第175話 入寮そして晩餐会
アージェント騎士学園は他の2校と異なりグラウンドや各種訓練棟がなく、本校舎と3つの寮、そして庭園があるだけだった。
寮も男女別ではなく派閥別になっていて、上級貴族の生徒ごとに大部屋が一つ割り当てられる。その大部屋の中はいくつかの小部屋に分かれていて、護衛騎士や取巻き令嬢として随行する中級貴族がその部屋で一緒に暮らす。
俺たちの場合で言うと、俺とフリュが夫婦でネオンが婚約者であり親族であるため、上級貴族3人分の家族部屋が与えられた。その家族部屋は、入るとまず共用の広いリビングがあり、そこから3つの区画へと続く扉が設置されている。
それぞれの区画には俺、フリュ、ネオンが住むことになり、各区画に入るとその中はさらに3つの小部屋に分かれていて、マールやユーリもそこに住むことができる。もちろん各小部屋の鍵は別々なので、プライバシーは守られている。
ちなみにマールはネオンの区画、ユーリはフリュの区画の小部屋が与えられたが、俺の区画には俺だけであり、全体でもまだ小部屋が4つも空いている。取り巻き令嬢や護衛騎士を増やす余裕があるのだ。
アウレウス家の執事達が荷物を運び終え、それを適当に収納すると引っ越しは完了だ。今日の夜には俺たちの転校を祝して、アウレウス派貴族による晩餐会がこの寮のホールで行われる。そこで学園の生徒たちへの挨拶をする機会が与えられるので、それまでは特にやることがない。
リビングのソファーに座っていると、引っ越しを終えたみんなが少しずつ集まってきて、最後にネオンが部屋から出てきた。ネオンのクセにドレスを着て着飾っている。
「ネオン、お前この学園ではそのウィッグを着けて過ごすのか」
「そうよ。さすがに髪が短いとドレスが似合わないし、上級貴族っぽさも出ないでしょ」
するとユーリが、
「ネオンって、髪を伸ばすとセレーネさんと本当に見分けがつかなくなるわね」
「顔で見分けがつかない場合は、このプロポーションで区別してね。セレン姉様よりも大人って感じがするでしょ」
「うーん、セレーネさんがどうだったかよく覚えてないけど、そんなに違うようには見えないよ」
「でもアゾートは私たち2人のことを、胸の大きさで区別しているのよ」
「してねえわ、アホ!」
さて、いよいよ晩餐会が始まった。広いホールには、様々な料理や飲み物、ケーキなどが用意され、好きなテーブルに行けばメイド達がそれらを盛り付けてくれる。
真ん中はスペースが広く空けられていて、楽隊の演奏に合わせてダンスが楽しめるようになっていたり、壁際や窓の外のテラスには椅子が多数用意されていて休憩をしたり会話を楽しめるようになっている。
そのパーティー会場に俺たちは一番最後に登場した。俺が真ん中で両側をフリュとネオンが並び、その後ろをユーリとマールが付いてくる。そんな俺たちの姿を、アウレウス派貴族の生徒達が品定めをするかのような目で見つめていた。
学生達の間を通り抜けて壇上に上がると、そこで待っていた3年生でアウレウス派筆頭であるアルト・アージェントに挨拶をした。
「アルト王子に謹んでご挨拶申し上げます。わたくしアゾート・メルクリウス伯爵とその妻フリュオリーネ、そして婚約者で親族のネオンでございます。この度ボロンブラーク騎士学園からここアージェント騎士学園に転校して参りました。後ろに控えるユーリ・ベッセル、マール・ポアソン共々、よろしくお願いいたします」
「うむ。君のことは宰相のアウレウス公爵より事情をきいている。どうやらブロマイン帝国絡みの秘密の計画だそうだな。この学園ではその話は私限りになっている。何か困ったことがあればこの私に相談するとよい」
「それは心強い限りです。また折を見てご相談させていただきます」
「自己紹介が遅れたが私は現国王の孫であり、母はアウレウス家から嫁いできたアウレウス系の王族。よってこのアウレウス派の筆頭を務めておる。王位継承権は現在9位だ。それではアゾートよ、この壇上から皆に自己紹介をしてほしい」
アルト王子への挨拶も滞りなく終わり、俺は壇上から会場の貴族たちへ自己紹介を行った。その後は壇上から降りて、主だった貴族たちと個別に挨拶を交わしていく段取りだ。
俺たちもそうだが、この学園では上級貴族の生徒に中級貴族の護衛騎士や取巻き令嬢が2名ほどついていて一つの小集団を形成している。だから、挨拶は集団対集団という形になる。
最初に3年生と挨拶をして分かったことがあった。このアージェント校に在籍している上級貴族の生徒は、2つのグループに大別できるようだ。
一つは主に領地貴族の子弟。この生徒たちは魔力が比較的弱く、自領にいても領主や騎士団長などの要職には就きづらく、さりとて下位のポストでは逆に周りに気を使わせるため、王宮で官職を求めるよう親から言われてここに来た者たちだ。
そしてもう一つは王都の宮廷貴族の子弟。この生徒たちは地方にはわずかな直轄地があるだけで実家は王都にあり、代々王国の官僚として暮らしている貴族家だ。だから彼らは騎士になることはなく、魔力の強弱に関係なく全員が官僚候補生としてこの学園に入学するようだ。
だからダーシュやアレンのように魔力の強い領地貴族の子弟は、ボロンブラーク校やフィッシャー校に入学して、騎士としての実技を磨いていたわけだ。
あいつらが王国の官僚になるわけないし、俺自身もこの学校は絶対に場違いだと思った。
次に2年生の学生と挨拶をする。2年生の筆頭はアウレウス家の男子生徒であるフォーグ・アウレウス。先日のアウレウス伯爵邸の晩餐会でフリュの家族として紹介されたので名前だけは知っている。あの後俺は10日間意識を失ったため、話をする機会もないまま今日を迎えてしまったが。
「以前、晩餐会でご一緒させて頂きましたが、改めましてアゾート・メルクリウスです。同学年だしこれから仲良くしてほしい」
「これは義兄殿、フォーグ・アウレウスです。こちらこそよろしくお願いしたい。義兄殿の活躍は父上より話をよく聞かされている。実力で伯爵位を獲得したとのことだが、機会があれば魔法の一つでもご教授願いたい」
「こちらこそ、この学園では俺はフォーグの後輩だ。いろいろとご指導願いたい」
そういって俺たちは互いに握手を交わしたのだが、さきほどからフォーグはフリュを気にしているようで、どうやら何か一言いいたいことがあるようだった。俺はフリュに話を聞いてやるように促すと、
「姉上・・・まさか2年生のクラスに入るとは思いませんでした。ボロンブラーク校ならともかく、なぜこの学園に転校して来たのに3年生のクラスに戻らないのですか。恥をかくのは姉上なのですよ」
「お黙りなさいフォーグ。わたくしはアゾート様をお支えするためにこの学園に来たのです。自分の勉強をするためではございません」
「だからと言って、アウレウス家の才女とまで呼ばれた姉上が留年みたいなことをされると、アウレウス派はともかく、シュトレイマン派や中立派の奴らにバカにされてしまいます」
「そんなことはあなたが心配する必要ございません。自分の勉強の心配でもしていなさい」
「僕の成績は人に心配されるほど悪くない!」
「そんなことはないでしょ。あなたはいつも適当な所で勉強をやめてしまうから成績が伸び悩むのです。もっと真面目に勉強なさい」
「姉上はいつも勉強しろ勉強しろと口うるさいんだ」
「それはあなたの成績がよくないから、心配してあげているのです」
「僕の成績は悪くないと言っているだろう! 姉上の基準で見ると誰だって成績が悪くみえるだけだ!」
「あなたは先ほどアウレウス派の体面を理由にわたくしを3年生のクラスにするようおっしゃってましたが、単にわたくしがあなたと同じクラスになるのが嫌なだけでしょ。あなたがちゃんと勉強するように、これからはわたくしが目を光らせてさしあげましょうか?」
「うるさい! 義兄殿もよくこんな口うるさい女を娶る気になりましたね。僕ならこんな女こりごりです。それでは失礼」
それだけ言うと、フォーグは向こうに去って行ってしまった。
フリュに話をふってはみたものの、まさかこんなところで姉弟ゲンカが始まるとは思ってもみなかったし、周りの生徒たちも突然のことに呆気に取られていた。マールが俺の背中をツンツンつつく。
「ねえアゾート、フリュオリーネさんも姉弟ゲンカをするんだね。すごく意外だった」
「俺も意外だったよ。学園で他の生徒たちを睥睨する女王様モードのフリュなら何度も見たことがあるが、ただケンカをしているだけの姿は珍しいな」
「あなた、お恥ずかしいところをお見せして申し訳ありません。フォーグは昔からわたくしに突っかかってばかりの困った弟なのです」
「いや、フリュと家族のやり取りが見られて、逆に新鮮だったよ。俺は全く気にしないから、この学園ではフリュも自由にふるまってくれ」
そして最後に1年生との挨拶だ。まず始めに1年生の筆頭と挨拶を交わす。
1年生の筆頭はアウレウス公爵家本家、公爵の息子のエミリオ・アウレウスだった。俺が挨拶すると複雑な表情で挨拶を返してくれたのだが、しばらく会話を続けているとエミリオから思わぬ本音が飛び出してきた。
「アゾート殿はどうしてフリュオリーネ姉様と結婚されたのですか?」
「どうしてと言われてもいろいろと事情があって」
「それは聞き及んでいます。フリュオリーネ姉様をお救い頂いたことも感謝しています。しかし・・・」
このエミリオとフリュオリーネの間には何かがあるのか。
「実は私は真剣に王位を目指しております。王位継承権は現在15位であり、魔法属性も5つあり王位につける条件はクリアーしています。ただアルト・アージェントに勝つためにはまだ足りない」
「エミリオは王位につくことができるのか」
「王位継承権だけなら持っているものも多いのですが魔力5属性を持つ者は数えるほどしかなく、この学園ではアルトと私、そしてシュトレイマン派2年生筆頭のエリザベート・アージェントの3人だけなのです」
「ああ、魔力5属性ルールがまだ続いていたんだな。ということは次々世代の王位争いはすでに始まっているということか」
「ええ、たまたま同世代に有力候補が集まったため、この学園でもそれを意識した動きが水面下で行われています。私は3人の中では一番年下で王位継承順位も少し低い。だから為政者としての統治能力で優位を見せる必要があると考えています。ここが今の私に足りない部分と見定めて強化ポイントとしました」
「なるほど、着眼点はいいと思うぞ。がんばれよ」
「・・・そしてこの部分は、フリュオリーネ姉様にサポートしていただきたかったのです」
「たしかにフリュなら安心して任せられると思うが、別にフリュじゃなくてもいいのでは」
「・・・本当は私がフリュオリーネ姉様を娶りたかったのです。そして2人で力を合わせて王位を目指したかった。それが幼い頃からの夢でした」
「ええっ!?」
「エミリオ、それ以上は口にしてはなりません。わたくしはこのアゾート様の妻になったのです」
「フリュオリーネ姉様っ! 私は姉様のことをまだあきらめきれません。王位のことがなくても、本当は私が姉様を妻に迎えたかった・・・失礼します」
そういってエミリオは向こうに去ってしまった。
えぇぇぇぇ!
なんなんだ、このアウレウス家の息子たちは。どっちもフリュに対して拗らせすぎだよ!
ユーリも同じことを感じたらしく、
「フリュオリーネ様を巡って、なんだか面倒なことが起きる予感がするわね」
「そ、そうだな。一人はフリュにコンプレックスを感じている実弟、もう一人は恋愛感情をこじらせた従姉弟。まともなのはアルト王子だけじゃないか」
「あなた・・・誠に申し訳ございません。エミリオには後でちゃんと言い聞かせておきます」
「いや、フリュがあまり言いすぎると、エミリオが余計に拗らせてしまう気がする。もう少し様子を見た方がいいのでは」
「・・・あなたさえお嫌でなければ、わたくしもその方がよさそうな気がしてきました」
そして1年生の他の生徒たちとも挨拶が終わり、その後晩餐会も滞りなく終わった。
明日はいよいよ新学期。シュトレイマン派や中立派の上級貴族にはどんな人がいるのか。このアウレウス派の晩餐会を見て、もはや不安しか感じなかった。