第199話 秋の舞踏会(後編)
3人目に現れたのはダーシュだ。
「さっきから見ていると、リーズを巡るライバルたちが順番にダンスパートナーになっているようだな。前の2人とはどんな話をしたんだ」
「2人からプロポーズされた・・・」
「ウソだろ・・・ここ学校だぞ。周りのみんなに聞こえてるかも知れないのに、よくそんなことできるな」
「そ、そうだよね。もし、噂になったらどうしよう」
「まぁ、アウレウス派の嫁候補としてリーズが注目を集めていることは周知の事実だから、今さら大騒ぎにはならないと思うけど、それにしたって大胆だな」
「ダーシュは私にプロポーズしないんだ」
「俺はポアソンビーチですでに気持ちを伝えてるから、こんなところでプロポーズなんかしないよ」
「そっか」
「それに、俺にはちゃんと別の機会があるからな」
「別の機会?」
「秋の叙勲式」
「え、ダーシュも出るの?」
「俺はマーキュリー騎士団長代理として、ソルレート侵攻作戦で戦功を上げているし、その叙勲を受ける」
「クロリーネ様と同じだね。私もメルクリウス騎士団の幹部として列席が認められているから、叙勲式にも出るし王都でまた会えるね」
「その時は王都を案内してやるよ。俺は王都に住んでいたから結構詳しいんだよ」
「本当! お兄様にどこかに連れていってもらおうと思ってたけど、たぶんお兄様にはセレン姉様とクロリーネ様がベッタリくっついて離れないと思う。たぶん私は除け者にされるから、ダーシュがどこかに連れていってくれるなら、そっちの方がいいわ」
「そ、そうか! じゃあ、とっておきの場所に連れていってやるから、楽しみにしていてくれ」
「うん! あ、ダンスがもう終わっちゃった・・・・じゃあ、またね」
ダンスの4人目はカインだ。
「お久しぶりです、カイン様」
「リーズ・・・」
「元気がないですね。どうかされたのですか?」
「実はカレンの様子が最近おかしいんだ。今まで仲の良かった令嬢たちと一切口をきかなくなって、俺のいないところで言い争いばかりしてるんだよ。おかげで毎日ギスギスした雰囲気で、俺もなんとか仲介しようと頑張っているんだが、うわべだけはみんな俺の言うことを聞くけれど、裏では全く仲直りする様子がない。どうして女ってこうなんだろうな」
カイン様親衛隊の内部分裂のことを、カイン様はまだ知らないのかな。
「うーん・・・なんでですかね」
「女子同士のケンカって陰湿と言うか、裏と表の差が激しいと言うか、ちょっとついていけない感じだよ」
「私の周りにはあまりいないタイプですけどね」
「リーズたちメルクリウス一族の女性は、火力が強ければあとはどうでもいいみたいだからね」
「そうなんですよ。火力が正義みたいな所があって、その頂点に君臨するのがセレン姉様なのです」
「・・・俺が最近女性不信に陥っているのは、この前も言った通りなんだが、祖母も強く奨めるように娶るならやはりメルクリウス一族の女性がいいのだろう。性格がサッパリしていて、火力のことしか頭にないからな」
ん? まずいな、この話の流れは。
「・・・で、でも、フィッシャー家のような伏魔殿に嫁に入ると、メルクリウス一族のような純朴で可憐な少女はきっと翻弄されてしまうのではないですか」
「いや、リーズなら大丈夫だろう。あのカレンに全く負けてないし」
「いえいえ、カレン様が闘技大会準決勝で見せたあの執念。私にはあそこまでの振り切れ方はとてもマネできません」
「俺はあの試合を観戦していたが、リーズはカレンより強かったじゃないか。それにクロリーネとの決勝戦で見せた君の戦闘力なら、エメラダやミリーの戦闘力を確実に圧倒できるはずだ」
「いえいえいえ、姑や兄嫁に戦闘力で上回っていてもどうにもならないと思いますよ。嫁姑問題はそんな物理的な方法で解決できるものではないとハシダ先生が教えてくれたと、お兄様が言ってました」
「ハシダ先生のことはアゾートからも聞いたことがあるが、フィッシャー家のお家騒動はもはや火力や戦闘力でなんとかするレベルにまで発展しているんだ。だからリーズ、もし君が望むなら俺も覚悟を決めるよ」
「絶対に望みません!!」
舞踏会は一度休憩に入り、私は壁際に並べられた椅子に座った。ハッキリ言って疲れたのだ。だが、
「リーズ様、ひどいじゃありませんか」
3人組だ。ターニャ様が完全に怒っているが、後の2人は無表情の中にも少し笑みがこぼれている。
・・・やはり、さっきのダンス中の会話が周りに少し聞こえていたのかも知れない。
先に否定しておくか。
「ターニャ様、ダーシュ様からはプロポーズのお言葉が一切ありませんでした。だから大丈夫です」
だがターニャ様は不服そうな顔をして、
「プロポーズは既にポアソンビーチで受けていたから今回なかっただけですし、今度の秋の叙勲式に2人で出席して、その後に王都アージェントを2人だけでデートをする約束をされたじゃないですか!」
「全て筒抜けだった!」
「その後カイン様からのプロポーズに、ハッキリお断りされていたのはどういうことですかっ! わたくしたちの作戦と違いますよね!」
「あれは、その~・・・。でもあんなゴタゴタした家の嫁になるのって、普通断りません?」
「断らないで下さいっ! 上級貴族家なんてどこも同じようなものですっ!」
「そんなことないよ。アイルの所は兄嫁がサーシャ先輩とユーリ先輩だし、カインの所とはまるで違うんですけど」
「アイル様の所・・・そうですね。わたくしリーズ様にはダーシュ様よりアイル様の方が合っていると思いますよ」
「ターニャ様っ! リーズ様に余計なことをおっしゃらないでくださいませっ!」
メリア様が怒って、ターニャ様を向こうに連れていってしまった。一人残されたヒルダ様が、
「リーズ様はさすがに学園長は選ばないですよね」
「もちろんですよヒルダ様。だってアホのサルファーですからね」
ホッとした顔のヒルダ様を見て私は思った。私に限ってサルファーを選ぶことは絶対にあり得ないが、私だけを愛すると言ったときのサルファーの真剣な顔に、少しドキッとしたのは秘密だ。
ダーシュの時もそうだったけど、私って男性に対する免疫がなさすぎるのかも知れない。サルファーにドキッとするなんて私どうかしてる。気を付けよう。
後半も何人かのパートナーとダンスをし、他の生徒会役員たちも様々な性癖の男子生徒をパートナーに頑張ってくれたおかげで、ダンスタイムが無事終了した。
私がホッとしていると、お稲荷姉妹に両側を守られたクロリーネ様がこちらにやって来た。後ろには結成されたばかりのクロリーネ女王様近衛隊もいる。
この近衛隊、2年生と3年生の上級クラスの男子で構成されていて背が高い人が多い。クロリーネ様たちとの身長差が大きく、まるで大人と子供だ。・・・この人達がツンデレを理解できるドM男子だが、お兄様に言わせればさらにロリコンが追加されそうな絵面よね。などと失礼なことを考えていると、
「わたくしリーズ様と2人でお話したいことがありますので、皆様はここでお待ちください」
「「「はっ! クロリーネ女王様」」」
「リーズ様、先ほどのダンスで4人の方から求婚されたそうですね。すでにこの舞踏会で話題の中心になっています」
「あっちゃー、やっぱり会話が筒抜けだったのね」
「それでリーズ様はどなたを選ぶのか、わたくしにだけ教えていただけませんか」
「うーん、正直に言ってよくわからないの。カインの所だけは絶対嫌だし、アホのサルファーは論外」
「だとしたら、ダーシュ様かアイル様ということになりますけれど、わたくしはリーズ様とあまり離れたくないので、領地の近いダーシュ様がいいですね」
「転移陣の魔力が少なくて済むから、行き来しやすいですしね」
「でももっと言うと、リーズ様はどこにも嫁がずに婿を取られてもいいのではと思うのです」
「婿?」
「ええ、そうすればご結婚されてもプロメテウス城のままどこにも行かなくていいですよね。あるいは、どこか近くの領地を頂いてそこに住まわれるとか。例えば港湾都市メディウスだとプロメテウスのすぐ近くですよ」
「・・・それもいいね。だとすると、次期当主の2人は候補から外れて、アイル様とカイン様が残る」
「それ以外にも、リーズ様の親衛隊は全員候補に上がるのではないでしょうか」
クロリーネ様と話すことで選択肢が拡がったが、余計に誰を選べばいいのかわからなくなってしまった。
「話は変わりますが、リーズ様は秋の叙勲式はどうされますか。転移陣を使われるなら関係ございませんが、騎士団と一緒に行かれるのでしたら、商都メルクリウスから5日前の出発になります。でもわたくしは式典前日にフレイヤーで空から行こうと思いますので、もしよろしければご一緒しませんか」
「え、空から? 行く、絶対に行く!」
「では、プロメテウス城から一緒に参りましょう」
次回、秋の叙勲式です
ご期待ください