第186話 国境の古戦場にて
次の日、アージェント学園組にセレーネとクロリーネを加えて、ポアソン領にある元ナルティン子爵の居城にフレイヤー2機とともに転移した。
1機はプロメテウス城に配備したクロリーネ専用機、もう1機は新たにアウレウス伯爵から譲り受けたマール専用機で、ポアソン領に配備するものだ。
フレイヤーは城の中庭に出してもらい、俺は執務室でマールの父上のポアソンさんと領地の運営について話し合う。ポアソンさんは見たところ、かなり体力が回復したようだった。
「まず、現状について報告してください」
「わかりました。先日のナルティン戦では、城下町自体にはあまり被害がなく、ほとんどが城壁とこの居城の損害のみです。城の上半分が焼け落ちてしまったので、城は全面改修が必要ですが、ナルティンが溜め込んでいた資金が豊富にあるので、改修費には困っていません」
「城の破壊は俺の空爆のせいだから、改修費がまかなえると聞いて少しホッとした」
「あと、ナルティンに破壊された旧ポアソン領の修復も、この資金を使って急ピッチで進めています。この領地の経済は、うちの港とこの城下町の商人で回っていますから」
「その通りだと思う。この領地はメルクリウス領に次いで商業が盛んな領地であり、シャルタガール、フィッシャー方面の市場へのアクセスがとてもいい。メルクリウス伯爵支配エリア全体を支えるためにも、ここには重要な稼ぎ頭になって貰いたい」
ポアソンさんは勘所をよく理解しているようで心強い。
「実は、このポアソン領には軍事面でも重要な役割を担ってもらおうと思っている」
「と言いますと?」
「ここは我が支配エリアの最東端で、ブロマイン帝国に最も近い。だから騎士団2000以外にも軍艦3隻を配備するとともに、フレイヤーも1機配備して航空戦力も保有することにする。陸海空の3軍だ」
「フレイヤーというと先ほど中庭に移動させたあれですね。マールが人類初飛行に成功した例の」
「そうだ。ただマールはパイロットとしてはとても優秀なのだが、雷属性が足りないので一人では飛べない。誰か雷属性の補助者を雇い入れるまでは、俺かネオンが一緒に出撃することになる。任務は主に偵察活動や帝国艦隊への空爆だな」
「そんな航空戦力を、このポアソン領で保有するのですね」
「航空戦力はメルクリウス領とポアソン領にしかなく、ここは帝国に近いため、その存在意義は特に重要になってくる。そしてその空軍の実戦力こそが領主マールの軍事面での役割になる」
「責任重大ですね」
その後も領地運営に関して多岐にわたって話し合ったあと、最後に領地の所有権について確認を行った。
「旧ナルティン城はポアソン城と命名し、この街は城下町ポアソンとする。そして旧ポアソン領はポアソン港と改名し、全ての領有権はマールのものとする」
「え、私だけ? アゾートはどうするの?」
「ここの領主はあくまでマール。おれはマールの配偶者に過ぎない。ポアソン城はマールの居城として使うとして、ポアソン港をどうするか。別の騎士爵に与えてもいいと思うが誰か心あたりがいるか?」
するとポアソンさんが、
「ここは将来的には、マールの子供に統治させたいと考えてます。それまでは、私の長男夫妻が管理をしておきます」
「えーっ、私の子供って・・・」
「何も心配することはないマール。お前とメルクリウス伯爵の子供だ。間違いなく強い魔力を持った子供が生まれるだろう。だから騎士爵家を継ぐぐらい余裕のはずだ」
「子供の魔力を心配してるんじゃなくて、みんなのいる前でそんな生々しい話をしないでほしいの」
「いやこれは大切な話だ。ポアソン港だけでなく、この城下町ポアソンを統治する男爵家の後継ぎも当然必要になるし、領地を守るために分家の騎士爵家を増やすことも必要かもしれない。子供は何人いても構わないし父さんと母さんが子育てをしてやる。だからマールは気にせずしっかりと励むんだぞ」
「もうやめてよそんな話! お父様のバカっ!」
ポアソンさんとの話し合いも終わり、領地の運営方針を擦り合わせることができた。さていよいよ、このポアソン領の視察に行ってみるか。
「フリュ、今からフレイヤーで空から領地の視察に行こうと思う。マールとクロリーネはパイロットなので同行するとして、あと一人はネオンを連れていく。だから今回はこの城で待っていてくれないか」
「承知いたしました。お気を付けて行ってくださいませ」
「じゃあ行くぞネオン」
「私を連れていくってことは、あそこに行くのね」
「ああ、空から侵入できるか試してみるだけだが、ネオンは成功した場合の保険だよ」
「そういうことね。わかったわ」
「ちょっと待って、アゾート。ネオンが行くなら代わりに私が行きたい」
「セレーネ?」
「どこに行くのか知らないけれど、せっかく一緒に来たんだから私を連れていってよ」
俺がセレーネを連れて行くかどうか迷っているとネオンが、
「まあ、たぶん失敗すると思うし、もし成功したら全力で逃げればいいから、今回はセレン姉様に譲ってあげるよ」
「・・・それもそうだな。じゃあセレーネが一緒に来るか?」
「うん!」
俺たちは城の中庭に移動させてあった2機のフレイヤーに乗り込んだ。1機は前席にマール後席に俺、もう1機は前席にクロリーネ後席にセレーネだ。
フリュ、ネオン、ユーリの3人が見守る中、2機のフレイヤーは大空へ飛び立った。
「マール、あまり高度を上げすぎないように飛行を続けてくれ。まずは北に向かってから大きく旋回して南のポアソン港まで戻り、そこから海岸線を東へ向かおう」
「うん、わかった」
マールのフレイヤーが先導し、クロリーネがその後を付いてくる。2機のフレイヤーは北へ進路をとって、シャルタガール侯爵支配エリアとの境界を目指した。
空から見るとはっきりとわかるが、このポアソン領は東西に長い長方形の領地で、縦横に四分割すると、北東部分はほとんどが山地で、奥に行くほど切り立った山々が連なる。ここには人はほとんど住んでおらず、産業と言えば若干の鉱山と林業があるだけだ。
一方で北西部分は豊かな穀倉地帯だ。眼下には青々と繁った作物が秋の収穫の時期を目指して穂を実らせようとがんばっているかのようだ。
そんな穀倉地帯の真ん中を南北に大きな街道が延びている。シャルタガール侯爵支配エリアを縦断して、フィッシャー辺境伯支配エリアへと続く幹線道路だ。ここを多くの商人たちが馬車に商品を積み込んで行き来をしているのが上空からでもわかる。
フレイヤーはやがて領地の北端、シャルタガール侯爵支配エリアとの境界までやってきた。ここから西に大きく旋回し、トリステン領との境界に沿って南下する。眼下には大きな川が流れていてこれが領界になっている。川の両側は同じような穀倉地帯であり実にのどかだった。
川はやがて海に流れ着く。ポアソン湾だ。ここから陸地は南に大きくつき出しており、その半島の西側はポアソン港として大小様々な商船が停泊している。
一方、半島の東側は海岸線が弧を描くように東に延びていて、遠浅の海岸線がずっと続いている。この海岸の一部が毎年遊びに来ているプライベートビーチになっている。
「こうしてポアソン港の様子を空から見ると、やはり街の北側の損傷がひどいな」
「だいぶ燃えちゃったからね。でもみんな一生懸命復興作業頑張ってるよ」
ポアソン港の上空をぐるりと一周すると、2機のフレイヤーに気が付いた街の住人が空を見て騒ぎ始めた。驚いて腰を抜かす者から、空に向かって手を降る者、走って追いかけてくる子供達もいた。
「よしマール、ここから海岸線に沿って東へ向かってくれ」
「うん、わかった」
ポアソン港から先は漁村になっていて、近海でとれた海産物を水揚げして生活しているようだ。北は荒れた平原になっていて、耕作地には向いていない。
さらにどんどん東へ進むと、ポアソン領の東端にしてアージェント王国の国境線に近づいてきた。眼下には広い平原が広がっている。古戦場だ。
俺たちは昔、ここに来たことがある。そして大軍相手に戦ったのだ。
一方、フレイヤーの進む正面には、虹色に輝く幕が俺達の行く手を遮っていた。巨大な魔導障壁だ。
「マール、ここからできるだけ高度を上げてほしい。だが魔導障壁には近づくなよ」
マールは機体を垂直に傾けて、上空に向けて高度を上げた。だが、どこまで上昇しても魔導障壁に終わりはなかった。
「すごい魔導障壁だな。そしてとんでもない魔力だ」
「ねえアゾート、ここは一体どこなの?」
「マールは近所なのにここに来たことがないのか?」
「ここはナルティン子爵・・・あれ、シャルタガール侯爵かな? から一切近づいてはいけないって言われている場所なの。でも場所的にはひょっとして、あそこなの?」
「そうだ。マールの想像通り、ここはアージェント王国とシリウス教国との国境線だよ」
「じゃあ、この魔導障壁の向こうがシリウス教国」
「もう何百年も鎖国を続けている謎の国、この魔導障壁のせいで、他国の人間は誰も中の様子がわからないんだ。だから、フレイヤーで空から入ってみようと思ったんだけど、無理だったな」
「えっ! まさか空からシリウス教国に侵入しようとしてたの?」
「ああ、失敗したけどな」
「アゾートはやることがメチャクチャだよ!」
シリウス教国に空から侵入することを諦め、俺はフレイヤーを着陸させた。マールの機体の横にクロリーネの機体が着陸し、クロリーネとセレーネも外に出てきた。そしてセレーネが、
「アゾート、もしかしてここって・・・」
「ああ、ここはシリウス教国との国境線だよ。今は鎖国のために魔導障壁が空まで張り巡らされて侵入できなかったけど」
「だからネオンを連れてこようとしてたのね。でもここも随分と雰囲気が変わったね。前はこんな障壁なんかなかったし、この古戦場ももっと緑が豊かだったはず。今はすごく殺伐としてるけど」
「だよな。ちょっと殺風景過ぎだと思うけど、どうなってるんだろうな」
「あの~アゾート先輩? 先輩とセレーネ会長は以前こちらにいらしたことがあるのですか?」
「ああここは昔、神聖シリウス帝国の追手から逃れた旧教徒たちがシリウス教国に亡命する際に、あと一歩の所で追い付かれた場所なんだ。そして危機一髪のところを俺達が助けた」
「どういうことですか?」
「ちょうどいい機会なのでクロリーネには話しておこうと思う。マールも改めて聞いてほしい」
「ひょっとして、カインたちと行ったあの時間溯行の話よね」
「ああそうだ。マールはうちの大宴会に参加していたから、俺の親戚から嫌と言うほど自慢話を聞かされたと思う。もううんざりしてるとは思うが、今日は少し違う話もしたい」
「ありがとうアゾート。私にもちゃんと話してくれるんだね」
「もちろんだ。だけどこれは秘密だから、他の人には喋らないようにな」
そして俺は、248年政変でメルクリウス公爵家が滅ぼされた一連の経緯、それから俺とセレーネが日本からジオエルビムに異世界転移して、さらに王国建国時にタイムリープしてメルクリウス公爵家を創設したこと。大聖女クレアの聖属性魔法・リーインカーネイションで生まれ変わって今の身体になったことを告げた。
「な、な、な、な・・・」
クロリーネはあまりの衝撃的事実に理解が追い付いておらず、ただ手をワナワナさせているが、マールは平然としていて、
「もうアゾートから何を聞かされても驚かなくなった自分が恐いけど、ネオンがやたら大聖女クレアに詳しい理由がわかった。本人なんだから詳しいに決まってるよね」
そう言ってマールはクスクス笑っていた。
「ま、ま、マール様っ! 笑っている場合ではございません。アゾート先輩が初代メルクリウス公爵だったんですよ。建国の英雄にして、今の王国の貴族社会のルールを作った伝説の偉人」
「え? 本当なの、クロリーネ」
「これは王族しか知らない史実ですが、間違いなくそうです。公式の歴史にはラルフ・アージェントとセシル・クリプトンが王国法の基礎を作ったとされていますが、実際はアサート・メルクリウス公爵とその妻のセリナ・ミツキ・メルクリウス公爵夫人が全ての草案を作成したのです」
するとセレーネが、
「えっへん、どう私すごいでしょ。これでも大学では法律をかじっていたから、日本の制度を参考にいい感じに王国法にアレンジしておいたのよ」
「すごっ! セレーネさんって私と同じで、てっきり学園アイドルのバカ担当だと思ってた。ごめん」
「ズコーッ!」
次回は再び学園です
ご期待ください