第189話 アージェント学園大舞踏会(中編)
会場に音楽が流れ始め、舞踏会が始まった。
俺は最初に婚約者であるマール・ポアソン男爵をエスコートし、大ホール中央に集まった他のペアに混ざってダンスを始めた。
「私が最初にアゾートとダンスを踊れるなんて考えてなかったわ」
「たまにはこういうのもいいな。どうやらフリュは俺ではなくエリザベートを選んだようだし」
「フリュオリーネさんに感謝しなくちゃ」
「ユーリは・・・おっと、フォーグの護衛とダンスを踊ってるよ、いつの間に!」
「ユーリはもともと王都に住んでいたし、私たちと違ってアウレウス派に知り合いもたくさんいるから、こんな社交の場でもペアを組む人には事欠かないんだって」
「やるなあアイツ。さすがバーナム伯爵家に嫁ぐだけのことはあるな」
「ユーリも卒業したらアレンと結婚して上級貴族の仲間入りだからね」
あっという間に1曲目が終わり、パートナーを交代する。俺は今度はユーリ・ベッセル子爵家令嬢とペアを組み、マールはさっきユーリと踊っていた相手とペアを組む。同じアウレウス派貴族なので、安心してマールを任せられる。
「ユーリって、この学園にも知り合いがたくさんいるんだってな」
「たくさんって程ではないけど、まだ子供の頃にアレンやダーシュと王都で遊んでいた頃に一緒だった知り合いが、この学園に何人か入学していたのよ」
「ユーリの実家は王都にあるんだっけ?」
「いいえ、うちは領主貴族で王国の北部のバーナム伯爵支配エリア内に領地がある子爵家なんだけど、政略結婚で親族になった宮廷貴族家がいくつもあって、そこにお邪魔する際に王都のアウレウス派社交界によく顔を出していたのよ」
「なるほど、親族に宮廷貴族がいるなら、そういうこともあるんだろうな」
さて2曲目も終わり、再びパートナーを求めて生徒たちが移動を始める。次は誰と踊るか辺りを見渡していると、壁際にポツンと立っている1人の女の子を見つけた。柱に隠れて人目につかないように佇んでいる彼女に、俺は声をかけてみた。
「一曲お相手いただいてもよろしいですか、イリーネ王女」
「あ、あなたは、メルクリウス伯爵・・・」
「そんな所に隠れずに、俺とホールの真ん中で踊りましょう」
「・・・はい。よろしくお願いいたします」
俺はイリーネ王女をつれてホール中央に戻り、ダンスを始めた。イリーネ王女を改めてよく見ると、髪色を除けばどことなくリーズに雰囲気が似ていることに気が付いた。性格は正反対のようだけど、俺はイリーネの中に確かにメルクリウスの血を感じた。
「あの、メルクリウス伯爵?」
「はい、なんでしょうか」
「あなたは本当に、あのメルクリウス一族の生き残りなのでしょうか」
「ええ、間違いなくそうですよ。俺だけでなく、この学園に一緒に転校してきたネオンもそうです。イリーネ王女と同じ赤い目をしてるので、一度会ってみてください」
「まあ、そのネオン様は今どちらにいらっしゃいますの?」
「ネオンは、イリーネ王女と同じ中立派のクリプトン3人娘とどこかに行ってしまいました。見つけたら、王女にご挨拶するように言っておきます」
「よろしくお願いいたします。わたくしと同じ赤い目の仲間が王族に一人もいなくて、寂しい思いをしていたのです。そのネオンさんとは是非お友達になりとう存じます」
「ネオンは少し変わった性格をしてますが、根はいいヤツなんです。きっと仲良くなれると思いますよ」
「ええ。あのクリプトン3人娘と仲がいいという時点で、変わった性格というのは覚悟しております」
「ははは・・・」
イリーネ王女の後は約束どおり、スピア・ティアローガン侯爵家令嬢とダンスを踊った。
「メルクリウス伯爵はボロンブラーク騎士学園からご転校されてきたと伺いました」
「ええ。俺の一族は元々ボロンブラーク領に住んでいて、ほとんどそこから出たことのない田舎貴族だったんです」
「ボロンブラーク校は魔法の授業に力を入れているそうですね。さぞかし強い魔導騎士がいらっしゃるのでしょう。やはりメルクリウス伯爵が一番お強かったのですか?」
「いや、俺よりも強いヤツはいくらでもいました」
「まさか! 2年生にして実力で伯爵になられたメルクリウス伯爵よりもお強い人がいるのでしょうか」
「もちろん。例えば俺の正妻になったフリュオリーネ・メルクリウス。彼女はフィッシャー騎士学園も交えた最強騎士決定戦で優勝を果たした、真の強者です」
「氷の女王様が最強・・・。だとしたら雷の女王様がボロンブラーク校に行けばどうなるのでしょうか」
「どうでしょうね。魔導騎士の強さは単純な魔力の強さでは測れない、とても複雑なものです。それが戦争になるともっと複雑。個々の魔導騎士の強さは関係なくなり、兵力の規模と練度、そして戦略と戦術によって勝負が決まります。だから魔力の大小のみでは何も判断できず、実際に真剣勝負をしてみないと本当の強さなんてわからないんですよ」
「そう・・・とても興味深いですね」
「スピア様は魔法に興味があるのですか?」
「ございます。わたくし、子供のころ幼馴染みによく苛められておりました。魔力は同じぐらいなのに、彼女にはどうしても勝てなかったのです」
「ほう、侯爵令嬢の魔力を持ってしても勝てないとは、相当の実力者なのですね」
「ええ。しかも性格も悪くて、わたくしいつも泣かされておりましたの。いつかわたくしの方が強くなって、子供の頃の恨みを晴らしてみせたいのです。伯爵、わたくしに魔法を教えていただけませんか」
「え、俺が?」
「はい、伯爵が魔法協会の表彰を受けた特別研究員というのは存じ上げております。わたくしもあの表彰式会場にいて、そのご様子を見ておりましたから」
「ああ、あの時にいらしたのですね。わかりました、この俺でよろしければ、いつでも魔法を教えてさしあげますよ」
「ありがとう存じます!」
スピアと別れて、俺は次のパートナーを探そうとしたが、少し先のほうで何かトラブルがあったようだ。周りにはすでに人だかりができていて、揉めているのは見たことのない男子生徒たちと、マールだ。
俺は慌てて人だかりを押し退けて、マールに駆け寄った。
「何があったんだマール!」
「アゾート・・・」
マールが俺の懐に抱きついて泣いている。それを見た男たちはニヤニヤと笑いながら俺に近付いてきた。
「おっと、メルクリウス伯爵のお出ましだ」
「ハーレム野郎を実物で見ると、虫酸が走って殴り付けたくなるな」
「こいつは寝とり魔だ。俺の兄貴の婚約者を奪い取ったな」
「へぇこいつが。2年生で伯爵をとった傑物だと聞いていたが、何だよこいつ、全然強そうじゃないな」
コイツら何者だ? どうしてマールを泣かして、俺にこれほどの敵意を持っているんだ。
「マール、こいつらって・・・」
「うん・・・ナルティンに無理やり婚約させられていた相手の弟なの。3年生なんだけど私が嫌だと言ってるのに、無理やりダンスを踊らせようとして、断ったら恥をかかせたって大きな声で怒鳴られて・・・」
「そうか、俺が来たからもう大丈夫だ。マールは俺の後ろに下がっていてくれ」
「うん」
次回後編です
ご期待ください