連中だ」
「メルクリウス伯爵はなんだってそんな連中を従えているんだ」
「・・・公式発表はなかったが、俺が聞いたところによると、ソルレートを占領していた革命軍はどうやらブロマイン帝国と深かい繋がりがあったらしい。領民を奴隷にして帝国に売り付けていたという話だ」
「それって・・・シャルタガール侯爵の四男の」
「しーっ! 声が大きい」
「す、すまん・・・・。しかしメルクリウス伯爵は、ソルレートを制圧した時にそのブロマイン帝国の軍隊も吸収してしまったのか。とんでもねえ話だな」
すべての行進が終了して城門が閉じられたが、王城の前庭には前代未聞の数の騎士団がひしめき合う結果となった。そのほとんどがメルクリウス伯爵旗下であり、その事実に観衆は呆れかえるしかなかった。
衝撃的な行進が終わって、ようやくホッとする観衆だったが、実は彼らの受難はまだ終わってなかった。
「・・・お、おい、何だよあれ」
「もう行進も終わったし、これ以上は何も起こらないはず。俺を驚かせようとしても無駄・・・って、何だあれは」
観衆が突然ざわめき出し、その視線はなぜか上空を見つめる。次々に空を見上げて行く観衆たちめがけ、空から白い機体がぐんぐん近づいてきた。
フレイヤーだ。
フレイヤーが前庭めがけて急降下すると地表近くで一気に急上昇し、王城上空をぐるぐると旋回し始めたかと思えば、そこから見事なアクロバット飛行を観衆に見せつけた。
「あれが今日の公開予定にあった例のフレイヤーか。ナルティン子爵の居城を上空から爆撃して、城の上半分を吹き飛ばしたという、メルクリウス伯爵が保有する航空戦力だ」
「あれがそうか。噂でしか聞いてなかったが、実物を見るとやっぱりすげえな。あれ本当に人間が乗って、空を飛んでるんだよな」
「間違いない。春に王家と魔法協会から表彰を受けていたからな。人類初飛行だとさ」
「うへー・・・メルクリウス伯爵は一体どれだけの功績を上げれば気がすむんだよ。それにあんなのに乗っていつでもどこでも魔法攻撃ができるとしたら、メルクリウス軍は王国の全ての城を自由に破壊できることになる」
「・・・だな」
しばらく上空を飛んでいたフレイヤーはその後、王城前庭に向けてゆっくりと降下していき、メルクリウス騎士団の先頭に垂直着陸した。
そしてキャノピーが開かれて中から女性が下りてくると、その女性がメルクリウス伯爵の前で敬礼をし、女性と伯爵がしっかりと握手している姿を全員が確認した。
「あの白い機体を見事に操縦していたのは、あの女性だったのか。ていうか、誰なんだ?」
「・・・俺、あの子のこと知ってるよ。あれはジルバリンク侯爵の娘のクロリーネ嬢だよ」
「ジルバリンク侯爵・・・って、シュトレイマン派の重鎮だろ。その娘がなんでっ!」
「俺が知るか! だが間違いない、王都社交界の中では結構有名人だったから顔を覚えているんだよ」
「だとしたら・・・メルクリウス伯爵はアウレウス派だけじゃなく、シュトレイマン派とも深いつながりがあるということになる」
「バカな! 一体何者なんだあの伯爵は。そもそも支配エリアが広大すぎるし、経済力、軍事力ともに他の伯爵家よりも群を抜いている。ていうかフィッシャー辺境伯家よりも上じゃないのか」
「その上、アウレウス派とシュトレイマン派の両方とコネクションがあるって、もはや王国内で無敵だろ」
「・・・これは、ひょっとすると王国内での政治力学が大きく変わるぞ。メルクリウス家を軸に両派閥が結託すれば、中立派はその存在意義を失う。ただでさえまとまりがなく、核となる存在がいない集団だ。メルクリウス伯爵の登場で、中立派は確実に空中分解を起こす」
次回、中立派に衝撃が走る
ご期待ください




