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第20話 分断する学園



 第1回戦、フリュオリーネの登場だ。


 対戦相手は男子生徒。


 試合開始直後、互いの護衛騎士1人を守りに残したうえで、4人の護衛騎士が相手魔導師の魔法発動を阻止するよう、接近を試みるオーソドックスな展開。


 グラウンド中央で騎士同士のつばぜり合いが始まり、その間に術師が詠唱。


 最初に魔法が発動したのは男子生徒の方、火属性初級魔法のファイアーだ。


 護衛騎士が大楯でフリュオリーネを守り、代償のわずかばかりのスタン攻撃が護衛騎士に降り注ぐ。フリュオリーネはノーダメージだ。


 続いてフリュオリーネが魔法を発動。雷属性中級魔法サンダーストーム。


 この魔法は魔法作用点が敵の上空になるため男子生徒の頭上から電撃(の代償のスタン)がヒットする。


 護衛騎士の盾ではカバーしきれず、男子生徒にダメージが蓄積していく。


 ストームというだけあって、電撃は単発ではなく複数発生しているのだ。


 次々に命中する電撃により男子生徒の蓄積したダメージがついに限界を超え、男子生徒は戦闘不能。


 フリュオリーネの勝利が決まった。


 実力に差がありすぎる、まさに余裕の勝利。


 そしてわかったことがもう一つ。


 口元を隠すあの扇子は、魔法の杖なのだ。


 悪役令嬢だから持っているアイテムというわけではなかったのか。


 詠唱を隠す効果もあり中々の優れものだ。俺も使おうかと一瞬考えたが、やめておくことにした。




 試合はどんどん進んでいき、1回戦も残すはセレーネの対戦のみとなった。


 第1回戦最後の試合、セレーネと対戦するのはフリュオリーネの取り巻きの一人である、男爵令嬢のガーベラだ。


 両者試合場に入り試合開始、ガーベラ陣営の護衛騎士4人が突撃を開始する。


 だが、セレーネの護衛騎士は誰も突撃を開始せず、セレーネの後方に下がり、突っ立ったままである。


 セレーネが振り返って護衛騎士たちに何かを叫んでいるが、遠すぎてここからは何も聞こえない。


「何かあったのか?」


 ダンが怪訝そうにセレーネたちの方を見ている。


 動こうとしない味方護衛騎士にあきらめたのか、セレーネは近づいてくる相手護衛騎士に向けファイアーを放つ。


 ファイアーが命中した騎士はスタン状態で一時的に動けなくなっているが、残り3人はそれぞれ別の方向からセレーネに接近する。


 ところで、セレーネや俺たちの魔法は詠唱時間が短いといっても無詠唱ではない。次の発動までどうしても2、3秒はかかってしまう。


 だからその場にとどまっていては相手騎士を倒しきるよりも先につかまってしまうため、セレーネも走りながら相手騎士たちを順次に仕留めていく。


 一方、ガーベラの方を見ると今まさに魔法が発動しようとしているところだった。おそらく水属性中級魔法・アイスジャベリン。


 それに気付いたセレーネは、走りながらファイアーを放ち、発動前のアイスジャベリンにあてて魔法を消失させる。


 セレーネと相手護衛騎士との鬼ごっこみたいな戦いがしばらく続き、4人すべての護衛騎士を仕留めたセレーネは、ようやくガーベラの方に向き直りゆっくりと歩き始めた。


 残るはガーベラと一人の護衛騎士。


 騎士は手には巨大な盾を構え、ガーベラは攻撃魔法を詠唱せず防御魔法を展開している。二重の防御体制。


 こいつら最初から試合に勝つ気がなく、セレーネの魔力を消耗させる作戦か。


 決勝までにできるだけセレーネの魔力を使い果たさせておきたいのだろう。


 そんなガーベラにセレーネが放った魔法は火属性中級魔法フレアだ。この魔法は先ほどフリュオリーネが使ったサンダーストームと同じく敵頭上で魔法が発動し、高熱状態がしばらく持続する範囲魔法である。


 セレーネのフレアは、しかし彼女たちの盾と魔法の二重の防御をも突き破る強力な威力を持っていた。


 ガーベラたちのダメージがじりじりと蓄積し、まずは護衛騎士が戦闘不能となった。


 想定外の破壊力にも辛うじて耐えきったガーベラ。悔しそうにセレーネを睨みつけたガーベラめがけて、セレーネが放ったファイアーの追撃が命中。


 ガーベラが戦闘不能になりセレーネの勝利となった。


「おーーーー!」


 圧勝だった。


 観客席の大多数を占める下級貴族たちから盛大な歓声と拍手が巻き起こった。


 しかし一部の中上級貴族の生徒たちは無言でその様子を見つめていた。




 俺は試合が終わったばかりのセレーネに駆け寄り、味方護衛騎士が戦いに参加しなかった理由について聞いた。


 酷い話だった。


 シャウプ先生に課された条件もそうだが、チームを解体されて強制的にあてがわれた上級クラスの味方護衛騎士による露骨な戦闘拒否。


 あのシャウプという教師、俺たちへの仕打ちも酷かったが、とてもまともな教育者とは思えない。


「あいつらの戦闘拒否もその先生の指示なのか?」


「はっきりとはわからないけど、あの人たちは去年ダンジョン部に一緒に入部してきて、私にアプローチをかけてきていた人たちなの。逆恨みもあるのかな」


「・・・・・」


「魔力をだいぶ消費しちゃったな」


 マジックポーションなんて、1日にそんなに何本も飲めるものではないので、今回のような連戦の場合は魔法をなるべく節約して後半の強敵に残しておくのがセオリーだ。


 勝つ気がまるでなかったガーベラに、戦闘拒否の味方護衛騎士。


 まさか今回の件全体がフリュオリーネの仕掛けた罠だとしたら、フリュオリーネにはセレーネと真面目に試合をする気はなく、今回、確実に潰しにきているということか。


「酷すぎてこれ以上は見てられない。けがをしないうちに途中棄権した方がいいと思う」


「うん...でも」


 セレーネの快勝に沸き立つ観客席を見て、セレーネは複雑な表情で言葉を濁した。




 セレーネの試合を除けば、魔法団体戦2回戦目はどれも見ごたえのある戦いだった。その中でもフリュオリーネはやはり頭一つ抜けており強い。別格だ。


 相手の属性に合わせて、最も効果がある魔法を選択し効率よく勝ち進んでいる。まだ本当の実力を図り知ることはできないが、セレーネに勝るとも劣らない強者であることは間違いない。




 そして2回戦目最後の試合、セレーネの対戦相手は2人目の取り巻きのマーベル男爵令嬢である。


 試合開始直後に相手護衛騎士が散開するのは、先ほどの試合と同じ。異なるのはセレーネが男爵令嬢に向けて開幕一番フレアを放ったことだ。


 ただ相手もそれを読んでいたのか、護衛騎士が自分の体と大楯でマーベルを包み込み、自らを犠牲にしてマーベルを守り切った。


 散会中の騎士たちも少なからずフレアのダメージに巻き込まれたが、すぐさま護衛騎士の一人がマーベルの下に戻り代わりに護衛に付き、残りの護衛騎士3人がセレーネに向かって再び走り出すという、見事な連携だった。


 序盤から面白い展開になってきた。


 ここからさっきと同じ鬼ごっこのような展開を予想したが、セレーネが走り出そうとした次の瞬間、セレーネの両足は空中に投げだされ、うつ伏せの状態で地面に叩きつけられた。


 味方護衛騎士がセレーネの足を引っ掻けたのだ。


 セレーネも何が起こったのか呆然としている。そして立ち上がろうとしたところを、相手護衛騎士たちに捉えられ模擬剣での滅多打ちが始まった。


 そのようすをセレーネの仲間騎士たちは何もせず、ただニヤニヤと笑ってみていた。


「ひどすぎる」


 観客席が騒然となりやがてブーイングに変わる。


「反則だ。試合を止めさせろ」


 そして、マーベルの雷属性中級魔法・サンダーストームが、自分の護衛騎士もろともセレーネめがけて放たれた。


 セレーネのダメージ蓄積が許容量を越え、戦闘不能で試合終了。


 反則ではないかとの抗議も受け付けられず、マーベルの勝利という結果に終わった。


 激しいブーイングと怒号が飛び交う観戦席。


 反対に一部上級貴族たちは満足そうに拍手をしていた。


 試合場の近くで見守っていたセレーネのクラスメイトたちは、すぐにセレーネを助け起こし試合場の外に運びだした。


そしてセレーネの護衛騎士との間で殴り合いの喧嘩が始まったことから、興奮した生徒の一部が試合会場に乱入し、止めようとする講師や運営者スタッフとの間で一触即発の状態になっていた。


 俺は群衆をかき分けてセレーネのもとに駆け寄った。


「けがはないか」


「背中をだいぶ打たれたけれど多分平気」


 セレーネはクラスメイト達に抱えられて、医務室の方に運ばれていった。



 俺はその後ろ姿を見つめていると、いつの間にか近くにきていたネオンが心配そうに聞いてきた。


「セレン姉様に何があったの?」


 俺は先ほどセレーネから聞いたシャウプ先生の話や、セレーネとフリュオリーネやその取り巻きたちとの間で最近トラブルが続いていたことを伝えた。


 ネオン達も中間テスト前日の剣術訓練棟でのフリュオリーネとのトラブルを見ており、シャウプ先生の件も昨日のクラス対抗総合戦と無関係ではない。


 みんな、やるせない憤りに言葉も出なかった。




 2年生魔法団体戦は騒ぎによる一時中断はあったものの、その後下級貴族を観客席からすべて締め出したうえで、トーナメントは続行された。


 結局フリュオリーネが優勝し、中上級貴族たちの歓声が会場に鳴り響いた。




 俺とネオンは付き添いのため、医務室の椅子に座ってセレーネの様子を見ていた。


 身体の打撲は後も残らず治療できるそうで、大事には至らずほっとした。ダン達も安心し、邪魔になるからと早々に帰宅していった。


 心配したセレーネのクラスメイトやダンジョン部のみんなも、次々と見舞いに駆け付けてくれた。



「シャウプのやつほんと最低ね」


 見舞いに来てくれたサーシャが怒っていた。


「お姉さま、言葉が乱れておりますわ」


 一緒についてきた妹のユーリがサーシャの言葉遣いを注意する。


「いいのよあんなやつ。王都出身だからって普段から高慢で気に入らなかったのよ。魔法実技は私もシュミット先生がよかったな」


「私も昨日のクラス対抗戦でそれは感じましたわ。シャウプ先生は魔法の知識は豊富かもしれませんが、先入観が強すぎるというか、頭が固いというか。昨日勝てなかった原因の一つはシャウプ先生の指導だと思うのです。それで私たちのクラスではちょっと面白いイタズラを思いつきましたの」


「面白いイタズラって?」


「今は秘密。すぐにわかりますわ」


 面白いことが大好きなサーシャは、なんとか話を聞き出そうと、ユーリの肩をつかんで揺さぶっている。仲がいいんだなこの二人。




 その時医務室のドアを開けて一人の男が入って生きた。


 サルファー・ボロンブラーク。


 この学園の生徒会長であり、ボロンブラーク伯爵家次期当主。つまり俺たちの主君だ。


「大丈夫かセレーネ。けがはないか」


 サルファーはベッドに横たわっているセレーネを見つけると、すぐに駆け寄った。


「大丈夫。背中をかなり打たれたけど、後も残らず治るそうよ」


「背中を」


 サルファーは悔しそうにこぶしを握り締めていた。


「3年の闘技大会が終わって外に出てみると、学園全体が騒然としていたので、何があったのか2年の生徒会役員に事情を聞いたら、まさかこんなことになっていたとは。またフリュオリーネの仕業なのか?」


 セレーネは静かに首を振った。


「フリュオリーネ様かどうかはわからないけれど、シャウプ先生が裏でいろいろとしていたみたいなの」


「あいつが」


 セレーネから事情を聞いていたサルファーに向かって、サーシャが言葉をはさんだ。


「サルファー様。最近はシャウプ先生だけでなく、中上級貴族の権威主義的な行動が目に余るようになっていることはご存じですか」


「それは僕も感じているところだ。何とかしなければと思ってはいるのだが」


「今日の2年生の魔法対抗戦、セレーネの試合を見た騎士クラスの生徒たちが、暴動を起こして会場から締め出されました。下級貴族たちの不満は爆発寸前です。セレーネが不利な条件を飲んで対抗戦に参加してしまったのも、下級貴族たちのそんな思いや期待感を裏切れなかったから。生徒会長としてこの状態を放置していたのならば、セレーネのけがの責任の一端はサルファー様、あなたにもあると思いませんか」


 サーシャに指摘されたことはサルファー自身も認識していた。


 ギリッと歯を食いしばって、力が及ばなかった自分自身に対して、悔しくて下をうつむくサルファー。


「生徒会長として責任を果たせていないのは自覚している。シャウプ先生をはじめとする貴族たちの増長が目立つのは、王都の名門貴族であるフリュオリーネを自分たちの神輿として担ぎ上げていることが原因だということも理解している。僕が生徒会長として、また婚約者として、フリュオリーネを御しきれていないばかりにこんなことになってしまったんだな」


 同じ伯爵位でも、公爵家分家であるフリュオリーネの方が格上であり、サルファーとしても彼女に対する対応が難しかったのだろう。


 だが、中上級貴族と下級貴族の分断が学園全体で始まっており、セレーネが傷つけられてしまいことここに至っては、サルファーも本気で対処せざるを得ない。


「僕からフリュオリーネに話をしてみるよ」


 サルファーが医務室を立ちさろうとして、ふと俺と目があった。


 俺は入学直後、正式にサルファーに挨拶をしたが、直接会うのはそれ以来であった。


 サルファーは向きを変えて俺の方に近付き、俺に言った。


「今回は君の婚約者を傷つけることになってすまなかった。フェルーム家は古くから忠誠を誓ってくれている大切な家臣でもある。僕のほうでもできる限りの対処はしていくつもりだ。君もセレーナのことを守ってほしい。頼む」


 それだけを言い残し、サルファーは医務室から去って行った。



 サルファーはセレーネが俺の婚約者であることを認識していた。


 にもかかわらずセレーネに求婚したという。


 今の言葉からは、下級貴族同士の婚約を歯牙にもかけない上位貴族の横暴な考え方は全く感じられなかった。


 セレーネから聞いた話。今のサルファーの態度。




 真実がどこにあるのか、俺には何もわからなかった。



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