第183話 凱旋
明けましておめでとうございます
今年もよろしくお願いします
週末、俺はダリウスの計画どおり、軍用転移陣で領都ディオーネの前の平原に転移した。
この平原には「ディオーネ領民軍」総勢5000が布陣しており、全軍を指揮する司令部テントの中にセレーネが軍用転移陣を設置し、俺の転移陣と繋げたのだ。
転移陣の前ではセレーネが待機しており、俺の後をフリュたちが続けて転移してきた。
「おかえりなさい、アゾート」
「ただいまセレーネ。約束通り帰ってきたよ」
全員の転移が終わってテントから外に出ると、凱旋式を企画したダリウスとその側近の分家たち、領民軍司令官に就任したロック他ソルレート領民軍の優秀な現場指揮官たちが待っていた。そして司令部の周囲には、ディオーネ領民軍全兵士5000名と、俺たちがこれまでに保護したすべての奴隷1000名が整列していた。
「これだけの人数が一堂に整列してるのは壮観だな。でもダリウス、いつのまに奴隷たちをここまで連れて来たんだ」
「船を使ったんだよ。港湾都市メディウスで保護していた奴隷はバーレート港まで海路で、城塞都市ヴェニアルに保護していた奴隷はロレッチオ男爵に船を借りて湖を使って直接ここまで連れてきた」
「なるほど。だからこんな短期間でここまで連れてこれたんだ。やはり船の輸送量はケタ違いだな」
「ああ、だからロディアン会頭に頼んで、輸送艦を何隻か調達しておいたぞ」
「さすがダリウス、抜け目ないな」
「そんなことよりも、みんなお待ちかねだ。さあ領都に向けて凱旋するぞ!」
「了解。それでは領都ディオーネに向けて、全軍進軍せよ」
「はっ!」
領民軍と救出奴隷のあわせて6000名を引き連れて、大きく開け放たれた城門を通って領都の中へと進んでいく。城門から先、ディオーネ城へと続く真っすぐで広いプロムナードの両側は、凱旋式を見学に来た多くの領民たちで埋め尽くされていた。
「ニトロ! ニトロ! ニトロ!」
「我らが同朋、革命闘士ニトロ伯爵をたたえよ!」
「ばんざーい! ばんざーい!」
領民たちの熱烈な声援を受け、俺はゆっくりと馬を走らせながら右手を振ってその声援に答えた。俺の後ろを進んでいたダリウスが俺にそっと馬を近づける。
「おいアゾート。前から思ってたんだが、ニトロってなんだ?」
「ああそれは俺がここに潜伏していた時の偽名だよ。身分を隠すために準備した名前だったんだが、いつのまにか全領民を率いるデモ隊のリーダーに祭り上げられてしまって、ニトロという名前が一気に広まってしまったんだ」
「なんだそういうことだったのか。なら、この領地ではお前はアゾート・ニトロ・メルクリウスでいいんじゃないか。なんか強そうじゃないか」
「たしかにどことなく爆発力がある名前だよな」
そんなことを話していると、後ろの方でひときわ大きな歓声が沸き起こった。後ろを振り返ると救出した奴隷たちが、ちょうど城門から中に入ってきたところだった。
沿道にいた領民の一部が隊列に駆け寄って行く。
おそらく家族たちが、もう帰ってくることはないとあきらめていた大切な人たちと再会できて喜んでいるのだろう。抱き合って喜ぶ彼らを見ていると、奴隷たちを助けることができて本当によかったなとつくづく感じた。
行進が進むにつれて、再開した家族たちやそれを見守る領民たちも合流し、一緒になって歩き出す領民たちの数がどんどん増えていった。そして城の前の広場に到着する頃には数万人規模の人数に膨れ上がっていた。
まるであの時のデモ行進のようだな。
だがあの時の領民の表情は怒りに満ちていたが、今の彼らは笑顔で満ち溢れている。
広場の中央には領民軍5000名が整列し、その周りを数万人の領民たちが取り囲んで広場が人でいっぱいになっている。広場に入りきれなかった領民も多数おり、脇道や高い建物の屋上にも多数の領民が詰め掛けて、これから始まる凱旋式を見学しようしている。
俺はセレーネとともにディオーネ城の城壁に立ち、その後ろにはダリウスやその側近たち、それにアージェント学園から一緒についてきたフリュやネオン、マールにユーリが控えていた。
セレーネはいつものボロンブラーク校の制服姿だったため、後ろのフリュ達を見て文句を言い始めた。
「なんなの、それ制服じゃなくてドレスよね」
するとネオンが俺たちの方に近付いて来て、セレーネを挑発し始めた。
「セレン姉様、このドレスがアージェント校の制服ですのよ、おほほほ」
「ズルい。ドレスの4人に後ろに並ばれると、まるで私が引き立て役みたいじゃない。こんなことなら私もドレスを着てくるんだった」
「じゃあ、アゾートの隣には私が立っていてあげようか。どうせ私たちは見た目が同じだし、領民たちには区別がつかないよ」
「ダメよ。この領地は私とアゾートで統治するんだから・・・あそうだ、私たち今ここで服を取り替えない?」
「何言ってるのよ。こんな人前で脱げるわけないじゃない!」
「どうせあなたはBBAなんだから、今更恥ずかしい気持ちなんてないんじゃないの? 早くそのドレスを脱いで私に渡しなさい。軍用魔術具で換装させるから」
「それはないよ、せりなっち。私これでも17歳なんだからね」
「二人ともこんなとこでケンカするのはやめろよ。それからセレーネ、俺も制服だから二人ちょうどお揃いでいいじゃないか」
「え、それ制服だったの? 安里先輩が王宮で着てた服に似てたから、わざわざ正装してきたのかと思ってた。・・・アージェント学園の制服って派手ね」
「俺もそう思う・・・そろそろ時間だ。俺と一緒に壇上に上がってくれ、観月さん」
「わかった。行きましょう、安里先輩」
俺とセレーネは壇上へ上がり、拡声の軍用魔術具を使って広場に集まった領民のみんなに聞こえるように演説を始めた。
「領民諸君、俺はこの領地の新しい統治者となったメルクリウス伯爵だ。そして隣にいるのが、この領地を共同で統治することになる妻のセレーネだ。たぶんみんなには、ニトロとセレンの方がピンとくると思うが、これまで同様よろしく頼む」
うおーーーーっ!
ニトロ! セレン! 万歳ー!
水瓶様~!
ニトローーっ、ゴリラ女の尻に敷かれるなよーっ!
「そして今日、みんなの大切な家族が帰ってきた。ソルレート革命政府に強制的に奴隷にされブロマイン帝国に売られようとしていた1000名の家族や仲間たちだ。もちろん、王国内に売られてしまいまだ帰ってきていない家族や仲間もたくさんいる。だから俺はここに約束しよう。できうる限り彼らを救い出すことを」
わあーーーーっ!
我らがリーダー! 革命闘士ニトロ、ばんざーい!
「それから来月、総選挙を実施する。革命政府議会は廃止するが、その代わりにこの領都を東西南北の4つの行政区分に分けてそれぞれに議会を置く。これからこの領都を作っていくのは、領民である君たち自身だ」
わあーーーーっ!
民主主義の守護者、ニトロ伯爵万歳ーーっ!
「それから最後に一つ、この領都と領地の名前を変更する。『ソルレート』の名前は過去のものとして廃止し、新たに『ディオーネ』と命名する! この街の名前は領都ディオーネ、そして領地の名前はディオーネ領だ」
ざわざわ・・・・。
「ディオーネ領か・・・。双子月の名前だな」
「ニトロ伯爵の嫁さんの名前が確かセレーネだったな」
「ディオーネとセレーネ、双子月か・・・」
「素敵な名前よね! ソルレートなんて名前より、ずっとロマンチックよ」
「いいじゃないかディオーネ。俺は気に入った」
「どうせゴリラ女の尻に敷かれたニトロが、嫁の機嫌を取るために命名したに違いない。だが俺は気に入った!」
新領地の名前もどうやら受け入れられて、広場は歓喜の渦で満たされた。
そして凱旋式が終わった後も、多くの領民たちがいつまでも広場に残り、お祭り騒ぎをしていた。
次回、メルクリウス伯爵支配エリアの全容です
ご期待ください