第190話 アージェント学園大舞踏会(後編)
「そこの4人。俺の婚約者に失礼なことをしてくれたようだが、あいにく俺はお前たちの名前を知らない。すまないが一人ずつ名前を名乗ってくれないか」
「なんだとコイツ、俺達の名前を知らないとはどこの田舎者だよ」
「2年生の分際で上級生に名乗れとは生意気なヤツだ。おいマール! こんなバカは放っておいて俺達とダンスしようぜ。そうすれば今回の件は許してやってもいい。それとこの舞踏会が終わったら、俺達の部屋に遊びに来ることも忘れるなよ。イッヒッヒ」
そう言って一人の男子生徒が俺を押し退けてマールの腕を掴もうとしたが、俺はそれを払いのけると、そいつの顔面めがけて拳を叩きつけた。
バギャッ!
軽く合わせただけだったが、その男子生徒は頭からふっ飛び、メイドたちが用意したドリンクが並べられたテーブルに身体ごと突っ込んで、全身液体まみれになって気絶した。
「やれやれ軽く振り払っただけなのに、随分と遠くまで飛んでいくヤツだな。そうか、バカだから頭が軽すぎたのか。力加減を間違えたかな」
俺が軽くため息をつくと、怒りで顔を痙攣させた男子生徒たちが、俺を取り囲み胸ぐらをつかむ。
「てめぇ、この舞踏会の場で自分が何をしでかしたかわかっているのか」
「ああ、お前たちに名前を聞いただけだ。社交の場だから当たり前の行為だろ?」
「この野郎、ふざけやがって!」
その男子生徒がさらに力を込めて首を締め付けようとするが、俺はそいつの手首をしめあげて振りほどくと、そのまま突き飛ばして後ろの壁に叩きつけた。
ドグオーーン!
壁にめり込んで完全に失神したその男子生徒の足元には、崩れた壁がバラバラになって散らばっていた。
完全に静まり返った大ホール。ちょうどそこに2人の令嬢が戻ってきた。フリュとエリザベートだ。
「アゾート様、何事ですか?」
フリュが心配そうに駆け付けてきた。
「いや何でもないよ。この男子生徒に名前を聞いたら断られたので、どうしようかなと考えていたところだ。どうしたらいいと思う、フリュ?」
俺とその男子生徒たちの顔を見比べて何かに気が付いたフリュは、楽しそうな表情でこう答えた。
「では地下の決闘場にお連れするのはいかがでしょうか。わたくしも先程までエリザべート王女と汗を流して参りましたので、今は誰も使っていません。それに、ここにおられる方々ならば、あなたといい勝負ができると思います」
「へえ、いい勝負ができるんだ。じゃあ、俺が勝てば名前を教えてもらうことにしようかな。どうする? そこの名無しのキミたち」
「名無しのキミたちだと・・・いうに事欠いてよくも! お前はこのお方がシャルタガール侯爵家のご令息だとわかって言っているのか!」
「シャルタガール・・・」
「あら残念。自分で名乗られてしまっては、せっかくの決闘が台無しじゃありませんか。ねぇ、あなた」
「そうだな。初めての決闘を楽しもうとしてたのに、興が冷めてしまったよ。それで、そこの偉そうな男がシャルタガール家のおぼっちゃんで、そこの腰巾着は何君なのかな?」
「ググッ・・・貴様、許せん」
完全に我を忘れた二人が、懐からナイフを取り出しと、いきなり俺に襲いかかってきた。学園の舞踏会会場でこの行為は完全にアウトだろう。だから俺は容赦なく制裁することができる。
ところでこの学園内は魔法防御シールドが展開されていて、魔法が完全に使えなくなっている。ボロンブラーク校のようにスタン波も発生しない。
それでも魔法攻撃をする方法が実はある。
魔力そのものは各人が持っているものであり、それ自体を消すことはできない。だから俺は魔力のオーラをそのまま利用して攻撃をする。
俺は魔力を一気に解放し、この2人にぶつけた。
うおおおーーーーっ!
俺の全身から吹き出した赤い魔力が爆発すると、シャルタガールとその腰巾着の魔力を完全に凌駕して、彼らの周りのオーラを瞬時に霧散させた。
そして彼らの体内に俺の魔力を送り込み、
「バンッ!」
俺がそう言うと、彼らは一瞬ビクッと身体を震わせて、そして床に倒れた。2人とも完全に心神し、目や鼻や口からは血が流れ出していた。
「おい、そこの執事たち、この目障りなゴミをとっとと片付けてくれ。舞踏会の邪魔だ」
「は、はいっ! か、か、かしこまりました!」
執事たちが慌てて4人の男子生徒たちを会場から運び去る様子を、全校生徒は無言で見つめていた。
あるものは3年生の侯爵家とその側近たちがいとも簡単に倒される様に驚愕し、あるものはこの転入生にどうにかして取り入れないかを画策し、あるいは驚異として排除を考える者もいた。そんな大多数の反応とは別に、各学年の筆頭生徒達は、それぞれ違う感想を抱いていた。
俺達の元に一人の女子生徒が現れた。
「わたくしの派閥の生徒が失礼いたしました。代わりに謝罪致します」
「あなたは?」
「申し遅れました。私は3年生中立派筆頭のジューン・テトラトリス。侯爵家令嬢でございます」
「俺はアゾート・メルクリウス伯爵だ。あれ、さっきのアイツも侯爵家令息のはず。なぜあなたが筆頭を?」
「同じ侯爵位ですが、彼は5男で私は長女。そういう差もございますが、既にお気づきのように、彼は人格に難がありそして統率力に欠けます。あとは説明が不要かと」
「よくわかりました。話の通じる人が中立派筆頭にいて助かりました。これからもよろしくお願いしたい」
「こちらこそ頼りにしてますよ。メルクリウス伯爵」
「ちょっと挨拶が遅れてしまったが、俺もいることを忘れてもらっては困るぞ、ジューン」
「あらいらしたの、そうねあなたも自己紹介がまだでしたわね」
「俺は3年生シュトレイマン派筆頭のジーク・シュトレイマンだ。よろしく頼む」
「シュトレイマン公爵家! いや失礼いたしました。俺はアゾート・メルクリウスです」
「メルクリウス一族をアウレウスにとられたと、うちの祖父がいつも悔しがってるよ。まあ、せっかくアージェント学園に転校してきたんだから、今度シュトレイマン家にも遊びに来てくれ」
「それは興味深い。ぜひその際にはご厚意に甘えたいと思います」
「おいおい、勝手な引き抜きはやめてもらおうか」
「これはアルト王子」
「彼はうちの派閥の大事な一員だ。彼に声をかける時はまずこの僕を通してくれよ」
「ちっ、うるさいヤツがでてきやがったな」
「うるさいとはなんだ。失礼なヤツだな」
「フリュ、この2人は仲がよさそうだな」
「仲がいいというか、2人はライバル関係なのです。ジークも単独で王位を狙っていますが、もし破れてもエリザベート王女が王位につけば、その王配になる予定なのです」
「つまり、エリザベート王女の婚約者か」
「そうなりますね」
「だったらなぜいつもフリュは、エリザベート王女のことを干物女というんだ?」
「貴族は概ねそうですが、婚姻はあくまで貴族社会をうまく乗り切るための契約関係であり、彼らもお互いがお互いを利用する関係であり、それ以上のものは何もないのです。それがわたくしたちとの違いです」
「なるほど。政略結婚とは本来そういうものなんだろうな」
ひとまず騒動は一段落し、マールも俺の背中から出てきた。
「ありがとうアゾート、また助けてもらったね」
「自分の婚約者を助けるのは当たり前だ。礼なんかいらないよ。それよりアイツらがまたマールに何かするかもしれない。これからは俺のそばから離れるな」
「うん、ずっと一緒にいるね」
「およ~、さすがハーレム野郎。あのバカ侯爵を魔力でねじ伏せたよ」
「これが本物の俺TSUEEか、実物を見るのは初めてでごわす」
「ヤバい、このわたくしもハーレムに入ってしまいそうな件」
またうるせえのがやって来たな。
「おいネオン、こいつらうるせえからどっか外に行って遊んでこいよ」
「ひどいよアゾート、子供を外に放り出す親のような言い方やめてよね。せっかく助けてあげようと思ったのに、勝手に一人で戦っちゃうし。私たちってコンビじゃなかったの」
「まあ、あいつら全然弱かったから、別にネオンの助けはいらなかったわ」
「だね、あんなのが何人かかってきても、私たちの敵じゃないよね」
そんな俺達の会話を聞きながら、エリザベートがフリュにこっそり話しかけていた。
「あなたの男、メルクリウス伯爵の魔力、あれって」
「あらさすがね。あなたも気がついていた?」
「当たり前でしょ。本来の魔力を遥かに超えたオーラが一気に解放されたでしょ。あの魔力、下手したら私たちといい勝負なのでは」
「ええ、あの人はまだ自分でコントロールできていないし、それでもようやく私たちと同じレベル。でもここから先はどうなるかわからない。少なくとも自分でコントロールできるようになれば、いつか私たちの魔力を超える日が来ると思う。たぶんそれほど遠い未来ではないと思うわ」
「そんな・・・だとしたら彼は」
「ねえねえイリーネ王女、さっきのメルクリウス伯爵を見ました? わたくし実は伯爵に魔法を教わる約束をしたのですよ」
「えーーっ、すごい。スピアちゃん本当に教えてもらえるのですか?」
「いいでしょ。そうだイリーネ王女も一緒に教えてもらえるように頼んでみましょうか?」
「え、いいの? わたくしもメルクリウス伯爵に魔法を習いとうございます」
「・・・それにさっきの伯爵の目を見ました?」
「見ました。目が赤かったですよね・・・わたくしと同じ」
「あれがメルクリウス、伝説の一族の」
「魔力もすごかったよね。いったい誰が最強なんでしょうか。アージェント、シュトレイマン、アウレウス、クリプトン、そしてメルクリウス」
「建国の勇者パーティーだと、最強はメルクリウス」
「わたくしの目と同じメルクリウス・・・」
次回はリーズの期末テストです
ご期待ください