第179話 雷の女王vs氷の女王
今日からアージェント騎士学園での授業開始。午前中は魔法演習、午後はシリウス教概論だが、どちらの授業も全く興味がなかったので、時間ギリギリに登校して一番後ろの席に陣取った。
『魔法演習』
教壇には魔法協会から派遣された講師が立ち、基本属性魔法の呪文や、使用する魔方陣の解説、詠唱中のイメージの仕方について解説していた。
既に2年生の中盤なので、魔法は中級魔法まで進んでいる。今日の魔法は火属性中級魔法【フレアー】だった。
「まずイメージとして参考になるのが焚き火である。この焚き火を10個ほど並べて・・・」
講師の説明にほとんどの生徒は興味無さそうに聞いている。初級魔法はともかく中級魔法以上は発動規模が大きく、普段使いの生活魔法としては使いにくい。戦闘に興味のないアージェント学園の生徒には不人気な魔法なのだ。
「フリュは火属性が使えないんだよね」
「はい。残念ながら一番適性のなかった属性が火だったようです」
「光属性よりも?」
「はい。わたくしは闇属性が強いので、多少の光属性があっても反発して魔力特性が出現しないのです。わたくしは聖女ではございませんので」
「そうだったな。じゃあ逆に得意属性って何なの?」
「闇属性が一番強く、次いで水、そして最近手に入れた土属性です。ゴーレム限定ですが」
「ああ、フリュはゴーレムマスターだったもんな。ダゴン平原での進軍は圧巻だったよ」
「お恥ずかしいです」
「マールは風と光だよな」
「うん。今は新しく手に入れた風魔法を練習中だよ」
「ユーリはなんだっけ?」
「私は水と風よ」
「ネオンは俺と同じ、火、土、雷か。そう考えると、全員が共通している属性はなく、バラバラだな」
「それじゃあアゾート、風属性の魔法をみんなに教えてみたら。ウィンドカッターならよく使う魔法だし、戦力アップにも繋がると思うよ」
「そうだな。じゃあ、正しい呪文はこうだ。俺に続けて言って欲しい」
【母なる地球を包み込む薄いベールのような大気は、主に窒素と酸素で構成されている。そこにアルゴンなどの希ガスが若干含まれるが、地球温暖化の原因とされている二酸化炭素の量は、空気全体の割合で見れば驚くほど小さい。逆に言えばほんのわずかな量でも、温室効果が得られてしまう物質であることがわかるだろう】
他の3人が俺に続けて繰返し詠唱の練習をしている横で、ネオンだけが腹を抱えて笑っていた。
【おいネオン。気持ちはわかるが、みんな真面目に勉強してるんだから笑うな】
【だってこれ、何回聞いても全然魔法の呪文っぽくないよね】
【俺だってそう思うが、これはわりとましな方だぞ。メテオなんか酷いからな】
【ていうか、安里くんの研究者仲間の悪意すら感じるよね。お陰でアージェント王国の呪文って、変なのばっかりだよ】
【そんなことないぞ。火属性魔法はちゃんと呪文っぽくなってるじゃないか】
【まあ確かに。ちょっと中二っぽいけどね】
そんな風に俺とネオンが会話をしているとフリュが目を輝かせて俺たちの方を見ていた。
「今、ルーンで会話をしていましたね!」
「そう言えば、フリュはこの言葉に興味があったんだっけ」
「はい。昔、あなたとセリナ様が二人で話されているのを聞いて、密かに憧れていたのです」
「ああ、そう言うことか。あのプライベートビーチでフリュが反応してたのも、その記憶が残ってたからなのかも知れないな」
「きっとそうだと思います」
そんな俺たちの会話を聞いたユーリが、
「さっきから意味のわからない話をしてるけど、この呪文って何か特別な意味があるの?」
「ま、まあな・・・これは古代語の一種で、この魔法を作った人達の日常会話が呪文になっているんだよ」
「すごい、アゾートってそんなことがわかるんだ。さすが魔法協会の特別研究員になるだけのことはあるわね」
「ま、まあな・・・なあ、マール」
「え!? ここで私に話をふる?」
「そう言えばマールも特別研究員だったよね。マールも何か知ってるの?」
「私は光属性魔法しか知らないから、私には何も聞かないで!」
そんな風に俺たちが教室の隅で自習をしていると、雷の女王が4人の取巻き令嬢を従えてツカツカとこちらへ歩いてきた。
「あなたたちは魔法演習の授業を全く聞いてらっしゃらないではございませんか。他の生徒の邪魔なので、今すぐこの教室から出てお行きなさい」
5人全員が扇子で口元を隠して、鋭い目付きで俺たちを見下ろしている。
こ、恐い。
だがフリュも立ち上がって扇子を広げると、
「あ~ら、あらあら王女さま。わざわざ一番遠いこの席まで足を運んでいただき、どうもご苦労様でした。でもわたくしたちもちゃんと魔法の勉強をしておりますのでご心配なく。王女さまも早く一番前の特等席に戻られて、ご自分の勉強に専念されてはいかがでしょうか」
ギリッ
雷の女王たちの歯ぎしりが凄い。だが彼女も負けてない。
「あなたたちの詠唱がうるさくて先生の話が聞こえません。何ですかその変な呪文は」
「あんな遠くから聞き取れるなんて、よほどわたくしたちの詠唱に興味がおありのようですわね」
「魔力ではわたくしに敵わないからって、そんな怪しい呪文に頼ろうとするとは、あなたはいつから邪道に足を染めるようになったのかしら」
「何も知らない可愛い王女さまには、教科書通りのお勉強をお勧めいたします。わたくしたちのような魔導の真髄に近づくと火傷をしてしまいますから」
そういってフリュは俺の手を取ると、俺の指にはめられた魔法協会の指輪をエリザベートに見せつけた。
「その指輪は、魔法協会特別研究員の証! ということはさっきの呪文は正当なものなの?」
「このアゾート様は、魔法協会の誰よりも魔法に熟知されているのです。わたくし魔法の真髄を学んでいるところですので、王女さまはご自分の席にお戻りください。邪魔ですので」
「何が魔導の真髄ですっ! 魔力でこのわたくしに勝てると思っているの、フリュオリーネ!」
「あなたこそ、いつまでもわたくしが魔法で遅れを取っているとは思わないで頂きたいですね」
「表へ出なさい!」
「望むところよ!」
ま、まさかこの2人戦う気なんじゃないのか?
「おいフリュ、こんな所で戦ったら、学校が壊れてしまうんじゃないのか」
「大丈夫ですよ、あなた。この学園には完全防備の決闘場がございますので」
「決闘場っ!」
「ええ、外には魔力が漏れないのでご心配には及びません」
「まじか・・・」
「フリュオリーネ、謝罪なさるなら今のうちですよ。決闘場に入ってしまえば、もう許して差し上げませんから」
「結構でございます。早く決闘場に参りましょう」
決闘場は学園の地下にあり、一辺が20メートル程度の正方形のエリアの中で戦う。その周りには観客席があり、今日は魔法演習の授業内容を変更し、講師と生徒全員がこの2人の対決を見学することになった。
俺はフォーグに2人の戦いを止めるように仲裁を頼んだが「そんな恐ろしいことを僕に頼まないでくれ」とキッパリと断られ、大人しく戦いの様子を見学するよう、隣の席を勧めてくれた。
「フォーグ、あの2人って昔からあんな仲が悪かったのか」
「実はそうなんだ。あの2人は従姉妹どうしで歳も近く性格もそっくりなので、いつもああやって張り合うんだ」
「え、フリュってエリザベートの従姉妹なの?」
「ああ、俺たちの母上は現国王の娘で、エリザベートの父上の妹なんだよ」
「そ、そうだったのか」
「僕はあの2人のケンカに巻き込まれないように幼少時代を過ごしていた。なのに姉上は何でよりによってこのクラスに転入してきたんだよ」
「すると、フリュが勉強しろと口うるさいから嫌がっていた訳ではなかったのか」
「それもあるんだが、一番嫌だったのはエリザベートに近づけることだったんだ」
「・・・それで、魔力はどっちが強いんだ」
「エリザベートだよ。姉上はどちらかと言えば勉強で圧倒していて、エリザベートが魔力でやり返していた」
「あのフリュにやり返せるほど魔力が強いのか・・・それとんでもなくヤバくないか」
「エリザベートは王族の中でも別格。実は6属性あるんじゃないかと言われているぐらいだ」
「6属性・・・勇者を除けば最強魔導騎士になれるレベルだな。そんなのと戦ったらフリュの身が危険なのでは」
「この決闘場なら大丈夫だ。本当に戦う訳ではなく、魔力そのものをぶつけ合って勝敗を決めるゲームのようなものだから」
「ゲームか。それだったら大丈夫かな・・・」
決闘場の中央のラインを挟んで、氷の女王と雷の女王が対峙している。2人とも扇子を閉じて手に握りしめ、気持ちを集中させている。
観客席の最前列にある審判席には魔法講師が立っていて、右手をゆっくりと上げると、さっと振り下ろした。
「始めっ!」
その合図とともに、2人の身体から魔力のオーラが一気に噴出した。
「「はああぁぁぁぁぁぁっ!」」
2人の叫び声に応じて、オーラの量がどんどん増えていき、観戦している生徒たちの表情がこわばる。
「みろよあの2人のオーラ。とんでもない量が放出されていく」
「相変わらずエリザベート様の魔力はケタ外れだよな。あの魔力に対抗するなんて、フリュオリーネ様も無謀だよ」
「いや、そうでもないぞ。今のところあの2人のオーラは全くの互角!」
「あのエリザベート様と互角なんて、フリュオリーネ様ってそこまで魔力が強かったのか」
男子生徒たちが騒然としているなか、クリプトン家の3人娘がのんきに観戦している。
「おほーっ、氷女やるねー。でもそろそろ雷女の本気が出てくるころかな」
「ああ属性ブーストか。あれをやられると氷女はいつも降参してたよね」
「属性数だけはどうしようもないから、氷女もよく頑張った方だと思うよ。乙」
属性ブーストって何だろうと考えているうちに、どうやらそれが始まったようだ。
「はああぁぁぁぁぁぁっ!」
エリザベートが叫ぶと、オーラの量がさらに跳ね上がった。赤、青、緑、黄、白の5色のオーラが鮮明になり、渦を巻き始めたのだ。
ズズズズズッ!
凄まじい魔力・・・これが属性ブーストか。おそらく属性数が増えるほど元の魔力を倍増させる効果があるのだろう。だったらフリュは、
「見ろよ、フリュオリーネ様が完全に押され始めた」
「あの属性ブーストが極まれば、そこで試合終了だ」
観客は既に軍配をエリザベートに上げたようだが、魔力に押し込まれて壁際に追い詰められたフリュが叫び声を上げた。
「はああぁぁぁぁぁぁっ!」
するとフリュのオーラも、青、緑、茶、黄、紫の5色に変化し、同様に渦を巻き始めた。
「なんだとっ!」
「フリュオリーネ様も属性ブーストだ! しかもエリザベート様と同じ5属性!」
「そんなバカなッ!」
魔力が爆発的に上昇したフリュは一気に部屋の中央まで戻ると、エリザベートに魔力のオーラを押し付け始めた。
「くっ・・・なんであなたが5属性を!」
「・・・早く、降参なさい。エリザベートっ!」
「うるさい・・・あなたなんかに・・・負けてたまるものですかっ!」
完全にがっぷり4つになった魔力戦はその後持久戦となった。決闘場全体がガタガタと揺れ、魔法防御シールドがピシピシと音を立てて軋む。
このまま二人とも力尽きるかと思われたその時、エリザベートのオーラにほんのわずかだが茶色のオーラが混じり始めた。
「第6属性・・・土の魔力だ」
そのわずかな土の属性のブースト効果で二人の魔力の均衡が崩れ、フリュの方に向けて一気に魔力が押し寄せた。そしてフリュは決闘上の壁まで吹き飛ばされあえなく敗北してしまった。だが、勝ったエリザベートも完全に魔力が底を尽き、フリュのあとを追うように床に崩れた。
そしてどこから現れたのか医療スタッフが二人を医務室に運んで行き、そこでチャイムが鳴ったので午前の授業が終了。みんなさっさとランチ行ってしまった。
ぽつんと取り残された俺たちにフォーグが話しかける。
「ただの魔力欠乏症だから心配には及ばないが、姉上たちは午後の授業は無理だろう。もうあの二人のことは放っておいて、今から食事にでもいかないか」
「あ、ああそうだな。食事に行こう・・・」
みんなと食事に向かう途中、俺は思った。
お前ら二人とも何やってんねん。
いがみ合いすぎて、逆に仲良く医務室に運ばれるとか、お前らアホか。
俺は心の中で、盛大にツッコんだ。
書き始めたら魔法演習だけで終わってしまった
次回はこの続き、シリウス教概論です
ご期待ください