第19話 セレーネへの罠
「それでは約束通り、騎士クラスの魔法訓練棟使用禁止を撤回をしてもらおう」
シュミット先生がシャウプ先生に詰め寄った。
「フン。まぁ約束でしたから今回は撤回して差し上げますが、今日あなたたちがしでかしたことは問題にいたしますわ」
「何が問題なのでしょう」
「決まっているでしょう。下級貴族が上位貴族に歯向かったことです。下位の貴族は上位の貴族をたてて、試合に勝たないのが王国貴族のマナーなのです。命令を大人しくきいてさえいればいいものを、ほんと生意気な」
「あなたの下らない考えは聞くに耐えない。早く要望書を渡しなさい」
「シュミット先生、あなた覚えておくことね。この事はフリュオリーネ様を通じて、王都でも問題にします」
そう言うと要望書をシュミット先生に乱暴に渡して、シャウプ先生は早足で去っていった。
「全く、困ったお人だ。それにしても派手にやったアゾート」
後ろでやり取りを見ていた俺にシュミット先生が話しかけた。
改めて試合場を見ると、気絶した生徒たちが次々と医務室に運ばれているところだった。
上級クラスはユーリとパーラを除いて全滅、騎士クラスはモテない同盟の3人が気絶している。
「我ながら、確かにこれは酷いですね」
ハーディンたちに対しては確信犯だったが、ダーシュたちをここまで追いつめることができるとは想定していなかった。
本当はエースのダーシュを討ち取っての優勢勝ちを狙っていたのだった。クラスメイトの成長が俺の想定をはるかに越えていたのだ。
「お前の詠唱やマールの魔法など、聞きたいことがたくさんあるが、今日は早く帰って体を休めておけ。俺はこれから要望撤回の書類をまとめて校長の決裁をもらってくるよ」
「先生、いろいろありがとうございました」
俺たちが口々にお礼を言うと、少し照れたようにシュミット先生は校舎に戻っていった。
観客たちの試合の興奮いまだ覚めやまず、会場は騒然としたままだった。
「お前らやるじゃないか!」
カインが俺の肩を組んで、髪の毛をくしゃくしゃにした。
「俺も出たかったぜ。なんで俺だけA組なんだよ」
「お前ネオンのモテモテぶりを見て、A組でよかったって、いつも言ってるだろ」
「それはそれ、これはこれ。何か無性に戦いたくなってきた。今から剣術訓練棟に付き合えよ」
「嫌だよ。疲れた。もう帰る。ダンとでもやってろ」
すぐさまカインがダンに絡んでいくのを横目で見ながら、俺はみんなに別れを告げてネオンとともに寮に帰った。
さすがに疲れたのか、俺はその夜は泥のように眠った。
中間テスト4日目(闘技大会3日目)、今日はいよいよ2年生の魔法団体戦だ。
今日も朝から学園は盛り上がっていた。
「フリュオリーネ様とセレーネ様の対決楽しみね。どっちが強いんだろ」
「トーナメント表見たけど、どうやら決勝まで勝ち進まないと当たらないみたいだよ。セレーネといえども、決勝まで勝ち上がるのは、さすがに厳しいんじゃないか」
「そんなことないよ。昨日の試合を見たけれど、セレーネ様の強さは本物だと思う。上級クラスでも彼女に勝てる人はほとんどいないよ」
「まぁセレーネが騎士クラスを代表して、上級クラスのトーナメントを勝ち上がっていくのは、俺たちとしても見ていてスカッとするしな」
「そうよね。私たちの代わりに、あの偉そうな上級クラスのやつらをやっつけて欲しいよね」
このように会場のあちらこちらでは、セレーネの話題で持ちきりであった。
上級クラスへの恨みを晴らしたい騎士クラスの生徒たちは、セレーネに多大な期待をかけていた。
逆に言えば、セレーネはとても大きなプレッシャーを感じながら、今日の日を迎えていたのだ。
絶対に勝たなければいけない。
無様な負けは許されない。
みんなの期待を裏切るわけにはいかない。
責任感の強いセレーネは、周りの期待を全て受け止めてしまい、少し冷静さを失なっていた。
そして試合前にシャウプ先生に呼び出されたセレーネは、この時一つの判断ミスをおかしてしまった。
それがこの後、領地を揺るがす大事件へと発展することになるとは、この時誰も想像できなかった。
「私が魔法団体戦に参加できなくなった理由を説明してください」
私は魔法団体戦の運営事務局の責任者であるシャウプ先生に、ちゃんとした理由を聞くために詰め寄った。
「下級貴族は身の程をわきまえる必要があると言ったまでです。魔法団体戦は本来上級クラスの種目であり、下級貴族はこれまで、お情けで参加を許されていました。しかし昨日の1年生の騎士クラスの蛮行を見るに、学園としてはここで綱紀を粛正する必要があると判断しました」
「蛮行というのは、昨日のクラス対抗総力戦のことでしょうか。正々堂々とした素晴らしい試合だったと聞いていますが。それに、下級クラスにも魔法団体戦に参加する資格はあります。去年までだって代々の先輩方が参加して立派な成績を残しています。侮辱はやめてください」
「いちいち口答えをするな、生意気な!あなた達下級貴族は私たちの命令をきいていれば言いと、何度言えばわかるの? 昨日のアゾートといい、フェルーム家にはバカで無礼者が揃っているようですね」
「酷い・・・」
私のことだけだなくアゾートまで悪く言われて、私は悔しくて仕方がなかった。
一緒について来てくれたクラスメイトも頑張って説得してくれているが、シャウプ先生は私たちの言葉に全く聞く耳を持とうとしなかった。
運営スタッフの中には私のことを同情的に見てくれて人がいるものの、シャウプ先生には逆らえずどうすることもできない。
「いいでしょう。それでは条件を出します。あなただけ参加を認めます。あなた以外の騎士たちは参加できませんが、代わりに上級クラスと生徒達に出てもらうことにします。それでいかが?」
「みんなだって一緒に戦ってきた仲間なのに、どうして参加できないのでしょうか」
「本来参加が許されない下級貴族を特別に認めるのだから、出場できるのはあなただけ。それで譲歩なさい」
あまりに酷い条件に、もう参加なんかしなくてもいいと思ったけれど、自分が出場できないと知ったとき、騎士クラスのみんながどれだけ失望するかを想像すると、とてもそんな判断は下せなかった。
「わかりました。それで結構です」
「そう。では人選はこちらで行っておくから、もう試合会場に行っていいわよ」
とぼとぼと試合会場へ向かうセレーネの後ろ姿を、シャウプ先生は罠にかかった獲物をみる目で見ていた。
「バカな子ね」
試合会場には既に多くの観客が詰めかけており、俺はネオン、ダン、カイン、マールとともに、観客席の中段あたりに陣取った。
試合開始前であり、まだスタッフがバタバタと動きまわっている。
運営事務局のあたりに生徒が集まって何やら話し合いをしているが、ここからじゃよく見えないな。揉め事かな?
試合が始まるまで、雑談でもしながら待つことにした。
さて2年魔法戦の主なルールは、次のとおりだ。
・この試合では魔法攻撃による戦闘を評価する。
・5人の騎士を配下におき、護衛または相手魔法攻撃の妨害を行う
・騎士の物理攻撃は認められるが、必ず魔法攻撃で決着しなければ評価されない。
・護衛騎士が魔法を使うと反則負け
今回は上級クラス15組と騎士クラス優勝者の16組のトーナメント戦である。
決勝戦まで4試合あるがセレーネとフリュオリーネは決勝まで当たらない。
セレーネが決勝までいくためには、下手をすると、フリュオリーネの取り巻きども3人と対戦することになる。
俺は待機している選手たちの方を見た。
フリュオリーネは、金髪に緩い縦ロールをしていて、目元が少しきつめの美少女。華やかな衣装をまとった姫騎士といった感じだ。
フリュオリーネの周りには、3人のいかにも令嬢という華やかな衣装をまとい扇子で口元を隠している取り巻きがいた。
さあ、いよいよ試合開始だ。