第177話 ボロンブラーク学園の新学期
今日から新学期。
私は夏休み中ずっとお兄様に付き合ってソルレート侵攻作戦を戦っていた。それが終わった後すぐに王都に行って、お兄様たちが倒れてなんだかんだしているうちに、あっという間に夏休みが終わってしまった。
一体なんだったんだろう、私の夏休みは。
そして今日の朝を迎えることになった。
お兄様たちは転校していなくなってしまったが、それ以外はいつもと同じ登校風景である。暗く落ち込んでいるクロリーネ様を除いては・・・。
ま、まあ、クロリーネ様のことは後で慰めるとして、お兄様たちの転校で学園に何らかの影響があるとすれば、それは生徒会の役員だろう。
お兄様とフリュ様はイレギュラーな役職だったから後任を置く必要はないとしても、マール先輩の会計の役職は誰かが引き継がなければならない。
・・・それだけなら大したことにはならなそうね。
私は親衛隊に囲まれながら、いつものようにのんびりと登校したのでした。
教室の自分の席に向かおうとすると、私のお友達であるメリア様たちが話しかけてくれた。
「今から講堂で始業式をするみたい。学園長命令で、全学年集まるようにですって」
「えーっ! ・・・と、とても面倒くさいですわね。そんな予定など入ってなかったのに、サルファーは勝手な人でごさいますこと、おほほほ」
「なんでも重大発表があるそうよ」
「サルファーの重大発表・・・どうせまたしょうもないことだと思いますわ」
「・・・リーズ様って、学園長には厳しいですわね」
「だってあのアホのサルファーですから」
「アホって・・・次期伯爵に向かってそんなことをおっしゃるのはリーズ様だけですよ。それよりも早く講堂に参りましょう」
私はカバンだけ置いて、渋々講堂に向かった。
講堂に全校生徒が集まった。学年ごとに座らされるが、私たち1年生は一番前で、上級クラスから順番に並らぶ。つまり私は最前列に座らされた。
一方、講堂の壇上には学園長のサルファーと生徒会役員が勢ぞろいしている。
全校生徒の着席が終わるとサルファーが始業式の開会を告げ、ソルレート侵攻作戦の話を始めた。なんだ、サルファーはその話がしたかったんだ。
「あのフィッシャー騎士学園との最強決定戦の後、みんなはそれぞれの夏休みを満喫したことと思う。だが、ここボロンブラーク領の東方、旧ソルレート伯爵支配エリアでは大変な事が起きていたのだ」
ザワザワとざわめき出す全校生徒たち。何の事か全くわからない者から、噂には何となく聞いている者までレベルは色々だが、みんな関心があるみたい。隣のターニャ様が囁く。
「リーズ様の領地のすぐ近くですし、リーズ様は何かご存知なんですよね」
「ええ、もちろん知っておりますが、今からサルファーが説明するみたいなので話を聞いてみましょう、ターニャ様」
「さてみんな知ってのとおり、ソルレートでは領民が革命を起こして城を占拠し、革命政府なるものを樹立していた。そこにシュトレイマン派が連合軍を組織して鎮圧に乗り出していたもののうまく行かず、戦況は膠着状態が続いていた」
生徒たちはそんなことは知っているからさっさと続きを話せと、サルファーに続きを促した。
「だがこの夏休み、ソルレートを巡る混乱についに決着がついた。アゾート率いるメルクリウス軍がソルレートを平定し、そこに新たにディオーネ領を興した」
「「「えーーーーーっ!」」」
まだ戦争が終わったばかりで情報が伝わっていないのは当然だと思うけど、いきなりこの結果だけを聞かされたら、やっぱりビックリするよね。
「さらにアゾートはシャルタガール侯爵支配エリアのナルティン領をも陥落させ、近隣のベルモール領、ロレッチオ領、トリステン領の3つの領地をその支配下に置いた。そしてつい先日王家の承認を得て、騎士学園2年生にして、実力で伯爵位を獲得した」
「えーーーーーっ!」
「嘘だろ・・・そんなことができるのか?」
「わずか17歳で騎士爵分家から伯爵って、一体なんなんだよアイツは・・・」
講堂では全校生徒たちのどよめきがおさまらない。身内だから気が付かなかったけど、お兄様って凄い人かも知れないわね。ちょっとキモいけど。
私は後ろを振り返って生徒たちの反応を見てみる。ショックを隠しきれない男子生徒とは対照的に、女子生徒たちはキョロキョロと当たりを見回してる。
みんな頬を上気させているところから察するに、お兄様の姿を探しているようね。・・・あわよくば、お兄様の側室の座に滑り込もうと考えているようだけど、目付きが獲物を探す狩人のそれよ。
まあたしかに、今のお兄様は学園一の優良株ですからね。でも・・・、
「そしてアゾートはフリュオリーネを正式に妻に迎えて、2年騎士クラスBのネオン、ユーリ、マールの3人を引き連れて、王都アージェント騎士学園へ転校した」
「えーーーーーっ!」
「が~~~~~ん!」
女子生徒たちのあからさまな失望が、見ていて痛々しい。一躍優良株になったお兄様だけでなく、きっと女子からの人気ナンバーワンだったネオン姉様がいなくなったからだろう。みんな知らないけれどネオン姉様は本当は女だから、みんなにとっては建設的な状態に戻って良かったと、私は思う。
サルファーの話は続く。
「よって生徒会役員に欠員ができるために補充を行う必要があるが、今期はたまたま臨時のポストがたくさんあったので、幸いにも大きな混乱は避けられそうだ。それではセレーネ会長より生徒会の新体制を発表する」
そしてセレン姉様が登壇し、
「生徒会長のセレーネです。いま学園長からお話があったように、生徒会役員から3人の生徒が転校してしまいました。その中でも常設委員である会計だったマールの穴を埋める必要があり、後任としてニコラ二等兵を会計に昇格させるとともに、マネージャーのポストを新設してそれも兼任させることにしました」
その発表にシュトレイマン派の生徒たちは立ち上がって、拍手喝采で喜んでいた。悲願の生徒会ポストが棚ぼた式に獲得できたからだ。
だがその他大多数の生徒は「マネージャー」という謎の役職の方が気になっていた。
セレン姉様の説明は続く。
「我が校には他の2校と異なり学園アイドルの文化がありますが、今回フリュさんとマールが抜けたことで、2人の人気アイドルがいなくなってしまいました。そしてこの私も正式にアゾートの婚約者に復帰したので、アイドル活動を引退します」
「「「えーーーーっ!」」」
男子生徒の悲痛な叫びが講堂にこだました。
そしてお兄様とネオン姉様がいなくなって元気のなくなっていた女子とともに、講堂全体がお通夜のような静けさになってしまった。
それでもセレン姉様は明るい表情で、
「でもあなたたちはどうせすぐ、別の女の子をアイドルにして応援を始めることと思います。だから生徒会は今後、アイドルに関わるトラブルを取り締まったり、生徒会独自のアイドルを育てるため、マネージャーという役職を新設したのです。それではニコラ、挨拶をお願いします」
ニコラだ。
・・・そう言えばすっかり忘れてたけど、私はニコラとともに学園アイドルを目指すことになってたんだった。
でもお兄様もいなくなって、ボッチネタで私をからかってくる人ももういないし、アイドルなんか面倒くさくなってきたな。
私がアイドルに後ろ向きな気持ちになったのとは対照的に、ニコラは熱のこもった演説を始める。
「この度、生徒会会計兼マネージャーに就任したニコラです。我が校は今、大アイドル時代に突入しつつあります。マールとフリュオリーネの転校、そしてセレーネ会長の引退により、第一世代の3トップはいなくなりました。だがしかし、次のウェーブはもう私たちの目の前にきています。そう、1年生上級クラスの令嬢たちです」
ウゲッ・・・ニコラはやっぱり私にアイドルをやらせる気だ。面倒くさー。
でも令嬢たちって・・・。
「このクラスには、既に自分の親衛隊を持っているリーズ・メルクリウス伯爵家令嬢をはじめ、クロリーネ・ジルバリンク侯爵家令嬢、カレン・アルバハイム伯爵家令嬢といった上級貴族令嬢たちを筆頭に、中級貴族家の令嬢たちも全員が粒ぞろい。また他のクラスを見渡しても、アイドルの原石がゴロゴロと転がっております」
ザワつき始めた構内。その視線は一番前の席に座る私たちに向けられていた。
さっきまで悲壮な顔をしていた男子生徒達が、新たな獲物を探し出すように私たちのことを物色し始めた。
・・・恐い!
セレン姉様のいう通り、この人達は絶対に取り締まらなければならない対象ね。ニコラが話を続ける。
「生徒会では各ファンクラブを管理するため、部活と同様の登録制度を設けます。登録すれば活動に必要な部費が支給され、公式ファンクラブとして生徒会が承認します」
「おおーっ」
「そして生徒会も独自に公式アイドルを育成します。リーズ・メルクリウス伯爵家令嬢、壇上へ!」
いやーーーーっ!
このタイミングで壇上に絶対上がりたくないっ!
私が首を横にフルフル降って断ったが、ニコラは笑顔でそれを無視し、私に壇上に上がってくるよう促してくる。セレン姉様に助けを求めようとしても、私と目を合わせようともせず、ニコニコと正面の全校生徒の方を見ている。他の役員達も同じ。
これは決定事項なんだ。
後ろの男子生徒達の圧が高まってくるのを感じる。
早く壇上へ上がって挨拶をしろと、歌とダンスで俺たちを楽しませろと、そう無言で催促しているように私は感じた。
・・・私は力なく壇上に上がり、
「リーズです・・・その、よろしくお願いします」
一言そう言って、ペコリとお辞儀をした。
すると、一番前の席に座っていた私の親衛隊が全員立ち上がると、全校生徒に見えるように横断幕を掲げた。
『リーズ公式ファンクラブ「リーズ親衛隊」新隊員募集中』
何それ・・・私の親衛隊がいつの間にか公式ファンクラブになっていた。
みんな生徒会とグルだったんだ。
構内が徐々に盛り上がっていく中、セレン姉様からさらに新たな生徒会人事が発表された。
「そして生徒会の役員として新たに『アイドル』というポストを設置し、リーズを初代『アイドル』に任命いたします。学園の他のアイドルたちは、ここにいるリーズと戦うことで、真の学園ナンバーワンアイドルを目指してくださいね」
セレン姉様の言葉で一気にヒートアップする構内。
男子生徒は自分好みのアイドルの原石たちを探し出して育成しようと、女子生徒の中には自分もアイドルになろうと決意するものもいるようだ。
壇上で全校生徒からの注目を浴び、強烈な羞恥心に襲われいた私は、一番前の席に座って私を睨み付けているカレン・アルバハイムの鋭い眼光に気がついた。
何で私を睨み付けてるのよ!
お兄様たちが転校して学園が静かになると考えていた私の予想は大きくはずれ、これから何が起こるのが全く余談を許さなくなってしまった。
助けて、お兄様~。
次回もリーズ主人公です。
そして、アスター侯爵家の令嬢ローレシアが主人公の物語「令嬢勇者」の連載も開始しました。
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