第178話 ボロンブラーク婚活大戦
夏休み開けの臨時の始業式で、いきなり生徒会役員に指名された私は、場の雰囲気に流されるまま生徒会直属の学園アイドルになってしまった。
これから他の学園アイドル達と戦ってトップアイドルを目指すそうだが、戦うって何なの?
魔力を使って戦う訳じゃないよね?
そもそも他の学園アイドル達って誰よ!
わからないことだらけの学園アイドルになった私は、これからどうやって学園生活を送ればいいのか途方にくれた。
こういう時に頼りになるのがお兄様だったのに、肝心な時にいつもいないのだ。お兄様のバカ!
教室に戻ってきた私は、一番後ろの窓際にある自分の席、いわゆる「ラノベ主人公席」に座った。お兄様にはこの席をバカにされたが、ここはクラス全体が見渡せて先生からも一番遠いので私は気に入っている。
さて、今日は授業がなくオリエンテーションのみなので、事務的な説明を聞いてすぐに学校は終わりだ。この後は生徒会にでも顔を出してみるかな。
そんなことを考えていたらチャイムがなった。オリエンテーションが始まるのを待っていると、教室にはなぜかサルファーが現れた。
何の用だろ?
「ええ、新学期からこのクラスの担任を受け持つことになった、学園長のサルファーだ。よろしく」
「・・・クラス担任? 何それ?」
私は頭に浮かんだ疑問を、うっかり口に出してしまった。私の質問に気がついたサルファーは、私の方を見てウィンクした。
キモっ!!
ポアソンビーチでダーシュが言ってた通り、サルファーは本当にセレン姉様から私に狙いを変えてしまったようだ。ひーっ!
「リーズ、とてもいい質問だ。僕は夏休み前までは、2年生騎士クラスBの担任をしていたのだが、問題児のアゾートが転校してしまったので、今度はこのクラスを担当することにしたのだ」
「なんで?」
「これからはこの1年上級クラスが学園の話題の中心になるからだよ」
「話題の中心になると、なんで学園長がクラス担任をするんですか?」
「僕がいないとこのクラスがトラブルに巻き込まれて混乱するだろ。そうならないように僕が目を光らせておくんだよ」
「サルファーがいても役に立たないから、担任にならなくてもいいです」
「立つ! 立つから担任をさせてくれ!」
「だって、フィッシャー騎士学園でも、ナルティン戦でも、ソルレート戦でも全く役に立たなかったじゃないですか!」
「だからチャンスが欲しいんだ! 今度こそ役に立って見せるから、僕の頑張りを見ていて欲しい!」
「本当かなぁ・・・」
私が疑いのジト目でサルファーを見ていると、
「リーズ様、そんなにおっしゃられなくても、学園長に頑張っていただければよろしいのではないでしょうか」
「ヒルダ様?」
「学園長にクラス担任をしていただけるなら、得はあっても損にはならないと存じます」
「メリア様?」
「そ、そうだよ。この2人の言う通り、僕がクラス担任をするときっといいことがあるから、試しにやらせてみてくれないかな、リーズ」
「うーん・・・仕方ないなあ。サルファーなんか必要ないと思うけど、メリア様とヒルダ様がそうおっしゃるなら私は別にいいよ」
「よし、リーズの許可も得たので、僕がクラス担任として今からオリエンテーションを開始する」
サルファーが急にノリノリで仕切り出したが、次の瞬間サルファーからとんでもない一言が飛び出した。
「まずは席替えだ」
「えーーーっ! 何で席替えなんかするのっ!」
しまった。また、声を出してしまった。
「とてもいい質問だ、リーズ」
「これは質問ではなくて文句です。席替えをやりたいなら、私以外のみんなでやってください」
「席替えをするのはリーズ、主にキミなんだけど」
「嫌です。私はこの席が気に入っているの」
「しかし、このクラスの座席はある規則にしたがって決められているのは知っているよね」
「・・・ええ。確かに派閥と身分で決まってたと思うけど」
「それで君の身分はなんだっけ?」
「私はメルクリウス伯爵家令嬢・・・あっ!」
「そう、キミは上級貴族になったから、その一番後ろの席から一番前に移動しなければならない」
「つまり、私にアイルの隣の席に移れと。・・・でもその席には、ちょっと問題が」
私は恐る恐る一番前の席を見た。メリア様は前を向いたままだったが、その背中が無言で語っている。
ここから動きたくないと。
こ、こ、恐い・・・。
これは席替えをしなくてもいい理由を急いで探さないと、メリア様に恨まれてしまう。うーん。
あ、ひらめいた!
「そ、そう言えば話は変わるけど、AAA団はどうなったのサルファー」
「あれはアゾートがいなくなったから解散した」
「へえ解散したんだ。それで団員のみんなはどこに行ったの」
「あそこにいたのはほとんどがセレーネ派とマール派だったから、今はリーズ親衛隊に吸収された」
「私の親衛隊にいるんだ、ふーん。じゃあサルファーは今はどこに所属しているの?」
「僕はどこにも所属していない。リーズ親衛隊の顧問になろうとしたが、そこのアイルに断られたんだ」
「どうして断られたの?」
「そ、それは・・・」
やっぱり!
ダーシュの話から推測して、アイルはサルファーを牽制するはず。どうやら当たりのようね。
「私が席替えをすると、そのアイルの隣になっちゃうけど、サルファーはそれでいいの?」
「・・・席替えって何のことだ? 雑談は終わりだ。さあオリエンテーションを始めるぞ」
「ですよね」
セーフ! これで席替えの話は消えた。
メリア様の背中もどこか穏やかな雰囲気に変わった。
よっし、乗り切った~。
放課後、メリア様、ヒルダ様、ターニャ様の3人に呼び出された私は、生徒会に行くのをやめて、食堂のテラス席での緊急お茶会に参加した。
司会のメリア様が話を切り出す。
「今から作戦会議を行います。まずは状況の確認から。リーズ様はフィッシャー辺境伯令息のカイン様狙いということで間違いありませんよね」
ギクッ
「え、ええ、私はそのつもりなのですが」
「・・・ですが?」
3人の雰囲気が変わった。
ここで発言を間違えると、友達を失ってしまう危険性がある。慎重に言葉を選ぼう。
「実はマール先輩の後押しもあって、この夏休みはカイン様と行動を共にすることが多かったのです」
「「「まあ! それはよかったじゃないですか」」」
・・・この3人のカイン様推しがハンパないな。
「夏休みは毎日のようにカイン様と2人肩を並べて」
「「「毎日のように肩を並べて・・・」」」
ゴクリッ
「敵の最前線に向けて突撃していました」
「「「ズコーーッ!」」」
なんかノリがいいな、この3人組。
「そ、そう言えばリーズ様は、夏休みの間中ソルレートで戦争をしておられたのですよね」
「確かに戦争ばかりしていましたが、別にそれだけと言うわけではございませんのよ」
「というと、何をされたのですか?」
「えへへ、実はマール先輩の実家のポアソンビーチで夏のバカンスを楽しんで参りました。しかもプライベートビーチで」
「「「えーっ! いいなあ・・・うらやましい」」」
「でしょでしょ。でも私はちょっと失敗して、男ばかりのビーチに行っちゃったの。本当は、クロリーネ様達と一緒に女子専用ビーチに行きたかったなあ」
「・・・お、男ばかりのビーチに行かれたのですか」
「そこでリーズ様が水着姿に・・・」
「そんなことができるのは、リーズ様だけだと思いますけど」
「さすがはリーズ様・・・」
うーん、一見ほめてるようにも聞こえるけど、これはドン引きしている反応ね。私にもそのぐらいわかる。だって貴族だから。
「でもどうしてわざわざ男ばかりのビーチに行かれたのですか?」
「実はマール先輩のセッティングで、カイン様とビーチで二人きりになるためだったんですけど」
「「「きゃーーーっ! 素敵!」」」
「そ、そうかな?」
「あら、あまり浮かないお顔をされていますが、何かあったのですか」
「うーん、実はあまり盛り上がらなかったのですよ。私が用意した爆笑ネタが、カイン様には全くささらなかったようで、途中でダーシュ様と交代して、無人島まで一人で泳いで行っちゃった・・・です」
「爆笑ネタ・・・」
「ていうかダーシュ様もビーチに行かれたのですか」
「あ、しまった!」
ターニャ様がジト目だ! これは不味い。
「だ、だ、ダーシュ様もソルレート戦に来てたから。他にも男子はたくさんいたし、サルファーとかダンとかアントニオとかニコラもいたよ。あとオッサンも」
「ではなぜ、カイン様はダーシュ様と交代されたのですか。それって、リーズ様とダーシュ様が2人だけでビーチで過ごしたということですわね」
「そ、そうなんだけど。途中でニコラも来たし、サルファーもずっとこっちを見てたから、完全に二人っきりというわけではなかったから・・・」
「リーズ様・・・この際ハッキリとおっしゃってください。これは作戦会議。正確な現状把握が正しい戦略を構築するのです。我々は敵ではないのですよ、同志、仲間です。さあ、何があったのか全て白状なさい!」
ゴゴゴゴゴ・・・
「はひーーっ!!」
あまりのターニャ様の迫力に、私は何もかも全てを包み隠さず白状した。
ダーシュ様に告白されて、カイン様から乗り替えようかと考えてしまったことまで全てを。
グッタリ疲れはててテーブルにグタってしまった私をよそに、3人の作戦会議は進んでいく。
「これで、リーズ様の現状は把握致しました。次はわたくしたち3人のターゲットの再確認ですね。まずわたくしメリアは、アイル様狙いに変更ございません。隣の席という地の利を活かして攻略する作戦です。ターニャ様も先ほどの反応からダーシュ様狙いでよろしいですか」
「ええ、わたくしターニャもダーシュ様狙いに変更ございません。さてヒルダ様、アゾート様は既に婚約者が複数おり、王都アージェント学園に転校されました。現時点でのヒルダ様のターゲットを是非お聞かせいただきたいですわね」
ゴゴゴゴゴゴゴ!
圧っ! 圧が凄い!
貴族令嬢の本気の婚活は、戦場に向かうのと何一つ変わらない。
これが常在戦場の精神・・・。
しかしヒルダ様はそんな圧をもろともせず、すまし顔で新ターゲットを発表した。
「コホン。わたくしのターゲットはズバリ・・・」
「「「・・・ズバリ?」」」
「学園長です」
「・・・え、サルファー?」
「はい、サルファー様です」
「えーーーーっ! サルファーなんかどうして?」
「だって、次期伯爵ですから」
「でもアホだよ」
「サルファー様のことをアホとおっしゃっているのはリーズ様だけだと思います」
「でもフェルーム・・・・メルクリウス一族全員からアホ扱いされてるよ・・・でございます」
「それはメルクリウス家だけのお話では。メリア様、ターニャ様はどう思われますか」
「わたくしはアリのアリだと思います。今まではセレーネ会長一筋でアゾート様との激しい奪い合いをしていたので、どの令嬢も入り込む余地がございませんでした。でも決着がついてフリーになったサルファー様は、普通に超優良株ですからね」
「わたくしも同意見です。愛した女性には一途な分、サルファー様の方がダーシュ様やアイル様よりも女子受けがいい可能性すらございます」
「うへーーっ、そんなバカな。・・・まあいいけど、それで作戦はどうするのでしょうか?」
「リーズ様を中心に組み立てます。リーズ様は女性ですのでアゾート様みたいなハーレムエンドはございません。必ず一人の男性を選ぶことになります」
「ふむふむ、それで?」
「カイン様と結ばれれば、わたくしたちはそれぞれのターゲットをそのまま攻略していけばよし」
「さもなければ?」
「「「キッ!」」」
3人の令嬢の間に見えない亀裂が入った。この状況は私にも理解できる。この3人は、私がそれぞれ自分のターゲットと結ばれないように、水面下で戦う気だ。
なるほど、これが上級クラスが別名、婚活クラスと言われる所以なんだ。今、実感した。
だがこの時のリーズは想像もしていなかった。この緊急お茶会がボロンブラーク婚活大戦を引き起こすトリガーになってしまう事を。
ボロンブラーク校はアホな展開になりそうです
次回はアージェント校です
ご期待ください