第185話 リーズとアルゴの相談
その後晩餐会はいつものフェルーム式宴会へ移行し、メインテーブルに座っていた父上やダリウス、カイレンがサブテーブルの分家筋の方に行ってしまい、空いた父上の席にエリーネが移ってきて母上やリシアとともに女子会みたいな一団が形成された。
そんな様子に呆れながら、俺とセレーネは一週間ぶりの会話を楽しんでいた。
「あーあ、結局いつもの飲み会になってしまったな」
「まあ、うちの一族は上級貴族家になっても中身はいつまでも騎士爵家のままよね。それで明日は何か予定はあるの?」
「ポアソン領の様子を見てこようと思う」
「え、もう行っちゃうの?」
「ちょっと領地が広すぎて、週末ごとに2つずつ回っても、全部廻るのに1か月もかかってしまうんだよ」
「えぇぇ・・・じゃあ私とは月に1日しか会えなくなるよ。それでもいいの?」
「うーん・・・じゃあ、セレーネも一緒に来る?」
「それいいわね、毎週私もついていくことにするわ。それはそうと私にアージェント学園の話を聞かせて」
「もちろんだよ。まず驚いたのが、」
「お兄様~! 私の相談に乗って下さい~!」
セレーネと話をしようとしたら、リーズが割り込んできた。だが、リーズの表情がいつになく深刻だ。何かあったんだろうか。
「どうしたんだリーズ、俺に相談なんで珍しいな」
「それが大変なことになったの。わたおによ」
「わたおに・・・はっ、まさか!」
「そう、フィッシャー家のお家騒動に巻き込まれそうなの。助けてお兄様!」
「えぇぇぇぇ嫌だよ。俺はああいうのは苦手なんだ。そ、そうだ、この件はネオンに頼るといい。アイツが全部悪いんだから、フィッシャー家関連はアイツに責任を取らせればいいさ」
「ね、ネオン姉様に相談するのは、ちょっと嫌かな」
「なんでだよ。ネオンはあれで結構いいやつだから、色々とアドバイスしてくれるぞ」
「だけど、ネオン姉様と私ではメンタルの強さが全然違うの。ネオン姉様のアドバイスを実行するには、鋼鉄のメンタルと超鈍感力が必要なの。その点お兄様はいつも胃を痛くしているような弱キャラだから、私にちょうどいいアドバイスが貰えると思うのよ」
すると話を聞いたネオンがやってきて、
「なになにリーズ、あなたカインの嫁になるの?」
「その逆で、私がダーシュ様に乗り換えようと思ってたら、私のお友達が私とカイン様をくっつけようとお茶会にカイン様を招待したの。そしたら、カイン様も私とくっつくための覚悟を決めると言い出したり、カレン・アルバハイム嬢からは、泥棒ネコって罵られたり大変なことになってしまったの。どうしたらいいの?」
「ぷーっ何それ、メチャクチャ面白い状況ね。ていうかリーズって、ダーシュの嫁になろうとしてるの?」
「俺も初耳だよ。いつの間にそんな話になってたんだよ。ダーシュからは何も聞いてないぞ」
「じ、実は、この前ポアソンビーチに行った時に、かくかくしかじかということがあって、ごにょごにょなことになってしまったの。助けてお兄様、ネオン姉様!」
すると横で聞いていたセレーネが、
「呆れた。つまりサルファー、ダーシュ、アイル、カインの4名がリーズ争奪戦を繰り広げ、それぞれを狙っているヒルダ、ターニャ、メリア、カレンが自分の不利にならないように裏で画策を始めたってことよね」
「すごいなセレーネ。今のリーズの説明でよくそこまで状況を整理できるな」
「え、私すごかった? まあ、私は恋愛小説を何百冊も読破した文学少女ですから、読解力には定評があるのよ」
「セレーネが読んだ恋愛小説って全部、男性主人公の異世界ハーレムラブコメだろ。でもそれでリーズの状況把握が完璧にできるとなると、リーズの今の状況ってもしや・・・」
「お兄様のチョイキモ昔話はもういいから、私がどうすればいいのか一緒に考えてください」
「もし俺がリーズだったら、カインを選ぶかな」
「え、どうして?」
「だって、バートリー家の復興はメルクリウスの姫の力が必要だって当主の婆さんが言ってたし、フィッシャー家は帝国との戦争の最前線。アージェント王国の国益を考えたら、フィッシャー家から強く求められている今こそ絶対に嫁に行くべきだ。血沸き肉踊るじゃないか!」
「それ絶対、戦争に巻き込まれるパターンだよね」
「私もカインかな?」
「え、ネオン姉様も?」
「だってあそこはメルクリウス家先祖代々の地下遺跡もあって何かと因縁の深い土地だし、エメラダやミリーのイビりなんてそんな大したことなかったし」
「え、そうなの、ネオン姉様」
「そうよ、私が一日中カインの家で寝ていたのが気に入らなかったらしくて、ミリーがずっと枕元で私を注意していたらしいけど、声が小さくて全然聞こえなかったし、私が目を覚まして帰り支度をしていても、ただ嫌みを言うだけで、セレン姉様みたいにエクスプロージョンを撃ち込んでこないから、痛くも痒くもなかったよ」
「・・・それはネオン姉様だから耐えられるので、私には無理です」
「そうよ、ネオンなんかもはや仙人ぐらいに年齢を重ねたBBAだから、そんな無我の境地に入れるのよ」
「BBAって言うなせりなっち」
「じゃあ、クレアばばあ。若しくは喪女医」
「ねぇ安里くーん、せりなっちが悪いよ~。なんとかしてよ」
「セレーネ、妹をいじめるなよ。かわいそうだろ」
「だって、こんなの全然妹じゃなかったじゃない。正体はあのクレアだったのよ、もう最低。あ、そうだ、ちょうどいい機会だから、ネオンとリーズを交換してよアゾート。私ネオンなんかもう要らないから」
「ひどっ! かわいい妹に対してなんてこと言うのよ、セレン姉様」
「妹だったら、たまには姉の言うことを聞きなさい」
「うへーい」
「それでセレーネだったら、4人の中で誰を選ぶ?」
「私だったらアイルかな。クラスメートだし、いつも一緒に居られて楽しいと思うのよ。その点アゾートは学年が違うし、私一人を置いて転校しちゃうし、本当ひどいよね」
「やぶ蛇だった! す、すまんセレーネ・・・。リーズもとにかく頑張れよ。お前にはニコラをマネージャーにつけてやったんだから、あいつをこきつかってもいいからな」
「もう、3人とも真面目に考えてよ。また来週相談に行くから、その時にはちゃんとアドバイスしてよね」
そう言ってリーズは怒りながら自分の席に戻っていった。
俺はホッと一息つくが、俺の席に次の相談者が訪れた。アルゴだ。
「兄上、少し相談したいことがあるのですが」
「なんだアルゴ、お前が俺に相談なんて珍しいな」
「これは兄上にしか相談できないことなのです」
「ほう、何だ言ってみろ」
「はい、クロリーネのことです」
「クロリーネ・・・何か問題でも起きたのか?」
「いえ、問題は何も起きてません。彼女はとても頑張っていて、物腰も優しくなって申し分ないのですが」
「だったら何を相談したいんだ」
「彼女が自分を抑えすぎていて心配なのです。元の性格を知っている僕から見たら、彼女の豹変ぶりは異常です。それに、表情こそにこやかにしていますが、明らかに元気がありません。このままだと彼女が壊れてしまうのではないかと僕は心配なのです」
「アルゴ・・・お前はクロリーネのことをよく見てるな。偉いぞ」
「いえ、それほどでも。それにクロリーネは僕の婚約者ですし」
「それでアルゴは、クロリーネをどうしてあげたいんだ」
「はい。クロリーネが本当に気を許せるのは僕ではなく兄上なので、たまにクロリーネとの時間を作ってあげて欲しいのです」
「いや、それはまずいのでは・・・」
「どうしてですか? ジルバリンク侯爵からクロリーネの後見を頼まれたのは僕ではなく兄上では」
「確かにそうなのだが・・・しかし」
「僕は全く気にしませんし、クロリーネもその方が喜ぶと思いますので」
「どういうことだ。確かにクロリーネが俺に心を開いてくれているのは自覚しているが、それはあくまで」
「兄上はリーズ姉様が言うように鈍感ですね」
「なんだとアルゴ、俺は鈍感という言葉が大嫌いなんだ。よくもそれを」
「それは失礼しました。では別の言葉で言い直します。クロリーネは兄上のことを異性として好きです。できれば僕の代わりにクロリーネの婚約者になっていただきたいですが、僕も伯爵家の一員。自分の役割は理解しているつもりです」
「お前・・・何を言っているのか分かってるのか」
「もちろんです。クロリーネはアウレウス派とシュトレイマン派の軍事バランスを取るためにここに来ましたが、本来は兄上の婚約者になるべきところを、一人の男性貴族が両派閥の姫を娶ることが許されないから、代わりに僕が婚約者となったに過ぎないのです」
「なんだと? 俺はそんな話を聞いていない」
「それはそうでしょう。兄上に聞かせたところで、どうなるものでもないからです。フリュオリーネ義姉様とクロリーネを同時に娶ることを許されているのは、王家アージェント家のみ」
「アージェント家のみ・・・」
「僕は兄上の代役を務めているに過ぎないのです。だからクロリーネの精神的なフォローを兄上にお願いしたい。この通りです」
そう言ってアルゴは俺に頭を下げた。
「わかったよアルゴ。お前にはとんでもない役割を押しつけていたようで、申し訳ないことをした。お前が嫌でなければ、クロリーネのフォローは俺が責任を持って果たすよ」
「ありがとうございます。これで少し僕の肩の荷が降りました」
「すまなかったな、アルゴ。お前は本当に良くできた弟だよ」
アルゴが席に戻り、隣のクロリーネと何かを話した後、今度はクロリーネが俺の所にやってきた。
「お疲れさまです、アゾート先輩」
「クロリーネもお疲れ様。どうした、少し元気がないようだな」
「・・・そんなことありません。新学期が始まって、ボロンブラーク学園も色々と変わったのですよ」
「セレーネとリーズから聞いたが、大変そうだな」
「・・・はい」
やはり、言葉とは裏腹にクロリーネは相当参っているようだ。
「明日から毎週末、俺は支配エリアの視察に赴く。もしよければ、クロリーネにも同行してほしいのだが」
「わたくしがアゾート先輩と同行するのですか、どうして?」
「俺はクロリーネの眼を信じているんだ」
「眼を」
「ソルレート侵攻作戦で見せた戦術眼は、ロック司令をして天才と言わしめるほどだった。俺自信も、君をシュトレイマン派連合軍の指揮官に推薦するほど高く評価している。だから是非、俺と同行して、クロリーネの意見を聞かせて欲しいんだ」
「・・・しかたないですわね。休日はのんびりする予定でしたのに、先輩がそこまでおっしゃるならそのお願いを聞いてあげてもよろしくてよ。先輩だけ特別なんですからね」
そう言ったクロリーネの顔は、少し元気を取り戻したように見えた。
次回、ポアソン領の視察で、ある特別な場所に行く
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