第176話 アージェント学園の新学期
いよいよ新学期の朝が来た。
俺は黒基調のきらびやかな制服にマントをひるがえしてリビングでみんなの準備を待っていた。しばらくすると、アウレウス家から派遣されたメイドたちを伴って、ドレスで着飾ったみんなが部屋から出てきた。
フリュはこの前のアウレウス邸の晩餐会で着ていた豪華なドレスを身にまとい、さながら王国の姫のようだった。
ド派手である。
ネオンはそこまで行かないまでも、伯爵家令嬢に相応しいきらびやかなドレスを着て、その後ろにはこれまた豪華なドレスのマールとユーリが控えていた。
・・・なんなんだよ俺たちの格好は。
アージェント騎士学園の「騎士」はどこに行ったんだ。たしかに「貴族」としてはこれが正装なんだが、明らかに「騎士」ではないよな。
間違ってアージェント騎士学園に入ってくる騎士志望の貴族がいたら大変なので、学校の名前を再考した方がいいと真面目に思った。
・・・まあいいか。
「全員そろったので、今から学園に乗り込むぞ!」
「「「おーーーーっ!」」」
俺たちはアウレウス派の寮を出るとそのまま渡り廊下を進んでいき、すぐに校舎にたどり着いた。
思ったよりも、メチャクチャ近かった。
夏休み明けだが、講堂で始業式を行うこともなく、俺たちはそのまま2年生の教室に入っていく。
ここアージェント学園は学年ごとにクラスが一つしかなく、全員合わせると軽く100人を越える規模になる。それもそのはず、上級貴族と護衛騎士、取巻き令嬢が必ずまとまって行動するため、身分ごとにクラスを分けるというシステムがそぐわないのだ。
教室は、大学の大教室みたいに後ろに行くほど段差を登っていくタイプの部屋になっている。座席はやはり派閥ごとに決められており、入り口からアウレウス派、中立派、シュトレイマン派と並んでいる。
一番前は筆頭であるフォーグ・アウレウスとその護衛騎士が座り、その後は特に席順はなく教室についた順に座っていく。
俺たちは早く来てしまったため、フォーグたち筆頭グループの指定席のすぐ後ろに陣取った。俺たち以外にまだ誰もいなく、どんな生徒がいるのかじっくりと観察することにした。
生徒たちが次々に登校し、前から順に座っていく。誰も彼もがきらびやかな衣装で登場するため、ここは本当に学校かと何度も疑ってしまったが、昨日のアウレウス派の晩餐会で会った生徒たちもちゃんといるので、ここは学校で間違いない。
そうしているうちに、フォーグたちのグループが教室に現れた。そして俺たちを見るなり、
「げっ!」
フォーグは露骨に嫌な顔をして、そそくさと席についた。俺たちというよりか、フリュが近くにいるのが鬱陶しいのだろう。
そんなことを考えていると、教室にひときわきらびやかな女子生徒が入ってきた。長い金髪が見事な縦ロールにセットされ、頭には宝石を散りばめたティアラをつけて、豪華なドレスの胸元を飾るのは大粒の宝石が使われたネックレスだ。
手には大きな扇子を握りしめ、4人の令嬢を従えた彼女がゆっくりと教室の奥の方へと歩いて行く。
「フリュ、あれって誰だか知ってる?」
「ええ、もちろんです。彼女はシュトレイマン派2年生筆頭のエリザベート・アージェント王女です」
「やはり彼女がそうか。昨日のエミリオの話に出てきた、王位を争うもう一人ライバルだな」
「ええ、彼女の王位継承権の順位は8位。3人の中では一番順位が高く、そして魔力も強い。久しぶりの女王の誕生を期待されている逸材です」
「女王か・・・すでに女王の貫禄が漂ってるな」
やがてチャイムがなり、教壇に先生が現れる。今日は夏休み空け初日なのでオリエンテーションだけだ。
俺は先生に前に出てくるように言われて、フリュたち4人を伴って教壇の前に立つ。
「転入生を紹介する。ここにいる5名はボロンブラーク校から我が校に転校してきた。では挨拶を」
先生がそう言って俺に目配せした。俺は前に一歩進んで自己紹介を始めようとしたその時、教室の扉が力強く開かれた。
「間に合った!」
そう言って入ってきたのは、どこか垢抜けない服装の眼鏡をかけた少女とその取巻き令嬢2人の3人組だった。
ていうか、お前ら間に合ってないよ!
俺が心の中でツッコミを入れていると、先生もこの3人組に注意した。
「また、君たちか・・・転入生の挨拶がある。早く席につきなさい」
「転入生! わ、本当だ」
「男子生徒なのに、護衛騎士じゃなくて取巻き令嬢を伴ってる!?」
「しかも4人もっ! 何者?」
3人の女子生徒たちは席についてからもずっとしゃべっていてうるさい。だが彼女たちの座席の位置が気になる。教室の中央の列の一番前の席。
そう、そこは中立派筆頭の座る席なのだ。
何者なんだこいつらは。
「コホンッ!」
先生からの合図だ。俺はいったん彼女たちのことは忘れて、自己紹介を始めた。
「俺はボロンブラーク騎士学園から転校してきましたアゾート・メルクリウス伯爵です。よろしくお願いします。そして、」
俺が続けて自己紹介をしようとすると、
「ぷーっ! クスクス」
「アゾート・メルクリウスだって」
「異世界人だ。ハーレム野郎だ」
また、さっきの3人組が騒ぎだした。なんなんだ、こいつらは。俺は無視して話を続ける。
「そして俺の隣から順番に、フリュオリーネ・メルクリウス伯爵夫人、ネオン・メルクリウス伯爵家令嬢、ユーリ・ベッセル子爵家令嬢、マール・ポアソン男爵です、よろしくお願いします」
そして軽くお辞儀をすると、アウレウス派からは盛大な拍手が、中立派からはパラパラとした拍手が、シュトレイマン派からは鋭い眼光が俺たちに注がれた。
派閥間の緊張感がボロンブラーク校とまるで違う。特に一番前の席のエリザベート・アージェントからは明らかな敵意が向けられている。
そんな中で中立派筆頭の3人組だけは全く無関係に無駄話ばかりしている。
「マール・ポアソンって男爵家令嬢じゃないの? 今、男爵って言わなかった?」
「きっとあのハーレム野郎が言い間違えたか、言うのが面倒になって途中でやめたんだよ」
「そうか、ハーレム野郎だから、男子生徒なのに取巻き令嬢を連れてるんだよ」
「それな。天才あらわる」
こいつら、まじでうるせえ・・・。
俺は先生に断って、とっとと自分の席に戻った。
「フリュ、あの中立派貴族の3人組って誰だか知ってる」
「ええ、存じております。彼女はルカ・クリプトン侯爵家本家の令嬢とその分家にあたるミカ・クリプトン侯爵家令嬢、モカ・クリプトン侯爵家令嬢」
「あのクリプトン侯爵家なのか。しかも3人とも侯爵家令嬢だと?」
「あの3人は昔からあのような感じで、周りの貴族たちから完全に浮いた存在でした」
「そうだな、メチャクチャ浮いてるよな、あいつら」
「だから、取巻き令嬢のなりてもなく、分家の2人を取巻きにして3人で自由に過ごしているのでしょう」
「自由すぎる気がするが・・・まあ、彼女たちはクリプトン家で帝国との繋がりはなさそうだし、あまり関わりにならないようにしよう」
「ええ、わたくしも彼女たちは苦手ですので、その方がいいと存じます」
「それともう一つ気になったのが、エリザベートの俺たちを見る目付きだ。敵意というより殺意に近いものを感じたが、派閥間の争いってそこまでシビアなものなのか」
「・・・・・」
「どうしたんだ、フリュ?」
「あ、いいえ、ごめんなさい。・・・彼女は昔からアウレウス派に強いライバル心を持っていて、かなり好戦的な性格をしています。私が知っているのは3年前までですが、この様子を見る限り相変わらずのようですね」
「アウレウス派に強いライバル心か。王女なのにどうしてそこまで・・・」
2年生の各筆頭もどうやら一筋縄では行かない性格をしているようだ。
王女なのにアウレウス派に強いライバル心を持つエリザベート・アージェント、貴族社会から完全に浮いてしまっているおしゃべりな女子3人組のルカ・ミカ・モカ・クリプトン。
この4人に比べたら、アウレウス家の2人の拗らせ男子なんかは、まだマシな気がしてきた。
俺がそうフォーグ・アウレウスの方を見ていると、彼も俺の方を向き、ため息をついてこう言った。
「義兄殿。先ほどの姉上の説明には重大な情報が抜け落ちている」
「重大な情報が・・・抜け落ちている?」
「ああ。エリザベート・アージェントは確かにアウレウス派に対して強いライバル心を持っている。だがそれは派閥全体にではなく、特定の個人に対してだ」
「どういうことだ?」
「フォーグ、あなたっ!」
「姉上、エリザベートがライバル視しているのは、フリュオリーネ・アウレウス、姉上個人に対してですよね」
「そんな、まさか・・・」
その時、そのエリザベート・アージェントが俺たちの前にツカツカと歩いてきて、手の扇子を振り降ろすと、フリュの扇子を叩き落とした。
「何をするのよ、エリザベートっ!」
そしてフリュが立ち上がると、エリザベートの扇子を奪い取って、床に叩き付けた。
・・・えええええっ!
王女相手に何をしてはるの、フリュオリーネさん!
そしてお互いを睨み付けながら、自分の扇子を床から拾い上げる2人の女王様。さながらヤンキーのメンチの切り合いに、教室全体に緊張が走った。
こ、こ、恐ええええ。
そして、拾い上げた扇子を広げて口許を隠したエリザベートが、フリュを睨み付けながら、
「あらあなたは確か、平民になられたフリュオリーネ様ではごさいませんか? そんな平民のあなたがなぜこのような王家の子女が通う学校に紛れ込んでしまったのでしょうか。早く修道院へ戻られた方がよろしくてよ」
するとフリュも扇子で口許を隠しながら、
「これはわざわざ、わたくしの席まで足を運ばれて、ご丁寧なご挨拶まで頂き、ありがとう存じます王女様」
フリュが冷たい眼差しで、王女を見下ろしている。
「くっ・・・ボロンブラークの田舎ではさぞかし威張り散らしていたのでしょうね、小山のメス猿さま」
「わたくしが王都からいなくなって、急に丸くなられたとの評判が、遠くボロンブラークまで伝わってきましたわよ。借りてきた猫のような可愛い王女様」
「氷の女王のくせに男を作ってイチャついてるって、なんの冗談かと思いましたわ」
「雷の女王は相変わらず男を召し使い扱いしているようで、全く進歩がごさいませんわね」
「アバズレ」
「干物女」
「「ふんっ!」」
そして呪い殺すような目でフリュを睨み付けると、エリザベートはさっさと自分の席へと戻って行った。
シーンと静まり返る教室で、ルカ・ミカ・モカの3人組の笑い声だけが聞こえた。
「うわあ、久しぶりに見たわ。氷と雷の女王対決」
「懐かしすぎて、笑ってもうたわ」
「ていうかなんで氷女が2年にいるわけ? 留年?」
「あの才女が留年、ワロタ!」
「でもおかげで雷女と同じクラスになって、当分退屈しなくてすむわ」
こいつらマジうるせえ。
俺がウンザリしてると、雷女が3人組の方へ歩いていき、扇子で3人の頬をひっぱたいて黙らせた。
ここはバイオレンス教室かよ!
「あのー・・・そろそろオリエンテーションを始めたいのだが、みんなもう少し静かにしてもらえないだろうか」
先生が恐縮しながら、生徒たちに注意した。
いきなりいろんなことが起きてウッカリしていたが、まだオリエンテーションすら始まっていなかった。
この学園、本当に大丈夫なんだろうか。
次回はリーズ主人公で、アゾートたちが抜けた後のボロンブラーク校の様子です。
ご期待下さい。